私はもう忘れない

林檎

信じる思い

    時間は遡り分かれ道へ

「んじゃ、後は頼むぞ」
「こっちこそ!お願いします」
  二人は分かれ、カズくんはある家へと走っていった。
(俺の後ろから嫌な気配がなくなった。つまり、葵の方へと行ったてことか)
  カズくんは後ろを確認しなくても今が作戦通りになったことを理解した。
(早くしねぇーと葵があぶねぇー。急げ!)
  全速力で走り続けた。すると、あるマンションが見えてきた。
「あそこか!」
  カズくんは真っ直ぐマンションの中に入りエレベーターを動かし乗った。
「つ...疲れた...たく...こんな体なんだからよ...疲れなくたっていいだろ...」
  文句を言いながら息を整えていた。
  エレベーターが目的の階に着き止まった。ドアが空いたらそこには人が立っていた。だが、驚いた様子でエレベーターの中を見ていた。
  カズくんはふと立っている人の手を見てみるとボタンを押そうとする一歩手前で止まっていた。
(なるほどな...)
  一人で納得するとそのまま真っ直ぐ歩き出した。
(怪奇現象ってこういう事だったりするんかねぇ〜...)
  と考えながらもカズくんは急ぎ足で目的の部屋まで行った。
  インターホンを押すか悩んだが、また怪奇現象の類に勘違いされても面倒だからこのまますり抜けることにした。
(そもそも知らねぇー奴がインターホン押しても怪しまれるだけだしな)
  自分に言い訳をしながら中へと入った。すると、部屋の中を見たカズくんは動きを止めた。
「なんだ...これ...」
  カズくんが目にした光景は、ゴミ溜めみたいな部屋だった。
  床は子供のおもちゃやペットボトルのカラ、お弁当のゴミなどが散らばっていて足の踏み場があまりない状態だ。
  台所も生ゴミや色々なゴミでいっぱいになっており、普段から料理はしていないことが分かった。
  そして、一番目を引いたものは、部屋の中央にある椅子に座り遠くを見つめている女性の姿だった。
(あいつが女の子のお母さんだってか?あいつの話だったらすごく綺麗な女性って聞いてたんだけどな)
  女性の目には生気がなくあまり物を食べていないのか痩せこけてしまっていた。周りをよく見るとお弁当のゴミはあるがほとんどが台所に捨てられている。
(食べねぇーんだったら買うなよ...)
  心の中で思いながらカズくんは女性の目線の先を見た。するとそこにはある一枚の絵が貼ってあった。
(なるほどな......そろそろ話でもしてもらうか)
  カズくんは自分のポケットからブレスレットを取り出し自分の左腕に付けた。そして、女性の肩を叩き声をかけた。
「おい、ちょっといいか?」
  女性は気づいてないのか微動だにせず一点を集中してみている。
「おい!」
  もう一回さっきより大きな声で声をかけたが変わらなかった。
(姿が見えてないのか?いや、そんなはずはねぇー...聞こえてねぇーだけか...)
  カズくんは壁に貼ってある一枚の紙を見て考えた。そして、壁の方へを歩き出し紙引き剥がした。
  女性はゆっくりとカズくんの方を見た。
「あなたは...だれ?」
  何も変わらない、普通の人と話す感じで女性はカズくんに問いかけた。
「俺は...」
  答えようとしたが真面目に答えるとまた説明する羽目になると思い適当に言うことにした。
「俺はただの学生だ。」
  適当にも程がおると思ったがもう手遅れだ。
「学生さんが...なぜ私の部屋に?」
  普通に話しを続ける女性を少し不思議に思ったが心が弱ってるから余計なことは考えないのだろうと思い、カズくんも事情を話した。
「今、お前の娘が危険な目にあってる。どうにかしねぇーと大変なことになる。お前の力が必要だ。協力してく...れ...?」
  カズくんは言い終わる少し前に女性を見たらすごい形相をしていた。
「何適当なことを言っているの?今何を言ったかわかってるの?ふざけないで...」
  女性は椅子から立ち上がりカズくんへと歩みを進めながら怒っている。
「出ていきなさい。あんたのデタラメに付き合ってる暇はないの!出ていって!」
「ちょ!まてまてまて!触んな!」
  カズくんは女性に掴まれそうになり避けていた。
「娘はもういないの!この世にはもういないのよ!!どうしてそんなこと言うの!もう危険なことは起こったあとなの!もう手遅れなのよ!」
  叫ぶのと同時に女性はカズくんに追いつき肩を掴もうとした。だが、女性の手は掴むことが出来ずそのままカズくんをすり抜けた。掴もうと前へ出てしまった体は体制を整えることも出来ず、そのまま前へと転んでしまった。
  何が起こったのか理解できないのか女性はそのまま固まってしまった。
「あぁ〜...」
  カズくんは女性に手を伸ばした。
「おい...」
  その手を見て女性は驚いた顔を表に出し伸ばされた手から逃げるように体を後ろへ下がった。
「こ...こないで...」
  声を震わせながら抵抗をしている。
「...。」
  カズくんは後ろへと下がり壁に寄りかかった。
「俺が怖いだろうが話だけは聞いてもらうぞ」
  女性は怯えながらも小さく頷いた。
「お前の娘が今悪霊になり、関係ないやつを襲ってる。このままだと被害は莫大になる必要がある。そうならないためにお前の力が必要だ。」
  「そんな...わけない。」
「あ?」
  カズくんは聞き取れなく聞き直した。
「そんなわけ...ないわ。そんなのこと...ありえないわ!!」
  女性はいきなり声を上げたと同時に立ち上がりカズくんの方へと歩みを進めた。
「あの子がそんなことするわけがないわ!だって、誰よりも優しいもの!絶対にありえないわ!デタラメを言わないで!」
  叫びながらカズくんの肩をもう一回掴もうとしたが手を途中で止めた。カズくんの顔を見た訳では無い。だが、すごい怒っているような、怒りの空気が女性にビシビシと降り注いだ。恐怖のあまり動きが止まってしまった。
「まぁ〜...落ち着けよ」
  低い声で言った。
  女性は動くことが出来なかった。
「お前が取り乱すのは分かる。自分のガキが暴れ関係ねぇーやつを襲ってるって聞いても信じてもらえるとは思ってなかったしな。」
  女性は少しだけ顔を上げ表情を確かめた。カズくんは怒っているような表情ではない。悲しんでいるような、寂しそうな顔をしている。
「あなた...なんて顔を...しているの?」
「あ?普通の顔だろ。人の顔にケチつけんな」
  そうじゃないと女性は言おうと思ったがそれより先にカズくんが口を開いた。
「とりあえず今は時間がねぇー...俺の大事なヤツが襲われてんだ。信じられねぇーだろうけど、いっしょにきてもらうぞ。」
  そう言うとカズくんは女性の返事を待たずに玄関へと歩き出した。すると、後から呼ばれた。
「あなた...1体何者なの?」
  先ほどとはまた違う。内容は同じだが声色がどこか先程とは違う。怯えている感じももうない。純粋に気になる感じなのだろう。
「俺は...大事なヤツを助けたいと思うただの通りすがりの学生だよ」
  カズくんはそう言うとまた歩き出した。
「分かったらさっさと来い」
  そのまま玄関を出てしまった。
「学生...」
  一人残された女性はこれ以上は深く考えないようにした。これ以上考えても多分答えが出ないから。
  女性が玄関に向かった。あの人が言っていることを全部信じられるものじゃないけれど、でも行動や変化する表情は嘘をついているようなものではなかった。だから今、自分に出来ることがあれば。あの『学生』さんが言ってることが本当なのなら動かなければ。あの子が今まで自分に沢山くれためいいっぱいの笑顔。少しでも返せるのであれば。あの子がまた、笑ってくれるのであれば。
  女性は気合を入れてドアノブに手をかけようと思った時、勝手にドアノブが回った。ドアが開いたとおもったらカズくんが顔だけを出して言った。
「早くしろ。時間がねぇー」
  図ったようなタイミングでカズくんがドアを開けたので、女性は思わず笑ってしまった。
  カズくんはよく分からないような顔をして、早くしろと言わんばかりにドアを開き手招きをした。
  女性は足を踏み出し家を出た。


