記憶のない冒険者が最後の希望になるようです
第22話 枯れた遺跡
オルグ達が住処にしている枯れた遺跡はホップ村から4時間ほど南に下った森の中にあった。
その遺跡は少し小高い丘の上に建っており四方に見張り塔が建っている小さな町だった遺跡。そして丘の周辺だけが、なぜか森の浸食を受けずに足首までの長さの低い草が生えているだけの開けた場所になっている。
「僕が先行するから、合図したらついてきて」
マトイがマスケット銃を構えながら身を低くして、遺跡の城門へと近づく。
特に異常がないのか、マトイは手招きでチャンス達を城門へと呼びよせる。
「猟師の言った通り狼がいますね……何匹かいるようですけど……」
「今の遠吠えから把握できるのは三匹だね」
城門に近づくと狼と思われる動物の吠え声が聞こえてくる。時間差で最初の遠吠えに応えるように別場所から狼と思われる動物の遠吠えが聞こえる。
耳を澄ましていたエリザベートが遠吠えした動物の正体を狼と断定するが、数まで把握できなかった。同じように耳を澄ましていたマトイは自信を持った表情で狼は三匹と断定する。
チャンス達が城門にたどり着くと、両開きの分厚い木製の扉が壁の両脇に取り付けられている城門が聳え立つ。
だがその城門を支える巨大な蝶番は長い年月を雨風に晒された錆や経年劣化で扉は半ば開いたままの格好で固定されている。
「見える範囲には誰もいないね。元は町みたいだったけど、ほとんどの家屋が朽ち果ててる」
城門の隙間から遺跡内部を覗き見たマトイが中の様子を知らせ、先行して遺跡内部へと入る。
続いてチャンス達が城門を潜り抜けて遺跡へと入れば、かつては栄えていたかもしれない町の残骸が眼下に広がった。
「こっちに生物がいる」
かろうじて崩壊を免れた廃墟の一つに近づき、中を覗き込んだマトイの言葉に緊張が走る。
マトイが覗き込んだと同時に廃墟にいた生物もマトイに気づいたのか、激しい吠え声をあげる。
「狼かっ!」
武器を抜いたモヒとカンが廃墟に入ろうとするが、それよりも早くマトイのマスケット銃が火を噴き、ギャウンという動物の悲鳴が廃墟から聞こえた。
狼を仕留めたマトイはそのまま滑り込むように廃墟へと入る。1拍の間をおいてギャンっと狼より甲高い泣き声が廃墟から聞こえた。
「皆来て、コボルトを捕まえた」
チャンス達が廃墟の中に足を踏み入れると、ロープに繋がれて横たわる狼が血を流し、瀕死の重傷を負っていた。
その近くでは鱗に覆われた皮膚とネズミのような尻尾、毛の抜けた犬のような頭をもった生物がマトイに腹部を踏みつけられて悲鳴を上げてた。この生物がコボルトと呼ばれるモンスターだ。
「デギボググスバ、ギヅロンビボダゲセダバギゾググス」
「え?」
マトイはマスケット銃の銃口をコボルトの頭に押し付けて意味不明な言葉を喋る。
チャンスはマトイがいきなり意味不明の言語を喋りだしたことに驚く。
「ゴスグパゾボビバンジビギス?」
「ボボビパゲサギゴスグド、バギボギゴスグド、ダブガンンゴスググギス」
マトイはチャンスの戸惑いを無視しながら意味不明の言語をコボルトにしゃべり続ける。
コボルトはマトイの言語が理解できるのか似たような発音の言語で返事を返す。
「この遺跡には残り2匹の狼と残り4匹のコボルト、群れのリーダーのオルグと、頭のいいオルグ、いっぱいのオルグがいるって」
「結構な数がいるな。まあ、オルグは一匹見かけたら最低十匹はいるって言われてるしな」
マトイはコボルトを踏みつけたまま、先ほどの会話内容をチャンス達に説明する。
マトイの話を聞いたモヒはマトイがコボルトと会話したことに何の疑問も抱かず、軽口をたたいている。
マトイはさらに2~3質問を繰り返し、コボルトから聞きたい情報を仕入れるとマスケット銃の引き金を引いて、コボルトの眉間に銃弾を撃ち込んだ。
「どうやらここに住み着いたオルグは勢力争いに負けてここに流れ着いた部族の残党らしいよ」
マトイは仕留めたコボルトの死体を漁り何か戦利品がないか探りながら、コボルトから聞き出した情報を伝える。
「マトイはコボルトの言葉わかるの?」
「うん、オルグ達の言語は覚えていて損はないからね。ほかにも何種類かは喋れるよ」
