3次元嫌い・隠れヲタの俺の家に歌姫が転がり込んで来た件
18 嫉妬
約束の日曜日は、すぐにやってきた。
午後2時、俺が○○駅前のスタバに着くと、フェイスブックで連絡をとった男、佐原はすでに来ていた。テラス席に座り、Sサイズのコーヒーを飲みながら、スマホをいじっていた。
フェイスブックにあがっていた写真の通り、ひょろっとした中背で、スケベそうな顔をしたいけ好かない男だ。1人で来たようで、もしかしたら、みくるを連れて来てくれるかもしれないと思っていたが、期待は外れたようだ。
俺は、コーヒーを注文しに行きもせず、まっすぐ佐原の待つテーブルへ向かった。佐原が顔を上げたので、俺は会釈した。
「すみません、待たせましたか。フェイスブックで連絡させてもらった大岡です。どうも」
「へえ、お前が大岡か」
佐原は、俺を値踏みするように見ると、いきなりスマホを向けて来た。
カシャ。
シャッター音が響き、俺は驚いた。
「は!? 何撮ってるんすか」
「いや、みくるを探してる馬鹿の顔、ツレにあとで見せようと思って」
佐原は、そう言っていやらしく笑った。
あ、俺こいつ嫌いだ。
ブチ切れそうになるのをなんとかこらえ、俺は笑顔を作った。
「勘弁してくださいよ。すぐに消してください」
「やだね。せっかくここまで出向いたのに。そうキレるなよ。仲良くしようぜ、兄弟。みくるのことが知りたいんだろ?」
そう。土岐みくるの情報が知りたくてわざわざ出向いた。ここで切れて帰ったら、無駄足になる。1秒でも早く、この男との会話を終わらせたいので、俺は単刀直入にきくことにした。
「……みくるの居場所を知ってるんですよね? 教えてください」
「居場所なんて知らねえよ。あいつとは、高校卒業以来会ってねえもん」
いけしゃあしゃあと佐原はのたまった。
「はあ!? あんた、土岐みくるの居場所知ってるってフェイスブックで言ってたじゃないですか!」
「そう言えば、お前に会えると思ったもんでよ。いまだにあの淫乱の尻追っかけてる馬鹿が、どんな顔してるのか見てみたかったんだ。なんて顔してるんだよ、そんなにがっかりするなよ。土岐みくるの居場所は知らないが、土岐みくるの身体のことなら俺が一番よく知ってるぜ。間瀬から寝取った第1号はこの俺だからな」
佐原はニヤニヤと薄気味悪く笑った。
「そうですか。そう言う話がしたいなら、他あたってください。俺、もう帰ります」
俺は、すぐさま席を立った。
時間の無駄だ。土岐みくるのやつ、間瀬といいこいつといい、なんだってこんなクズと寝たりするんだ。しかも、俺に身体の関係を主張して自分の方が上だとマウントとって来る程、しっかり執着されてる辺り、さすがとしか言いようがない。
「待てよ。土岐みくるのこと、あんまり知らないみたいだから教えといてやるけどな。あいつは、○高の男の半分は食ったって言われる程のヤリ○ンなんだよ。探すだけ無駄だぜ。俺もあいつを飼い慣らそうと
したけど、束縛すればするほど反発して全力で逃げられる。追うだけ無駄だぜ」
「そうですね。ご忠告どうも」
俺は、適当にいなしてその場を去るつもりだった。しかし、佐原はなおも喋り続ける。
「それでも探すつもりか。まあ、気持ちは分からなくもないがよ。見た目もアソコの具合もあれほど上等な女他にいねえからな。ハマる気持ちもわかる。イイコト教えてやるよ。みくるが抵抗したら、顔面一発殴ってやれ。おとなしくなって、なんでも言うこと聞くようになるぜ――」
気がついた時には、手が出ていた。
椅子ごと背中から倒れた佐原は、うめき声をあげて起き上がり、俺に向かって来た。
「てめえ! にすんだこら!」
叫びながら振りかぶった右拳が降りてくるスピードが、やけに遅く感じられた。軽くかわしその勢いで相手の足を払って転がした。中学のとき、よくやられていた技を、俺が誰かにする日が来るとは。派手にすっ転んだ佐原を見下ろし、俺はその腹に蹴りを食らわせた。そして、踏みつけ、くの字に折れ曲がった雑魚を無感動に見下ろしながら、何度も蹴った。蹴り続けた。
「っが! てめ、やめ!」
「俺はなあ、女に、手を、上げるような、クズは、嫌い、なんだよ!」
「っが! う、やめ、やめて、すまん、すみませ、やめ、くだ、う! う!」
「もう、お前、死んだ、方が、マシだよな! クズが! 死ね!」
叫びながら、蹴り殺すつもりでやった。
ギャラリーが集まり、女の悲鳴が上がってても関係ねえ。土岐みくるも馬鹿だが、その周りにいたこういうやつもクズだ。こういうクズがいなければ、土岐みくるはもう少しマシな人生を歩めていたんじゃないのか? 誰か1人でも、土岐みくるの寂しさや、悲しさを埋めてやれるような男がいれば変わってたんじゃないか? ヤリもくじゃなくて、人間としてあいつを支えてやれるような男がいれば、あいつは壊れなくてすんだんじゃないのか?
