記憶のない冒険者が最後の希望になるようです
第47話 ユイとデート
「ねえユイ、この後、暇?」
「あ、うん、家事もある程度終わったし、何? 稽古でもする?」
マトイとのデートを終えた翌日、チャンスは朝食の片づけを終えたユイに声をかける。
「あ、うん。この後、暇ならどっか出ない?」
「え? ……あ、うん」
手合わせか何かの誘いだと思っていたユイは、チャンスの口から出たどこかに行こうという言葉の意味をすぐに理解できず、戸惑いながら返事をする。
「……どういう風の吹き回し?」
「いや、こう色々とユイともあったでしょ? ちゃんと、話をゆっくりした事なかったなって」
「ふふ、本当、今更な話ね。いいわよ? ちょっと待ってて?」
チャンスの言葉を聞いて本当に今更だなぁと思いながら間も、こうやって声をかけられた事に嬉しく笑みが浮かんでしまう。
「で……二人をデートさせたかった、と?」
「マトイ殿には申し訳ありませんが、私としては父上と母上には仲睦まじくいてほしいので」
一方、少し離れた場所でチャンスとユイの様子を窺うアズラエルとマトイ。
今回チャンスがユイをデートに誘ったのはアズラエルからの提案だった。
「んー……まぁ、そこはチャンス次第だからいいけど、チャンスとユイだけで、大丈夫? 実体験から言わせてもらうけど、散歩で終わると思うよ?」
「そこに抜かりはありません! 父上はフソウに不慣れ故、散歩で終わりました! 足りない知識は補えば良いのです!」
「そうだねー、カマエルはかわいいなぁ」
マトイが自分がチャンスとデートした時の経験からアズラエルに忠告すると、アズラエルはそこは抜かりはないと胸を張って答える。
マトイは小さい子供の自慢を誉めるような温かい視線をアズラエルに向けていた。
出かける準備を終えたチャンスとユイ。チャンスはこっそりと巻いた羊皮紙に目をやる。
(フソウデートマニュアル? どこで手に入れたんだ? アズラエルは……)
それはアズラエルが、チャンスにユイをデートに誘う様に伝えた際、手渡した羊皮紙。
内容は最新のフソウデートスポットが網羅されているという娯楽ペーパーだった。
「? どうしたの? 妙な顔して」
「あ、うん、大丈夫、大丈夫? 大丈夫だと思いたい……」
「……アッハイ」
不意に立ち止まったチャンスの様子にユイが声をかけ、チャンスは素早く羊皮紙を懐にしまうとごまかすような笑いを浮かべる。
ユイはチャンスの返答に不安を感じながらも、デートを開始するのであった。
「お、動くよ?」
「……あくまで邪魔をしないように後をつけるだけですからね?」
少し離れた場所からマトイとアズラエルが二人のデートを見守るように後をつける。
最初に二人が立ち寄ったのはフソウにある市場だった。
出島として東西様々な品物がこのフソウに入ってくるため珍しいものが数多く立ち並び、二人の目を楽しませる。
「こういう市って、どこにでもあるものだけど、ここは活気があるわねー」
「楽市楽座って言う 商人だけの特権じゃなくて、誰にも開かれた自由市場、らしいよ」
ユイは露店で売られる東西の様々な品物に目を止めてウィンドショッピングを楽しんでいる。
(楽市楽座、織田に徳川……このフソウやスオウの国は多分戦国時代か戦国時代前後の知識を持った転生者か何かが建国したんだろうなぁ)
一方チャンスは完全に生前の記憶を思い出し、この戦国時代から江戸時代によく似た文明文化に自分以外の転生者の影を感じていた。
「そういえば、チャンスって記憶戻ったんでしょ? 何やってたの?」
「え? ああ……自衛隊って言う軍に所属して困っている人を助けていたよ」
不意にユイから自分の思い出した記憶の話を振られ、チャンスは前世という言葉を端折って自衛隊に所属していたことを伝える。
