才能が全ての世の中で、オレの才能は器用貧乏……

矢追 参

第二話

 ☆☆☆


 梅雨の時期と言えば六月。もはや、芋づる式のように連想でき、六月といえばそろそろ暖かくなってくるころである。そのため、衣替えの期間もあるわけだ。つまり、何が言いたいのかと言うと……もうすぐプール開きだということである。

 プール開き。真っ当な男子高校生ならば、その単語を聞いただけで興奮すること間違いなしだ。色彩高校で行われるプールの授業は男女混合で、自由。とにかく自由な時間で、ほぼほぼお遊びみたいなものである。さすがに、水着は学校指定のものだが……とはいえ、水着という合法的に女子の霰もない姿を崇むことができるのはこの時期だけだ。

 まあ、まだ……何ですけどね。


 ☆☆☆


 オレがいつも通り登校して来ると、オレよりも遅れて下駄箱まで小走りにやって来た四葉が、オレに挨拶をしてきた。

「お、おはよう……最近ちょっと遅い、ね?」
「そうか? 普通だろ?」
「うん……そうだけど……」

 時刻は八時十五分、部活の朝練も終わって生徒が教室に集まる頃だろう。つい先日までは、朝の七時に教室でスーパー格好良く(誰も見てない)慈善活動をしていた。そのため、朝のこの時間に四葉と会うことは今までなかったのだが……最近はこの時間に登校している。

 朝、起きるの辛いんですよ……勘弁して下さい。

「あ、その……ち、千葉くん? あ、あたし……ちょっと変わったところとか、無いかな ︎」
「は? 変わったところなんて全然全くこれっぽちも微塵たりとも……いえすごく可愛いですね髪を数ミリ単位で切ったんですね分かります」
「ち、違うもん……」

 どこか変わった? そう聞かれたので率直に答えようとしたオレに四葉は、相変わらず腰に挿していた木刀をオレに向けてきたのでとりあえず定番どころを口にしてみたが……どうやら外れだったようだ。

 分かるわけがないんだよなぁ……。

 心無しか木刀の色艶がいつにも増して良い気がするから、尚怖い……。

「何で……気付かないの?」
「怖いのでその色艶の良い木刀下ろしてくんない?」
「っ ︎ そ、そうだよ。木刀……新調したの!」

 知らねぇよ。

 なにそのウォーリーを探せみたいなノリ……割と序盤で気づいたけどね? なんか艶がいいなとは思ったよね。

 それから、四葉はあれよこれよと新調した木刀を振り回すので……怖い。とにかく、怖い。

 オレがそんな感じに四葉からジリジリ距離を離していると、背後から肩を叩かれて反射的に振り返る。すると、それを予想していたかのように振り向いたオレの頬に指先を押し付け、してやったり顔の女子生徒がそこにはいた。

「おはようございます。千葉先輩」
「お、おはえは……喋り難いから離せ」

 オレがそういう言うと……昨日体育棟で知り合った後輩の三枝かごめはオレの頬から自分の指先を離し、ベーっと舌を出してオレを小馬鹿にしてきた。

 この野郎。

「おはよう後輩……その舌引っこ抜くぞ」
「それは……ディープ的な意味ですか?」
「違うわ! ませがき!」
「そんなに声を荒げないで下さい。ほら、皆見てますよ?」
「誰の所為だと……」

 オレが呆れて額に手をやると、三枝はクスクスと楽しそうに笑っていた。なるほど……可愛いからちょっと許してやりたくなってしまった。可愛いというのはそれだけで得だから、本当に恨めしいな。やっぱり、許さない。

