才能が全ての世の中で、オレの才能は器用貧乏……

矢追 参

第二話

 ☆☆☆



 美少女に呼び出されて思い浮かぶこと――場所によるが多くの男子諸君は告白とかそんな淡い妄想するだろう。いやいや、青春ですなぁ……私は青春を失った身故、学校一の美少女に呼び出された瞬間に思い浮かんだのは嘘告白ですね。それをドヤ顔で振る妄想ってしたことない?

 妄想とはいえ、あれの気持ち良さは異常。そして、それが真っ先に思い浮かぶオレも異常。

 夢も希望もヘッタクレもなく……オレには現実と絶望と虐めしかない。明るく捉えたら、「僕毎日皆にちょっかいかけられるくらいには人気者!」である。

 ヤダァ……何それ怖い。

 と、現実逃避もここまで。教室の入り口に立ち、オレを探す千石揚羽の目は……何の杞憂もなくオレの姿を捉えてピッタリと止まり、流れるような仕草でスタスタ歩いてきたかと思うとオレの手を掴んだ。

「……ぇ」

 誰が発した声なのか……そんな小さな驚愕はクラス全体へ広がっていく。千石揚羽がオレの手を握ったように見えたのだろう。が、当の本人たるオレからしたら掴まれたという表現が正しい。

 ちょっ……女のくせになんつー握力!?

 ギギッという音がオレの手から聞こえるくらい強く握られ……掴まれていた。

 まあ、たしかに驚く。千石揚羽は学校一の美少女が故に、その一挙手一投足が他人の目によく写る。そして他人の目に写る彼女は大抵の場合、一人で本を読んでいて誰かと一緒にいるところなど誰も見たことがない。

 千石はこれまた女の子とは思えないような腕力で、ラグビー部の人よろしくオレの手を引き上げて無理矢理椅子から立ち上がらせた。

 うん。簡単に立ち上がっちゃうオレ氏弱すぎぃ……。

 千石はオレの顔を、目をじっと見つめると……すぐに目の前に見える小さな唇を開いた。

「千葉修太郎くん……ね?私のことは知っているかしら」
「……せ、千石揚羽だろ?」
「知っているのなら自己紹介はいらないわね。さあ、一緒に来てちょうだい」
「え?は……はぁ?」
「来なさい」
「あ、はい」

 突然やって来て、何やら色々と話を進めた挙句に無理矢理連れ出そうとしてきたので警戒したオレはそれに抵抗しようとしたが……猛獣に睨まれた小動物が果たして抵抗できようか?いや、出来ない(反語)

 オレは二つ返事でガクブルしながら震え、千石に手を引かれながら教室を出ようとした直前。そこで例のゲラゲラとオレを嘲笑う男子生徒……名付けてゲラゲラ男子がオレと千石が手を繋いで――いるように見える――いるのを黙って見ることが出来なかったようで千石に向かって叫んだ。

「せ、千石さん!そいつに何の用があるか分からないけど……そいつ裸で女子に襲い掛かるような変態だよ!?なんで手なんか繋いでいるのさ!」

 手を繋いでる(笑)

 もう一度言うが、これは繋いでいない。掴まれているのだ。まだ握られているというのなら聞こえが良い。なんなら、捕まえられているという方がもっとしっくりくる。

 ということなので、絶賛どうして捕まえられているのか分からないオレです。オレって実はレアポケなのかなって勘違いするまである。

 んなわけねぇか……。

 そういえば、最近ウルトラなんたらって名前で最新作出てたな。買おう買おう……などとオレが現実逃避している最中に、前を行く千石がゲラゲラ男子の訴えに立ち止まってクルリとそっちに目を向けた。

「黙りなさい」
「ひっ……は、はいぃぃ」

 ひぃぃぃ!?

 と、オレじゃない奴が言われたのに何故かオレまで悪寒を感じて震え上がってしまった。

 ゲラゲラ男子は完全に沈黙し、というかガタガタ震えている始末……ププッ。ちょっと面白い。

 千石揚羽はオレを捉える手を離し、両腕を組んでゲラゲラ男子を見下すように顎を上げる。とてもSっ気たっぷりな表情をしていらっしゃる。我々の業界ではご褒美です……オレ、ノーマルだけど。

