私はもう忘れない

林檎

記憶

  透き通るような青空に少しだけかかっている雲。
  すごく綺麗な青空が、何故か
真っ赤に染まった。


ピッピッピッ...

  久仁香葵は、部屋の隅で立ち尽くしていた。
  葵の目の前には信じられない光景が映し出されていた。
  白い部屋には色々な機械がたくさんあり、家族や友達がベットの周りを囲って私の名前を泣きながら叫んでいる。

(なんでみんな...私の名前を呼んでいるの?私はここにいるよ?みんなの後ろに...)

「みんな...私はここにいるよ?なんで...そっちに向かって私の名前を...」

近づいてみんなが見ている者を見てみた。

「...え」

  葵は目を見開いて、驚いた。
  それもそのはず、葵の見たものは自分が傷だらけの体で目をつぶって横たわっていた。
  色々な機械をたくさん付けている。

「ど...どういうこと...?だって...私は...今...ここにいるよ?」

(なんで...)

  葵は、後ずさりながらそのまま崩れ落ちてしまった。

「葵...葵!!!」
「目を覚ましてよ!!葵ちゃん!」
「あお...あお...」
「くっ...っ...」

  みんな泣きながら葵の名前を何度も呼んでいる。

(どうして...)

「久仁香葵か?」
「?!」

  葵は、後ろからいきなり声をかけられ反射で後ろに体を向けた。

「久仁香葵で良いのか?」

  葵の名前を呼んだのは、葵より背が高くスーツの前を開け、髪を肩まで伸ばした男性だった。

「う...うん...私は久仁香...葵...です。」
「そうか...」

  葵が名乗ったあと黒い手帳を胸ポケットから出し、何かを確認している。

「ここでは少々話しずらい。場所を移動する、着いてこい」

  手をドアの方に向けて言った。

「...。」

  葵は、少し不思議に思いながらもここにずっといるわけには行かないのでひとまず立ち上がった。
  普通、背後からいきなり声をかけてきた人を簡単に信じるのはおかしい話だと思うが、今葵は何が起こっているのかわからない状態で頭も混乱している状態だ。

(着いて行ったら、何かわかるかもしれない)

  自分にそう言い聞かせ男性について行こうとした。
  出る前にみんなの方を見たけど...誰も葵達に気づいていない。

  気づかないで泣いている...

  みんなから離れたくない。でも、このままここにいるのは辛い。
  葵は、躊躇いながらも男性について行こうと病室から出たら何か、違和感を感じた...
  このままドアを出てしまったら...大事な何かが無くなってしまうような、胸騒ぎがした。
  でも、出ないわけにはいかない...
  葵は、勇気を出してドアを開けた。
  部屋から出たと同時に、鈴のなる音が先程の部屋から聞こえた。
  その瞬間、葵の『何か』が無くなってしまった気がした。
  少しその場で立ち止まっていたら、男性が声をかけてきた。

「そんなところで何をしている。さっさと来い」

  葵は、男性の方を向いて頷いた。
  男性は、それを確認したあとまた歩き出した。
  葵は、先程の部屋を確認してみた。
  泣いている人達を見ても何も感じることはなく。その人達のことを思い出すことが出来ない。

  ーー一部の記憶と感情が無くなってしまった。

「屋上...?なんで...あなたは誰なの?どうしてここに?あと、私のこの体はいったいどうなっているの?」
「質問は一つずつにしてくれ。答えられない」

  屋上に付いたのと同時、葵は自分に何が起こっているのかを男性に問いかけたが、質問が多すぎるせいで男性は、困った表情でこちらを見た。

「あ...そうね...ごめんなさい」 

  葵は、少し反省をしたあとにまた質問をしようと男性の方を見た。

「あの...」 

  そしたら、男性は驚いたように目を見開き葵のことを見ていた。

「どうしたんですか?」

  葵は、男性の顔を覗き込み問いかけた。

「?!...」

  男性は少し驚いたあと、手を首に持っていき後ろを見た。そして、少し困ったような表情で私の方へ向き直し、口を開いた。

「お前...この状況でよく落ち着いていられるな?普通もっと、慌てたり、取り乱したりするだろ?」

  呆れたような声色で葵に聞いてきた。

「だって...慌てたところでどうにかなるの?この状況がなかったことに出来る?」
「...お前って変わってるな」
「......初対面な人にそんなこと言うなんて...失礼な人ね」
「...わりぃ...」