「軍ということは……チャンスも戦争していたの?」
「ううん、僕が所属していた軍の一番偉い人は戦争が嫌いでね。基本は災害救助が主な活動だったな」
「ふーん……大変な仕事だったのね」
陸軍2曹だった時代に参加した救助活動の話をする。ユイは真剣な表情でチャンスの会話を聞いて相槌や感想を返してくれる。
「…………ユイ、君の故郷は――」
「そんなにおっかなびっくり聞かなくてって、大丈夫よ。……自分の事は軽く話せるのにね? チャンスは」
不意にチャンスは会話を止めて、聞きにくそうにユイの過去を聞く。
うろ覚えであるが夢の中でユイの過去を見た記憶があるチャンスはなぜかここでユイの過去を聞こうとした。
ユイは最初に笑みを浮かべて、最後はあきれ顔でチャンスに答える。
「あ、いや、実際、僕の昔ってそんな大した話でもないし?」
「……ん、そう?」
「うん」
そこで二人の会話は途切れ無言で市場を歩いて抜ける。
二人が次に向かったのは書店。初期の活版印刷技術があるのか、値段は高い方だが月一回の贅沢と思えるほどの値段設定だった。
「すごい……東側の西方翻訳書と西方の東方翻訳書、両方あるんだ……西側はグラウス帝国の支配によって共通語が広く浸透しているからあしら」
「いやー、いっそ壮観だね」
(パンフレットに赤丸が二重でついてたけど……アズラエルの趣味かな?)
二人が立ち寄った書店はフソウで最も品ぞろえの良い書店で、チャンスからすると古風な雰囲気の図書館のような店構えに見えた。
「おお! これは最新訳版の古今東西物語が!」
「目的、忘れない程度にね? アズラエル」
二人のデートを監視しに来たマトイとアズラエルだったが、書店に入るとアズラエルは本来の目的を忘れて自身の知識欲を満たそうと本を買いあさる。
マトイはアズラエルほど興味がないのか、チャンスとユイのデートを監視しながらアズラエルをやんわり注意している。
「ん?」
物色を始めたユイに付き添っていたチャンスは何となく、誘われるように一冊の本へ手を伸ばす。
それは、一人の予知能力を持つ少年の物語。
未来を読むことができれば、その日の雨の数さえ言い当てる、そんな少年は世界の滅びを予知してしまう。
少年は、安堵とともに絶望した。
何故なら、それは遠い未来――少年の死後の出来事だからだ。だが少年は、必死になってその滅びを回避しようと人々に訴え続けた。
しかし、誰も信じない。それは、あまりにも荒唐無稽だからだ。
だから、少年は別の手段に出る。
未来予知の力で、遠い未来を改変すべくいくつもの手を尽くしたのだ。
しかし、何度試みても滅びの未来は回避できない。
それでも諦めず、何度も何度も試みて――
ついに、滅びを避ける最後の希望を予知したのです。
全てをやりつくし、老年となっていたかつての少年は願います。
ああ、予知の中でこの本を取った異世界からやってきた最後の希望よ。君にどうか、願いたい。
君と、君の愛する者の生きる世界を、どうか救ってくれ。
(……何だ、これ……)
偶然手に取った本、それにはまるで今日この日、この本を手に取って立ち読むラスト・チャンス自身に向けられているような言葉が書いてあった。
「どうしたの? チャンス」
「ふあ!?」
不意に背後からユイが声をかけてきて、油断していたチャンスはびっくりして変な声を上げてしまう。
店内で立ち読みしていたほかの客がチャンスの悲鳴を聞いて、静かにするようにと伝えるような目でチャンスを睨んでいた。
「ふうん? 絵本? 四季記? 知らないタイトルの本ね?」
ユイはチャンスの肩からチャンスが手に持っていた本を覗き込み、タイトルと内容を見る。
「ぼっ、僕も聞いたことないから、きっ、気になって!!」
(う、ああああ、背中、背中!? やわっこい!?)