「人を貶めることしか出来ない低脳は机の前で精々小さくなっていなさい。特に、あなたのように誰かの力に頼るしか能のない人間……今の社会では歯車にもなれないわよ?」

 なりたくない。社会の歯車社畜人生……。

 どうやら若者のブラックブラックという考え方は、愛社精神でだまらせるというのが昨今の企業の考え方らしい。やっぱり、夢は公務員。強いて言うなら、ヒモになりたい。

 働きたくないでござるよ……。

「さあ、行きましょう」
「了解でござる」

 おっと、間違えた。

 千石はゲラゲラ男子への興味を無くしたように再びオレの手を掴み、まるで引き摺るようにオレを教室から連れ出した。


 ☆☆☆


 千石揚羽に連れてこられたのは、教室棟の隣に建てられた建物……図書館である。図書館は我々生徒から図書室と呼ばれているが、室なんてレベルじゃないほどデカイ。蔵書量は数万冊だとか……。

 図書室にいる生徒たちは静かで、オレと千石が一緒にいるところを見ても興味無さげに各々のやりたいことをやっている。

 視聴覚スペースで映画を見たり、個別スペースの机で勉強したり……または読書をしたりしている。

 こんな誰にも笑われない状況なんて久々だなとオレは頬を掻きながら苦笑しつつ、千石は図書室二階にあるとある部屋へオレを通した。

 どうやら学校側から千石に与えられた個人スペースであるようで、部屋の中には古い本が詰まった本棚と、コーヒーを淹れる器具一式が置かれていたりと……幾らか私物が持ち込まれていた。

「いいのか?こんなに私物持ち込んでじまってよ」

 オレが部屋を眺めてから指摘すると、千石は至って普通に答えた。

「私の部屋だからいいのよ」

 あっそ……。

 千石は向かい合って置かれたソファに座り、ポッドの中にある熱々のコーヒーをマイコーヒーカップへと注いでいく。白く高価そうな陶器で、パンダのワンポイントがある可愛らしいコーヒーカップだ。

 千石はさらに紙コップへコーヒーを淹れると、オレに向かい側のソファに座るように促してきたのでコーヒーを飲むついでに座るかと……オレは大人しくソファへ腰を下ろした。

 べ、別に千石さんに睨まれたら怖いなぁとか……そんなこと考えてないですよ?ははは……はぁ。

「あなたはブラック派かしら」
「砂糖とミルクがねぇコーヒーはコーヒーじゃねぇ……」
「あら、そう」

 千石は意外と気を利かせる人間のようで、スティックシュガー一本とミルクを一つ……ソファを挟んだテーブルの上にあったところからオレの前に置いてくれた。

 …………。

 オレは黙ってさらにスティックシュガーを四本手に取り、合わせて五本のスティックシュガーをコーヒーにぶち込み、ミルクを三個流し込む。すると、千石が信じられないものを見る目でオレを見た。

「意外ね……あなた甘党なのかしら……?」
「何が意外なのか知らないが、オレは甘党も甘党だ。甘いもの大好きだな。もはや、愛してる」
「好き過ぎるでしょう……」

 甘いものは別腹という理論と同じだ。

 千石は呆れた風に手を顔にやっていたが……やがて、自らもスティックシュガーを五本手にとってミルクを三つコーヒーへ入れていた。人のこと言えないだろ……。

「何かしら?まるで、人の事言えないだろっていう顔をしているわ」
「してねぇよ。どんな顔だ……」
「あなたのような顔よ」
「具体的に言え具体的に……」

 どうせ言えないだろうとタカを括ったオレは、得意げにコーヒーを一口飲み……暖かい甘味にホッとしながら千石の返しに耳を傾ける。

 千石はコーヒーカップをソーサーに置いて、顎に手をやり考え込んでから答える。

「そうね……気持ち悪い……かしらね?」
「ただの悪口じゃねぇか!」
「最初からそう言っていると思うのだけれど……」
「張っ倒すぞ」

 なんて毒舌な女なんだ!と、オレは苦々しい顔で千石を見た。千石はそんなオレの顔を見て、楽しそうにクスクスと笑っている。いつものなら他人から笑われれば気分が悪くなるが、千石のこの笑顔が嘲笑ではないからか……存外不快にはならなかった。

 ただし、気持ち悪いと言われたので結果的に気分は害された。精神的苦痛を味わったので賠償請求したい。

 オレは頭を掻き、そろそろ本題に入って貰おうとオレから切り出す。

「で?なんか用があるんじゃねぇのか?ないなら帰るぞ」

 お昼もまだだし……そう言ったオレに、千石はコーヒーを一口飲んでからこう口を利かせた。

「あら……こんなに可愛い女の子との会話を楽しもうという気はないのかしら?余裕がない男の人は直ぐに足下を掬われるわよ。もう少し余裕を見せた方がいいわ」
「う、うぜぇ……」

