才能が全ての世の中で、オレの才能は器用貧乏……

矢追 参

第一話

 ☆☆☆


「雨が続くな」
「いやらしいわね」
「なんでやねん」

 千石エリアで相変わらずコーヒーを飲み、まったりしている今日この頃……毎度のことながら昼休みにここまで足を運んできたオレは、千石エリアの窓から見える景色を見てそう言ったのだが……それに対しての返答が意味不明だった。

「なあ、会話のキャッチボールって知ってるか?」
「私はピッチャーで、あなたはキャッチャーよ」
「変化球有りって言いたいの?ただ、梅雨に入って雨が続くなぁって言っただけなのになんなんだ?なんで変態扱いされなきゃならん」
「雨に濡れて透けた女子高生のブラウス姿に興奮しているということでしょう?」

 そんな事実はない。多分……。

 オレはコーヒーカップをソーサーから持ち上げ、一口飲んでから目の前で上品にコーヒーを嗜む千石へチラッと目を向ける。

 春はどこへやらと季節が変わり梅雨へと入った。男子も女子も衣替えの時期に入り、千石の装いはすっかり変わっている。袖の短いブラウスにプリッツスカート、そしてブラウスの上には群青色のベストを着ていた。

 おい、ブラウスの透けブラとか見えないじゃねぇか。

「あら……ベストが邪魔だという気配を感じるわ」
「そうだな。邪魔なんで脱いで貰ってよろしいですか?」
「欲望に忠実すぎるのよね……あなたは」

 千石は呆れたように額へ手を当てため息を吐く。

 失礼な……欲望に素直だと言って欲しい。あ、それ同じ意味か。

 オレはお茶請けとして出されていた煎餅をボリボリ齧り、渇いた喉を潤そうと甘いコーヒーを流し込む。

「なあ、千石さんや」
「何かしら千葉くん」
「前々から思っていたんですが、君のこの妙な……うーん、ちょっと言葉にし難いな……とにかく、白米とコーヒーとか、煎餅にコーヒーとか合わない」
「あら?そう?」

 完璧超人の千石揚羽だが、唯一と言ってもいい弱点はこれかもしれない。組み合わせが致命的に悪い……そこは人それぞれなのだろうが、激甘なコーヒーを飲みながら白米を食べたりするか?

 食後はともかく、この女は食べながら飲むのだ。あり得ない……味覚が卓越しすぎていて、もはや凡人のオレとは一線を画しているとしか思えない。

「ふ……」

 千石はポッドから改めて暖かいコーヒーをカップに淹れ直し、熱いそれを冷ますように息を吹きかける。千石はオレの分も淹れ直してくれ、オレも千石を真似るようにフーフーしてからコーヒーを口にする。

 その瞬間、バンっと思いっきり千石エリアの扉が開け放たれたため、オレは驚いてむせ返った。咳き込みつつ現れた人物を見ると、一ヶ崎だった。その後ろには二階堂先輩がおり、二人の影に隠れるようにして立っている四葉がいた。

「まーた二人でイチャイチャしてる〜。うちも混ぜてよー」
「「してない」」
「そんな息ピッタリで否定されても説得力がないぞ?」
「「違います」」
「う、羨ましい……千石さん、ウラヤマシイ」
「「怖い……」」

 オレと千石は同時に頬を引攣らせ、目の据わった四葉を見てそんな同じ感想を口にする。で、三人が千石エリアへ来た理由を訊ねたところ……どうやら先日に千石が良かったら遊びに来いと言っていたので、今日来たらしい。

 千石は三人にコーヒーを淹れ、三人はそれぞれ淹れてもらったコーヒーを飲んだ。一ヶ崎、二階堂先輩、四葉の三人共々ブラックで……。

 オレと千石はそんな三人の目の前で再び淹れ直したコーヒーにミルクとスティックシュガーが打ち込み、それを口にする。

「「「…………」」」
「「…………」」

 二対三で謎の沈黙が舞い降りた。

「ふむ?前に私とデートした時はブラックじゃなかったかい?少年……」
「オレは元々甘党ですが?それを言うなら……一ヶ崎も甘党じゃないのか?」
「うちは元々苦い方が好きだもんね!というか、コーヒーはブラックに限るもん!」
「は?」
「むぅ……」

 はい、ここにブラックコーヒー派VS激甘コーヒー派の勝負が爆誕☆

 オレと千石は、ブラック派の二階堂先輩と一ヶ崎に対面し、睨み合う。ちなみに四葉は外野でこそこそとメモ帳に何か記していた。

「千葉くんは甘党千葉くんは甘党千葉くんは甘党……」

 怖い……何がとは言えないが、怖い。

 ふと、全員の動きがピタッと止まった気がした。二階堂先輩を除いた全員が、何かに気が付いてハッとなったかのようだった。危うくスルーしかけて、慌てて気が付いたような反応である。

