ヤク中異世界で役に立つ(かも?)

みんみん

死ぬつもりが新たな人生

  いつ死んでもいいと思っていたから、風邪薬120錠を酒で流し込み意識が薄れていっても特に恐怖を感じなかった。バットトリップして気持ち悪くならないといいなーと思いながら、享年16歳、三嶋愛惚ラブホはその短い人生に幕を閉じた。






はずだった。

  ハッとして目を覚ますと、見慣れた部屋、涙目の侍女が目に飛び込んできて、私は自分に何が起きたのかを悟り、頭を抱えた。医者の問いかけも母やみんなの私を気遣う声掛けも頭に入ってこない。

 私は日本じゃない異世界に転生し、12歳の令嬢となっていた。それも、よく知る乙女ゲームの悪役令嬢という、ちょっと前に流行ったようなテンプレ設定。通常と違うのはその悪役令嬢がファンの中でもとても人気の高い、悲劇的で同情を誘うような人生を辿る悪役令嬢ということだ。

 悪役令嬢、今は私ことリリー・ノトス・ハーレイオスはWorldENDというそれなりに人気があり、映画や舞台にもなった乙女ゲームシリーズに登場する当て馬的存在。このゲームの攻略キャラはメイン5人、if作3人、隠れキャラ1人の計9人いる。

 そのうちリリーが当て馬をするのはたったの2人、メインキャラで王族近衛騎士団長のエレンと、隠れキャラの精霊カナタルートでだ。

  エレンルートではエレンの婚約者でとして登場し、ヒロインを淫乱売女などと呼んで虐めぬく、よくありがちな悪役令嬢として活躍し、最後には魔王を封印するための生贄となる。このルートをプレイ中はリリーが本当に嫌いになるし、ラストでは清々した気分になる。

 一方すべてのキャラとハッピーエンドを迎えたあとに攻略できるようになるカナタルートでは、彼女に対する印象は一変する。

 カナタルートではリリーは、幼少期に精霊として認められず居場所もなく死にかけていたカナタを助けるためにその身を捧げて契約を交わした、カナタの主人として登場する。その結果として精霊魔法や多くの属性魔法を使えるようになり、周囲からリリーは聖女として崇められ、平時は教会に隔離。

  疫病が流行ればどんな遠い村だろうと連れていかれ、底尽きるまで魔力の行使、自由に出来る時間はほとんどなく、会えるのは月に何度か家族と婚約者のエレンだけという状況で彼女はひたすらに聖女として、病める人を治し続けているというなかなかヘビーな生い立ちであることが判明する。

 幼少期から聖女だからという理由で国を支えるべく無茶苦茶な仕事に耐え、自由もなく、体をボロボロにしていたリリーはある日突然、国から捨てられる。

 その理由はホンモノの聖女ナタリア・マリネール、いわゆるヒロインが覚醒しリリーが偽物とされたためであった。

 この作品において聖女とは、精霊に愛され、聖属性の精霊魔法が使えるというきまりがあった。

 リリー、ナタリアともその条件をクリアしていたが、唯一違う点ははぐれ精霊と契約したリリーはすべての精霊魔法を扱え、聖属性の精霊と契約したナタリアは聖属性の精霊魔法しか使えなかったという点だ。一見してみれば、リリーの方が優れているが、話がこじれる原因は2つ。

 リリーは魔法の中でも忌み嫌われている闇属性やそこから派生した毒属性の適正値が高いこと、ナタリアと契約した聖属性の精霊はとても高位の精霊なのに対してリリーは得体の知れない下位精霊との契約であったことだ。

 くわえて、リリーの実家ハーレイオス家は格の高い侯爵家であったが故に、侯爵令嬢が忌み嫌われている闇属性を得意とし、罪人に多いとされる紫の瞳を持った忌み子。さらには偽りの聖女であったというスキャンダルは国内を騒がせ、あることないこと噂が出回り大炎上した。

 日本でいうところの一発屋芸人が何かをしでかしても大したバッシングを受けないが、大物俳優や人気アイドルが少し何かしただけで大炎上し過剰な制裁を受けるようなもので、リリーはあっという間に罪には問われていないのに罪人のような扱いになる。

 その結果婚約を破棄され、教会を追い出され、外にいれば悪意の標的にされることから実家にこもる日々。

 そんな彼女にさらに制裁を加えようと国内では魔王討伐隊に彼女を組み込むことを提案され、本人の意思とは関係なく彼女は魔王討伐隊として旅に出るのだ。

 魔王討伐隊は大きく3つに別れており、前線で戦う第一部隊、回復や支援担当の第二部隊、そして、魔王を封印する力を持つ聖女と王家の人間とそれら重役を守る王族近衛騎士団の第三部隊がある。リリーが配属されたのは、最も苛烈で危険な第一部隊だ。

 その中でリリーは自分の契約精霊であるカナタを戦闘の中で庇い軽いながらも怪我を負ったヒロインに恩を感じながらも自分がドン底に落ちる原因というなかなか複雑な気持ちを抱きつつ、持ち前の気の強さでヒロインの前に良き先輩、良き恋のライバルとして立ちはだかるのだ。

