3次元嫌い・隠れヲタの俺の家に歌姫が転がり込んで来た件
9 成り行き
土岐みくるが姿を消して3日たった日の夜、店を閉める準備をしながら、店長がイライラとしているのを隠さずに吐き捨てた。
「まさか、みくるちゃんが飛ぶなんて思わなかった。そんな予兆もなく、店にも慣れてよく働いてくれてたのに。優助、おまえ、みくるちゃんになにか酷いこと言ったんじゃないだろうな?」
「……言ってないですよ」
言ってない。俺は。嘘はついてない。だけど、原因は明らかに、早希さんに言われたあれが原因だろう。それ以外にない。
「おまえ、何か知ってる顔だな。心当たりがあるんだろ。おまえ、みくるちゃんにだけはやたら厳しかったもんな。あんな身寄りのない美少女、どんな犯罪に巻き込まれてるかって考えたら心配にならないのか?」
店長に詰め寄られて、俺はまごつく。
店長、目がマジだ。
土岐みくるは、シェフだけじゃなく、既婚の店長の心もしっかり鷲掴みにしていったらしい。やっぱり顔だろうか。それともベビーフェイスに似合わないデカイ乳だろうか。大抵の男はすぐに土岐みくるの味方になってしまう。
さて、店長をどう切り抜けよう。
店長は、怒鳴り散らかすオーナーとは違って、キレるとネチネチしつこいタイプで、精神攻撃をしかけて来るので面倒なのだ。
俺が苦笑を浮かべながら思案していると、青い顔をした早希さんが近づいてきて、勢いよく頭を下げた。ばか――
「ごめんなさい! 私のせいです! 優助くんは悪くないんです。私が、優助くんが迷惑してるから、お金も貯まったしそろそろ出ていくようにって言っちゃったから」
「はあ!?」
あ――言っちゃった。
逆上する店長と、縮こまる早希さん。そして、内心呻く俺。
言わなきゃバレなかったのに。早希さんは、真面目すぎるきらいがある。泣きそうになりながら、店長に頭を下げた。
「私、本当にすぐ出て行っちゃうなんて思わなくて。それに、バイトやめるなんて思ってもみなかったんです」
「なんでそんな意地悪言ったんだよ。優助の彼女でもあるまいし!」
「ごめんなさい!」
「あの子は、人一倍繊細でメンタルも弱いし、第一、優助の家しか居場所がないのに。その唯一の居場所から出て行けなんて、なんてこと言ってくれたんだよ。路頭に迷って野垂れ死んでないか心配だよ。それこそ、思い余って身投げとかも有り得るな。やっぱり警察に捜索届け出した方が良いんじゃないか?」
イライラを隠そうともしない店長と、青ざめて震える早希さん。瞳に涙を貯めて、オロオロと店長の様子をうかがっている早希さんを俺は見ていられなかった。
「大丈夫ですよ。店長。あの女に限って、自殺なんて考えられません。それに、この世に男がいる限り、あいつのパトロンは絶えませんから絶対大丈夫ですよ。今頃、適当な金持ちの男があいつを拾ってますって」
俺が店長をなだめるようにそう言うと、店長は眉を上げた。
「そうだとしても、それがいい男とは限らないだろ。悪い男に引っかかって乱暴されてないか心配だ。その点、お前の家だったら安全だったのにだな」
「彼女なんです。俺たち、付き合ってました。だから、早希さんをこれ以上責めるような真似しないで下さい。全部その辺をちゃんとしてなかった俺の責任なんで」
「はあ?」
店長は、目を見張って俺の顔と早希さんの顔を交互に見た。早希さんも、驚いて俺の顔をじっと見つめて来る。そりゃそうだ、こんなこと言い出すなんて、俺自身も驚いている。
「お前らが、付き合ってた? そんなまさか。そこまでの関係じゃ……。それに、俺の見立てじゃお前もみくるちゃんのことを憎からず思ってたはずなのに」
「俺は、早希さんと! 付き合ってるんです! 土岐みくるとは何でもありません。とにかく、土岐みくるが飛んだのは、俺の責任です。あいつが飛んで空いたシフトの穴は俺が働いて埋めるんで、この件で早希さんを責めるのはやめてあげて下さい!」
「優助くん……!」