  男性は、目線を少し泳がせていた。

「んで、なんか質問あんじゃねぇーの?それとも先に俺から話すか?」
「あなたの話から聞きたい...その方が、いいんじゃない?」
「...そうだな...」

  そのあと男性は、少し首を回し辺りを見回した。何かを探しているようだ。

「こっち来い」
「え?」
「ずっと立ってるのもあれだろ。椅子あるから座んぞ」
「...うん」

  二人は、椅子の方に行き少し感覚を開け座った。

「んじゃ、話すぞ。今のこのお前の状況、これからのことを」
「うん」

  目だけを葵の方へ向けて確認をした後に話し出した。

「一言で言うと、お前は今死と生の狭間に値する。んで、このままずっとその体でいると今ギリギリ生きている下にあったお前の体は持たなくなる。」
「持たなくなると、死ぬの?」
「まぁ〜、そうだな。」
「そっか...」

  葵は、下を向いて少し考えた。

  (このままだと、死んでしまうのか...)

「んで、体が死んだらその魂はどうなると思う?」

  男性は、目線だけを葵に向けて問いかけた。

「死の世界...地獄とか天国っていう世界に行く ...とか?」
「普通はそうだな。でも、今のお前は普通じゃない」

  ボソッ
「...ついでに俺も...」


  男性は、葵に聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。

「それで...普通じゃない私はどうなるの?」
「普通じゃねぇーお前は、このまま何もしなかったら、悪霊となりこの世界にとどまり続け、この世界の人を無差別に襲ってしまう」

ーーー無差別襲ってしまう。 

  (自我が...無くなるってこと?)

「どうしたらそうならないの?あと、私はまだ死んでいないのよね...なら、生き返る方法...今の私を体に戻す方法とか無いのかな?」
「ないことは無い...と...思う...」
「思う?」
「はっきり言って、俺にもよくわからないんだ。」

  男性は、眉間に皺を寄せ手を頭の後ろに回し上を向いた。

「え?案内人とかじゃ無かったの?」
「なんでそんな勘違いをした...俺は、俺に言われたことをお前に伝えただけだ」
「言われた...?」 

  (どういう事だろう...)

  男性は少し困った顔で下を向きながら頭を掻いている。

「俺にもよく分かんねぇーんだよ...」
「...そっか...」

  葵はそれだけを答えて、屋上から見える景色を眺めながら、男性に問いかけた。

「あなたはあたしとは違う。でも、私と同じように困ってる。」
「...。」
「なら、一緒に解決方法探そう?」
「...は?」 

  葵がそう訪ねたら、すごく驚いたのか葵の方を見て固まっていた。
  葵は、その表情を見ると途端に笑いが込み上げてきた。

「ふふ..あなたって表情豊かね。面白い」

  手を口に当てながら小さく笑った。

「うるせぇーよ...つーか、その『あなた』ってやめろ。気持ちわりぃー...」

  男性はそっぽを向きながら心底嫌な顔をしていた。

「でも...私はあなたの名前を知らない...」
「あぁ〜...そうだったな。まぁ〜、なんだ...」
「?」
「...俺のことはテキトーに呼べ」

  男性は、そっぽを向きながらそう言った。
  葵は、少し考えたあとある名前が思い浮かんだ。

「なら...『カズくん』でいい?」
「...どっから出てきた?...その名前...」

  少し不思議そうな顔をして、横目で葵を見ていた。

「なんか...わかないけど...頭の中に出てきたの...」
「そーかよ」
「うん」

    葵は、静かに頷いた。

「でもよー」
「...何?」

  カズくんと名前の付いた男性は葵の方へ体を向けた。

「これからどうするんだよ?なにかあてはあるのか?」

  葵は少し考えたあとにあることに気づいた。

「...私、この状況になって間もないのに...あると思うの??」
「.........バカにしてんのか?」
「聞かれたから私の意見を述べただけよ」
「刺がある意見だな」
「そうかな...」

「じゃ〜、私とカズくんの共通点とかないかな...?」
「共通点だァ〜?」

  だるそうな声をあげながら、葵の方に首を向けた。

「そう...カズくんは私と同じように体は生きてるけど、こうやって幽霊みたいになってるの?」
「まぁ〜、そんなところだな」
「あと、さっき言ってた、『俺に言われたこと』って言ってたけど、カズくんは私以外にも誰かに会っているの?」
「あぁ〜...忘れた」