 と、オレが三枝にカマかけていると不意に悪寒が走り再び振り返ると……今度は木刀の先がオレの頬を突いた。

 おっと、お怒りですねぇ? 土下座で何とかなるかなぁ……何で怒ってるのか理解できない。

「その女の子……ダレ?」

 木刀をオレに突き付け、三枝と対面する四葉の顔が怖い。オレは木刀を突き付けられながらも、何とか答える。

「こ、こいつは三枝かごめ……後輩だ」
「三枝かごめです」
「……ぇ、三枝かごめって……」

 四葉は目をパチパチさせると、三枝の名前を反芻して驚いたような顔をしていた。それで四葉の木刀拘束が解けたので、オレは訝しげな表情で三枝を見据えた。

 四葉の反応から推測するに、三枝かごめは割と名の知れた人物なのだろう。オレは進級してから色々あったので、とても下級生の可愛い女子生徒をピックアップする余裕がなかった。

「お前、なんかすごいやつなのか?」

 オレが何気になく訊ねると、三枝はクスクス笑ってこう呟くように言った。

「先輩には教えて差し上げません」

 後に、四葉に聞いた。

 三枝かごめ……既に一年生にして色彩高校女子バスケ部のレギュラーでエースを務める大物ルーキー。その才能は【バスケ】であり、巷では電撃姫なんて呼ばれているらしい。

「多分だけど……運動能力だけなら千石さんと同等かそれ以上じゃないかな……」
「へぇ……」

 オレは四葉から三枝のことを聞きながら、そんなことを言った四葉に一つだけ忠告しておいた。

「今の……絶対、千石に言うなよ? あいつ負けず嫌いだから……」
「え? う、うん……」

 それからその日も昼休みには千石エリアへと行った。その際に、昨日放課後……本当に帰ったことを根に持った千石がオレの周りから砂糖やミルクを奪い去ったために泣く泣くブラックコーヒーを飲んで撃沈した。


 ☆☆☆


 放課後。

 梅雨であるから当然と言えば当然だが、外では雨が降りっぱなしであり、昨日のように止む気配はない。

 そんな中、千石エリアでは本日いつもとは異なったことが起こっていた。

「ふむ……男子的に萌えるポイントは女子の上目遣いということかい?」
「そっすね。上目遣いは最強ですわ……本当に」

 オレは二階堂先輩の質問にそう答える。

 二階堂先輩はオレの答えを聞くと、メモ帳に何やらツラツラと書き込んでいた。恐らくオレの答えをメモしているのだろう。

「小説のネタにインタビューっすか……大変ですねぇ」
「そう思うかい? これで中々楽しいものさ。あ、次は男子的に性的興奮を覚える女性の仕草は何だい ︎」
「それ……オレじゃない男子でもよくないっすか」
「何を言う! 私に、少年以外に仲の良い男子がいるとでも?」
「いるでしょうよ……」

 なにせ美人で巨乳、しかも日本屈指の小説家だ。二階堂先輩とお近づきになりたい男子は五万といるだろう。まあ、変人だけど……。ちなみに、オレとしてはそろそろおっぱい揉ませ(ry

 二階堂先輩はオレの返しにムッとし、豊満な胸を強調するように腕を組んだ。

「いない……実は、私は少々変わっていてな。人から避けられるのだ」
「少々……?」
「訂正しよう……私は変わっている! これでいいだろう ︎」

 なんで怒ってるんですかね。

 二階堂先輩の不機嫌度合いが上昇し、さらに胸が強調されていく。よし、もっとだ。もっといけ!

「直そうとは思わないがね。これが私の個性だから……とはいえ、いつも一人というのも寂しいものだ。だから、少年はもっと私に構うべきだと思うのだが?」
「結構、構ってると思うんですが」
「足りない。少年はどちらかといえば、揚羽くん贔屓していると思うのだが」

 と、ここで千石エリアの主人に話題が振られた。その当人は今まで読んでいた本――二階堂先輩のデビュー作――から目を離し、視線をオレと二階堂先輩へ向けた。

「二階堂先輩。千葉くんに贔屓されても気持ち悪いだけなので……冗談はやめて下さい」
「おーん? 全力で贔屓すんぞゴラ」
「そうか。冗談を言ってすまない……では続けて質問するぞ!」
「オレを置いていくなぁ!」

