3次元嫌い・隠れヲタの俺の家に歌姫が転がり込んで来た件

みりん

10 今更

「でね、今日はかなちゃんとなみこと一緒にこの前できた新しいカフェに行って来たんです。とっても美味しいケーキがいっぱいあってすっごく迷ったんですけど、結局チーズケーキとミルフィーユとザッハトルテを1個ずつ頼んで、3人で分けっこしたんですよ!」

「へえ。よかったですね」

 俺はあくびを噛み殺しながらも、愛想よく答えた。電話中でよかった。早希さんには俺のあくびを噛み殺す変顔を見られていないはずだ。

「うん! すっごく美味しかったですよ! 優助くんも今度の休み、一緒に行きませんか? 店内は優雅なクラシックが流れてて紅茶もすっごく美味しい素敵なお店なんですよ」

「いや、俺は遠慮します。すみません、甘いもの得意じゃなくて」

 甘いものが苦手なのもあるが、女子ばっかりいるお洒落なカフェなんて場違いな場所は肩が凝ってダメだ。

 それに、せっかくの休み、どうせカフェに行くならアイプロのコラボカフェに行きたい。大音ミコが和服姿で接客してくれる等身大パネルが飾ってある店内には、ミコの新曲が流れ、コラボメニューを頼むと限定ボイスを聞けるURL付きのポストカードをもらえると噂のアイプロP垂涎のコラボカフェ。もちろん限定グッズもごっそり買う予定だが、そんなこと早希さんに言えるはずもない。

 俺は苦笑で誤魔化した。

「やっぱり、休みは家でしんでます」

「そうですよね……。シフト大変なことになってましたもんね。私のせいで」

「いえ、早希さんのせいじゃありませんよ! どちらかと言うと土岐みくるのせいです。ほんと、あのバカは責任感ってものがないから」

「いえ、私が言いすぎたからいけないんです。すみません。あ、もう夜遅いですね。明日は私もシフト入ってるんで、頑張りましょうね」

「あ、そうですね」

「優助くん、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 電話が切れた瞬間、俺は大きく息を吐いた。緊張が解けて、ベッドにごろんと寝転がる。

 付き合うことになってから、こうしてバイトで会わない日は夜寝る前に少し電話をするようになった。変わったことと言えばそれくらい。正直、バイトで疲れてるから毎晩電話するのはキツいけど、付き合ってるんだから、それくらいしてあげないとダメだろう。よくわからないけど、早希さんの友達の誰かはそうしてるらしくて、早希さんはそれにあこがれがあったと話してくれた。

 毎日、電話して、lineして、バイト帰りに一緒に帰る。

 我ながら、すごく健全な付き合いが出来てると思う。

 土岐みくるの時みたいに、3日でフラれるということもなかった。

 やればできるじゃないか、俺! 俺だって、相手を間違えなければちゃんと彼女と付き合うことができる!

 あとは、ヲタさえバレなければ、嫌われることもないはずだ。

 俺は完全に調子に乗っていた。そして、バイトで疲れた身体にムチを打ち、「アイドル♡プロデュース~シンデレラパレード~」の追加ストーリー攻略に勤しんでから眠りについた。明日、遅刻しないようにしないとな。

 ◇

 夏休みは忙しく過ぎていった。

 あいつが俺の家から出て行って、そして早希さんと付き合い始めて、早くも一ヶ月が経とうとしていた。

 その間、早希さんとの進展は特になく、相変わらず俺は早希さんの友達の名前も覚えられないまま、9月の半ばまで来た。

 もうすぐ秋学期も始まるし、ようやくこのバイト地獄から抜け出せる。

 そんなある日、珍しく店にオーナーがやってきた。

 俺はその時、店長とシェフと一緒に賄いを食べていた。

 オーナーは、俺を見つけるなり、傍に詰め寄ってきた。

「優助、おまえ! みくるに何したんだ!」

「何もしてませんよ!」

 条件反射でそう答える。しかし、店長のときと同じで、俺がそう言っても信じてもらえない。余計にイライラが増したようだ。

「んな訳ねえだろ! あのさみしがりが音信不通になるなんて、よっぽどだぞ」

「シフトサボったから、連絡とりづらいだけじゃないですか? ここはオーナーの店ですし」

 俺がそう言うと、ギロリと睨まれて、俺は途中で言葉を飲み込んだ。

「早希と付き合ってたんだってな。だったらそう言えよ。こんなことになるなら、おまえの家になんか預けなかった。ちょっとは考えろよ。みくるが傷つくのは目に見えてたろうが」

