支配してもいいですか?
【傲慢】
【待っておれ、直ぐに実体化する故】
頭に響くその声の主はうぬぬ、とうねると俺の目の前に出現? というより降臨とでも言うべきだろうか? まぁ、そんな感じで神々しく現れたのだ……裸で。
色々と突っ込みどころ満載だが、こちらにとっては眼福なので指摘しないでおく。
というのも、その声の主は金色の髪にサファイアの様なクリッと透き通った瞳を持つ美少女でキュと引き締まった身体に漆黒に染まった翼をはためかせゆるりと空中から降下しているのである。見た目の年齢は俺くらいだろうか?
胸元にボリュームが足りないものの、逆にそれが彼女の清廉さを引き立て、圧倒的かつ幻想的な美を醸し出している。
地面に足を着くと、後ろ髪を軽くはらい見下す様に自己紹介を始めた。
【余の名はルシファー。傲慢を司る堕天使にして、至高の存在である! 渋々ながら、貴様を主人と認めよう。主様よ、名を何という】
「ッ……」
驚きのあまり声が出ない。なん……だと……どうやって……出現した!
【む、そこなのか? 余の麗しさや余が醸し出す雰囲気に気をされたとかでなく?】
「いや、それはないな。てか、なんで俺の考えたことが分かったんだ?」
【そ、そうか。む? それは主様と余は一心同体、つまり余は主様で主様は余ということだ。故に、余が意識すれば主様の思考を読み取れるというもの。無論、覗かれたくないのであれば、意識してブロックすれば大丈夫だぞ】
ふーん、そういうものなのか。
理解理解。
「なら、あまり俺の心を覗かないでくれ」
【うむ、了解した。それと、主様よ。この余と会話するにおいて、タメ口は過ぎるぞ。もっと余に敬意と恐怖を持って接しよ】
「いや、それも嫌だな。敬語とか、そういうのはあまり好きじゃない」
【好きとか嫌いとかそういうものではないのだがな……。その……主様は余が怖くないのか? 自慢ではないが余は色々と逸話だとか悪名を広めておるのだぞ?】
「ふっ、怖い? お生憎様、俺は生まれて1度も恐怖を感じた事がないんだ」
俺はルシファーの問いを笑い飛ばす。恐怖? そんなものがあるなら教えて欲しいくらいさ。
【そうか、うむ、そうか、これは久々に良きパートナーに巡り会えた様だな! であらば、良い、タメ口を許そう主様よ】
「そうかい、ありがとさん」
【うむ、もっと褒めるが良い。余の器の広さに惚れるでないぞ?】
何がおかしいのか、ルシファーは俺の心無い言葉を快活に笑い、無邪気に喜ぶ。
うっ、不覚にも可愛いと思ってしまった。
邪念を振り払い冷静になると取り敢えず、アイテムボックスに入っていたフード付きコートをルシファーに投げ渡す。
皆さんはお気付きだっただろうか? そう、今までのやり取りの中ルシファーは裸だったのである。流石にこれ以上は、危険だと思い(誰かに見られないかとか……ほんとからな?)服を着させたのだ。
しかし、小柄なルシファーには大き過ぎた様でだぼだぼだ。小柄といえど、170くらいか? 女性では高い方なのだろうが、俺が180近くあるため俺からしたら小柄である。
「ん? そういえば、翼はどうした?」
【ふむ、しまったまでのことだ。それほど驚く事か?】
「へぇ、天使の羽ってのはしまえるものなのか。収納性抜群だな。どこかのランドセルも羨むほどだ」
【であろう? ランドセルというのは知らぬが、天使の中でも上位の者にしか出来ぬ芸当なのだぞ? これが示すは何たるか、分かるな? そう、余が至高の存在であるということ他ならん。褒めても良いのだぞ?】
しまったまでのこと、と言っていたくせに凄いことなのか。あー、つまり敢えて謙遜したけど俺が褒めてくれなかったから、翼をしまう事がいかに凄い事かを説明したわけか。素直じゃないな、この天使。
「おー、すごいすごーい」
棒読みの賞賛をしたら、ルシファーは誇らし気にまな板の様な厚みの無い胸を張る。何だろう? この世界の美少女は扱いやすい。主にカレンとかカレンとかカレンとか。
あっ、カレンはこの世界の住人じゃ無いんだっけか?
【ところで主様よ。何故、顔を隠しておるのだ? しかも深淵すら見通す余の眼ですら見る事が出来ぬとは、その服も普通のものでは無いな? 主様は何者なのだ?】
もっともな疑問を問われる。まぁ、普通聞くよなフードを被ってる事とか。だが、それはまだ時期じゃない。まだ俺は彼女を信用していないし、信用していたとしても信頼していない。
「教えることは出来ない。まぁ、長い付き合いになるだろうし、もし気が向けば話す事はあるかもしれないが」
【であるか。ならば仕方なかろう。しかし、いつか……話してくれるのであろうな?】
懇願する様な目で俺を見つめてくるルシファー。
「…………どうだろうな」
俺は曖昧な返事をし、不安気に見つめるルシファーに背を向け宿に戻るため歩き出した。
何だってさっき会ったばかりの奴にそんな顔すんだよ。妙な罪悪感を感じ、つい、そう思わずにはいられなかった。
そして何より、そんな曖昧模糊な返事しか出来ない自分の浅ましさに自己嫌悪に陥っていたた。
♢
夜明けが近づき、早起きな者には起床時間とも言える時間帯になっていたため、俺は宿の部屋に帰って来ていた。
もちろん、ルシファーには実体化を解いてもらっている。まぁ、性にあまり頓着しない俺ですら惚れかねないのだ。それなのに普通の極一般的な男性が見たらどうなるだろうか? そんな事考えるまでもなく、注目を集めるだろう。それどころか厄介なトラブルも招きかねない。
あんな美少女と行動してたらいつまで経っても平穏な生活など送れやしない。
それは困る。大いに困る。なので、ルシファーには俺の心の中? にしまっている。
心の中と言われてもよくわからないだろう? ハハハ、大丈夫だ。俺もよく分からん。
ルシファー曰く、精神面? というか、脳内の思考に入り込んでいる状態らしい。
ともあれ、ここら辺で切り上げて寝たフリをしとかねば、同室のリンタに俺が今までどこかに行っていたことがバレてしまう。
それだけなら良いが、奴は爽やかな外見をしていて案外黒い。また、聡い奴でもあるため俺が力を隠している事すらバレてしまいかねない。
【何故に力を隠す。……主様くらいの年齢ならば、逆に力を振りかざし威張りたいであろうに】
そんな時期はとっくに過ぎたよ……
【……であるか、無粋なことを聞いてすまぬな】
ルシファーはそう言うと、黙り込んでしまった。
別に気にすることでもないさ。無意識に他人の地雷を踏むのは良くあることだからな。
【………………】
うーん、気を遣われると逆に困るんだがな。
まぁ、良いさ。こんな事はこれからも多々あると思うから、次第に慣れていくだろう。
未来の相棒になるであろうモノに言葉を送ると、ゆっくり瞳を閉じる。
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