チート無しクラス転移〜〜Be chained(ベチーン)〜〜
三章 10話 『救われた人』
「お前の天稟をもう一度見せてみろ」
「え?」
それはマドリが負傷者の治療に奔走している間の事。
その時のオレは『半ば予想してたけどやっぱミッション達成出来なかったなぁ、でもちょっとは期待してたんだけどなぁ・・・!』という肩透かしなガッカリ感に身をやつしていた。
「何だよゴロードさん。ケガは大丈夫なのか?」
「お前の仲間の魔法ですっかり全快しちまった。正直驚いてるぜ。あれほどの回復魔法の使い手、王都にだってそうは居ねぇからな」
「そうなの?実はマドリってすごいやつ・・・?」
「回復魔法の使い手ってのがそもそも少ねぇしな。それにあの容姿だ。人さらいに遭わねぇように注意しとけ」
たしかに、マドリは外見だけはそりゃもうとんでもなく絶世の美少女だ。
正直に白状してしまえばこの数日間馬車の中で常に一緒に居て、ドキッとしなかった事がないと言えばウソになる。というか、かなりの頻度でドキッとしました。はい。
マドリは天稟(?)で女体化しているわけで、実際にナチュラルボーン女の子ではない。
元は男であると言う気安さからマドリはこう、スキンシップ多めなんだが、もうその度にアイツの胸に搭載されてるバズーカ砲に焦点が合っちゃってヤバい。
気付かれないようにチラ見するとミツキがゴミを見るような目で見てくるから倍辛い。なにこの四面楚歌。
「あー、そうしとく。で、天稟だっけ。見せてもいいけど、何で?」
「イィから早く見せろっての」
「・・・あぁ」
本当は、他人に天稟を見せるべきでないと、ミツキから固く注意されている。
何故ならばーーー。
オレは右手の人差し指を引っ張った。
ジャラジャラと金属音を立てて変貌したのは、毎度お馴染み鈍色の鎖。
「ほぅ・・・。大方、『指を鎖にする能力』ってところか?」
「・・・・・・今更だから、つって教えるけど、ニアミス。『身体が鎖になる能力』だよ」
ゴロードは目元の小じわを寄せて、興味深げにオレの変貌した指を見ていた。
「なら指だけじゃなくてもっと色んな所を鎖にしろよ。戦闘中とか、身体を鎖化させるだけで簡単に鎖かたびらじゃねぇか」
「・・・・・・ッ!!」
図星というか、痛い所を突かれた。ゴロードの意見はごもっともだ。この天稟を聞いただけでむしろ誰でもそんな事は浮かぶだろう。
戦闘と言う鉄火場に於いて、防御力は攻撃力と同様、最重要事項だ。
例えばヴァルドとの戦闘時、アイツの一発はハンマーでブン殴られたくらい重かった。しかし、それは生身で食らった場合の事。
全身の鎖化で、オレはおそらく大抵の物理攻撃は無効化されるだろう。魔法も、食らった事はないが抵抗力は格段に上がる。
それでも、あの生死の分水嶺でもソレをしなかった理由はーーー。
「ふん。まぁ自分の天稟をどう使おうが自分の勝手だけどよ」
「ーーー怖いんだわ」
「・・・?」
「この天稟を自覚した時からずっと、自分が化け物になっちまうのが怖いんだ」
なんだ。止まれ。口を滑らせるな。天稟は先天的なものの筈だ。
後天的に得られるのは異世界転移者の冥護人だけ、この世界から忌避される存在の、オレたちだけだ。
オレたちがその冥護人だとゴロードに悟られたら終わりだ。さらに言えば、ベンハーさんにまで聞き及んだら、オレらは多分馬車に居られなくなる。
そんな、分かりやすすぎる最悪を想像していながら、オレの意思はなぜかゴロードに話す事を選択した。
「・・・『トラ』ってヤツが居たんだ。怖くて、デカくて、全部が異形だった。オレはあんな恐ろしい生き物に、二度と会いたくない」
「・・・仲間を、殺されたんだな。今なら分かるぜ。そりゃあ、耐え難い」
「死ぬほど後悔した。死んでやろうって決意して、絶望の中で死ぬつもりだった。そん時のオレは『トラ』に獲物とも思われてなかった。あの底冷えする様な眼だけは、絶対に忘れられない」
