3次元嫌い・隠れヲタの俺の家に歌姫が転がり込んで来た件

みりん

2 トラウマの原因

 俺とみくるの出会いは、中学2年生の頃に遡る。

 当時俺は、学校で虐められていた。背が低かったことと、ヲタクでコミュ障だったからだ。幸い頭脳は明晰だったので、ガリ勉して良い高校に行き、イジメの主謀者たちの手の届かないところへ這い上がることができた。高校からは、イジメをするような馬鹿も暇人もおらず、成長期に背も人並みに伸びたので、友達もそれなりに出来た。大学も高学歴と自負できるところに順調に進み、いまは誰も俺を馬鹿にするような奴はいないが、中2当時は、とにかく虐められていた。

 上靴は隠されるは、教科書は濡らされるは、休憩時間はサンドバックにされるは、酷いものだった。

 間瀬というリーダー各の筋肉馬鹿がいたのだが、俺はそいつに目をつけられていて、目が合うだけで殴られていた。それが心底面倒だったので、俺はある日から、昼休みは屋上に逃げ込むということを覚えた。

 その日も、建物の影に隠れて、仰向けに寝転がり、束の間の平穏を楽しんでいた。

 すると、おもむろに屋上の扉が錆び付いた音を奏で、開いた。

 俺は、まさか間瀬たちが俺を探してここまで来たのかと警戒し、そっと影から様子を窺った。しかし、扉を開いてやって来たのは、いじめっ子達ではなく――、それが、土岐みくるだった。

 長い髪は茶髪、セーラー服のスカートからはもちっとした太ももまで大胆に見えている。そのくせ足首が折れそうに細い。俺は、座っていたので角度的にスカートの中が見えそうになり、慌てて目をそらした。当時はシャイだったのだ。

 同じクラスの土岐みくるは、ギャルだった。クラスの女子は大人しいやつが多く、土岐みくるは浮いていた。ギャルってだけじゃなく、その人並み外れた美貌に釣り合う奴がいなかったのもあるだろう。要するに、土岐みくるはくっそ可愛いギャルで、女子たちの嫉妬と羨望の的ではあったが浮いていた。

 俺は、理由は違えど、クラスで浮いた者同士、土岐みくるに親近感を持っていた。

 お互い、苦労するよな。と。

 お前も屋上に逃げて来たのか? 特別にいさせてやってもいいぜ。俺の秘密の隠れ家だけど。

 そんなことを思っていると、みくるは、おもむろに息を思い切り吸い込んだ。

 そして、空に向かって、歌を歌い始めたんだ。

 天使の美声。

 空気が浄化されるような、風が輝くような、そんな神聖な響きで、土岐みくるはNコンの合唱課題曲を歌い上げた。

 俺は、思わず聞き惚れて、ぼけーっと口を空けて歌う土岐みくるを見ていた。

 1番を歌い終わって、鼻歌で伴奏を歌いながら、土岐みくるは何気なく振り返った。そして、膝を立てて座り、口を空けてボケっとしてる俺を見つけて固まった。

「うえええっ!? なんでっ!? オーカくんっ! いたの!?」

「オーカじゃない、大・岡だよ、土岐さん」

「はえー!!!

 土岐みくるは、俺の訂正の声を無視して、真っ赤にした顔を両手で隠したり、その場をうろうろしたりし始めた。

「ううう。恥ずかしいよう。なんでいるのよ」

「お前が後から来て、勝手に唄いだしたんだろ?」

「ええ? そっかあ。でもでも、恥ずかしい……」

 耳から煙でも上げそうな程、真っ赤に茹で上がった土岐みくるは、パタパタと手で顔をあおぎ、なんとか冷静を取り戻そうとした。俺に歌を聞かれたのが相当恥ずかしかったらしい。

「そんなに恥ずかしがらなくても、すごく上手だったぞ。天使の歌声ってこういうのを言うんだって、俺感動したよ」

 何も考えずに、思ったことをそのまま言葉にしたら、土岐みくるは収まるどころかさらに興奮して顔を赤くした。

「オーカくん、褒めすぎっ」

「だから、大・岡だってば。土岐さんって、歌は上手いけどアホだな」

 アホだと思ったが、可愛いと思った。その時は。

 これが土岐みくると喋り始めたきっかけだった。それ以来、俺の秘密の隠れ家(屋上)で、俺たちは会って話すようになった。

 俺が頼むと、すごく照れながらも、歌を歌ってくれた。

 合唱の課題曲や、当時流行っていたアイドルの曲、アニソン、土岐みくるは何を歌わせても天才的に上手かった。ほとんどプロ顔負けだと言ったら、そんなことないと何故か怒られた。