 オーナーに言われて、俺もカチンと来てしまった。

「俺のせいばかりにしないで下さいよ! 傷つけたって言うなら、妻子がいるオーナーだって同じじゃないんですか!? いくら土岐みくるが割り切ってるからって」

「バカ野郎、俺は、みくるとは寝てないよ」

「へ?」

 俺は驚いてオーナーの顔をまじまじと見つめた。真顔で、嘘をついてるようには見えなかった。

「だって、あの時自分の女だって紹介して……」

 確かに、オーナーは俺に土岐みくるを紹介した時、『俺のこれ』と言って小指を立てて見せた。

「たしかに付き合ってた。けど、セックスはしてない。あの子の腕にリスカの痕を見つけてやめたんだ」

「は!? リスカ? リスカって、リストカット?」

 オーナーは頷いた。

「おまえ、気づいてなかったのか?」

 横で話を聞いていた店長も、当然知っていた、という顔で俺の顔を見てきた。俺は焦る。

 思い返してみると、確かにあいつは、夏だと言うのにいつも長袖を着ていた。バイト中は、制服がYシャツなのでもちろん腕は見えないが、私服もそう考えてみるといつも長袖を羽織っていた。俺はてっきり女子がよくやる日焼け対策か何かだと思っていた。家の中では萌え袖がファッションとしてすきなのかと思っていた。というより、襟ぐりが深すぎて谷間が見えてたのにばかり注意がいってしまい、袖のことなんて気にしたこともなかった。

 焦る。土岐みくるがリスカ?

「だって能天気で、いつも楽しそうで――」

「本当にそうだったか?」

 オーナーに問われて、俺はまごつく。

 あの朝、寝言を言って悪夢にうなされていた土岐みくるを思い出す。

「ママ、泣かないで」

 そう言って震える土岐みくるは、とても心細そうだった。

 俺は、土岐みくるが幸せなだけの人生を歩んでた訳ではないことに気づいていた。

「みくるは、1人で眠れないそうだ。誰かと一緒じゃないと眠りに付けない。だから、男をとっかえひっかえしてるのも、セックスがしたいというよりは、添い寝がしてほしいだけらしい。……そんな顔するなよ、本当のことだ。リスカを問い詰めて聞き出した。1人で眠れない時、自分が世界で独りきりだと孤独を感じた時、腕を切ると生きてる実感が湧くそうだ。スカっとするらしい。セックスもリスカも、みくるの中では似たようなものみたいだな。俺はそんな動物みたいなセックスは趣味じゃないから付き合ってやらなかったが、そんなこと気づく男、みくるの周りの若い男にはそう多くないだろうけどな」

「まさか、じゃあ、誰かの家に預けようとしたのは、リスカを防ぐためだったんですか。それで、女嫌いの俺の家が選ばれたんですか」

 俺が尋ねると、オーナーと店長は顔を見合わせた。

「違う。みくるが、お前をすきだからだよ」

「は?」

「みくるは、中学時代にたった3日付き合っただけの優助、お前のことを忘れられないと言っていた。そして、たまたま、俺の店に同姓同名の男がいた。しかも、履歴書を調べてみるとみくると同じ中学出身だ。さらに、その男は、誰かを忘れられないでいるようだった。お前は女嫌いじゃないだろ、優助。若い奴特有の女を意識しすぎる面倒くさいところはあるにしても、うちの店の女子たちともうまくやれてたし、女だからって毛嫌いする様子もなかった。いつも、特定の誰かにこだわってストレスを貯めてる様子はあったけどな。まさか、みくるの想い人が、本当にお前だとは思わなかったが、俺は賭けてみた。お前の特定の女に対するアレルギーをみくるが払拭できるんじゃないか。みくるのリスカをお前がやめさせられるんじゃないか、と。二人がうまくいけば、みくるを救ってやれるんじゃないかと、お前に期待してたんだがな」

「勝手なこと言わないで下さい! そんなこと、今更言われたって遅いっすよ」

「そうだな」

 オーナーは、嘆息すると、店長に声をかけた。店長も応えて立ち上がる。二人は連れ立ってバックルームに仕事の話をしにいったようだった。

 俺は取り残されたシェフに気まずい視線を送られながら、残りの飯を食わなければならなかった。

 今更言われたって遅い。

 土岐みくるがリスカをするような、いよいよ精神不安定のやばい奴だったからってなんだよ。オーナーとやってなかったからってなんなんだよ。俺は巻き込まれただけだ。俺には関係ない。

 だいたい、リスカをするやつの半分以上は死なないって言うじゃないか。

 だけど、中にいる本当に死んでしまうようなやつも、リスカをしていたりする。普段は明るく振舞っていても、それは言えないだけで、独りで抱え込んでしまうタイプの人間が危ないらしいとも。

 俺は味のしないパスタを口の中に放り込み、水で無理やり飲み込んだ。

 だいたい、なんでオーナーまで、みくるが俺のことをすきだって知ってるんだよ。みくるは、オーナーに、俺がすきだと話したのか? 自分の不倫相手に? 俺には想像もできない世界だ。

 みくるは、俺に振られて、傷ついたんだろうか?

 まさか。まさか、そんなことあるはずないだろ? 心配なんか、してやるだけ損だろ……。

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