求めるもののために

ノベルバユーザー69231

偽りの悲劇

王宮の謁見の間は肉片と血と悲鳴と笑顔で埋め尽くされた。魔族による肉体的な被害者は出なかったものの、3年3組のクラスメイトは心理的に大きなダメージを負った。騎士団長のアデラードが場を収めようと声を上げたものの、血で体中を赤く染めた”化け物”の叫び声は、皆に恐怖しか与えない。


アデラードは自分が恐れられている事に気付いていたが理由がわからなかった。勇者だけでなく、王や騎士団の仲間までアデラードを見て怯えている様子を見せている。
(今まで戦ってきたのにどうしたって言うんだ。)
アデラードは仲間に心の中で愚痴を言ったが、事態が解決する訳はない。



彼がなぜを理解するのはもう少し先の事となる。そして理由を聞いた時、さらに不可解な疑問が生まれる事を今のアデラードは知らない。アデラードが海斗の魔法によって”暴走”したと知ることはないだろう。海斗の魔法を使えば事態を穏便に丸く収めることができた。だが、海斗はそれをしなかった。脱落者を出すために。クラスメイトに恐怖を植え付けるために。

海斗は必死になって笑みを崩し、真剣な表情を作ると壁に使っていた本を隠した。




魔族の魔法を受けて少なくないダメージを負いながらも宮廷魔導士団が事態の収拾に動き出した。宮廷魔導士団はアデラードの暴走を見ていない。多くの民に信頼されているアデラードが笑いながら魔族をぐちゃぐちゃになるまで切り続けていた姿を見ていない。魔族の攻撃を受け気を失っていたことが幸いした。


宮廷魔導士団は王の非難をまず優先して行い、その後魔法で魔族の肉片を燃やした。絨毯に飛び散った血は魔法ではどうにもならないため後回した。次に”壊れている”勇者達を移動させようと指示を出したところで、応援が加わる。明人が海斗の話を聞いて門番に必死になってお願いした結果だ。まぁ、倒れている姫様がいたからこそ門番は信じたのだが。

応援と魔導士団は勇者を背負って、謁見の間を出る。謁見の間に居た大臣達は魔族が現れた時点ですでに逃亡している。家臣たちも王と共に非難した。アデラードは魔導士団に血を洗い流してもらうと、救助に加わった。その際にも怯えた視線を意識のある勇者達に向けられたが、アデラードは救助を優先した。流石は騎士団長、判断能力や精神力も十分に備わっていた。
背負っているのは早々に気を失った勇者だ。

謁見の間には激しい戦闘を物語る一部を血で赤く染め直された絨毯と血と焦げた床と1冊の本が残された。その本が放つ異様な雰囲気に気付くものはいない。



……
勇者は1人の予定だったので彼らを全員寝かせられるスペースはない。仕方なく、気を失っている勇者は救護の間へ、意識がある勇者は召喚の間へと移動した。ちなみに召喚の間に移動した生徒6人に加えて明人がこれからも勇者をやっていく。

今、救護の間に運ばれた残りの生徒は脱落することになる。彼らが気を失っている間に経験した闇は魔族との戦闘の恐怖よりもはるかに暗い。海斗の魔法によって、女子は72時間魔物たちに犯され続け、男子は72時間刺され続ける夢を見ている。逃げられない恐怖が彼らを72時間襲った。





……
3日後、目を覚ました生徒の精神はボロボロになっていた。魔導士団による回復魔法も怖がり、各自が1人の世界に閉じこもった。彼らにとっては回復魔法は恐怖でしかない。夢の中で72時間使われ続けた魔法だ。”傷ついた”体を治すために。
起きたら”あれは夢か。”と言って笑えるくらいの精神の持ち主ならば、そもそも3日前に気絶していないだろう。気絶していない生徒が耐えられるかは知らないが。


教会のシスターが声を掛けても、”家に返して。”と反抗して八つ当たりする。反応があるのはまだいい方で、何を言っても”やめて。嫌だ。許して。”と繰り返し呟き、反応がない生徒がほとんどだった。

一達クラスメイトが行っても変わらない。一達は体がボロボロになるまで声を掛け続けたが無駄だった。救助隊にこれ以上攻撃されると命に関わると言われて、無理矢理やめさせられるまで通い続けたが駄目だった。

彼らは今も悪夢に追われる続けている。海斗だけがそれを知っている。気を抜けばいつでも襲ってくる悪夢に対抗するには当たり散らすことしかできなかった。無反応な生徒は足を止め、悪夢に身を委ねている。彼らの心はもう終わっていた。
そうとは知らずに救助隊は彼らを無理矢理眠らせた。必死になって逃げていた悪夢に誘ったとも知らずに。







5日後、王は決断を下した。7人を残してあきらめることを。元々、勇者は1人の予定だった。7人居れば十分と考えた結果だった。加えて、”眠り組”の生徒の中にはめぼしい力を持った生徒が居なかったことも決断の一員になった。

(40人が7人に減ったと考えれば確かに痛い決断だが、1人が7人に増えたと考えれば儲けものだ。しかも”出来のいい”7人が残った。これでこの国も安泰だ。)

王は目を覚ました娘が話す1人の勇者の話を聞きながら思った。





……
王は知らない。自分がゲームのために作られたという事を。
王は知らない。勇者はたった一人という事を。







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