 そのうち、いい加減、俺の苗字を覚えろと迫ったら、「じゃあ、今度から、ゆう君って呼ぶね。優助だから、ゆう君」と言われた。それ以来、俺はゆう君になり、流れで俺も「みくる」と呼び捨てで呼ぶようになったりした。

 ◇

 俺は、すぐにみくるに夢中になった。

 四六時中みくるのことを考えていて、授業にも集中できない程だった。あのまま、みくると上手くいっていたら、俺はいまの学歴を手に入れることはできなかったかもしれない。

 初恋だったし、厨二病だったし、とにかく痛々しい思い出だが、ある日俺は、授業中みくるをガン見していた。

 バカなのに問題を一生懸命解こうとする姿が愛らしく、俺は鼻の下を伸ばしてデレデレしていた。すると、ふいに土岐みくるが俺を振り返ったのだ。

 当然、土岐みくるをガン見していた俺と目が合う。そして、土岐みくるは破顔したのだ。

 にっこりと微笑み、手まで振ってくれた。

 当時、虐められていて、自己肯定感の著しく低かった俺は、そのとびきり上等な笑顔を前にあっさり陥落した。そして勘違いした。こいつ、俺に気があんじゃね!?

 浮かれに浮かれた俺は、さっそく屋上に行き、土岐みくるが来るのを待った。

 土岐みくるは、いつものように現れた。

 その日も、土岐みくるは可愛かった。顔だけは。本当に顔だけは俺の好みどストライクなことを認めざるを得ない。

 俺は、そんな土岐みくるの笑顔に騙されて、まんまと告白してしまった。

「みくる、俺、お前のこと、好きだ! 付き合って下さい!」

 なんせ俺は、土岐みくるも俺のことを好きだと確信していたので、少しの勇気で簡単に告白できた。

 そして、何故か土岐みくるは、俺の告白に笑顔を向けたのだ。

 演技とは思えない程全身から喜びをあふれさせて、満面の笑みを浮かべて。

「嬉しい! ありがとう。みくるも、ゆう君のこと大好き! よろしくお願いします♡」

「よっしゃー! ありがとう! こちらこそ、よろしくな!」

 俺はガッツポーズをして喜び、アホのように浮かれた。土岐みくるも笑ってた。幸せ絶頂の瞬間だった。

 そして、3日後の日曜日、一緒にプラネタリウムに行こうと約束した。初デートだ。

 土岐みくると出かけたことはなかった。というか、女の子とデート自体が初めてだった。俺は浮かれていたし、緊張していた。

 日曜日は、あっと言う間にやって来た。

 俺は、デートコースをトイレ休憩まで入念に計画して暗記もばっちりだったし、土岐みくるにケーキを奢るために貯金まで崩して待ち合わせ場所に向かった。

 最寄り駅前の時計広場に13時半。

 俺は集合時間の30分前には着いて、そわそわと土岐みくるが来るのを待った。

 土岐みくるの私服も見たことがなかったので、あれこれ想像しながら待った。ミニスカートのワンピースとかだったりしたら死んでもいいと思った。

 デートの目標は、帰り道に手をつなぐことだった。

 なぜ帰り道かと言うと、もし行きに手をつないでしまったら、それから先俺は自分がまともに会話できる自信がなかったからだ。

 手をつなぐ方法関連のまとめ記事も熟読したし、素振りも何度もして練習していたので、本番もなんとかなるだろうと自信はあった。

 しかし、いくら待っても土岐みくるは来なかった。

 待ち合わせ時間か、日程を間違えたかと心配になり、何度もiPhoneを確認したが、カレンダーにはしっかりデートの予定が書き込まれていたので日程に間違いはない。

 焦ってLINEを送ったが、土岐みくるからの返事はなかった。

 それでも俺は待った。

 イラつき、怒り、心配になり、悲しくなり、悔しくなり、1人で百面相しながら、俺はその日一日中、時計広場で待ちぼうけた。正直に白状するなら、少し泣いた。

 日が落ち、夜になっても、まだ粘った。

 結局、土岐みくるは来なかった。

 俺は呆然としながら、とぼとぼと帰宅した。

 ほとんど確率はないとわかっていたが、俺が近くのコンビニに便所を借りている間に、土岐みくると入れ違ってしまったんじゃないかと疑った。それがわずかな希望として、俺を支えていた。あるいは、何か
重大な事故に巻き込まれたとか?