俺は、視界に入った佐原のスマホも念入りに踏み潰し、呻いて起き上がれない佐原に再び襲いかかった。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ねよ、おら! おら! おら!」
「やめて!」
突然、背中から抱きすくめられて、俺は動きを止めた。この声は。
「やめて、優助くん! その人、本当に死んじゃいます!」
「――早希さん?」
見ると、ショートカットの美少女が俺を抱きしめて必死に動きをとめている。
暴走する俺を正気に戻したのは、早希さんだった。
「なんで、こんなところに……」
「お店で、お友達とここで誰かと会うって話してるの聞いて――気になったから来たんです。それより、優助くん。逃げますよ! 走って!」
早希さんに腕を引かれ、俺は駆け出した。人垣を突っ切って、改札を抜け、電車に飛び乗った。泡を吹いて倒れる佐原をその場に残して――。
◇
「ほんとに、びっくりしました――。優助くんが、あんなことするなんて」
とりあえず逃げ切って、そのままの流れで早希さんに俺のマンションまで連れて帰って来られての第一声がそれだった。
早希さんは、ヒールで走ったせいで、かかとに靴ズレを起こしてしまっていた。華奢なカバンの中から絆創膏を取り出し、貼りながら、まだ興奮冷めやらぬという感じだ。
逆に俺は、さっきまで飼っていた凶暴な気持ちはどこかに消え失せ、ただ虚しい思いを抱えていた。
「もう、今日は私が止められたから良かったですけど、次はないですよ。ちょっと、優助くん。聞いてます?」
「――あ、ごめん。なに?」
「もう、なに? じゃないでしょ、ちゃんと反省してますか!? あの人ほんとに死んじゃってたら、どうするつもりだったんですか!?」
早希さんに咎められて、俺は呆然とした。
反省。
反省というより、これは、この気持ちは、『後悔』と呼ばれるものじゃないだろうか。
思い浮かぶのは、中学2年生のまだあどけない土岐みくるの、傷ついた顔。「ごめん」と呟いた小さな声。嘘をつかせた時の張り付いた笑顔。
「あんなやつ、死ねばよかったんだ。佐原みたいなクズがいたから、あいつは、土岐みくるはぶっ壊れて――」
「…………優助くん」
早希さんが、おとなしくなって、俺の声だけが部屋に響いた。
「俺、驚いた。自分が、佐原みたいなクズをボコれたことに。いま、こんなこと出来たって意味ねえよな。なんで。なんで、あの時、あの中2の時に、こうできなかったんだ。こうできなかったんだよ、くそが!」
俺は、ベッドに座って、頭をかきむしった。
「俺が、あの時、もっと強ければ、間瀬になんか負けない体力や身長があれば、みくるを守れたのに――! あいつに嘘をつかせる必要もなかったのに! 俺が、俺がもっと強ければ!」
うっかりすると泣いてしまいそうになって、俺は歯を食いしばった。
「――辛いですね。お互い」
早希さんの悲しみを含んだ静かな声を聞いて、俺は我に帰る。
「すみません! いや、俺、何言ってるんでしょうね。早希さんに話すことじゃなかったです。すみません」
「いいの。本音でしゃべってくれて、嬉しい」
早希さんは、俺の向かいに膝を抱えて座っていた。ベッドに腰掛けている俺から見ると、上目遣いになる表情には、微かに笑みが浮かんでいた。俺を安心させるような笑顔。早希さんの笑顔を見たのは、本当に久しぶりだった。その笑顔が優しくて、可愛くて、俺は胸が締め付けられる。
