才能が全ての世の中で、オレの才能は器用貧乏……

矢追 参

第四話

 ☆☆☆


 結局、一ヶ崎にオレをストーキングしていた理由を問いただしたがはぐらかされ、無理矢理話を切り上げた一ヶ崎はパタパタと走り去って行ってしまったので理由を聞くことはできなかった。

 オレは頭を掻き……嘆息しつつ千石エリアへ向かう。もう毎日あいつのところへ足を運んでいると思うと、まるでオレが千石に猛烈にアタックしている野郎に見えるが……それだけは全力で勘弁して欲しいところですね……。

 千石エリアに着いて扉を開けると、やはりいつもの調子で千石はコーヒーカップ片手に優雅なお昼タイムを送っていた。テーブルには千石の手作りであろう可愛らしいパンダがモチーフのお弁当が広がっていた。

「凝った弁当だな」
「そうかしら?」

 白米と海苔でパンダの顔が作られており、ブロッコリーで木々を見たて、ほうれん草がいい感じに笹っぽい。アニマル弁当とか案外料理好きなのかもしれない。
  
 だが、コーヒーと白米は個人的にだが絶望的に合わないと思っているため、オレは内心で千石をバカにした。

「あら……今私のことをバカにしたかしら?」
「してない」

 ナニュラルに思考を読むのはやめて頂きたい。プライバシーの侵害ですよ?

 オレはいつも通り購買のパンをコンビニ袋から取り出し、千石の向かい側に座ると食べ始める。それを見た千石は何か考え込むようにすると、こう口を開いた。

「あなた毎日パンよね」
「まあ、そうだな」
「よければ、私がお弁当を作りましょうか?一人分作るのも、二人分作るのも変わらないもの」
「…………マジか」
「マジよ。食費は貰うけれどね」

 むむ……いや、だがお昼に千石揚羽が作ったお弁当を食べられるということを考えれば食費くらいは……全く問題ない。あの完璧超人千石揚羽の手料理だ。多分、豪邸のシェフ並みに美味いはずだ。

 オレは頭を掻き――一つ提案した。

「よし、ならその弁当一口食わしてくれ!それで判断する」
「いいでしょう…………なぜあなたの方が上から目線なのかしら……?」

 たしかに……むしろオレからお願いすべきことのように思われる。ま、まあ気にしたら負け。

 千石は肩を竦めつつ……少し所在無さげにすると頬を赤く染めながら自分の箸をオレに渡してきた。

 な、なん……だと?千石揚羽の箸だと?

「ま、まだ使ってないわ……」
「あ……そう」

 残念無念……使用済みだったらよかったのに。

 オレは千石の箸を持ち、早速パンダを食そうと箸を進めたところで千石がどこか悲しそうな目で自分が作ったパンダを見ていることに気がつき……オレはそこで箸を止めて一旦引き戻す。すると、千石の表情が明るくなる。

 再び、箸先をパンダ近づけるとドヨーンと悲しそうにし、遠ざけると明るくなるということを数回繰り返した。

 オモロイ。

 結局、食費を払ってお昼を作ってもらうことしました。まる。


 ☆☆☆


 六限目が終わり……まさか数学の小テストが抜き打ちで行われる思っていなかったが、中間テストで身に付けた勉強癖が功を成したらしくあまり苦労しなかった。

 まあ、授業を真面目に聞いているかは別問題なんですけどね。

 オレは帰りのホームルームが終わったタイミングで、運動靴に履き替えて早く千石のところへ行こうと席を立った。すると、そのタイミングを見計らったようにギャルギャルグループの人達……総勢六人がオレの退路を断つように二つある教室の出入り口を塞いできた。

 不穏な空気に帰り時のクラスメイトや部活へ向かおうとしていたクラスメイトは固まり、オレとギャルギャルグループ――長いからもうギャルズ――の面々を交互に見ていた。

 ゲラゲラ男子は剣呑な空気を敏感に察し、ギャルズに肩を貸すようにオレの前に入って嘲笑う。

「ギャハハ!女の子に睨まれてびびってやんの〜」
「ゲラうっさい。あとキモい。死ねば?」
「あ…………はい」

 と、ギャルズの頭領らしき人物がオレの前に立っていたゲラゲラ男子を瞬殺する。怖いなぁ……ギャルの「うっさい」「キモイ」「死ねば?」は三種の神器。並みの男子なら大抵死にたくなるな!