 俺は哀れにも、そのときはまだ土岐みくるを信じていた。信じたかったんだ。

 しかし、土岐みくるは俺を裏切った。

 最悪な形で。

 ◇

 翌日、俺は気落ちしながら学校へ向かった。

 テンションも低く教室の扉を開くと、土岐みくるの姿が目に入った。怪我してる様子もないし、健康そうだ。それどころか、笑っていた。楽しそうに。間瀬に肩を抱かれながら。

 それを見た瞬間の俺の衝撃がわかるだろうか?

 普段俺をサンドバックみたいに蹴り倒してる間瀬。虐めの主犯格で、俺の敵の間瀬。脳筋で人をいたぶることしかできない低脳の間瀬。

 そんな間瀬に、肩を抱かれ、笑顔を振りまいている、俺の彼女のはずの土岐みくる。

 意味がわからなかった。

 教室に入れず、扉の前で呆然とつっ立っていると、間瀬と土岐みくるの方も俺のことに気づいた。

「よう、間抜けくん。元気がないみたいじゃねえか。どうしたんだ?」

 間瀬はバカデカい声でそう叫ぶと、楽しそうに笑った。

「間瀬ぇ。お前、みくるから、手離せよ。みくるは俺の彼女だ!」

 俺は頭のネジが吹っ飛んでいて、負けずにデカい声で叫んでいた。

「それはお前の勘違いだ! みくるは、昨日から俺の女だよ! 何回やったか教えてやろうか?」

 間瀬がそう言った瞬間、俺はキレていた。気づいたら、通学カバンを間瀬に投げつけていた。

「ざけんなよっ!」

 間瀬もキレた。そして、殴りかかって来た。間瀬は背が高く、中2当時170cmは身長があった。対する俺は当時135cm程しかなく、体格差は歴然としていた。一瞬で負けた。殴られて、蹴られて、踏みつけられて、息が止まるかと思った。でもアドレナリンが出ていたのか、いつもよりも痛く感じなかった。俺は腹をかばいながら、反撃の隙を見ていた。

「やめてっ! みくる、喧嘩する人嫌いっ!」

 その時みくるが叫んだ。みくるは間瀬にしがみつき、必死に暴れる奴の動きを止めた。

「でも、手を出して来たのはこいつからで」

「そうだよ……、みくる。こんな奴、俺が倒してやるから、待ってて。どうせ、卑怯で低脳で狡猾な、どうしようもない人間のクズな間瀬のことだ……。みくる、脅されてるんだろ? 俺、こんな奴の言うこと、信じないから」

「きもちかった!」

 みくるは、なんとか立ち上がった俺にとどめを刺した。

「気持ちよかったからっ。みくる、間瀬くんとやった。昨日待ち合わせに行けなかったのは、間瀬くんとやってたからなの。2回やった。きもちかったから。だから、迷ったけど、ゆう君とは付き合えない。ごめんねっ」

 みくるは、笑顔だった。

 俺は、何を言われているのか始め理解できなかった。

 数瞬遅れて、理解が追いついても、こころが受け入れるのを拒絶していた。

「わかったか、バーカ。もうみくると喋んなよな。喋ったら殺す」

 その時ちょうど、予鈴がなって、担任が教室に入って来たことから、俺たちは各自、自分の机に着席しなければならなかった。

 俺は絶望した。

 しばらく食事も喉を通らない日々が続いたし、世の中のカップルというカップルを呪いながら数ヶ月が過ぎたが、そのうち復活した。

 大音ミコに出会ったからだ。

 アイドル♡プロデュースのミコに出会って、俺の人生は再浮上した。

 おかげで受験勉強にも真剣に取り組むことができたし、学区で一番難易度の高い高校にも無事合格できた。背も伸び、友達も出来て、順風満帆な人生を歩んで来れた。

 高校卒業間近のある日、風の噂で間瀬と土岐みくるが別れたと聞いた。みくるの浮気癖が原因だったらしい。

 土岐みくるは、二股、浮気を平気でするビッチ女だった。

 顔が可愛いく、胸がデカい(中3になって成長した)ので、男はみんな騙されるが、中身はただのビッチ。ちんこがついてたら誰でもいい淫乱女だったのだ。

 俺も、数多くいる被害者の1人。本気になったら、信じたら馬鹿を見る。

 だから俺は、自分の人生の中から、土岐みくるを完全に抹消していた。女なんかもう信じられない。俺にはミコがいればそれで幸せ。

 そう思って生きて来たのに。

 なんで今更になって、世話になってるバイト先のオーナーから紹介されるという、避けられない強制イベントとして再会しなくちゃならないんだ?

 しかも、預かれって、俺の部屋で一緒に住めだって!?

 どうかしてるぜ。

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