「すみません。俺、早希さんの言ってた通りでした。土岐みくるのことなんて、好きじゃないと、ずっと思ってたんです。本気で。だから、早希さんを騙そうとしたとか、そういうんじゃないんです。でも俺、佐原が、あいつが土岐みくるを自分の良いようにしたと思うと、殺してやりたくなるくらいイラついて。イラついて……。ほかにもあいつと寝た男山のようにいると思うと、嫉妬で気が狂いそうです。忘れたいのに、ふとした瞬間や何気ない時に、事あるごとに思い出して、消えてくれないんです。忘れられないんです。自分の損得勘定すらできない馬鹿で。本当に馬鹿で、クソビッチで、救いようがなくて、本当にどうしようもないやつなのに。俺、あいつが、あの馬鹿が心配で――ほっとけないんです」
話しているうちに、自分がみっともなく鼻水を垂らしていることに気づいて、慌てて鼻をかまなければならなかった。
それを見て、早希さんは、ふふ、と笑った。
笑った拍子に、目尻からぽろっと雫をこぼした。
「すみません! 俺、早希さんを傷つけるつもりはなかったんです」
焦って言い訳をしたら、早希さんは、つんとそっぽを向いた。
「知ってます。だからって、すぐに許せる訳じゃなかったですけどね」
「早希さん――」
「いいの。みくるちゃんのこと、聞きました。優助くんを思う気持ち、負けたなって思いました。みくるちゃんには、きっと今も、優助くんが必要です。はやく見つけてあげられるといいですね」
そう言って、早希さんはとびきり綺麗に笑った。
「はい。早希さん。ありがとうございます――!」
そして、2人して、見つめ合って泣き笑いをした。
俺は、この人と付き合えてよかった。
本当にそう思うのに、なんで俺は、土岐みくるじゃなきゃ駄目なんだろう。自分でもわからない。だけど愛しい。どうやら俺は、本気で土岐みくるが好きらしい。
関わったら、絶対に辛い。それも嫌という程わかっているのに、なんで。なんであんな馬鹿を好きなんだ。馬鹿なのは、俺も一緒だな。
午後2時、俺が○○駅前のスタバに着くと、フェイスブックで連絡をとった男、佐原はすでに来ていた。テラス席に座り、Sサイズのコーヒーを飲みながら、スマホをいじっていた。
フェイスブックにあがっていた写真の通り、ひょろっとした中背で、スケベそうな顔をしたいけ好かない男だ。1人で来たようで、もしかしたら、みくるを連れて来てくれるかもしれないと思っていたが、期待は外れたようだ。
俺は、コーヒーを注文しに行きもせず、まっすぐ佐原の待つテーブルへ向かった。佐原が顔を上げたので、俺は会釈した。
「すみません、待たせましたか。フェイスブックで連絡させてもらった大岡です。どうも」
「へえ、お前が大岡か」
佐原は、俺を値踏みするように見ると、いきなりスマホを向けて来た。
カシャ。
シャッター音が響き、俺は驚いた。
「は!? 何撮ってるんすか」
「いや、みくるを探してる馬鹿の顔、ツレにあとで見せようと思って」
佐原は、そう言っていやらしく笑った。
あ、俺こいつ嫌いだ。
ブチ切れそうになるのをなんとかこらえ、俺は笑顔を作った。
「勘弁してくださいよ。すぐに消してください」
「やだね。せっかくここまで出向いたのに。そうキレるなよ。仲良くしようぜ、兄弟。みくるのことが知りたいんだろ?」