コボルトは目ぼしい物は持っていなかったのか、マトイは残念そうにため息をつきながらチャンスの質問に答える。
「とりあえず、残りの廃墟も家探しだな。さっさとオルグどもを叩き潰してぇぜ、ヒャッハー!」
コボルトと狼がいた廃墟に目ぼしいものがないことが分かったモヒカン兄弟のカンはベロリと鋲付きの鈍器を舐めながら次の廃墟への移動を催促する。
モヒのその姿を見てチャンスとエリザベートは同じイメージを抱いたのかお互い顔を見合わせ、苦笑しながら次の廃墟へと向かった。
コボルトと狼がいた廃墟から少し離れた場所に二階部分が押し潰れた館のような廃墟があった。
館の周囲には元は庭園だったのか、手入れもされずに長い年月が経った草木が鬱蒼と生い茂っている。
マトイが屋敷の廃墟に残る扉に錬成した聴覚コーンで屋敷の中の音を調べる。
「中に……4……6? 聞こえる範囲で結構な数の寝息が聞こえる」
マトイが小声で屋敷の廃墟内に複数隊の生物の寝息が聞こえることを知らせ、全員に緊張が走る。
「扉を開けると同時に突入、不意を突きましょう」
チャンスが大まかな行動方針を立てて全員武器を構える。
「行くよ……入って!!」
マトイが扉を開けて、最初にモヒカン兄弟、次にチャンスとエリザベート、そして最後にマトイが屋敷の廃墟に突入する。
「デッ、デビギュグ!!」
チャンス達の突入と同時に屋敷の中で寝ていた生物達も叫び声をあげて飛び起きる。
「おせぇ!」
「ヒャッハー!!」
最初に突入したモヒの斧が、カンの鋲付きの鈍器が起き上がろうとした猿の毛が生えた子供……オルグの頭部をかち割る。
「セイハッ!!」
エリザベートは跳躍し、一回転して遠心力を加えた踵落としをオルグの頭部へと浴びせ、オルグの頭部を陥没させる。
「フッ!!」
チャンスは二体のオルグの間を通り抜け、すれ違いざまに双剣のファルシオンを振り抜いてオルグの首を飛ばす。
「右方向、増援!!」
マトイが警告を発すると同時に、廃墟の奥からオルグを一回り大きく、筋骨隆々にさせた大型のオルグが四体とその脇を狼が駆け付けてくる。
「錬成……散弾!」
「ギャンッ!!」
マトイがマスケット銃の引き金を引くと、銃口からは無数の粒状の弾薬がまき散らすように発射される。
マトイの銃は狼たちには致命的なダメージを与えたが、大型のオルグは筋肉が鎧となっているのかダメージを与えはしたが、行動不能にするほどのものではない。
「ありゃオルグの上位種ベルグじゃねえか。こりゃちょっと気合い入れねぇと」
兄のモヒが大型のオルグの正体を知っていたのか、ペルグと手のひらに唾を吐いて斧を持ち直す。
モヒの言葉を聞いて、チャンス達もベルグに対して警戒レベルを上げる。
「ギンビュグギャグッ! ゴンブヂ、バササンビガガゲデジャス!!」
ほとんど雄叫びに近いオルグ言語を叫び、4体のベルグが一斉に襲い掛かってくる。
その手には装飾の施された鈍器や本来は置物だと思われる調度品で殴り掛かってくる。
「ふぬぐっ!! ぐっ……ぐぐ!!」
兄のモヒは二丁の斧で受け止め、鍔迫り合いに持ち込む。ベルグの力はかなり強いのかモヒは顔を真っ赤にするほどの力を込めて必死に押し戻そうとしている。
「兄者っ!? くそっ! どきやがれ!!」
弟のモヒが兄の加勢に入ろうとするが、調度品を振り回すベルグに妨害され近づけずにいる。
「ゴンバザ! ヅバラゲデゴセダヂンボゾグレ!!」
「何を言ってるかわかりませんが、あまり良い内容ではなそうな雰囲気ですねっ!!」
エリザベートに向かったベルグはなぜかエリザベートを捕らえようと素手で組み付こうとする。エリザベートは自分を見て興奮するベルグに嫌悪の顔を向けて、組み付こうとする手を叩き落とし、喉やこめかみに蹴りを食らわせて反撃する。
「うおおおっ!」
「ゲゲギ、ヂョボラバド!!」
チャンスは双剣のファルシオンで演武を踊るように舞う。チャンスと対峙するベルグはチャンスの舞うような攻撃に翻弄され、軽症ではあるが次々と傷をつけられ、忌々しそうに叫ぶ。
もし、この戦いに観戦者がいたら気づいただろうか。いつの間にかマトイの姿が見えなくなっていることに。
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