私はもう忘れない

林檎

言葉と命と悪霊と

  葵は、その場で止まっていた。
  カズくんから意外な質問をされたからだ。
(私の命と女の子の魂どっちが大事...かなんて...いきなり何で...)
「即答できねぇーならこの話は終わりだ。俺たちの記憶を探しに行く。あの女の子はほっとけ」
  カズくんは立ち上がり歩き出した。
「ま...まって!」
  葵は咄嗟に呼び止めた。
  カズくんは足を止めてくれた。
「確かに...私は...早く記憶を取り戻して自分の体に戻りたい...でも、あの子のこともほって置けないよ!それに私の命とあの子の魂...比べるものじゃないでしょ?天秤にかける物じゃないよ」
  二人の仲に少しの沈黙が訪れたあとに、カズくんが口を開いた。
「...じゃ〜お前は、比べなくてはならくなったらどうするんだ?」
「...え」
「お前...あの女の子を助けるのはそんなに簡単なもんじゃねぇーんだぞ。それに、あいつはお前なんかよりずっとこの世を長い間さまよってる。いつ、悪霊になってもおかしくないんだ。」
  カズくんが葵に向かっていつもと変わらない口調で話しかけた。
「でも...」
「もし、俺達が余計なことをしてあいつが悪霊になったらどうする。あいつが俺たちのせいで今よりずっと苦しむようになったら...お前はどうする?」
  カズくんが体を少しだけ葵に向けて言った。
「お前は、立ち直れねぇーだろ」
  その顔は悲しいような寂しいようなそんな顔をカズくんはしていた。
  今までのカズくんの行動は何をするにも葵を一番に考えた行動だった。
  記憶を探す時も自分については忘れたと言っていつも、葵について行っていた。葵が、何か無茶をしようとしている時はそれを支えてくれた。短気なところもあってすぐに怒ったりしていたが、それでもどこか優しかった。
  今のカズくんは葵のことを一番に思っているからこそ、葵をあの女の子に近づかせたくない。それを葵は単純にカズくんは人の何倍も優しい人と考えていた。でも、それだけではないと葵は考えていた。
「カズくんは私のことを大事に思ってくれてるの?」
「...ド直球だな...」
「どっち?」
  葵はカズくんの目を見ながら真剣に聞いた。
「...大事に思ってもいねぇーやつと行動を共にするほど俺はお人好しじゃねぇー」
  素っ気なく言い放った言葉にはカズくんの優しさがこもっていた。
(嬉しいとか思っちゃったな...こんな状況なのに)
  葵はカズくんの方へ歩き出した。
「私を大事にしてくれるのは凄く嬉しい。心の底から喜びがこみ上げてきたよ」
  「...お前は...本当に直球すぎんだよ...」
  カズくん顔を少し紅くしたのを隠すように手を顔に近づけてそっぽを向いた。照れくさそうな感じだった。
「これが、私の気持ち」
「わかったから...これ以上この話題はやめろ」
  カズくんは葵の髪をクシャクシャにして言った。
「ちょっ!何するの?」
  いきなりの事で少し反応が遅れたが葵は頭に手を伸ばし制止しようとした。
「んで、それがなんだってんだよ」
  カズくんはいきなり手を離し真面目な顔で葵を見た。
「カズくんはもっと、自分を大事にした方がいいと思って...」
  言い終えたあと、カズくんは大きな声ため息をついた。
「...。なんでため息つくの?」
  葵は少しムッとして聞いた。
「お前が変な事を言うからだろ」
「変なこと...言ってない」
「んじゃ、おかしなことを言ってるからだ」
(どっちも同じだよ)
  葵は心の中でそう呟いたがあえてそれは口には出さなかった。 
「俺は別に良いんだよ」
「え...?」
(別にいい?)
  葵はカズくんの方を見て聞いた。
「なんで?」
「俺はもうこの体になって長い。だから、自分の体に戻れるか正直わかんねぇー。もしかしたら記憶を取り戻しても体には戻れねぇー可能性だってある。だから、俺がどうなろうと問題ねぇー。」
  言い終わったあといきなりカズくんの頭に衝撃が走った。
「いっっってぇーー!!!なにすんだてめぇーわ!!!」
  葵が思いっきりカズくんの頭にチョップをくらわしたのだ。
  葵は思っていた以上に自分の手が痛くなりその場で手をさすった。
「...本当に何やってんだ?」
  カズくんはその光景を見たあと自分の頭を抑えながら聞いた。
「...カズくんは本当に馬鹿なんだね」
「あぁ?!」
  葵がやっと口を開いたかと思うといきなり暴言をはき、カズくんは少しイラッときた。
「何が言いてぇーんだよ」
「カズくんは最初、今私に起きているこの現象は死と生の狭間みたいな感じな事言ってた。」
「...あー...」
「それで、カズくんも私と同じって言ってた。」
「...。」
  カズくんは黙って葵の言葉に耳を傾けていた。
「だったら、カズくんだって体に戻ること出来るよ。だから、これからも一緒に探そうよ?お願い。諦めないで。もっと、自分を大切にして?」
  葵は思っていたことを全部言ってカズくんの方を向いた。