 オレの隣に座っていた千石は、必殺目が笑っていない笑顔をオレに向けるとこう言った。

「危うく聞き流しそうだったのだけれど……あなた、二階堂先輩とデートなんてしたの?」
「は?まあ……それを言うなら一ヶ崎ともしてるけどな」
「二人っきりで?」
「二人っきりで」

 おや?何やら女子軍団から剣呑な雰囲気を感じるような……。


「フーちゃん先輩いつの間に……」
「色葉くんもコソコソと……」
「あ、アタシ……皆と一緒にクレープ食べた時にしか……」
「私は別にあなたとデートに行きたいとかそんなこと微塵も思っていないわ。いないわよ?」
「お、おう?分かってるよそんなこと……」
  
 四葉はともかく千石とは毎日学校で二人っきりだし、デートとか別に……おっと、この考え方はまるで自意識過剰なハーレム主人公じゃないか。危ない危ない……皆がオレのこと好きなの前提の話とか後で後悔することになるのでやめておこう。

 オレは四人の視線を受けても特に何か言うこともなく……最終的に千石の機嫌が悪くなってお昼休みが終わった。その際に、不機嫌な千石が「放課後は来なくていいわ……」と言ったので絶対に行かないことにした。物凄く来て欲しいオーラを出してたいたが、来なくていいと言われれば行かないのがオレである。

 同じクラスの四葉に関しては、空いてる日を訊ねられたが華麗にスルーしようとしたが木刀をオレの首筋に突き付けて、真っ黒い笑みを浮かべていた四葉に逆らえず……今週の土曜日にデートしてすることが強制的に決まってしまった。

 まるで充実しているかのような学校生活だが……何だろう?僕の自由はどこへ?

 土日はここ最近忙しくて溜まっていたアニメを消化し、ゲーム三昧の宴の三昧と意気込んでいたというのに……一日潰された。

 オレはそんな感じに意気消沈し、その日の授業が終わり次第帰る。その時には、雨が止んでいた。

 テレテレと玄関口から教室棟を出ていく、オレの視界の中に黒猫が紛れ込んだ。こんなところに珍しいと思い、オレ(動物大好き)は興味本位で猫を追いかけた。

 猫は体育館等の運動施設がある体育棟の裏に駆けて行き、オレはその後付いていく。暫くして、体育棟裏で毛繕いをし始めた猫を物陰からオレは観察する。

 あら……可愛い。

 何か餌を持っていなかったかなとオレは自分のバッグを漁り……特に何もなかったことに落胆する。と、そんな時だった。

「…………覗き?」
「違うわ!っと……だ、誰だ?」

 突然、背後から覗きという冤罪を掛けられたオレは反射的に否定し……振り返るとそこには一年生を表す緑色のネクタイをした女子生徒がいた。女子生徒はオレのネクタイを見ると、少しだけ佇まいを直した。

「失礼しました……先輩でしたか」
「いや……別に」
「しかし、覗きは良くないかと」
「覗いてな……くもないか。まあ、覗き見してるのは人じゃなくてねこだけどな」
「猫……?」

 オレが言うと気になったのか、女子生徒も物陰から毛繕いに勤しんでいる猫を見ると、納得したように頷いた。

「なるほど……これはまた失礼しました。先輩」
「いや、分かってくれたら別に……」

 オレはここで初めて女子生徒を良く見て、中々可愛らしい後輩じゃないかと驚いた。

 ショートカットのサラサラな髪は肩口で切り揃えられ、前髪もしっかりと整えられている。少し勝気そうなツリ目に、スラリとした手足と白い肌……引き締まった身体を見るに何かスポーツでもやっているのだろう。ちなみに、戦闘力はB〜Cと見た!

 最低だな、オレ……。

 後輩ちゃんは、一先ず礼儀としてか先輩であるオレより先に自己紹介してきた。

「私は三枝さえぐさかごめです。見ての通り、一年です。先輩」
「あぁ、オレは千葉修太郎だ。見ての通り、二年だ。宜しくな」
「……千葉先輩?千葉先輩って、あの千葉先輩でしょうか……?」
「多分。あの千葉はこの千葉じゃね?知らんけど」

 オレが適当に答えると、三枝は神妙な面持ちでこう言った。

「中間テストで堂々の一位を飾り、五門先輩とのサッカー勝負で圧勝した……一部女子生徒の間で格好いいと評判の――千葉先輩ですか?」
「はい!それ!それオレ!オレね!」

 嘘は言っていない。だって?全部事実ですし?

「女子に人気なのは嘘だです」
「おいこの野郎」
「嬉しかったですか?せ・ん・ぱ・い?」

 なんだこの先輩を舐め腐った後輩は……どこかクールな印象は千石に似ていたが、これはまた別種だ。千石がクールを装ったドジっ子(笑)だとしら、三枝はSっ気の強いクールキャラとなる。

 誰得なの?それ……。

「あ……私、そろそろ部活ですので……またお会いしましょう」
「あ?お、おう……」

 礼儀正しくお辞儀して駆けていく彼女の後ろ姿を見つめながら、オレは頭を掻いた。







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