3次元嫌い・隠れヲタの俺の家に歌姫が転がり込んで来た件

みりん

1 3次元嫌い・隠れヲタの俺の家にビッチな美少女が転がり込んで来た件

 上、下、右、右、上、下、左、左、ため、ため、上!

「よっしゃー! コンボ決まったー!」

 俺は思わずガッツポーズをした。iPhoneの中のミコ、本名、大音おおとミコも俺にピースサインを向けて、喜びを分かち合ってくれている。ぴょんぴょんとジャンプして喜ぶ姿がとても愛らしい。ああ、もう少しでパンツ見えそうなのに、見えないっ。バンダナ(メーカー)めえ~。ミコのミニスカートの中身は毎回、毎回、見えそうで見えない絶妙なラインをきっちり演出してくるので、我々萌え豚をどれだけときめかせたかしれない。

 しばらく堪能していたかったが、すぐに画面はステータス画面に切り替わってしまった。まあいい。一度見たボーナス画像は、何度でも見れるように解放されるからだ。

 ふはははは。これでミコのボーナス画像20枚、全解放!

 俺が「アイドル♡プロデュース~シンデレラパレード~」を始めたのは、今朝。アップロードされた瞬間にダウンロードして、今日一日中、戯れていた。今日は土曜だから大学の講義もないし、バイトもこの日のために調整して空けてもらった。

 俺はそう言えば腹が減ったなと思い出し、棚からカップ麺を出して来てやかんに火をつけた。お湯を沸かす時間に、PCを立ち上げる。沸いたお湯をカップに注ぎ、蓋をして3分。待ってる間にYouTubeを開いた。

 おお、ミコPのあいちゃん、さっそく歌ってみたの動画出してるじゃん。

 俺は、なんの躊躇もなく、再生ボタンをクリックした。

 あいちゃんの甘い美声が流れる。最近で、一番気に入ってる女性アイプロPだ。

 アイプロPとは、「アイドル♡プロデュース」プロデューサー、いわゆるガチ勢の名称で、アイドル♡プロデュースで使用された楽曲を自分で歌ってみたり、ボーカロイドに歌わせたりした動画をYouTubeなどの動画投稿サイトに投稿し、推しアイドルを盛り上げることに命を懸けているオタクのことだ。

 ちなみに、ミコPとは、アイドル♡プロデュースのキャラクター、ミコのプロデュースを担当する人をそう呼ぶ。

 俺は中学の時、ヲタをオープンにしてたせいでいじめられたのに懲りて、高校からは隠れヲタをしているので、歌ってみた動画を全世界に発信するなんてとても出来ない。だが、いまこの一人暮らしのマンションには俺以外に誰もいないので、こころおきなくミコの神曲を聴き続けられる。

 ミコはいい。可憐だし、純真無垢だ。天真爛漫で汚れを知らない。

 可愛いし、抜けるし、3次元の女みたいに、嘘をついたり、面倒な要求をしてくることもない。(要求されたことなんてないけど)何より、傷つかない。

 俺は、ひどい目にあって、中2で現実の女を卒業した。以来5年、現実の女となるべく関わらないようにして生きてきたが、不自由はない。

 2次元万歳。

 いまの俺の嫁はミコだし、最高に幸せだ。

 カップ麺をすすり、ネットサーフィンを楽しんだ後、俺は学習机の椅子の下におもむろに顔を突っ込み、ジャンプをすべて取り出した。そして、その奥に封印せし袋を取り出す。

 袋を開けると、18禁の薄い本が10冊。

 全部、ミコ本。

 1冊だけ、大音ミコ×城ヶ崎愛梨の百合本が混じっている。

 俺にしては冒険した。今年19歳にしてコミケに初めて行って買ったエロ本。ヲタを隠しているので、周りに同人誌を愛読してる友達もいないし、大学や高校の友達にバレたら馬鹿にされるのが落ちだが、同人誌、至高だと思う。

 俺はミコを愛しているけど、城ヶ崎愛梨も可愛いと思う。しかし、失敗したなと思ったのは、城ヶ崎愛梨はバイト先の先輩、早希さんと少し似てるからだ。ショートカットなところと内気なところがそっくり。そんな城ヶ崎愛梨が、ミコとあんなことやそんなことを(積極的に)するなんて、エロ過ぎて、初めて読んだ後の数日は、先輩とまともに目を合わせられなかった。

 早希さんは、バイト先の俺の教育係で、いろいろ教わってるうちにうっかり仲良くなってしまった。おまけに大学の先輩でもある。(学部は違う)知的で内気で、城ヶ崎愛梨と同じで高校時代は図書委員をしていたそうだ。

