本日は性転ナリ。

漆湯講義

10.キミの瞳

「衣瑠ちゃーん、調子どう?」

    最初の休み時間をチャイムが告げると、俺の元へ莉結がやってきた。

 いつもなら莉結の周りには自然と人が集まり、俺と比較すると完全なる明暗のコントラストが浮かび上がる。
 例えるなら真夏のビルに突き刺さる光と、その陰のようなものだ。

 そして最悪な事に、今日は俺の周りでその現象が起き始めていた。

「ねえねえ、今までどこ住んでたの?」
「何で瑠衣くんとは一緒に住んでなかったの?」
「ID交換しよーっ」
「部活どこ入るの?」

 ……スコールのように降り注ぐ質問に、俺の視界が段々とぼやけ始める。

「ちょっとみんなやめてっ!    この子こあんまり……」

    やめてくれ……頼むから……

    やめて……

"こっち……おいで"

「やめろっ!」

    その瞬間、頭が大きく揺れ始めたかと思うと、目の前が闇に包まれた……そして気がつくと辺りはしんと静まり返っていて……俺を心配そうに覗き込む莉結の顔が目に映った。

「瑠衣……大丈夫?」

「ここは……保健室?」

「うん、先生に言ったら看病してていいって」

「そっか。ごめん、俺やっぱり無理だ、あぁゆーの」

「うん、無理しないで。私もごめんね」

    ……あれは幼い時の記憶。

    幼いと言っても小五の時だけど……思い返すだけで吐きそうだ。

    そんな嫌な記憶が薄っすらと浮かびあがるのを抑えるように、俺はゆっくりと瞼を閉じた。

「ねえ衣瑠」

「二人の時はその呼び方やめ……」

    その時だった。莉結と目が合う……すると一瞬時間が止まってしまったような錯覚に陥り、俺の心臓の鼓動が段々と音を立てて大きくなっていく。
    そして莉結は、俺の手をそっと握ったかと思うと、薄く開いたその目で俺の瞳をじっと見つめ続けた。

「莉……結?」

「えっ……あ、ごめんっごめん。どうしちゃったんだろ私。えっと……それじゃぁ私行くねっ」

 そう言って慌てて出て行った莉結の背中を見つめながら、俺の手に残った莉結の感触を確かめる。
 なにがどうなってしまったのか……俺には理解できなかった。
 あんな莉結の顔は見た事が無い。でも、女同士だったら全然普通なのかもな、そう思う事にした。

 そして俺は、そんな複雑な感情のまま保健室を後にすると、静まり返った廊下を教室へと向かった。

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