チート無しクラス転移〜〜Be chained(ベチーン)〜〜

キズミ ズミ

三章 15話 『バトンタッチ』




 ほとばしる絶大な魔力が風に置換され、局所的に不可視の刃が吹きすさぶ。

 ミツキが唱えた魔法について、オレが知ることはなにも無い。と言うかミツキがそもそも魔法を使えること自体オレは知らなかった。

 しかし、そんなオレでもこの魔法の、災害級の強大さは一見して分かる。

「ズアァアァアアアァァァァア・・・!!!」

「ーーーすげぇ・・・!!!」

 先の、オレが必死に耐えていた破滅竜の息吹ブレスはとうに吹き散らされ、虚空に消えている。

 手持ち無沙汰になったオレは、暴風に目を叩かれて半開きになっているものの、眼前の光景に目が離せないでいた。

 天をくような巨大な大嵐によってベンガドラムの漆黒の鱗に無数の傷創しょうそうが刻まれていく様は、圧巻の一言だ。

 刃の切れ味にまで至った風は、渦中のベンガドラムをいち早くこま切れにし、蒼穹へ送り出す事のみ専心している。

 およそオレ如きでは及びもつかない大魔法で、たしかにベンガドラムを追い詰めていた。

 オレは、ふとミツキの方をふり仰ぐ。

 ミツキはこれほどまでの常外の力を行使した代償か、それとも未だ予断を許さない状態にあると考えている表れか、かつて無いほど険しい顔をしていた。

「アルディア奇岩地帯に他の生物の気配がしなかったから、ナニカ潜んでいるだろうと思っていけれどまさかあの・・破滅竜だったなんて・・・ッ!!」

「早すぎる、余りにも・・・!まさかクラウゼリアの仕業・・・ッ?」

 普段、柔和な表情のミツキからは想像だにしない、渾身の、苦虫を噛み潰したような顔だった。

 ミツキの言葉の意味はよく分からない。だけどミツキも焦っているんだ。

 多分だけど、こんな大魔法を使う事自体、ミツキとしては本意じゃなかった様な気がする。

「・・・・・・!!ミキオ!」

「ーーーえっ!?な、何だミツキ!」

 暴風の音だけが支配していた鼓膜で、突如ミツキの声が鮮明に聞こえてきた。これもミツキの魔法なのだろうか。

「マドリをこの場所から出来るだけ離してあげてぇ。出来れば数キロくらい」

「わ、分かった!けど、何でーーー?」

「簡潔に言うと、マドリが倒れた理由は『魔力酔い』の所為なんだ」

「魔力感度が著しく高いマドリは、ベンガドラムの凶悪な魔力に耐えられなかったんだよぉ」

 オレはミツキの説明とベンガドラムが現れる前の状況を頭の中で照らし合わせてみて、合点がいった。

「なるほど。マドリにとっちゃベンガドラムに近づけば近づくだけ毒になるのか・・・!」

 意識の無いマドリを片手でヒョイと持ち上げると、肩に担ぐ。

 人は起きてるより寝ている時の方が重く感じられるなんて言われるが、少なくともマドリに限ってそんな事は無かった。

 マドリを持つのとは逆の手の人差し指を前歯で噛み、横に引っ張った。ジャラジャラと、オレの指は鎖に変貌する。

 変貌した指はそのまま、オレは全速力でベンガドラムとは逆方向に駆け、崖の一歩手前で大きく踏み込んだ。

「う、おぉおおぉおおぉぉぉぉおお!!」

 時を駆けんばかりの跳躍、束の間の浮遊感と、直後の落下。

 虚空に足を伸ばしたオレは、それでも重力に逆らえず、真っ逆さまに落ちていく。

 途端、オレは背中を巨大な掌で張り手されたかの様な錯覚をした。

「ぐぶゥ・・・!!?」

 予想外の衝撃に面食らい、首を巡らせて背後の光景を、絶望を垣間見た。

 ベンガドラムは、折り畳んでいた黒と紅の翼を目一杯広げていた。その周囲に暴風域は既に消えている。

「アイツ・・・ッ!搔き消しやがった!翼を広げただけで、ミツキの大魔法を・・・」

 忘れてはいない。相手は、最強と目される空想上の生物、ドラゴン。しかもその中でもとりわけ強大な存在だと言う事を。

 ーーー強大にも、限度があった。一縷いちるの希望も抱かせてはくれなかった。

 何故なら、不可視の刃によって刻まれた傷が、みるみるうちに再生していっているからだ。

 大剣で斬り付けられた様な傷も、ヌラリと血で濡れたベンガドラムの体表も、その全てがエンカウント直後の威風堂々たる姿に戻っていった。

「・・・・・・・・・ッッ!!」

 目が合った。ベンガドラムと。アイツは許していない。対峙した相手を前に逃げ出したオレの事を。

 星空の様に煌めく瞳を細め、鎌首を持ち上げると両翼をたわませ、飛行の体勢にーーー。

「行かせるかアアアアァァァッ!!!」

 野太い声が重なって、空気がビリビリと振動する。

 先ほど吹き飛ばされたゴロード含む子分たちは、むくつけき身体一つで伝説の竜に踊りかかった。

「・・・ッ!?ゴロードさん!ムチャだ!逃げろォ!!」

「ッッせぇよミキオォ!!!早いとこマドリちゃん置いてきて戻って来いや!それまでの間ちょっとだけコイツの相手しといてやるからよ!!!」

 背中越しに、それでも耳朶じだに響く大声でゴロードはまくし立てると親指を立てた。







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