「ーーーーーーーーー」
ゴロードは瞑目して、オレの話を聞いていた。
「結局、オレは『トラ』と戦って、勝った。そんでまた自分が分かんなくなった」
途端、ゴロードはむしろコミカルなほど目を丸くして、仰天しているようだった。
「勝ったって・・・勝ったのか・・・?」
「あぁ」
止めろ。この先は言うな。オレの心は絶えず警鐘を鳴らしている。口を閉じろと、絶叫している。
「誰かから与えられた力と、天稟で運良く、な。オレは、結局曖昧なまんま、意味わかんねぇまんま自分の弱さの精算をした」
「そん時からずっと思ってることがある。オレは『トラ』と同じ、異形の化け物なんじゃねぇかって事だ」
昔、『テセウスの船』と言うパラドックスを聞いたことがある。
とある船を幾度も修理していくうちに、最初に使われていた部品は全て無くなったらしい。
それではこの船は、元々の船と同じなのか?と言う内容だった。
オレは、その船がどれだけ原型と似通っていようと、本物ではないと思う。
力も、能力も、あの時『トラ』に立ち向かった勇気も本来のオレではあり得なかった。
作り変えられたオレだった。今も、そのオレだ。結局のところ、オレの本質はどこにも無くて、原型と似通っているだけの異形なのだ。
オレはそれが、どうしようもなく恐ろしい。
「自分の強さの矛先が別の誰かに向くのが死ぬほど怖いんだ。オレもそのうち『トラ』みたいに誰かを傷つけるんじゃねぇかって」
「ーーーあんまり異形に近づき過ぎて、いつか取り返しのつかないことになるんじゃねぇかって。天稟を最大でも四肢までに限定してるのはそういう理由」
「オレにこの力を与えたあの仮面の男が何を考えているか、全く分かんねぇ。だから、オレは怖い。あの場じゃ、それが最善の行為で、あくまでオレを助けてくれるつもりでやった事だとしてもーーー」
「だとしたら、オレはその善意すら怖い。与えられた善意に脈絡がないから、オレはソレを拒絶したくなる」
「・・・・・・・・・」
言い終わって、オレは熱く、長く息を吐いた。魂まで抜けるような脱力感はオレの心の現実的な部分を冷却していき、直後、『言いすぎたーー!!』と言う後悔に苛まれる事となる。
「あ、あのな、すまん、ゴロードさん。ちょっと熱が入って喋りすぎたわ。どうか忘れてくれると助かるっていうか・・・」
「忘れるわきゃぁ、ねぇだろうが。なぁ、ボウズ」
ゴロードは重々しく口を開くと同時、服のポケットから一切れの干し肉を出して見せた。
「これはお前がくれた食料の一つだ」
「お、おう。そうだな・・・?」
模糊とした返事を返すや否や、ゴロードは手に持った干し肉を口に放り込み、咀嚼する。
「うむ、美味いーーーゴホッ!ゲェホッ!ぁ、ノドに詰まりやがったぁ・・・!!」
「何やってんだよゴロードさん!あんたの胃は弱りまくってんだから、ふやかしてねぇの食ったらそりゃむせるって!!」
涙目のゴロードに水をやると、グビグビと飲み干した。
「ミキオ、なぁ。オイの子分たちはお前らを殺そうとしたよな。そんな誰とも知れねぇ盗賊崩れに、何で食料なんざ恵んだんだよ」
「何でって、そりゃーーー。ってか恵んだ訳じゃないだろ。正当な条件の元の取引だったはずだろ?」
「アホかお前。バカじゃねえ?いや、バカだバカ」
「第1お前よ、ミキオ。詳しい事は知らねぇが、オイたちのヨロイはお前の求めるものじゃなかったんだろ?」
「ギク・・・・・・ッ!!」
図星を突かれて、体がビクリとはねた。そう。現在、オレの受けているミッション『武具を揃えよ』は、厳密なルールが存在したのだ。
そのルールとは、『揃えた武具に過不足があってはいけない』と言うものだ。
つまりは、例えばヴァルドとの戦いの後に譲ってもらった『不良品のヨロイ』も、ゴロードの子分から取引した『壊れかけのヨロイ』も、ミッションの完遂足り得ないプラスαが付いていた。
