才能が全ての世の中で、オレの才能は器用貧乏……

矢追 参

第三話

 ☆☆☆


 翌日から、登校してきた時や休み時間になる度に三枝から声を掛けられるようになった。基本的に偶々会うだけだが、明らかに遭遇率が増えたように思う。

「先輩は好きな人のとかいるんですか? あ……どうも、ありがとうございます……お金は――」
「いや、オレの奢りでいい。好きなやつとかは特にいねぇよ」

 休み時間に丁度、自動販売機で出くわした三枝は唐突にそんなことをオレに訊ねてきた。オレは三枝に缶コーヒーを手渡しつつも、そう答える。

「何というか寂しい学校生活ですね」
「そういうお前はいるのかよ……」
「あ、気になりますか?」
「いえ、全然」
「即答は酷くないでしょうか……」

 オレは苦笑しながら缶コーヒーを飲む三枝を尻目に眺め、オレも缶コーヒーを口にする。それから頭を掻き、やはり元気がないように見える三枝に、オレは訊ねた。

「で?いるのか?」
「いえ……今は特に」
「そっか……なんで急にそんな話したんだ?」

 三枝はオレの問いに何でもないように笑いながら答えた。

「周りの……周りの女子が最近そういう話をしているんです。まあ、私には関係のない話でしょうけれど……」
「そうかい。お前も寂れた学校生活を謳歌しているみたいで何よりだ」
「それ……嫌味ですか?」
「まあな」

 オレがドヤ顔で答えると、三枝はムスっとした表情をした。ふと、三枝は何かを考え込む仕草をとると……こんなことをオレに訊いてきた。

「そういえば、先輩は女性を胸の大きさや形で見分けているのだと聞いたのですが……本当ですか?」
「おい、それ誰が言ってたのか詳しく!」

 オレが詰め寄ると、三枝はそのぶん距離を離して胸を隠すように腕で自分の肩を抱いた。ふん……貴様のような慎ましやかな胸に興味などないわ!

 最低だな……オレ。

「まあ、強ち嘘でもないな」
「そこは否定して欲しかったですね。先輩が変態なんて……私は通報せざるを得ません」
「待て、早まるな。オレが興味あるのは胸の大きい人だけです。従って、君のような慎まし……ちょっとスマホ出してどこに電話掛けようとしてるのかな? ちょっ……お、おい! マジで警察呼ぶつもりだろ! 待ってください……おい待てって言ってんだろ!」

(閑話休題)

 本気で焦ったオレだが、最終的に冗談ですと……散々弄ばされたオレは肩で息をしていた。一方の三枝は、あれだけスマホを取り合っていたというのに顔色一つ変えていない。さすがというべきだろう。

 暫く、オレと三枝の間に沈黙が落ちた後に、三枝は何かを言いにくそうに口を開いては閉じるというのを繰り返す。仕方なく、オレは頭を掻きながら訊いた。

「何か言いたいことがあるのか?」
「っ! その……前に何でもしてくれるって言いましたよね?」
「ねぇ? 都合の良いように記憶を改竄するのやめようね? 言ってないから。オレ、そんなこと言ってないからね? 相談に乗るとは言ったけれども……」
「早速、やって欲しいことがあるのですが……」
「話、聞いてる?」

 三枝は冗談ですよと再びオレをからかい、クスクス笑っていた。だが、何か相談事があるというのは本当らしいを今度は佇まいを正し、三枝はゆっくりと語り出す。

「実は……少々、人間関係でトラブルかありまして……」


 ☆☆☆


「私は昔からよく生意気で、小学校の頃から上級生と揉め事を起こしていました。中学の時、才能が開花して……何でもズバズバと言ってしまう性格が災いして女子からハブられていました」
「なるほど。ぼっちなわけか……」
「ドブネズミな先輩に言われたくないです」
「そこなんだよ……というか、ようなを付けようよ。オレがドブネズミみたいな人間なのは認めるとして」
「そこは否定するべきでは……」

 いやいや、オレ自身常々ドブネズミみたいなカスだと思っている。例えば、電車で老人や妊婦に席を譲らないとか……それくらいにはカスだ。

 呆れるようにため息を吐いた三枝は、先輩であるオレを鼻で笑った。

 そこなんだよなぁ……。

 オレ、先輩。

「それで? 今もそんな感じってわけか」
「はい……練習をせずにずっと話し込んでいた先輩を注意したら討論になりまして。ついつい悪癖で、罵ってしまいました。そしたら、次の日から独りぼっちに……丁度その時が、先輩と出会った日です」
「仲直りしたいのか?」
「まさか。私は悪いことをしたとは思っていません。先輩は私の方が悪いと?」

 ムッした表情で三枝はオレにそう訊いた。オレは頭を掻きつつ、全く困った後輩ちゃんに言ってやる。

「さっき罵ってしまった……って、自分で言ってたじゃねぇか。言い過ぎた自覚があるんだろ?」
「それは……」

 三枝は少し言い澱み、やはりその自覚があるのか黙り込む。まあ、三枝の性格上、素直にあやまれというのも無理な話だろう。それに、色彩高校ここの連中は揃いも揃って癖の強い人間だ。

 オレのように一度爪弾きされれば、同じポジションにもどるというのは難しい。実際、四葉も被害者として扱われるようになったが、待遇の改善がされたわけではない。

 才能社会に蔓延る才能による差別……その根が深いことは、オレが一番分かっている。

「徹底抗戦するのなら……まあ、それなりの覚悟は必要だな」
「徹底抗戦……ですか?」
「そうだ。毎日、机に書かれた罵詈雑言の嵐を見たり、消しカス投げられたり、顔を笑われたり……ちっ、あとであいつらの机に落書きしてやる!」
「実体験ですか……」

 引き気味の三枝を見て我に帰ったオレは、コホンと咳を払ってから続ける。

「お前は才能がある分、嫉妬もされてただろうしな……というか、別に仲良しこよしがしたいわけじゃないだろ?」
「それは……そうですね」
「なら、このままでいいんじゃないか?」
「しかし、バスケはチームプレイです。このままだと……」

 三枝はどうするべきか割と本気で悩んでいるのだろう。正直、オレからすれば「チーム? 仲間? 何それおいしいの?」という感じなのだが……そういうわけにもいかないという。

 オレにとって人間関係は、利害関係だ。まさに千石とオレがそれであり、それ以外はクソだ。信用ならない。だから、チームがどうとか仲間がどうとか……オレにはよく分からない。オレ、友達いないからね。

 おや? 目から汗が……。

 やがて、次の授業を報せるチャイムが鳴り、オレと三枝は慌てて教室へと戻る。その間、オレはずっと頭を掻いていた。





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