  カズくんは下を向いて少し考えているようだ。そして、目線だけを葵の方に向けて言った。
「別に、諦めてる訳じゃねぇー...ただお前より自分の体に戻れる可能性が低いってだけだ。だから、戻れる可能性が高い方を優先して戻すのは当たり前のことだろうが」
「可能性が低くても高くても関係ないよ。戻ることができるのなら最後まで二人で全力を尽くすだけ。諦めてないのであれば可能性はある。」
  葵は言ったあとに独り言のように呟いた。
「気持ちだよ」
「...あ?」
  カズくんは顔を葵に向けて聞き直すように応えた。
「気持ちが可能性をも変えるんだよ。」
  カズくんの方に上半身を向けて胸を張って言った。
「気持ち...?」
「そうだよ。戻りたいって本気で思ってたら戻るれるよ。絶対。だから、二人で頑張ろうよ。いや...頑張りたい。二人で体に戻れるように一緒に頑張りたい!」
  葵は自分の気持ちをカズくんにぶつけるように言った。
  カズくんは顔を下に向けてしまった。でも、葵はカズくんが分かったって言ってくれるまで諦めないと決めていた。
  頷いてくれるまでカズくんから目を離さないようにしていたら急に、カズくんが葵の目元に手を伸ばし覆ってしまった。
「ちょ...何するの?」
  葵はカズくんの手を自分の顔からどかそうと手を伸ばして掴んだ。でも、カズくんの力が強くて全然動かなかった。
「離して...カズくん...」
  葵は手に力を入れながら自分なりに力強く言った。でも、カズくんは話してくれなかった。
「何...するの...離してよ〜」
  葵が頑張って手を話そうとしているとカズくんはやっと口を開けてくれた。
「お前のせいだ...」
「え...?」
  少し手がずれてカズくんの顔が少し見てた。カズくんは今にも泣き出しそうな顔で葵を見ていた。
「俺は...お前が体に戻れたらって...お前が悪霊にならないようにって...思ってたんだぞ...そう、思わなきゃ...体が動かなかった...」
  カズくんは声を絞り出して自分の気持ちを精一杯応えようとしてくれていた。
「俺だって...まだ生きてぇーよ...まだ...生きたいんだよ!でも...もう難しいんだよ...だから...俺は...お前だけでもって思ったんだ...」
  葵はカズくんの言葉に耳を傾けていた。
「俺は...もうこの体になってから...長いんだ...体に戻れるかも...わからない...でも、お前が現れて...俺と同じ体になってて...どうしても戻してやりてぇーって...思って...」
「うん...」
  葵は力が抜けたカズくんの手を顔から話し、耳を傾けていた。
「お前...だけでも戻れたらって...でも...お前がそんなこと言うから...俺...俺...」
「うん」
  葵は次の言葉を待つのと同時にカズくんの大きな手を握った。
「諦めきれなくなっちまったじゃねぇーか.........生きたいって気持ちを抑えることが...出来なくなっちまったじゃねぇーか...」
  カズくんは俯きながら自分の気持ちを話してくれた。
「...生きよう!二人で。早く、体に戻ろう??」
  葵はカズくんの手を握り言った。
「でも...俺は...もう...」
「大丈夫だよ。絶対に戻れるよ!頑張ろうよ!」
「...。」
「私は...一人で戻っても嬉しくないよ...」
  カズくんは葵の声を聞き、ゆっくり顔をあげ葵を見た。
「私は...カズくんも一緒に戻ってくれないと...嫌だよ...」
  カズくんの手に小さな雫が何個も落ちた。それは、葵の目からこぼれ落ちた涙だった。
「お前...」
「カズくんがなんで私のためにこんなにしてくれるのかわからない!カズくんが私のために自分を犠牲にしているのかわからないよ!でも、私もカズくんが大事なの!!カズくんがもし、体に戻れなくて私だけが戻ってしまったら...すごく悲しいよ...」
  葵は次から次へと出てくる涙を止めるように手で涙を吹き、目を擦った。
  それでも涙は止まってくれない。次から次へと出てきてしまう。
  すると、カズくんが葵の手を握り目から避けた。
「...あまり擦ると腫れるぞ?」
  そういったあと、カズくんは自分の手で葵の涙を拭いてあげた。
「悪かった...俺、自分のことで精一杯でお前の気持ち、考えてなかった。」
  カズくんは静かにそう呟いた。
「俺は...もう自分のことは諦めていた...でも、お前はそうじゃなかったんだな...本気で、俺と一緒に戻ろうとしてくれてたんだな...」
「...そんなの...当たり前じゃない」
  今までのカズくんの行動は が何故、人のことを思ってのことだったのか今わかった。
  葵は、自分の不甲斐なさが心底嫌になった。自分が何も出来ないからカズくんばかりに背負わせて、自分はわがままばかり言っていた。
  「ごめんね...ごめんね...」
  葵はカズくんに何回も謝った。
「...謝ることなんてねぇーだろ...」
  カズくんは葵の涙を拭いてあげた。
  葵は今までのことを思ってか止まらない涙をずっと流し続けてしまっていた。