  走っている時女性は聞いた。
「私の名前はハル。あなたの名前は?」
「こんな時に聞くのかよ」
「答えて。長く話せるほど体力はないの」
「...忘れたが、今はカズくんと呼ばれている」
「ありがとう」
「......おう」
  短い会話が終わり二人はたんたんと走った。すると、黒い気配がカズくんの肌にビシビシと届いた。
(これは...あいつ...大丈夫か?) 
  心配になりながらハルを見た。
(これ以上早く走るとこの女が付いてこれねぇー...どうする...)
  考えていると後からハルが話しかけた。
「先に...言ってください...」
「何言ってんだよ。俺が目を離した隙に逃げるんじゃねぇーだろーな」
「私は...絶対に...逃げません」
  力強く言ったその言葉には強い意志が感じ取れた。嘘じゃないのは一発で分かったがそれでも、カズくん先に行くのを躊躇った。
  先に行って自分に出来ることがあるのか。自分が行っても役には立たないんじゃないか。そんなことを考えていたら優しい声が聞こえた。
「大丈夫です。」
  その言葉にカズくんは後ろを向いた。
  ハルはもう正気を失った顔をしていない。その逆。力強く、何か大事なものを守りたい。そんな思いが強く出ている。
  その顔を見たら自分も負けてられないと思い前を向いた。
「先に行く。場所は分かるな」
「...えぇ〜。行ってらっしゃい」
  優しい声がカズくんの耳に届きそのまま全力で走り出した。
 