 その三連発を喰らったゲラゲラ男子は完全に意気消沈し、教室の隅で真っ白に燃え尽きていた。オレはゲラゲラ男子を一瞥して直ぐにギャルズ頭領に目を向ける。

 天然物じゃない褐色肌で派手に盛った金髪だが、メイクはあまりケバい感じはない。どちらかというとナチュラルメイクで素材の味が出ているといったところか……所謂、黒ギャルという人種のようで相応に可愛い部類だろう。少し身長も高めで――ほうほう、重要なパイパイはB〜Cといったくらいの普通さですな。

 ははは、オレくらいのおっぱいソムリエになれば見ただけで戦闘力を測ることができる。ちなみに二階堂先輩と千石は測定不能。直視するとオレの目が潰れる。物理的に……。

 オレは千石に目潰しされる想像に震えつつも黒ギャル――ギャル子と命名――に何の用だと問い掛けた。

「そこ、退かせろよ。帰れねぇだろ」
「は?意味分かんないんですけど?」
「日本語が分からないなら渡米でもしたらどうだ?」
「何言ってるか分かんなーい。つーか、キモ。こっち見んなよ。キモいんだよ童貞!」
「あぁ?」

 ブチっとオレのコメカミに青筋がたったのが分かる。おいおい、このクソアマなに言っちゃってくれてんのかね?キモイだのなんだの……まあ、百歩譲ってキモイは許そう。女子の胸見て戦闘力を測るくらいにはキモイ自覚がある。

 おい、それ相当キモイじゃねぇか。

 …………し、しかしだ。童貞だけは許せない!

 オレとギャル子は睨み合う。こいつオレに喧嘩売りにきたって解釈でいいのか?おぉー?やっちゃうよ?オレ、やっちゃうよ?女の子でも手出ちゃうよ?

「あんたさぁ?最近マジに調子乗ってるよね?」
「なんだ急に調子がどうとか……そうだとしたらなんだってんだ?」
「うざいってんの!足弥くんと勝負とか調子に乗りすぎだっつーの。鏡見たことある?あんたみたいなブサイクと、足弥くんみたいな超イケメンとかそもそも戦える土俵じゃないっしょ?」
「だからなんだ?」
「はぁ?そこまで言わないと行けないわけ?どんだけ馬鹿なんですか〜?だから、調子にのんなって話!あんたみたいなのは大人しく縮こまってりゃいいのよ!」

 ふと周りを見ると、クラスメイト達も同意見かのように頷いてオレをクスクス笑っていた。底辺は底辺。三角形の底辺は大人しくそのままでいろと……皆は言う。

 その真意なんて知らないし、知りたくもない。

 眉間に皺を寄せ、本気でオレが怒鳴ろうとした時……スッと教室の隅で大人しくしていたある女子生徒が――四葉刀華が椅子をガッと鳴らして立ち上がったためクラスメイトの視線が四葉へ向かった。

 ギャル子は立ち上がり、何かを言いたそうにしている四葉を見て忌々しそうにしている。

「何なのさ?何か言いたいことでもあるわけ?ねぇ……四葉さん?」
「ひっ……」

 悪意の視線を受けて四葉は怯えていた。だが、それでも必死に……真摯に何かを伝えようとクラスメイトの嘲笑を含む視線を受けながら拙い言葉を紡ぐ。

「そ、その……こういうの良くないと思うの!あの……えと…………皆でよって集って虐めるのは…………えと」
「へぇ?つまり、四葉さんは二股ヤリチンクソ野郎の肩持つんだ?みんな〜?今の聞いてた〜?笑っちゃうよね〜!」

 アハハハハッ!

 オレと四葉に向けられた笑いの喝采。侮蔑と嘲笑……必死に道徳を説こうとする四葉の話は誰も聞かない。何故なら、彼ら彼女らの中で虐めは正当なこととして成り立っている。オレが明確な悪だからだ。

 二股ヤリチンクソ野郎の肩書きは伊達じゃない……オレを虐めることは正当で、正義だ。それが今日まで行われてきた虐めの根幹にあるもので、それはオレの自業自得も含む。

 ギャル子はすっかり怯えて震えている四葉を壁際まで追い詰めるとドンっと壁ドンした。それで四葉は肩をビクリと震わせ、今にも泣きそうな顔でギャル子を見上げていた。

「ホント……ムカつく。いっつもオドオドしてて何言ってるか分かんないんだよねー?ねぇ?あんたも二股ヤリチンクソ野郎みたいに虐められたいってことでいいの?」
「っ!」

 オレは女子同士の壁ドンというレアシチュエーションに場違いながらも興奮した。

 おぉ!あれが噂に聞く壁ドゥ〜ン!ははは……そんな場合じゃないって?はいはい、分かってますよ……もう本当に嫌になっちゃいますなぁ。

 オレは頭を掻きながら四葉とギャル子の様子を見る。

「ほら〜?虐められたいの?嫌ならさぁ……今からここで服さ?脱ぎなよ――」

 そのギャル子の一言にクラスの男子が興奮したように奇声をあげ、女子は何が面白いのかクスクスと笑っている。

 オレも何となく笑っておくか!え?そうじゃない?