そう。土岐みくるの情報が知りたくてわざわざ出向いた。ここで切れて帰ったら、無駄足になる。1秒でも早く、この男との会話を終わらせたいので、俺は単刀直入にきくことにした。
「……みくるの居場所を知ってるんですよね? 教えてください」
「居場所なんて知らねえよ。あいつとは、高校卒業以来会ってねえもん」
いけしゃあしゃあと佐原はのたまった。
「はあ!? あんた、土岐みくるの居場所知ってるってフェイスブックで言ってたじゃないですか!」
「そう言えば、お前に会えると思ったもんでよ。いまだにあの淫乱の尻追っかけてる馬鹿が、どんな顔してるのか見てみたかったんだ。なんて顔してるんだよ、そんなにがっかりするなよ。土岐みくるの居場所は知らないが、土岐みくるの身体のことなら俺が一番よく知ってるぜ。間瀬から寝取った第1号はこの俺だからな」
佐原はニヤニヤと薄気味悪く笑った。
「そうですか。そう言う話がしたいなら、他あたってください。俺、もう帰ります」
俺は、すぐさま席を立った。
時間の無駄だ。土岐みくるのやつ、間瀬といいこいつといい、なんだってこんなクズと寝たりするんだ。しかも、俺に身体の関係を主張して自分の方が上だとマウントとって来る程、しっかり執着されてる辺り、さすがとしか言いようがない。
「待てよ。土岐みくるのこと、あんまり知らないみたいだから教えといてやるけどな。あいつは、○高の男の半分は食ったって言われる程のヤリ○ンなんだよ。探すだけ無駄だぜ。俺もあいつを飼い慣らそうと
したけど、束縛すればするほど反発して全力で逃げられる。追うだけ無駄だぜ」
「そうですね。ご忠告どうも」
俺は、適当にいなしてその場を去るつもりだった。しかし、佐原はなおも喋り続ける。
「それでも探すつもりか。まあ、気持ちは分からなくもないがよ。見た目もアソコの具合もあれほど上等な女他にいねえからな。ハマる気持ちもわかる。イイコト教えてやるよ。みくるが抵抗したら、顔面一発殴ってやれ。おとなしくなって、なんでも言うこと聞くようになるぜ――」
気がついた時には、手が出ていた。
椅子ごと背中から倒れた佐原は、うめき声をあげて起き上がり、俺に向かって来た。
「てめえ! にすんだこら!」
叫びながら振りかぶった右拳が降りてくるスピードが、やけに遅く感じられた。軽くかわしその勢いで相手の足を払って転がした。中学のとき、よくやられていた技を、俺が誰かにする日が来るとは。派手にすっ転んだ佐原を見下ろし、俺はその腹に蹴りを食らわせた。そして、踏みつけ、くの字に折れ曲がった雑魚を無感動に見下ろしながら、何度も蹴った。蹴り続けた。
「っが! てめ、やめ!」
「俺はなあ、女に、手を、上げるような、クズは、嫌い、なんだよ!」
「っが! う、やめ、やめて、すまん、すみませ、やめ、くだ、う! う!」
「もう、お前、死んだ、方が、マシだよな! クズが! 死ね!」
叫びながら、蹴り殺すつもりでやった。
ギャラリーが集まり、女の悲鳴が上がってても関係ねえ。土岐みくるも馬鹿だが、その周りにいたこういうやつもクズだ。こういうクズがいなければ、土岐みくるはもう少しマシな人生を歩めていたんじゃないのか? 誰か1人でも、土岐みくるの寂しさや、悲しさを埋めてやれるような男がいれば変わってたんじゃないか? ヤリもくじゃなくて、人間としてあいつを支えてやれるような男がいれば、あいつは壊れなくてすんだんじゃないのか?