 物凄く当然のように可愛い女の子って……自分で言う事じゃないだろそれ。日本人の謙虚な姿勢を大事にしようぜ。グローバルな世の中になっても、独自の歴史って大事だと思うんです。はい。

「冗談はさておき……本題に入りましょう」
「おい」
「千葉くん。さっきから話の腰を折らないでちょうだい」
「折ってんのはお前だよ!」
「お前だなんて……野蛮ね。あと気持ち悪いわ」

 え?なんなの?この女。

 誰だよ可愛いければ全て許すとか、全て良しとか言ってたやつ。ちょっと面貸せよ。

 あ、それ僕でした。

 千石は軽蔑の眼差しでオレを見つつも、ようやく本題に入ってくれるようで口を開く。ここまで来るのにオレのライフがガリガリ削られてしまった。

「私があなたを呼んだ理由を端的に言うと……あなたと協力関係を結ぼうと思って声を掛けたのよ」
「協力関係……だと?」

 端的に言い過ぎだろ。むしろ、それ結末。終端をポンって言われても過程がないと感動もなにもねぇんだよ!

 まあ、さすがに千石も今ので理解できるとは思っていない。補足するように説明をする。

「あなたは百夜万里によってこの学校一の嫌われ者となり、現在は最底辺でミジンコのような高校生活を送っているわね?」
「そうなんだけどよ……他人に言われるとムカつくな」

 たしかに惨めに最底辺で虐めの仕返しを繰り返すオレはミジコンだろう。というか、虐めに関しては半分自業自得な面もある。公衆の面前で、今では黒歴史にもほどがあることを語っていたのだから。

 おや?目から汗か……。

 しかし、そんな周知の事実(泣)を改めて掘り返してこの女は何がしたいというのだろうか。オレにその事実を再三認識させて泣かせたいというのなら泣いてやろう。今なら、わんわん泣ける自信がオレにはある。

 千石は一本に結わえた髪をファサッと手で払って背中に流し、顎に手を当て妖しく微笑みながら話を続ける。

「あなたはこのままでいいのかしら?このまま……ミジンコのような生活をしたままで」
「ふむ……」

 オレは中途半端に回る頭で千石揚羽の思考を読もうと考えを巡らせる。最初に協力関係を結びたいと言った……ということは、千石がオレをこの状況から脱させる代わりに、オレは千石のために何かをやるという関係を結ぶということだ。

 もしくは、共通の何か目的を果たすための協力……考えれば色々出てくるものだ。所詮は凡人のオレが天才様の思考を読むなんておこがましことだ。

 ならば……また変なことに巻き込まれる前に断ってしまおう。もう誰かの歯車に使われるのはごめんなのだ。どうせ千石も都合が良いときはオレを使い、悪くなれば捨てるのだろう。さすがに今回の件で何も学んでないと思われると心外だ。

 千石は目を瞑っているオレに、さらに続ける。

「私はね……見て見たいのよ。自分勝手な理想だけれど、自己中心的な理想だけれど、子供のような夢だけれど……『努力が才能をする』という美談をね」
「……?どういうことだ?」

 オレはすぐに断ろとしたところで……その言葉を一旦飲み込み千石に訊ねた。

 要領を得ない言い方だったが、気になってしまったのだ。千石の憂いを帯びた表情で発せられた『努力が才能を凌駕する』という前時代的考え方を……。

 努力なんて言葉は現代の才能社会ではすっかり失われてしまった下らない理論となっている。全ては才能で決まり、完結する。才能が無い者は、才能がある者の引き立て役にしかなれない。脚光を浴びるのは常に才能ある者だけ。

 そんな時代で、そんな社会だから……自然と努力なんて言葉は失われていった。努力しても天才には届かない……そういう固定観念。

 だから……オレはそんな単語を天才の中の天才である千石揚羽が口にするとは思わなかった……それでオレは魔が差して訊ねてしまったのだ。

 千石はどこか自虐気味な表情でオレの問いに答えた。

「私は【完璧超人】。することなすこと全てが完璧で……完璧に終わる個人で完結してしまった詰まらない人間よ。人が三日かかってすることも、私は一日で……一時間で、一分で終わらせてしまう。覚えてしまう……」

 それだけ聞くとどれだけ羨ましい才能なんだと万人は思うだろう。実際、オレにもそんな才能があったらと常々思うし、こんなことを平然とのたまう女を恨めしくお思い、妬ましく思う。しかし、諦めたような表情する千石の顔を見たらそんな気持ちも吹き飛んだ。