  時間がたち、二人が落ち着いたことろには昼頃になっていた。
「あぁ〜、なんか...スッキリした感じがする...」
  カズくんは壁に寄りかかり、だるそうな言い方でそう言っていた。
「...私も...あんなに泣いたのは久しぶりかも...」
「お前って意外に泣き虫だよな」
  カズくんは笑いながら言った。
「そんなことないもん」
  葵は少し不貞腐れながらそっぽを向いた。
「でも、カズくんが思い直してくれて良かった。」
「別に...思い直してはいねぇーよ」
「え?」 
  葵は驚いてカズくんの方を見た。
  カズくんもその視線に気づいたのか横目で葵を確認したあと、笑みを浮かべた。
「なんつー顔してんだよ」
「だって...」
「別に、思い直したからってやることは変わんねぇーし。お前を早く体に戻してやりてぇってのも変わんねぇー...」
「そうかも...しれないけど...」
「でも、一つだけ変わったかもなぁ〜」
「何が?」
「ん?ん〜...俺はもうお前守ってやらなくても問題は無いかなぁ〜ってな」
「...何それ...」
「それに、お前は俺なんかよりよっぽど強い。守ってやる必要はなくなったってわけだな。だからーお前が何かあっても俺は手を貸してやらねぇー」
「え!それは困る」
  葵はカズくんの体を揺らし必死にうったえた。
「さっきの威勢はどこにいったんだか」
  二人は冗談を言いながら笑っていた。
「そう言えば...この話になったのって、私があの女の子を助けたいって話から始まったんだよね」
「だなぁ〜...てかそう考えると俺たちは今まで長い間、関係ない話をしてきたってことだよなぁ〜」
  カズくんは座り直して上の空のままそう言った。
「でも、カズくんの本音を聞けてよかったって思ってるよ。あと、カズくんの泣き顔を見れたし」
  いたずらをする子供みたいな笑顔で葵は言った。
「それは、今すぐ忘れろ!」
  葵の髪をカズくんが両手でグシャグシャにする。
「絶対に忘れてやらないもん!」
「このっ!」
  二人が笑っているといきなり鈴の音が聞こえた。
  葵は慌てて外見るけどそこには誰もいなかった。確かに、鈴の音と同時に人の気配があった気がするんだけどと葵は外を見回りながら考えていた。
「いきなりどうした?」
  カズくんが不思議に思って葵の後を追った。
「今、鈴の音聞こえなかった?あと、人の気配も...」
「...俺には何も感じなかったが...」
  葵は不思議に思い考えていると神社の鳥居の前には小さな女の子が立っていた。
「椿...ちゃん?」
  葵がその子に向かって走ろうとするといきなりカズくんが葵の腕を取り止められた。
「どうしたの?」
  葵はカズくんの方に顔を向け問いかけた。
「...様子がおかしい」
  女の子の方を見ながらカズくんは言った。
(様子が?)
  葵は確かめるように女の子の方へと顔を向けても何も変わらない。昨日と同じ姿をしている。
「...何がおかしいの?」
「よく見てみろ。」
  葵は不思議に思いながらも女の子の方を見た。すると、女の子は独り言のように何かを言っているような気がした。
  俯いてしまっていて顔が良く見えないので何を言っているのかわからない。
  葵は少し近づいてみた。さっきより何を言ってるのか聞き取れるようになり耳を済ましてみた。
「......ろす...わ......しは...たくない」
  葵はもう一歩前に出たすると、女の子が何を言っているのか聞き取れた。
「殺す殺す殺す殺す殺す」
「...え?」
  聞き取れたのと同時に後ろへと引っ張られた。 葵の目に映ったのは、今まで自分がいたところに今までに見たことがないほど大きな黒い手が爪を立てて地面を抉っていた。
「な...何あれ...」
  葵は自分の目を疑った。今までにないほどの大きな手は、先ほど鳥居の前にいた女の子から伸びていたのだ。
  葵は驚いてそれ以上言葉が出なかった。すると、葵を抱いたままカズくんは呟いた。
「あれが...悪霊になってしまった者達が変異した姿だ」

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品