感極まった様子で早希さんが俺を見つめる。俺は、そんな早希さんを安心させるように頷いた。そんな俺たち二人の様子を見て、店長はため息をついた。
「……まあ、理由はどうあれ、無断で欠勤してるみくるちゃんの責任ってことになるか。仕方ない、優助、きりきり働いてもらうぞ!」
「はい!」
店長は宣言通り、俺の8月のシフトから休みと言う休みを消し去った新たなシフト表を手早く作成し、俺に手渡した。
げ。マジか。ランチもディナーも埋まってるのに、休みが2日しかねえじゃねえか。土岐みくるがほぼ毎日働き詰めだったので、こうなるだろうとある程度覚悟はしていたが。まあ、夏休み暇だし、金もほしいし。成り行きだし。仕方ない。
俺は引きつった笑みを浮かべて店長からもらった鬼のシフト表をリュックに突っ込むと、バックルームを出て帰途についた。
困った顔でその様子を見ていた早希さんも、俺の後に続いた。
◇
自転車を転がしながら、俺と早希さんは深夜の大通りを歩く。
街灯が明るく、歓楽街が近いのもあり人通りも多い。
店から少し距離をあけてすぐ、早希さんは口を開いた。
「優助くん、なんであんなこと……私たち、いつから付き合っていたんですか?」
「みくる贔屓の店長から早希さんを助けるには、ああ言うしかないと思ったんです。すみません、俺なんかと付き合ってることになるなんて、嫌ですよね」
俺が肩をすくめると、早希さんは激しく頭を振った。
「そんな訳ない! 私、嬉しかったです。だって、私の気持ちは伝えたはずです。私、優助くんのこと、好きなんですよ。嬉しいに決まってます」
少し、怒ったような口調ではっきりとそう言われて、俺はその勢いに驚く。そんなに俺のこと好きなのかよ。マジか。いや、経験ないくせにキスまでしてくるくらいだから、本気なんだろう。
「そ、そうですか」
俺は照れて舞い上がっていたが、それを気取られるのが嫌でなんでもないフリをした。
「でも、とりあえず、言ってしまった手前、店では付き合ってるフリをしましょう。ほとぼりが冷めるまでで良いので」
「いや」
「え」
提案を拒否されると思いもしなかったので、俺は驚いて早希さんを見た。早希さんは、怒ったような、困ったような、勇気を振り絞るような、そんな逡巡を見せた後、口を開いた。
「フリなんて、嫌です。本当に、付き合いませんか?」
「えええ!?」
付き合う、俺と早希さんが!?
ていうか、俺中2の土岐みくるとの3日間以来、女子と付き合ったりしたことないのに。そんな急に。それに俺、早希さんのことそういう風に見たことないし。いや、エロい目で見たことはあるけど、でもそれは付き合うとか以前の問題というか。
俺が目を白黒していると、早希さんが、悲しそうに目を伏せた。
「やっぱり、みくるちゃんが好きなんですね。まあ、私なんて、みくるちゃんには女として敵いっこないですけど」
「そんな訳ないじゃないですか! 土岐みくると早希さんなんて、比べるまでもなく、早希さんの方がいい女に決まってます! 上品で、知的だし、清純で品行方正で、女の子って感じがして!」
「でも、みくるちゃんとは付き合ったけど、私とは付き合えないんでしょう?」
伏し目がちな悲しい顔で問われては、俺はこう答えるしかなかった。
「わかりました、付き合いましょう!」
あれ、俺、何言ってるんだろう。
「本当!? うれしい……! 夢じゃないよね? うそみたい。優助くん、ほっぺつねって」
「こうですか?」
俺は片手で自転車を支えながら、早希さんの頬に手を伸ばした。ぎゅっと柔らかい頬をつねると、力加減を間違えたようで、早希さんは悲鳴をあげた。
「わ、ごめんなさい!」
「っ痛……! うう、痛い。ほんとに痛い。でもいいの、夢じゃないってことですもんね」
えへへ、と可愛らしく笑った早希さんを見て、俺は、なりゆきを受け入れた。
まあ、こういうのもあれだろ。早希さん可愛いし、俺のこと好きでいてくれるみたいだし。あの女と違って、真面目な女子大生だから裏切られることもなさそうだ。ちょっと変なはじまりだけど。