 そうか……学校一の才女で、【完璧超人】という類い稀ない才能を持つ彼女だが……彼女は『努力』したいのだ。したくてもできない……頑張るということせずに完璧で完結した才女は、『努力』したいのだ。

 そして、人並みに挫折し……人並みに頑張りたいのだ。それは美談というよりも、少年漫画の主人公のような夢だ。

「私はこの才能で全てが決まる世の中が嫌い。そして、私は『努力』を踏み躙る私自身が嫌い……だから、私があなたにお願いすることは……あなたに私を超えて欲しい。私はそのためなら何でもするわ」
「…………」

 千石は切実にそう願う。

 なるほど千石の気持ちは分かった。協力関係とはつまり、オレが千石を越えるための努力とやらをする代わりに、千石はその手伝いでも今の状況の打破でも……とにかく、オレに関わる全てのことへの協力は惜しまないということなのだろう。

 しかし、オレはもう誰かのお願いを聞くなんざ……ごめんだ。千石の気持ちは何となく分かるが、オレにも事情があるので断らせてもらおう。

「……分かった。協力する」

 …………。

「あら……意外とすんなり聞いてくれるものなのね。こんな漠然としたお願いなのに……」
「たしかに漠然としてるな」

 オレは頭を掻きながら、努力して自分を超えろなんて師匠が弟子に言うような言葉を吐いた天才少女を見つめる。

 本人の言うように漠然としたお願いで意味が分からないかもしれない。だが……そう。

 って言われてしまってはねぇ〜??

 そうニヤリと笑うオレに、千石はどこか苦笑したような表情を浮かべ……ポツリと口にした。

「……お人好しね」
「うっせ……」

 オレはこれで話は終いだと切り替え、続けて話を進める。

「で?まずオレはどうすればいいんだ?」

 オレが千石にそう問いかけると、千石は目を瞑って顎に手をやって考え込んでから……「まずはそうね……」と呟いてから答えた。

「あなたは今、間違いなく最底辺の人間よ。学校で一番嫌われた人……散々利用された挙句捨てられた人」

 はい、そうです。その通りなんですけど……なんですか?やっぱりそういう事実確認でオレを泣かせようとしているんですか?泣きますよ?うえーんうえーん。

「あなたを利用した才能を持つ人たちを、才能に奢る人たちを見返したいとは思わない?もしもそう思うのなら、次の中間テストで一位を取りなさい」

 私を超えるのならそれくらいはやってもらわないと困るわ……なんて最後に呟いて、千石はオレに言った。

 …………それって同じ学年にがいる時点で詰んでるんですけど?

 千石揚羽は【完璧超人】。つまり、全教科において隙がないパーフェクト美少女なのだ。中間テストはゴールデンウィーク明けにある。つまる所、あと二週間くらいしかないということになる。

 死ね。

 おっと間違えた。

 何が問題なのかというと、その二週間でオレは今回の中間テスト……国語、数学、英語等の基礎科目全六科目においてオール満点を取らなくてはいけないということだ。

 なぜなら、テスト結果は毎回学年毎に張り出されるわけだが千石揚羽は必ずどんなテストにおいても一位で、全教科オール満点しか取らない。

 言うなれば、この女は暗に全教科オール満点で私と同率一位になれということだ。オレが中間テストで一位になるには……それしか方法がない。一つの失点で二位になるし、その上千石以外の天才たちもいるのだ。

 オレがそんな天才たち相手に……勉強で?

 ははは。

「断るのなら……べつに構わないけれど?」

 と、どこか挑発的な笑みを浮かべる千石にオレは首を横に振った。

「いいや……やってやる。オレも丁度見返してやりたいと思ってたんだ」

 そうだ。これは千石のお願いを聞くためじゃない。これは、オレがオレのために千石を利用して……今まで散々オレを出汁にしやがった連中を見返すためのまたとないチャンスなのだ。

 だからオレは……とことん、千石揚羽という人間を使う。それはきっと、千石揚羽が見たがっている美談でもあるから彼女はオレへの協力を惜しまない。

 あとはオレの頑張り次第……器量と裁量だ。

 どちらからともなく……オレと千石は手を出し合って固い握手を交わす。

「オレは千葉修太郎」
「私は千石揚羽」

 キーンコーンカーンコーン……と鳴り響くチャイムの中、二人の男女が図書室のある一室にて……そんな不可思議な協力関係を結んだ。

 ふとオレは、お昼ご飯を食べていないことに気が付き……教室に戻った頃にはオレの弁当の中身はゴミ箱に捨てられていた。

 食べ物を粗末に扱うなって習わなかったのか……?






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