3次元嫌い・隠れヲタの俺の家に歌姫が転がり込んで来た件

みりん

16 真実

「寝てないって、どういうことだよ」

 俺は驚愕して間瀬を見つめた。間瀬は、言いにくそうに目をキョロキョロと動かした後、意を決したように俺を見た。

「確かに、約束を信じてお前が時計広場で待ちぼうけている間、俺とみくるは会ってた。ことをいたそうともした。でもあの日は未遂に終わったんだ。みくるがあんまりにも泣いて痛がるんで」

「はは、お前、何言ってやがるんだ? だって月曜学校行ったら、お前ら楽しそうに笑ってて――。あの時はっきりやったって言ったじゃないか。その後もお前ら学校でもずっとイチャイチャしてて――」

 間瀬は沈痛な面持ちで口を開いた。

「俺が脅したんだ。お前らの初デートの日。俺、みくるに告白した。俺とみくるの家は近所で、あの日偶然出かける途中のみくるに出会ったんだ。めかしこんで可愛かったから、つい勢いで告った。そうしたら、お前と付き合ってる。これからデートで急いでるって断られた。それで俺、頭に血がのぼって……。一緒について行ってお前を殺すとかなんとか、そういうことを言ったんだ。そしたら、みくるのやつ急に血相変えて。やめてくれるなら何でもするって言うから、じゃあ俺と付き合えって言った」

 間瀬は、申し訳なさそうにこちらを伺ってきた。

「みくるのやつ、俺と一緒のときだっていつだってふつうに笑ってるから、俺も最初は、楽しんでくれてると思ってた。でも、お前は知らないかもしれないけど、みくるは泣いたり、嫌がったりすることが苦手なんだ。泣くと親父さんにサンドバックにされるから、そんな母親を見てるから余計に。俺をすぐキレる親父さんと、いじめられてるお前をいつも殴られてばかりの母親と重ねて、自分が守るんだって使命感にかられたらしい。だから、みくるは俺のことなんか好きじゃなかった。ただ人を殴る男に抵抗することができなかっただけで。俺とは本心ではいやいや付き合ってくれてた。俺がお前を殴らないよう監視してるつもりだったらしい。だから、高校進学して、お前が俺に殴られる心配がなくなった途端、俺を切ろうとした――」

「ふざけんなよ! なに訳わかんねえこと言って――! つくならもっとマシな嘘つけよ!」

「なんで俺がこんな嘘つかないといけないんだよ! こんな情けない話して、俺になんの得があるっていうんだ! これが真実なんだよ。ない脳みそ振り絞ってずっと考えて導き出した答えがこれだ! 俺だってこんなクソみたいな話信じたくないけど、いくら考えても、みくるは俺のこと、DV男の親父さんと重ねてたとしか思えない!」

 たしかに。間瀬には、何もメリットがない。

 だが。

 土岐みくるが、あの時点では俺を裏切ってなかった?

 そのうえ、嘘をついた理由は、いじめられていた俺を助けるためだった? おまけに、あのクソばばあと俺を重ねて、庇ってただって?

「はは。なんの冗談だよ。頼んでねえよ! ふざけんな! 俺はお前に殴られるくらい、どうってことなかった! 女に庇われる覚えはないぞ!」

「まあな。チビのくせに何度殴っても反抗的な態度をとって来るから、俺はお前が気に食わなかったんだ。でもみくるは、自己満足だってわかってても、お前を守ることを生きがいにしてたよ。付き合ってるとき、俺はそれに随分苦しめられた」

 間瀬は、昔を懐かしむように遠い目をして言った。

「そんなことより、お前、みくると付き合ってないってマジかよ。それでみくると同棲してるのか? そりゃ、ほかのオンナとうまくいくはずないだろ」

 間瀬に問われて、俺は下を向いた。

「いや、彼女と付き合ったのは、土岐みくるが俺の家を出て行った後だ……。土岐みくるは今行方不明なんだ。俺は、だから土岐みくるの手がかりを探して、ここに来た。間瀬、お前の話を聞いてやろうと思ったのも、土岐みくるの居場所を知ってるんじゃないか、あるいは、やつの行きそうな場所を知ってるんじゃないかと思ったからだ」

「知らねえよ。みくるとは、高2で別れた後も、あいつがヘラヘラ話しかけて来るから相手してたが……卒業してからはさっぱりだ。いま、どこにいるかなんて、検討もつかねえよ」

「そうか……」

 俺が俯くと、間瀬はイライラとした様子で俺につめよった。

「なんでそんなことになってるんだよ! お前、みくるに何したんだよ!」

「別に何もしてねえよ! ただ、ちょっと今付き合ってる……と思う人と、その時は付き合う前だったけど、キスしてるところを見られただけで。でも、それくらいで姿を消す程傷つくなんて思う訳ないだろ! だいたいみくるが、俺のこと本気で好きだなんて、信じられる訳がなかったんだ、あの状況で!」

「じゃあ、今はわかったんだな? みくるが、お前のことどれだけ本気か」

「――黙れ! お前にそんなこと言われる筋合いねえよ! もういい、胸糞悪い、帰る!」

 俺は立ち上がり、持っていたコーラを飲み干した。炭酸の抜けたぬるいコーラは甘かった。俺は暴れ狂う感情を押し殺して、その缶をゴミ箱に放り投げると、振り返りもせずに公園を立ち去ろうとした。

「待てよ、土岐みくるのこと、俺も探すよ! 見つかったら連絡する、協力するから、土岐みくるのこと何かわかったら、俺にも連絡くれ。心配なんだ」

 間瀬は、見苦しく俺に追いすがって来た。

 こいつは、嫁と子供が出来ても、まだ土岐みくるに未練があって、それを隠そうともしないのか。さっき間瀬は土岐みくるから卒業できたと思ったけど、勘違いだったようだ。

 イライラする。イライラする。イライラする。

 誰が、お前なんかに土岐みくるの情報を渡すかよ。嫁とガキを大事にしてやれ。話をややこしくするな! お前は結局、俺と一緒で土岐みくるを諦めたんだろ! 見放したんだろ!