  強い黒い気配が徐々にカズくんの体に刺さる。
(まずいぞ...このままじゃ、あいつだけじゃねぇー!他の奴らもやばい)
  全力で走っている時ポケットの中に入っているものに気づいた。
(俺...入れてきちまったのか...)
  何が入っているのか見なくてもわかった。
(そうだ!これを使えば悪霊は元に戻るか?!)
  そう考えていると公園の入口を確認することが出来た。そこからは黒い霧が出ておりカズくんは直感的に危険だとわかった。が、体はそれとは逆に急かす。早く行かなければ、でもこれ以上近づいては危険だ。考えと体がバラバラで考えることもできなくなった。
  公園の入口に立ったらカズくんの目の前には、今にも悪霊少女の手に握りつぶされそうな葵の姿があった。
「葵!!」
  反射的に叫び体が動いた。
  悪霊少女がカズくんの声に反応したのと同時に葵が悪霊少女の手から逃れようと必死にもがいた。
  悪霊少女の手から開放された葵は地面に転がって動けないようだった。
「葵!」 
  カズくんは葵に手を伸ばし体を持ち上げた。
  少し意識を取り戻した葵はカズくんを少し見て笑を浮かべた。
「待ってたよ、カズくん」
  その言葉にカズくんは安心して自然に笑いがこみ上げた。
「待たせたな」
  その言葉を聞いた葵は安心したように目を閉じた。
  カズくんは葵を安全な所へ移動しようと周りを見ると、いつの間に近づいていた悪霊少女の顔が目の前にはあった。
  一瞬動揺したがすぐに平静を取り戻した。横から悪霊少女の手がきたがかわし距離をとる。
(まず葵をどこか安全な場所に移動させねぇーと)
  悪霊少女の手から逃れながらもそんなことを考えていたカズくんだったが、近くに安全な場所があるはずがない。
「くそっ!!」
  どうすればと考えていると急に目の前に手が現れた。カズくんは咄嗟にしたに滑り込みその手を回避。一瞬でも反応が遅れていれば二人とも捕まっていただろう。
「ぶねっ」
  考えている余裕が無い。ひとまず今はあいつをどうにかしないとと、カズくんが頭をフル回転させているとポケットからカサッっと音が鳴った。
(これを出せば少しは思い出すか...でも、多分これだけじゃ...)
  悪霊少女がだんだんスピードをあげてくることに対してカズくんはだんだんスピードが落ちてきた。葵を抱きながらと言うのもあるが何より、先程からずっと走っているのもあり体力が無くなってきたのだ。あと、悪霊少女の気にもやられつつある。
(まずい...このままじゃ捕まる)
  笑いながら追いかけてくる悪霊少女はもう手を伸ばせば届く距離まで来ていた。
「クソっ!クソっ!!」
  全力で走るが距離が広がらない。
「クソが!!」
  悪霊少女が手を伸ばし二人を捕まえようとした時公園の入口から声がした。
「椿!!!やめなさい!!」
  その声に反応し悪霊少女が動きを止めた。
  カズくんはその隙に葵を安全なところに移動しようと周りを見た。すると、大きな木があった。そこに葵を座らせ自分は立ち上がった。
「よく頑張ったな。」
  カズくんがそう言ったらそのまま公園の入口まで行った。
「お前は見えているのか」
「ぼんやりとよ。そこになにかいるなぐらいだけど...でも、あれが...あの黒いのが悪霊なんでしょ?」
「あぁ〜、そうだ」
「私の声に反応した。やっぱりあなたは嘘つきじゃなかったわね」
「当たり前だ」
  二人が話していると悪霊少女は二人の方に顔を向けた。少し泣きそうな顔をしている気がした。
「今...楽にしてやるからな」
  カズくんが小さく呟くとポケットからある紙を一枚取り出し悪霊少女に見せた。
「この絵には見覚えがあるだろ?」
  その紙には男性と女性、その真ん中には小さい女の子が書かれていた。その顔はみんな笑顔で楽しそうな絵だった。

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