 しかし、高嶺の花だ。いつも女子会ばかりしてスキがないし、下ネタとか大嫌い。俺みたいに、年中フィギュアのパンツを愛でてるような男に惚れるはずがない。それに、俺の方も、緊張するばっかりで、話してて疲れる。貧乳だし。

 俺がこんなこと思ってるの知ったら、早希さんに殴られるだろうなあ。嫌われて、二度と喋ってくれないかもしれない。まあ、そうなったらそうなったで仕方ない。バイトがくそ居心地悪くなるだろうが、それだけだ。

 俺は、百合本を封印し、メイドミコ本を取り出した。君に決めた!

 俺はうきうきしながら薄い本を開いた。

 ◇

 iPhoneがけたたましく振動し、アラームを鳴らした。

「だーっうっせー!」

 俺は頭をガシガシとかきむしり、寝ぼけ眼のままiPhoneを握った。げ。バイト先からでやんの。なんだろう。

「もしもし」

「もしもしじゃないですよう! いま何時だと思ってるんですか!? もう10時ですよ! 優助くん、まさか今まで寝てたんじゃないですよね!?」

「へ、早希さん?」

「早希さん? じゃ、ないですよ。寝ぼけてる場合ですか!? 今日、オーナーが来る日なんですよ? 遅刻見つかったら首ですよ! 店長がいつも口酸っぱくして言ってるじゃないですか!」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ。だって、今日俺休みじゃ」

「じゃないですよ! 土日に連続で休みもらえる訳ないじゃないですか? 優助くんの休みは、土曜と月曜! 今日はオープン準備からシフト入ってますよ!」

「マジっすか!?」

「マジっす!」

「今から準備して行くんで、えっと、30分後に着きます! じゃ!」

 俺は電話を切ると、慌てて顔を洗った。髭は薄い家系なので剃らないですんで助かった。5分でシャワーを浴びて、5分で身支度をすまし、残りの20分自転車を飛ばした。待ち時間などを考えると、電車に乗るより自転車の方が早い。その代わり、かなりのスピードを出すのでこけたら大怪我だ。しかし、背に腹は変えられない。バイトの首がかかっている。バイト代も結構いいし、賄いもうまい。要するに、いまのバイト先を俺は結構気に入っているのだ。

 30分で到着したのは、白壁とレンガが融合した美しい外観のイタリアンレストランで、駐車場併設の駐輪場に自転車を停めるのももどかしく、俺は慌てて店内に駆け込んだ。

「すみません! 遅れました!」

 開口一番謝罪を叫ぶ。すると、オーナーが、にんまりした顔で待ち構えていた。

「よう。お早い到着だな? 優助」

「オーナー! すみません!」

 オーナーは、このイタリアンレストラン・ポモドーロの他、2店舗の飲食店とマンション経営、投資などで稼ぎまくってるが、まだ35歳の若手で、しかも茶髪でチャラチャラしてるすごい女好きだ。今日も、ロレックスの時計が手首に輝いている。妻子持ち(しかも奥さんモデルみたいに美人)のくせにキャバクラ飲み歩きが趣味で、俺もはしごを強要されてかなり面倒な人だと懲りているが、もちろん尊敬はしている。

 そのオーナーが、遅刻したにも関わらず、随分機嫌がいい。にこやかな笑顔を俺に向けている。なんでだ? 怒鳴られるものとばかり思ってたのに。

 俺は、恐る恐る顔を上げ、オーナーの様子を観察した。

 すると、オーナーは上機嫌で口を開いた。

「お前、俺が来るって分かってる日に、よく遅刻なんてできたな? 俺に遅刻が見つかったら首っていう、この店のルールを知らないのか?」

「すみませんでした!」

 俺は、慌てて頭を下げる。まさか、アイ♡プロのミコでしこっててバイトのシフトを確認してなかったとは言えまい。とにかく謝り倒すしかないと思った。首だけは避けたい。ここより条件のいいバイト先なんてそうないだろう。

「そんなお前に、罰ゲーーム!」

「はあ!? 罰ゲームってなんすか」

 ふざけてんのか?