「ほら……早くしなよ。……早くしろっての!」
「ひぅ……」

 ギャル子が脅すように壁を叩いたからか、四葉は反射的に制服の上着に手を掛けた。

 恐らく四葉は現在、一種の恐慌状態に陥っていて正常な判断が出来ていない。しかも、絶え間なくストレスを与えられていたせいか過呼吸になり掛けている。このまま負荷を与えれば症状が悪化するだろう。

 四葉は震えまくる手で制服のブレザーを脱ごうとする――オレはその状況を冷めた目で眺め続ける。あれだけ話しかけるなと……暗に余計なことをするなと忠告してきたのに変な介入をしてくるからこういうことになる。立場的弱者は、大人しくしておけばいいのに……そう大人しくしていればいいのにそれが出来なかったんだよな。オレも……お前も。

 オレは頭を掻いていた手をそこでピタッと止めて、次の瞬間には笑っていた。それも大笑いである。

「ふははははは!はははは!!くっふふははははははははははははははっ!!」
「は、はぁ……?キモ……」

 ギャル子は爆笑するオレを見てポツリとそうつ呟く。他にもオレを見るクラスメイトの目は気持ち悪いものを見る目であり、四葉は呆然とオレを見ていた。

 オレは一頻り笑い声を上げてから、こう口を開く。

「またまた女が釣れたみたいだが……四葉みたいなブサイクじゃあなぁ……おいおいギャル子よぉ?どうせならお前はどうだ?オレと遊ばないか?」
「は……はぁ!?な、何言ってんの!?マジキモいんですけど!?」

 ギャル子は寒気がするように両手で自分の身体を抱きしめてオレから距離を置く。オレは肩を竦めて見せて続けた。

「そうかい……まあお前みたいなブスじゃあオレ様の相手に相応しくねぇけどな!」
「はぁ!?あんたに言われたくないんですけど!」
「はっ、人のこと言えねぇだろブス。このクラスの連中は揃いも揃ってブスばっかで堕とす価値もねぇ。なのに四葉みたいなブサイクが釣れるなんてなぁー本当に想定外だぜぇ……やれやれ」
「あ、あんた何言って……」
「言わなくちゃ分かんねぇのか?バカじゃないのか?」
「こ、このっ……!」

 ギャル子は怒ったようにオレへ詰め寄ってくる。オレはギャル子に詰め寄られ、胸ぐらを掴まれながらも……なお続けた。

「それに比べて千石はいい女だぜ……顔もそれなりにいいしよぉ。てめぇみたいなブスよりも何倍もいい女だぜ?くくく……」
「キモっ……最低!二股ヤリチンクソ野郎ってマジな奴じゃん!誰があんたみたいなクズを好きなんのよ!」
「お前なんて鼻から相手にしてねぇよブスが。オレが千石といつも一緒にいるのは知ってんだろ?今は千石を絶賛攻略中ってわけだなぁー。だから、お前みたいなブスも、四葉みたいなクソブスも相手してる暇も……なんなら馬鹿ばっかのクラスの女子を相手してる暇ないわけ。日本語分かるかな?ププッ」
「――ッ!サイっテイ!!」

 バチンッという音の後、オレはクラスメイトおよそ三十余名から平手打ちやら腹パンを喰らった。


 ☆☆☆


「い、いてぇ……」

 逃げるように教室棟の裏まで走ってきたオレはそこで蹲り……悶絶レベルの痛みに顔を歪ませた。

 結構思いっきり引っ叩かれたり、腹を殴られたりした。なるほど……あれが俗に言う袋叩きか!怖いなぁ……。

「あぁ……今日はサッカーの練習は無理……だな」

 千石に謝罪のメッセージを飛ばそうとスマホちゃんを取り出すと……まるでそれを遮るかのように凛とした声が聞こえた。

「その必要はないわよ」
「…………あぁ……嗚呼、千石か」
「ええ、私よ。私を攻略中の千葉修太郎くん?」
「…………聞いてやがったのか」
「ええ。来るのが遅かったから……何かあったのかと思って教室まで迎えに行ったわ」

 そりゃあ……よかった。説明の手間が省ける。

「悪いが……お前の攻略は、今日はできねぇよ。見ての通りこのザマでな」
「知らないわよ。今日も特訓よ」
「だから……できねぇって……」
「全く……」

 千石は蹲りオレのところまで来ると一発軽いデコピンをしてきた。

「いて……」
「何が攻略よ……私にくらいは本当の……あなたの本心を曝け出してもいいのよ?」
「いやいや、結構曝け出してる……だろ?」
「そんなことないわ。あなたは……ずっと一人よ。今回のことだって、元からそうする予定だったのでしょう?」
「…………」
「無言は肯定と見なすわ。前にも言ったけれど……あなたは考え事や悩み事がある時に必ず頭を掻くのよ。最初は例のサッカー勝負のことだと思っていたけれど……そうじゃないことは直ぐに分かったわ」

 オレはただ黙り続けた。

 きっと……この女は勘違いしている。オレはオレのためにしか行動しない。オレの行動原理に他の理由はなく……他者の介入は絶対に許さない。

「あなたは――」
「千石」

 オレは千石が何か口走る前にそれを遮り、何とかその場から立ち上がるとこう言った。

「練習……するぞ」
「…………そうね。そうしましょう」

 千石は悲痛な面持ちでオレに肩を貸して歩き出す。オレは千石の肩を借りながら、ただ前に向かって歩いた。

 絶対にこのサッカー勝負勝って……あのギャル子の顔を真っ赤にしてやると、そう心に誓って。




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