 カナタに対しリリーは姉のような立ち位置であり、カナタにとってリリーはかけがえのない主人。

 そこに恋愛感情はないが、強い絆がある。

 このルートでの恋愛パートは甘さよりも切なさや熱いバトルアクションのあるものとなっており、カナタは恋心と忠義にゆれ、ヒロインは自らの未熟さと嫉妬心にゆれながら、2人は成長していくというストーリーだ。

 ヒロインは自分の不甲斐なさ、弱さをリリーに指摘され、カナタの隣に立つことを認めてもらうべくリリーの厳しい指導に耐え、ついに最終章でリリーに認めてもらうが、そこで問題発生。

 魔王を封じるためには聖女の命が必要となるのだ。

 ほかのルートではサラッとリリーが生贄にされてきたが、このルートではその部分が細かに描写される。

ーーーーーーーーーーーーーーー…

『リリー様、なにを、何を言ってるんですか!』

 カナタの悲痛な叫びが荒れた大地に響く。彼の主人であり、私の大切な親友、リリーはまるでその未来がわかっていたかのように穏やかな頬笑みを浮かべながら、さっきも口にした耳を疑うような言葉をさも当然のように言う。

『私が死なねばこの世界に平和は訪れない。魔王の封印に聖女の命が必要ならば、私が死にます。あとは、頼みましたよ。』

 どこかスッキリしたような顔をして、彼女は王太子の魔術により作られた魔王封じの魔方陣に足を踏み入れた。騎士団に拘束されている私とカナタには、その脚は止められない。周りは私達に同情するような目を向けるが、誰もリリーを止めない。王太子も、近衛騎士も、宮廷魔術師も、騎士団も、ここにある全ての人間がこの状況に眉ひとつ動かさない。

 魔方陣に入る一瞬、リリーがみつめた彼女の婚約者、近衛騎士団長エレンすら、なんの感情もない顔で彼女が魔方陣に入る姿を見ていた。

 最後まで、リリーの一方通行な恋。

 この状況は全て予定通りだった。私の気の強くて本当は優しくて賢くて美しい、大好きな親友は、この地に、生贄としてやって来たのだ。それを知らなかったのは、いざという時に身代わりにされる私と、リリーの忠実な精霊カナタだけ。

 魔方陣の中でまるでダンスでも踊るように優雅に振り返ったリリーは、私たちを見て優しい声で言った。

『私の分まで、幸せになってね。ありがとう、大好きよ!さようなら!』

 とても綺麗な笑顔で彼女が私達に手を振る。

 瞬きをした次の瞬間、リリーは彼女の瞳と同じ美しい紫の炎に包まれ、それは一瞬で魔王を飲み込み、空に溶けるようにして消えていった。

 本当に呆気なく、彼女は世界を救って消えた。

ーーーーーーーーーーーーーーー…

 これが、カナタルート最終章でのリリーの死に際である。これ以外のルートは全て人類が滅ぶルートしかなく、これがカナタルートでのハッピーエンドにあたり、このあと2人はリリーを殺した王都を捨て、彼女の死に際に言った幸せになってねの言葉通り田舎で平和に幸せに暮らす。

 このゲームにおいて、リリーに救いのルートはない。全てのルートで必ず死ぬ。死ななければ人類が滅んで結局死ぬ。

 クソみたいな親クソみたいな名前クソみたいな学校から逃げだして、きっと次こそはごくごく普通の家に生まれ変われると思ってた。それなのに、まさか今世すら報われないなんて、神様は私のことがどれほどきらいなのだろう。

 私の身体を絶望が包み込んだ。

 混乱する頭をどうにか抑えて、医師の質問に答えると医師はその様子を都合よく勘違いしたのか、「お嬢様には休息が必要だ」と言ってみんなを連れて部屋を出ていった。

  残された広い部屋にはベッドサイドに栄養剤とおぼしき黄色の液体と、たくさんの粉薬が放置されていた。

 ……そうだ。今世がダメならまた死ねばいい。

  12歳の私は既にカナタと契約してしまっているし、物語が始まるまであと5年ほどしかない。今まで生きてきた記憶と、前世でのゲームの知識。そのどちらを合わせても、私には不都合しか考えられなかった。もう、この運命が変えららることはない。あと五年後にはヒロインが現れ、私は爪弾きものになり、七年後に私は死ぬ。そんなことなら、今から死んでしまえばいい。

「この小さい身体にこの量の薬は毒でしょうね。」

 おそらく、身体の弱い私に何ヶ月分として出されている薬は小児用とはいえ強い。この薬は魔力アレルギーという特殊な病気になっている私が物心ついた時から飲んでいるもので、時折副作用で吐いてしまっている記憶もあることから、かなりギリギリの量の処方なのだとわかる。
 
 今回倒れたのも自分の魔力が強すぎるあまりのアレルギー症状であり、ここ数年激しくなるそれに対して薬は苦さを増し、副作用で床にふせる日も増えていた。

 どう考えてもこの薬は、たくさん飲むには危険すぎる。自殺向きの薬だ。

「さようならお父様お母様。この世界でまともな家族を得られたこと、幸せに思います。」

 一度自殺したリリーに、恐怖などない。栄養剤にサラサラとめいっぱいの粉薬を入れると、リリーは躊躇いなくそれを飲み干した。

「まっっっずいわ。」

 うげぇ、と数度軽くえずくと、リリーは深いため息をついて急に襲ってきた睡魔に抗うことなく眠りについた。

  薄れる意識の中、次こそ幸せになれることをリリーは願った。

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