「お前、女嫌いだったよな。童貞くん」

「うるさいですね。童貞はいま関係ないでしょう」

「そんな態度とっていいと思ってんの?」

「すみません!」

 俺は慌てて頭を下げた。っち。いつものノリで行けるかと思ったが、さすがに無理だったか。それにしても、罰ゲームってなんだ? まあ、女嫌いと關係ある罰ゲームっていうくらいだから、どうせまたオーナーのキャバクラ巡りに付き合わされるとか、そんな程度だろうが……。オーナー、自分のキャバクラ巡りが罰ゲームになるって自覚あったのかよ。ほんと、迷惑なおっさんだぜ。

 俺が反省してる風を装って内心毒づいているとは知らず、オーナーは相変わらず上機嫌で言葉を続けた。

「ちょっと、女の子預かって欲しいんだよ」

「はあ!? 女の子?」

 あまりにも突拍子がなさすぎて、俺は思わず顔をあげて、オーナーを凝視した。オーナーは俺の戸惑いなんて気づかず、気づいていたとしても無視して、話し始めた。

「いや、出会系で出会った俺のこれがね」

 そう言って、オーナーは小指を立てた。出会系で出会った、オーナーの女って……また火遊びっすか、オーナー。ほんと好きだなこのオヤジ。てか、待てよ。まさか。

「家庭の事情で家出して、上京して来ちゃったんだよ。で、おれって女の子に頼られると断れないじゃん? 住む場所なんとかするって言っちゃったの。でも昨日浮気バレたばっかりで、所有してる部屋全部監視の目が厳しいんだよ」

 悲報。オーナーの浮気バレるwww って、今回ばかりは哂ってられねえ。持ってるマンションに放り込めば終わりだった案件が、不可能になってやんの。それで、なんで俺のところに回って来るんだよ?

「おまけに俺、明日から2週間フランスにワインの買い付けに行くから、日本にいないんだわ。ほったらかしになっちゃうの、心配だろ?」

「はあ」

 そんなこと言われても、全く感情移入できねえわ。見知らぬ女が家無しで野垂れ死のうが俺には關係ないだろ。

「そこで、お前の家でその子を預かれば問題解決だ!」

「なんでそうなるんですか!?」

 力いっぱいツッコミを入れたら、オーナーは急にどすの効いた声で俺を睨んだ。

「遅刻したら首が、うちのルールだってことは知ってるよなあ?」

「う」

 俺はビビって黙り込むしかない。それに、そこで遅刻を持ち出して来るのは卑怯だ。俺が二の句を継げないでいるのを見ると、オーナーはまた笑顔に戻った。

「チャラにしてやる代わりに、その子を預かれ。な。頼むよ。これは、童貞で女嫌いのお前にだから頼めるんだ。間違いが起こらないからな!」

 確かに、俺は二次元を、ミコを愛している。三次元の女なんて、騙すし、男をATMとしか思ってない寄生虫だ。汚らわしい。だいたい、出会い系でオーナーみたいな妻子あるおっさんと付き合ってるなんて、どこのビッチだよ。悪いけど、俺が最も苦手とする生き物じゃねえか。確かにそういう間違いは起こらないかもしれない。だが、俺がそのビッチにイラつき過ぎて刺殺しない保証がどこにあるんだ?

「入って来ていいぞ、みくる」

 ――!? 

 俺は自分の耳を疑った。いやまさか。しかし、みくるなんて名前、そうそうあるもんじゃないし。俺が驚きに固まっているのとは關係なく、時間は無情に過ぎた。

 奥のスタッフルームの扉が開いて、一人の女の子が出てきた。

 でかい胸を隠すほど長い茶髪、小柄で、細身で、ミニスカートのワンピースを着ていた。ギャルだった。大きなリュックを背負っている。でも俺が驚いたのは、髪の長さでも、ミニスカートの際どさでも、リュックの大きさでもなかった。

 みくる……。

「紹介しよう。土岐みくるだ。確か、お前と同じ19歳だったな。みくる、さっき言ってたお前を預からせるバイトが、こいつだ」

 オーナーが、みくるに俺を紹介しようとした。けど、それをみくるは驚きの声で遮った。

「ええっ!? ゆう君!? もしかして、オーカ優助? ゆう君なの?」

 それは、聞き覚えのある、鈴を転がすような美声だった。

 驚きに目を見開くその表情、まつ毛の長さ、小さな口、完璧なまでに均整のとれた、その顔。全部、見覚えがあった。

「オーカじゃない、大・岡だよ、みくる……」

「なんだ? 知り合いか? なら話しは早い! よかったじゃないか、みくる。知り合いなら安心だろ。優助、頼んだぞ!」

 どうやら、俺の一人暮らしの部屋に、半端なアイドルも真っ青な美少女が転がり込んで来るのを、俺は断りきれないらしい。

 最悪だ。

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