こうして、俺と早希さんは付き合うことになった。
「まさか、みくるちゃんが飛ぶなんて思わなかった。そんな予兆もなく、店にも慣れてよく働いてくれてたのに。優助、おまえ、みくるちゃんになにか酷いこと言ったんじゃないだろうな?」
「……言ってないですよ」
言ってない。俺は。嘘はついてない。だけど、原因は明らかに、早希さんに言われたあれが原因だろう。それ以外にない。
「おまえ、何か知ってる顔だな。心当たりがあるんだろ。おまえ、みくるちゃんにだけはやたら厳しかったもんな。あんな身寄りのない美少女、どんな犯罪に巻き込まれてるかって考えたら心配にならないのか?」
店長に詰め寄られて、俺はまごつく。
店長、目がマジだ。
土岐みくるは、シェフだけじゃなく、既婚の店長の心もしっかり鷲掴みにしていったらしい。やっぱり顔だろうか。それともベビーフェイスに似合わないデカイ乳だろうか。大抵の男はすぐに土岐みくるの味方になってしまう。
さて、店長をどう切り抜けよう。
店長は、怒鳴り散らかすオーナーとは違って、キレるとネチネチしつこいタイプで、精神攻撃をしかけて来るので面倒なのだ。
俺が苦笑を浮かべながら思案していると、青い顔をした早希さんが近づいてきて、勢いよく頭を下げた。ばか――
「ごめんなさい! 私のせいです! 優助くんは悪くないんです。私が、優助くんが迷惑してるから、お金も貯まったしそろそろ出ていくようにって言っちゃったから」
「はあ!?」
あ――言っちゃった。
逆上する店長と、縮こまる早希さん。そして、内心呻く俺。
言わなきゃバレなかったのに。早希さんは、真面目すぎるきらいがある。泣きそうになりながら、店長に頭を下げた。
「私、本当にすぐ出て行っちゃうなんて思わなくて。それに、バイトやめるなんて思ってもみなかったんです」
「なんでそんな意地悪言ったんだよ。優助の彼女でもあるまいし!」
「ごめんなさい!」
「あの子は、人一倍繊細でメンタルも弱いし、第一、優助の家しか居場所がないのに。その唯一の居場所から出て行けなんて、なんてこと言ってくれたんだよ。路頭に迷って野垂れ死んでないか心配だよ。それこそ、思い余って身投げとかも有り得るな。やっぱり警察に捜索届け出した方が良いんじゃないか?」
イライラを隠そうともしない店長と、青ざめて震える早希さん。瞳に涙を貯めて、オロオロと店長の様子をうかがっている早希さんを俺は見ていられなかった。
「大丈夫ですよ。店長。あの女に限って、自殺なんて考えられません。それに、この世に男がいる限り、あいつのパトロンは絶えませんから絶対大丈夫ですよ。今頃、適当な金持ちの男があいつを拾ってますって」
俺が店長をなだめるようにそう言うと、店長は眉を上げた。
「そうだとしても、それがいい男とは限らないだろ。悪い男に引っかかって乱暴されてないか心配だ。その点、お前の家だったら安全だったのにだな」
「彼女なんです。俺たち、付き合ってました。だから、早希さんをこれ以上責めるような真似しないで下さい。全部その辺をちゃんとしてなかった俺の責任なんで」
「はあ?」
店長は、目を見張って俺の顔と早希さんの顔を交互に見た。早希さんも、驚いて俺の顔をじっと見つめて来る。そりゃそうだ、こんなこと言い出すなんて、俺自身も驚いている。
「お前らが、付き合ってた? そんなまさか。そこまでの関係じゃ……。それに、俺の見立てじゃお前もみくるちゃんのことを憎からず思ってたはずなのに」
「俺は、早希さんと! 付き合ってるんです! 土岐みくるとは何でもありません。とにかく、土岐みくるが飛んだのは、俺の責任です。あいつが飛んで空いたシフトの穴は俺が働いて埋めるんで、この件で早希さんを責めるのはやめてあげて下さい!」
「優助くん……!」
感極まった様子で早希さんが俺を見つめる。俺は、そんな早希さんを安心させるように頷いた。そんな俺たち二人の様子を見て、店長はため息をついた。