不意にチャンスの背中に伝わる二つの柔らかい触感。そして耳元をくすぐるユイの吐息とユイの髪から漂う香り粉が鼻腔を擽る。
「? チャンス? 体調でも悪いの?」
「いや、何でもないよ……」
ユイは無自覚にやっているのか、耳まで真っ赤にして硬直しているチャンスの様子に体調を気遣う。
チャンスは上ずった声で何でもないというと足早に書店を出て、ユイもそれを追いかけるように出ていく。
店内に残った客達は二人の甘酸っぱい雰囲気ににやにやしていたり、怨嗟の視線を向けて爆発するように嫉妬の神に祈りを捧げていた。
「この餅と緑茶の甘みと苦味がいい感じだね」
(チャンスって味の好みがお年寄りっぽいわよね、とは黙っておこう)
書店から足早に立ち去った二人が向かったのは茶屋と呼ばれる軽食を提供する飲食店だった。
餡子を包んだ餅を頬張り、緑茶で洗い呑む行為にほっこりするチャンスと、そのしぐさを見て故郷にいた老人と重ね合わせてみているユイがいた。
「…………」
「? お代わりいる?」
無言で頬杖をついてチャンスを見つめ続けるユイ。そのユイの視線に気づき、皿が空っぽになっているのを見てチャンスはユイがお代わりを頼んでほしいと勘違いした。
「それは頼むけど! そうじゃなくて!」
チャンスの斜め上の回答にユイはガクッと崩れながら苦笑する。
咳払いして空気を入れ替えると真剣な表情でチャンスを見つめる。
「……何か、聞きたい事があったんじゃないの?」
「…………ん」
ユイがそう聞くと、チャンスは短く返事をしてしばし黙り込む。
「ユイのことが、知りたい」
「……私の、こと?」
ユイのことが知りたい。チャンスがそう伝えると今度はユイが黙り込む。
言いたくなければ言わなくてもいい、その言葉は飲み込んだ。
それはあまりにも……ずるい、チャンスはそう思ったからだ。
「知りたいけど、知る方法がないから……ユイから聞きたい。……そう、思ったんだ」
「アズラエルが、いるから? だから――」
「ユイだから……知りたいんだ」
ユイだから知りたい。その言葉を聞いた瞬間ユイの顔は火が付いたように赤くなる。
とっさに顔をチャンスからそらし、赤くなった顔を隠す。
落ち着こうとすればするほど動悸は激しくなり、自分が分からなくなりそうになる。
「? ユ――ふえ!?」
「今、こっち見ないの!」
急にそっぽを向いたユイを心配して覗き込もうとしたチャンスの頬を抓って顔を逸らせる。
こぼれそうになる笑みを、少女は必死に押し殺す。
今の顔を見られたくなかった……きっと、ひどい顔をしているから。
拒絶されないだろうか? そんな不安は不思議となかった。
この人なら、受け止めてくれる――そう、自然と信じられた。
「……今日、最後に全部話すね?」
結局、自分はこの人に参っていたのだ、と少女はそう素直に自分の気持ちを受け入れた。
茶屋で休憩を終えた二人が次に向かった先は、歌舞伎といわれる東方の伝統芸能劇の舞台を観た、内容はスオウで実際にあったという題材の劇だ。
スオウのとある国のお姫様が、その姉によって運命が翻弄されるお話。
ある意味で、自分とは逆の立場のお話だった。
劇の最後には、海に逃げようとして船が火矢によって燃やされる。
姫は紅の天女となり、空へと去っていった、というオチだ。
一人くらい、あの姫様の味方になってもいいじゃないかっ!? とラスト・チャンスは怒っていた。
そうね、とユイは答える。もし、あの物語の中に貴方がいたら、きっとそうしてハッピーエンドに変えていたでしょうね、と心の中で付け足して。
舞台劇を見終えて、外に出た時には空は夕焼けに染まっていた。
メイリュウ神社へと戻る途中、橋の上で二人は立ち止まる。そしてその橋の上で、少女は少年に語りだす。
長くなるわよ? そう語る少女に、構わないよ? と少年は当然のように即答する。
だから、少女は語った。素直に、隠すことなく、審判の神に愛された少女の半生を。
少女が、少年と出会うまでの旅路を――
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