 今更心配したって、そんなの偽善や、自己満足や自己弁護でしかねえ。

 結果的に、土岐みくるは居場所をなくして、1人になってるんだから。

 だが、土岐みくると同じ高校出身のこいつの情報網は役立つかもしれない。俺は殺意にも似た感情を抑え、間瀬と連絡先を交換した。

 ◇

 俺は、都内の1人暮らしのマンションに帰る途中、電車に揺られながらスマホを取り出すと、フェイスブックを開いた。普段触らず、ほとんど放置状態のアカウントだが、問題ない。検索機能を使い、土岐みくるを調べた。アカウントは持ってないらしい。しかし、間瀬のアカウントは見つかった。そこから辿って、間瀬と同じ年齢、つまり土岐みくると同じ年齢のやつにダイレクトメールを送りまくった。

 文面はこうだ。

「突然連絡してすみません。はじめまして、僕は大岡優助といいます。いま僕は土岐みくるという女を探しています。フェイスブックを見て、貴方が土岐みくると高校の出身校が同じと知り連絡させて頂きました。土岐みくると最近連絡をとったことがあれば、彼女がいまどこにいるのか教えて頂けませんでしょうか? 彼女が突然消息を絶ち、心配しているのです。宜しくお願い致します」

 我ながら、かなり怪しいと思う。だが構うもんか。なりふりなんて構ってられるか。あいつに、土岐みくるに会って、一言言ってやらないと気がすまない。

 お前は阿保かと。

 馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで馬鹿だとは思っていなかった。

 俺を助けるため? あのクソばばあと俺を重ねた? 馬鹿が。俺は確かに中2当時いびられていたのは認めるが、だからって、お前に出しゃばられる謂れはねえよ。守ってくれなんて頼んでねえ。そんな弱い人間じゃねえ。

 好きだとかなんとか言っても、俺のこと見くびって、諦めたんじゃねえか。

 俺を信じられなかったお前が悪い。

 そうさ。お前が悪い。だから、絶対見つけ出して文句言ってやる。この憤りを開放させてくれ。なあ、頼むよ。お前、一体今どこにいるんだよ。

 イライラしながら帰宅し、深夜なのも構わずオーナーに電話した。数コールで不機嫌な声が答えた。俺はオーナーを問い詰めた。土岐みくるが俺を助けるために間瀬と付き合ったことを知っていたかと。結果から言ってオーナーは知らなかった。土岐みくるに口止めされていた訳ではなかったらしい。「知るか馬鹿」と暴言が返って来た。この分だと店長も知らないだろう。

「で? それを知ったお前は、どうするんだ?」

 なぜか上機嫌なオーナーに問われ、俺は即答する。

「見つけ出して、文句が言いたいんです。俺をあんなくそばばあと一緒にしやがって――」

「ばーか。中学の時はそうだったとしても、いまは違うだろ。お前を男として見てなかったら、キスなんかしねえよ」

「――……なんで、俺とみくるがキスしたって知ってるんすか」

「みくるをからかったら、相談された。『どうすればいい? 二階堂さん。キスして嫌がられるなんて初めてで、みくるどうすればいいかわかんない』ってまあ、恋する乙女の顔してたぞ。それに、百戦錬磨のみくるが、結局お前を忘れられなかったって言ってたんだから、チビだったお前のどこかが気に入ってたんだろ。自信持てよ」

 そう言ってくすくすと笑うオーナー。酒が入ってやがるか。気色悪い。

「からかうなら、切ります。夜分遅くに失礼しました」

 俺は電話を切ると、冷蔵庫を開けた。1本だけ入っていた缶チューハイを取り出し、一気にあおる。地元まで1日で往復して疲れきっていた身体にアルコールが染み渡る。

 俺は明日の講義の準備だけ終えると、風呂にも入らずそのまま布団に倒れ込んだ。何も考えたくないのに、土岐みくるの顔が頭に浮かんで離れない。

 お前、本当に今どこで何してるんだよ。

 まさか、またぶっ壊れてるんじゃねえだろうな。知らない男の家を転々としてたりしないよな。そこまで馬鹿じゃないと信じたい。信じたいけど、土岐みくるの精神状態と今まであいつがしでかして来たことを考えたら、どんな馬鹿なことをしててもおかしくない。

 あいつが壊れたのは、俺のせい?

 ふとそんな考えが頭をよぎる。

 でも、自分は散々人を傷つけておいて、俺と早希さんがキスしたくらいで姿をくらますほど傷つくなんて、お前、めちゃくちゃだよ。

 めちゃくちゃだよ、俺のために自分が犠牲になるなんて。本当に、なんでそんなに馬鹿なんだ……!

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