  カズくんは、歯切れが悪い感じでそう言った。 

「忘れたの?」
「あぁ〜..つーかその誰かは俺もあった事ねぇーから知らねぇ...」

  少し不機嫌に唇を尖らせている。
  会ったことない人にどうやって言われたのだろうと考えてみる。が、直ぐに今はあまり関係ないなという考えになった。

「なら、いいや」
「...おう」
「共通点...他になにかないかな...」

  カズくんは前に向き直して、手を顎のところへ持っていき考える素振りをしていた。

「あ!共通点かは分からねぇーが」
「何?」

  カズくんの方へ顔だけを向けた。

「お前!自分がなんでこんなことになってるか分かるか?」
「分かったら解決するんじゃないかな?」
「...うるせぇーよ...そうじゃなくてな!お前はまだこの状態になってない時の記憶はあるのかって聞いてんだよ!」

  顔を少し引き攣らせながらもカズくんは葵に問いかけていた。
  葵は、少し考えたあとに自分はなぜ病院のベットで寝ていたのか。何故、あんなに傷だらけだったのか思い出せないでいた。
  それどころか、その近くにいた人達についても今はもう、思い出せない状態である。

「記憶は...ない...」
「なら!それが共通点だな!」

  カズくんは満面な笑みでこっちを向いた。
  葵は、カズくんのその表情を見た途端少し、笑いが込み上げた。

「ふふ」
「な?!何笑ってんだよ!こっちは真面目に言ってんだぞ!」

  少し焦った表情をしている。

「ごめんなさい。ちょっとあなたが可愛くて、つい」
「か...かわ?!ざけんな!!」

  カズくんは、怒りつつも少し照れくさそうにそっぽを向いた。

「あれ...でも、『記憶が無い』が共通点ってことは、カズくんも記憶が無いの?」

「あぁ〜...俺の体は何故か病院のベットの上で寝ている。なんでこうなったのか分からねぇー...」

  カズくんは、そういったあとに少しだけ表情が変わった。悲しい表情をしている。

「なら、記憶を探していけばいいのかな...」
「記憶を探す?」
「そう、記憶が思い出せればなにか解決策が出てくるかもしれないでしょ?」
「確かに...そうだな...」
「なら!探しに行こう?」

  葵は、立ち上がって、カズくんの前に立った。

「ね?」 

  カズくんは少し下を向いて考えた後に、葵の手を取って立ち上がった。

「わぁーったよ。今はそれしかやることがねぇーし。しょうがねぇーな...」
「んじゃ、まずは街をぶらぶらすっか」
「あ!ちょっと待って」

  歩き始めるカズくんを葵は呼び止めた。

「ちょっと、病室に行ってもいいかな...少し、自分の体と離れるから...心配で...」

  葵が訪ねたら、カズくんは少しこっちの様子を確認してから

「早く行ってこい。俺は、下の玄関の前で待ってっから。」
「ありがとう」 

  葵は、駆け出した。

ガラッ 

  葵の体はまださっきと同じ部屋にあった。
  さっきと違うのは、さっきまでいた人たちが全員いなくなっていたことだけだ。
  葵は自分の体に近づき、手を少し触ってみた。けど、触ろうとしたら自分の手は自分の体をすり抜けていた。

「...この状態になったら触れなくなるのか...」

  ちょっとショックを受けた葵だったが、この体はもうしばらくは大丈夫だろうと思った。 

  (カズくんも待たせてる事だしもう行こっかな)

「次来たら戻れるようになってますように」

  自分の体の前で手を合わせ、目を閉じ願った。

「よし、行こうかな」

  葵はドアノブに手をかけドアを開けた...

「...あれ?なんでドアノブは触ることが出来るんだろう...」

  ちょっと不思議に思った葵だが自分で考えてもしょうがないと思い後で、カズくんに聞いてみることにした。

「お待たせ」

  カズくんは玄関の前にある柱に寄りかかっていた。

「おう。もう良いのか?」
「うん...あとは私がやることをやらなきゃ」
「...そうだな。んじゃ行くぞ」
「うん」

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