「……まあ、理由はどうあれ、無断で欠勤してるみくるちゃんの責任ってことになるか。仕方ない、優助、きりきり働いてもらうぞ!」
「はい!」
店長は宣言通り、俺の8月のシフトから休みと言う休みを消し去った新たなシフト表を手早く作成し、俺に手渡した。
げ。マジか。ランチもディナーも埋まってるのに、休みが2日しかねえじゃねえか。土岐みくるがほぼ毎日働き詰めだったので、こうなるだろうとある程度覚悟はしていたが。まあ、夏休み暇だし、金もほしいし。成り行きだし。仕方ない。
俺は引きつった笑みを浮かべて店長からもらった鬼のシフト表をリュックに突っ込むと、バックルームを出て帰途についた。
困った顔でその様子を見ていた早希さんも、俺の後に続いた。
◇
自転車を転がしながら、俺と早希さんは深夜の大通りを歩く。
街灯が明るく、歓楽街が近いのもあり人通りも多い。
店から少し距離をあけてすぐ、早希さんは口を開いた。
「優助くん、なんであんなこと……私たち、いつから付き合っていたんですか?」
「みくる贔屓の店長から早希さんを助けるには、ああ言うしかないと思ったんです。すみません、俺なんかと付き合ってることになるなんて、嫌ですよね」
俺が肩をすくめると、早希さんは激しく頭を振った。
「そんな訳ない! 私、嬉しかったです。だって、私の気持ちは伝えたはずです。私、優助くんのこと、好きなんですよ。嬉しいに決まってます」
少し、怒ったような口調ではっきりとそう言われて、俺はその勢いに驚く。そんなに俺のこと好きなのかよ。マジか。いや、経験ないくせにキスまでしてくるくらいだから、本気なんだろう。
「そ、そうですか」
俺は照れて舞い上がっていたが、それを気取られるのが嫌でなんでもないフリをした。
「でも、とりあえず、言ってしまった手前、店では付き合ってるフリをしましょう。ほとぼりが冷めるまでで良いので」
「いや」
「え」
提案を拒否されると思いもしなかったので、俺は驚いて早希さんを見た。早希さんは、怒ったような、困ったような、勇気を振り絞るような、そんな逡巡を見せた後、口を開いた。
「フリなんて、嫌です。本当に、付き合いませんか?」
「えええ!?」
付き合う、俺と早希さんが!?
ていうか、俺中2の土岐みくるとの3日間以来、女子と付き合ったりしたことないのに。そんな急に。それに俺、早希さんのことそういう風に見たことないし。いや、エロい目で見たことはあるけど、でもそれは付き合うとか以前の問題というか。
俺が目を白黒していると、早希さんが、悲しそうに目を伏せた。
「やっぱり、みくるちゃんが好きなんですね。まあ、私なんて、みくるちゃんには女として敵いっこないですけど」
「そんな訳ないじゃないですか! 土岐みくると早希さんなんて、比べるまでもなく、早希さんの方がいい女に決まってます! 上品で、知的だし、清純で品行方正で、女の子って感じがして!」
「でも、みくるちゃんとは付き合ったけど、私とは付き合えないんでしょう?」
伏し目がちな悲しい顔で問われては、俺はこう答えるしかなかった。
「わかりました、付き合いましょう!」
あれ、俺、何言ってるんだろう。
「本当!? うれしい……! 夢じゃないよね? うそみたい。優助くん、ほっぺつねって」
「こうですか?」
俺は片手で自転車を支えながら、早希さんの頬に手を伸ばした。ぎゅっと柔らかい頬をつねると、力加減を間違えたようで、早希さんは悲鳴をあげた。
「わ、ごめんなさい!」
「っ痛……! うう、痛い。ほんとに痛い。でもいいの、夢じゃないってことですもんね」
えへへ、と可愛らしく笑った早希さんを見て、俺は、なりゆきを受け入れた。
まあ、こういうのもあれだろ。早希さん可愛いし、俺のこと好きでいてくれるみたいだし。あの女と違って、真面目な女子大生だから裏切られることもなさそうだ。ちょっと変なはじまりだけど。
こうして、俺と早希さんは付き合うことになった。
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