俺は、視界に入った佐原のスマホも念入りに踏み潰し、呻いて起き上がれない佐原に再び襲いかかった。
「死ね、死ね、死ね、死ね、死ねよ、おら! おら! おら!」
「やめて!」
突然、背中から抱きすくめられて、俺は動きを止めた。この声は。
「やめて、優助くん! その人、本当に死んじゃいます!」
「――早希さん?」
見ると、ショートカットの美少女が俺を抱きしめて必死に動きをとめている。
暴走する俺を正気に戻したのは、早希さんだった。
「なんで、こんなところに……」
「お店で、お友達とここで誰かと会うって話してるの聞いて――気になったから来たんです。それより、優助くん。逃げますよ! 走って!」
早希さんに腕を引かれ、俺は駆け出した。人垣を突っ切って、改札を抜け、電車に飛び乗った。泡を吹いて倒れる佐原をその場に残して――。
◇
「ほんとに、びっくりしました――。優助くんが、あんなことするなんて」
とりあえず逃げ切って、そのままの流れで早希さんに俺のマンションまで連れて帰って来られての第一声がそれだった。
早希さんは、ヒールで走ったせいで、かかとに靴ズレを起こしてしまっていた。華奢なカバンの中から絆創膏を取り出し、貼りながら、まだ興奮冷めやらぬという感じだ。
逆に俺は、さっきまで飼っていた凶暴な気持ちはどこかに消え失せ、ただ虚しい思いを抱えていた。
「もう、今日は私が止められたから良かったですけど、次はないですよ。ちょっと、優助くん。聞いてます?」
「――あ、ごめん。なに?」
「もう、なに? じゃないでしょ、ちゃんと反省してますか!? あの人ほんとに死んじゃってたら、どうするつもりだったんですか!?」
早希さんに咎められて、俺は呆然とした。
反省。
反省というより、これは、この気持ちは、『後悔』と呼ばれるものじゃないだろうか。
思い浮かぶのは、中学2年生のまだあどけない土岐みくるの、傷ついた顔。「ごめん」と呟いた小さな声。嘘をつかせた時の張り付いた笑顔。
「あんなやつ、死ねばよかったんだ。佐原みたいなクズがいたから、あいつは、土岐みくるはぶっ壊れて――」
「…………優助くん」
早希さんが、おとなしくなって、俺の声だけが部屋に響いた。
「俺、驚いた。自分が、佐原みたいなクズをボコれたことに。いま、こんなこと出来たって意味ねえよな。なんで。なんで、あの時、あの中2の時に、こうできなかったんだ。こうできなかったんだよ、くそが!」
俺は、ベッドに座って、頭をかきむしった。
「俺が、あの時、もっと強ければ、間瀬になんか負けない体力や身長があれば、みくるを守れたのに――! あいつに嘘をつかせる必要もなかったのに! 俺が、俺がもっと強ければ!」
うっかりすると泣いてしまいそうになって、俺は歯を食いしばった。
「――辛いですね。お互い」
早希さんの悲しみを含んだ静かな声を聞いて、俺は我に帰る。
「すみません! いや、俺、何言ってるんでしょうね。早希さんに話すことじゃなかったです。すみません」
「いいの。本音でしゃべってくれて、嬉しい」
早希さんは、俺の向かいに膝を抱えて座っていた。ベッドに腰掛けている俺から見ると、上目遣いになる表情には、微かに笑みが浮かんでいた。俺を安心させるような笑顔。早希さんの笑顔を見たのは、本当に久しぶりだった。その笑顔が優しくて、可愛くて、俺は胸が締め付けられる。
「すみません。俺、早希さんの言ってた通りでした。土岐みくるのことなんて、好きじゃないと、ずっと思ってたんです。本気で。だから、早希さんを騙そうとしたとか、そういうんじゃないんです。でも俺、佐原が、あいつが土岐みくるを自分の良いようにしたと思うと、殺してやりたくなるくらいイラついて。イラついて……。ほかにもあいつと寝た男山のようにいると思うと、嫉妬で気が狂いそうです。忘れたいのに、ふとした瞬間や何気ない時に、事あるごとに思い出して、消えてくれないんです。忘れられないんです。自分の損得勘定すらできない馬鹿で。本当に馬鹿で、クソビッチで、救いようがなくて、本当にどうしようもないやつなのに。俺、あいつが、あの馬鹿が心配で――ほっとけないんです」
話しているうちに、自分がみっともなく鼻水を垂らしていることに気づいて、慌てて鼻をかまなければならなかった。
それを見て、早希さんは、ふふ、と笑った。
笑った拍子に、目尻からぽろっと雫をこぼした。
「すみません! 俺、早希さんを傷つけるつもりはなかったんです」
焦って言い訳をしたら、早希さんは、つんとそっぽを向いた。
「知ってます。だからって、すぐに許せる訳じゃなかったですけどね」
「早希さん――」
「いいの。みくるちゃんのこと、聞きました。優助くんを思う気持ち、負けたなって思いました。みくるちゃんには、きっと今も、優助くんが必要です。はやく見つけてあげられるといいですね」
そう言って、早希さんはとびきり綺麗に笑った。
「はい。早希さん。ありがとうございます――!」
そして、2人して、見つめ合って泣き笑いをした。
俺は、この人と付き合えてよかった。
本当にそう思うのに、なんで俺は、土岐みくるじゃなきゃ駄目なんだろう。自分でもわからない。だけど愛しい。どうやら俺は、本気で土岐みくるが好きらしい。
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