私はもう忘れない

林檎

届いた想い

  カズは自分の体が眠っているはずの病院まで全速力で走った。
  意外に距離があり思っていたより時間がかかる。

「...こういう時車とかがあればいいんだけどな」

  この場にふさわしくないであろう悠々とした感じで言った。

「...今はこれしかねぇ。大人しく...走れ」

  さっきから走りっぱなしで息が絶え絶えのカズは話すことでさえ辛い。それに対して男は余裕そうな表情。少し怒りを覚える程だ。
  その後はひたすら走りおよそ20分位で目的の病院に辿り着いた。

「はぁ...はぁ...」

  病院の壁に手をつけ息を整えようとするが、今までこんなに走ったことがないため実態ではないにもかかわらず吐きそうな感覚だ。
  
「...はぁ...ここが目的の病院か」

  病院を見ながら男はつぶやくように行った。
  肩で息しているため流石に疲れているようだ。だが、それでも話す余裕があるようだ。

「早く中に入るぞ」
「......。」

  先に行く男を後ろから追いかける形でゆっくり歩き始める。
  休みたいが今は休んでいる場合ではない。少しずつだが葵の体は死へと向かっている。

「ここだろ?」

  男が指さしたプレートには『志麻一成』と書いてある。
 長い間自分の体には近づいていないため、何となく入りずらい。
  躊躇っていると男はドアを開けずにそのまま中へとはいっていく。

(一言もなしかよ)

  呆れたがもうこの男だから仕方がないと思うしかない。
  カズもこんな所にずっと居る訳には行かないためすり抜けた。
  中を見ると案の定葵がいた。だが、様子がおかしい。

「何があったんだ...?」

  目を閉じている時点でおかしい。
  眠っていると言う可能性もあるがその割には顔色が悪い。

「もしかしたら何か思い出したのかもしれねぇーな」
「思い出したらなにかまずいのか?」
「思い出すのは別に構わない。だが、そのスピードがちょっとまずいかもしねぇ」

  男は顎に手をあて考え込んでいる。
  珍しいこともあるものだとこの場には関係ないことが頭をよぎった。

(スピード...思い出す速さが関係してるってことか?)

  カズも男ほどではないがこの体になって結構経つ。だが、こんなことは今までない。
  
「お前はないのか?今までこんなことになってしまった患者。」

  男は何かと手慣れている感じだ。カズがこの体になって戸惑っていた時に助け舟を出した人がこの人だ。だがら、実質『先輩』になるんだがあの軽い性格のためそう思えない。

「今まで何度かあったが、その時は直ぐに体がもたなくなって死んで行った。こいつももう時期かもしれねぇーな」
「...は?」

  死んで行った?
  同じようになったやつ...

「で...でも全員じゃないんだろ?生き残ったやつだって中には...」
「この状態になること自体珍しいんだよ。その珍しい奴らの中でも葵のようなやつは希少種だ。」
「なんで、葵が希少種なんだよ?確かに、他のやつより思い出すことがなかったかもしれねぇーがそれが何かあるのか?」

  今までのヤツは記憶がなく慌てふためいていたが大体の事情を説明し、思いつく場所に行けば直ぐに記憶を思い出し何とかなった。
  記憶を思い出してもどうにもならないやつとかもいたが...

「記憶を直ぐに思い出すことが出来ない理由がある。」
「その理由はなんだ?」
「......2つあってな1つは体の方の脳が正常に機能していない場合。又は体がもう限界の場合だ。」

  右手を一本たて説明してくれた。

「んで、もう1つが『思い出したくない』記憶がある時だ」

   「思い出したくない記憶?」

  葵にそんな記憶があるのか?
  生きていた頃は分からないが一緒にいたあいつからはそんなの感じられないが...

「記憶がないんだから当たり前だろ。とりあえず落ち着け」
「...ナチュラルに心の中読むのやめろよ...今心臓が出るほど驚いたぞ...」
「顔に出てたのと。口にも出てたぞ」

  にやけながら言う男に殺意が湧きつつ、自分は相当焦っているのだと自覚した。
  落ち着くためにまず深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
  この短時間で色々ありすぎて正直心身共に悲鳴をあげている。
  今までこんなに走ったり考えたりすることは無かった。ほとんどの人はパターンがある。
  直ぐに記憶を思い出し体に戻れた人、言う事を聞かずにそのまま怨霊になった人、霊体が体から出るが直ぐに体が持たなくなり死んだ人。
  大体はこんな感じだ。それに、分からないことがあれば『ノート』を見れば大体のことは書いてある。だから、こんなに焦ったりすることは無かった。
  今回も『いつも通り』で終わると思っていた。
  だが、何故か今回はこのまま終わらせる訳にはいかない。そんな気持ちが出てきている。

(なんでこんなにこいつを守りたいんだ?こいつが死んでいつも通りだと。体が持たなかったから仕方がないと。そう思えばいい。)

  そんなカズの心境を察したのかしてないのか男は黙ったまま葵を見ている。
  傍から見たら変態だ。
  大の男が寝ている(倒れている)高校生をガン見しているのだから。

「何かあんのか?」

  カズは近づき男に聞いた。
  この男は軽いやつだが、気づくところには気づく。頭の回転も早い。何か分かったことがあるかもしれない。

「いや......今はまだ、確証がない。」

  そういい葵を抱き上げるとそのままドアへと歩き出した。

「どこかに運ぶのか?」

  追いかけるように歩き始めそう聞くと男はドアをすり抜ける直前。
  耳を疑う言葉を放った。

「お前と葵。何か縁があるかもしれん。で、それが葵を死へと追いあっている可能性が高い。」

  思いがけない言葉にカズは思考が止まった。

「お...れと...葵に縁...て...」

  やっとでた声は自分でも驚くほど小さく意識していないと聞こえないほどだろう。
  それくらい驚いているのだ。だって、自分は葵とあったのはこの体になって初めてだ。
  もしかして、この体になる前に葵に会っているというのか?

「考えるのもいいが今はこいつをどうするかだ」

  そう言うとまた歩き出しドアをすり抜けた。
  カズも少し遅れて後ろを追いかけるように歩き始めた。

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