このルールに気づいたのは、今日じゃない。実は結構前からミツキが推測していた。だけどーーー。
ゴロードはオレの反応を見るや、フンと鼻を鳴らして、つまらなそうに遠くを見る。
「まぁ、んな事どうでもいいんだけどよ。重要なのはその前だ。お前の天稟が、オイの子分をぶっ倒したことだ」
「・・・どう言うことだよ」
「ミキオ、貰った力だのと言っていたが、だとしてもお前が強いのは事実だろうが」
「もしもオイの子分がお前に勝っちまって、お前らから食料を略奪なんてしてたらよ、オイは死んでただろうぜ?」
「オイは盗賊であっても、外道じゃねぇ。人の道を外れた方法でメシにありついても、ンなもん喰ったら腹が腐っちまう。だから、子分どもにどれだけ頼まれたってオイは絶対喰わなかった」
「・・・・・・だから、なんだよ。それはもしもの話だろうが。結果として、そうはならなかったもしもの話だ」
訥々と言葉を紡ぐゴロードは朴訥ながら真摯でひたむきな意志が感じられた。
オレはその言葉と意気に気圧されて、つい否定的な意見が口から零れた。
「もしもでも、だ。お前自身がどれだけ自分の事をバケモンだと思っていようが、オレらにとっちゃーーー」
ゴロードはおもむろに立ち上がった。肉体的な負傷は回復しても、体力は回復しきっていないので脚が震えていたが、しかし屹立した。
腰の剣をスラリと抜き、地面に突き立てるとどこか優美さを感じる所作で手をつき、再び座り直した。
「オイは、オイの子分はお前に救われた・・・!この恩を忘れる事は無いだろう!!この借りを返さないなんてありえねぇ!!お前の天稟が化け物のそれじゃねぇって死んでも言ってやる!世界のどこにいてもお前が困ったら駆けつけてやる!!」
「ーーーどこの誰とも知れねぇオイたちまで助けたお前の事だ。救ったのは、オイたちだけじゃねぇんだろ?」
「ーーーーーーーーー」
オレの脳裏に、委員長の姿がよぎった。
コルドバで再会して、あの小さな喫茶店での会話が蘇る。
『私を『トラ』から助けてくれて、本当にありがとうございます。もし、困ったことがあったら言ってください。私たちは、どんな時も助けに行きますから』
オレの脳裏に、ヴァルドの姿がよぎった。
コルドバを出る前夜、スラム街の一角でお別れ会を開いてくれた時の記憶だ。
『ミキオォ。オレ様ァ悲しいぜェ。ずっとこの街に居てくれよォ・・・!!』
『ーーーそうか。どうしても出て行くのかァ。じゃあこれだけ忘れんな。ヴァルド組は何があったってお前とミツキの味方だ』
『神なんざ信じちゃいねぇが、お前とまた会えるってんなら便所の神に祈ってもいい。あ?なんだよ、泣いてねェよ!つかお前ェ、さっきから全く飲んでねェじャねェか!飲め飲めェ!!ウハハハハ!』
「そう、だな・・・。オレは人に恵まれたよ」
ゴロードは頑とした巌ヅラを崩し、破顔すると
「引き合わせたのは、お前だよ」
と、闊達に笑ってみせた。
ーーーーーーーーーーー
ずっと前から疑問視していた自分の能力への想いにひと段落がつき、言い知れない万感の思いに浸っている時、ゴロードは思い出したように口を開いた。
「おう、そうだった。お前から天稟を見せてもらった理由なんだけどよ、いや、何というか、ほとんど確信できたことがある」
「ん?なんだよゴロードさん」
「ミキオ、お前冥護人だろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぇゃ?」
本当は、他人に天稟を見せるべきでないと、ミツキから固く注意されている。
何故ならばーーー。
何故ならば、高確率で素性がバレるからである。
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コメント
Akisan
鎖の新しい使い方が出て来て
戦い方に幅が出そうで面白そうです!
頑張ってください!