 本当に人の話を聞かない人達だなと思いました。まる。

 オレは疲れたようにため息を吐いて、ソーサーに置かれていたコーヒーカップを手に取り口に運ぶ。

「あ……」

 一瞬、視界の端で二階堂先輩が柄にもなく頬を赤く染めて乙女のような反応を示していたのが見えた。しかし、それも直ぐに記憶から吹き飛び……次の瞬間に、口内を苦いものが侵食する感覚にオレは身悶え、コーヒーカップを慌ててソーサーに置いた。

「に、にが……これ、オレのじゃねぇ!」
「当たり前だ! それは私のだ……よ。うん……」

 よく見てみると、オレの激甘コーヒーと二階堂先輩のブラックコーヒーが並んでテーブルに置かれていた。よく見ずに、手にとったのでどうやら間違えて二階堂先輩のコーヒーを口にしてしまったらしい。

 おや?というかこれ間接キスじゃね?

 二階堂先輩は暫くオレが口をつけてしまった自分のコーヒーカップをジッと見つめ、どんどん顔を赤らめていく。それに続いて、千石が乱暴にコーヒーカップをソーサーに叩きつける音が聞こえてくる。

 ふむ……これはハーレム系主人公によくあるシュラバ☆とかいう……あ、すみません。もう変な勘違いしないので、睨まないで千石さん。

 オレはカタカタ震え、千石の視界から逃れるようにその日は帰った。


 ☆☆☆


「ふぅ……」

 オレは慌てて千石エリアから逃げるように外まで走ってきたので、呼吸を整えるために息を吐きつつ、手に握る傘を握り直す。すると、背後から声を掛けられた。

「こんなところで賢者モードにならないで下さいよ。先輩」
「なってねぇよ! って、三枝か。部活は終わったのか?」

 オレが叫びながら振り返ると、声の主は三枝だった。見ると、装いは色彩高校の夏服で、傘を片手に所持していた。四葉から聞いた話では、バスケ部ということを聞いているためにオレは首を傾げて問いかける。

 三枝はオレの問いに一瞬怯んだ様子を見せたが、直ぐにいつもの生意気な後輩――三枝かごめの顔を作り、答えた。

「私のこと……気になるんですか? 先輩?」
「いや、別に」
「即答は酷くないでしょうか……ただの冗談です」
「知ってる。大体、そんなこと本気で言う自意識過剰な奴、オレは二人しか知らない」

 オレと千石ね。

 おい、オレ人のこと言えないじゃん。

 オレの返答に首を傾げた三枝の表情は、やはり可愛いのだが……全く下手くそだなとオレは嘆息した。

 以前まで、オレは誰からも嫌われないようにと仮面を被って過ごしていた。だからこそ分かってしまう。今の三枝は、作り物だ。無理をして表情を作っている。

 オレは頭を掻いて、可愛い後輩のために一言声を掛けてやる。

「なんかあったか?」
「……っ! 何かって何ですか? 何も……ないですよ」
「そうか。なら、無理には聞かないけどよ……一応、三枝はオレの後輩だからな。猫のお導きで出会ったわけだし? 何かの縁だろ。困ったことがあったら何でも言ってくれ。千石が助けてくれるぞ!」

 オレがビシッと親指を立てて言うと、三枝は半眼でオレを睨んだ。

「途中まで臭いですけど……格好良かったのに、他力本願って何ですか。減点ですよ」
「オレ、将来は誰かを働かせて自分は楽したいんだ」
「ヒモじゃないですか……」
「ヒモになりたい」
「最低です」
「ははは。もっと褒めろよ」

 オレが胸を張って堂々と言うと、三枝は呆れつつも笑っていた。

「……少しだけ、元気が出ました。ありがとうございます」
「何のことだ?」
「何でもないですよーだ」

 三枝はもう一度、ベーっと舌を出してパタパタとどこかへ走っていった。




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