チート無しクラス転移〜〜Be chained(ベチーン)〜〜

キズミ ズミ

コラボ章 幕間 『冒険はまどろみの中で』





 ミツキたちの待つ渓流に戻ってきたオレは、眼前の光景に息を詰めた。

 くすんだ灰色の白髪に小柄な体。一見しただけならさして威圧的で無いその少年。しかしーーー

 あの目だ。あの、圧倒的に強者を思わせる、捕食者の目。見間違う筈もなかった。

「マジで瀬屑居やがった・・・!!つかなんで原ちゃんと戦ってんだ」

「あ!ミキオ!いきなり隕石が降ってきたと思ったら瀬屑だったの!しかも原ちゃんが居なかったらワタシ多分死んでたかも・・・!」

 森を抜けるや目に焦燥の念をたっぷり宿したマドリがオレに向かってきた。

「くっ!何だよコイツ!?剣がちりになっちまった!」

 刀身を失った剣をポイと投げ捨てた原ちゃんに、瀬屑はギラギラした瞳をぶつけて呻いた。

「なぁ〜〜・・・!どんだけ実力があっても負けちまうことってあるよなぁ。何でだと思う・・・?」

「知るかよ・・・ッ!この通り魔野郎!」

 原ちゃんは眉を一層吊り上げて、双剣を創り出し、瀬屑に一閃。しかし、やはり双剣は塵と化し、風に散る。

 ーーーが、それでいい・・・・・

 原ちゃんは心の中でほくそ笑むと、大地を踏んで神速に至り、瀬屑の背後に回った。その手には、しっかりと刀が握られている。

「ーーーーーー獲った・・・!!」


「正解は、『恐れ』さ」

 コンマ数秒すらも刻む神速の世界で、瀬屑はネトリと、糸を引くような声音で確かにそう言った。

 原ちゃんの当惑、無理もない。己の持つ才の粋を尽くして到達したスピードのアドバンテージが、その一瞬で霧散したことを悟ったのだから。

「俺の速度を見切って・・・!?」

「ーーーーーーーーー」

 瀬屑は振り向きざま大振りに手を横に振って、それまで握りしめていた砂つぶを原ちゃんに振り撒いた。

「な・・・!!剣の塵か!やばい、目に塵がーーー」

 異物を受け入れてしまった原ちゃんの瞼は反射的に閉じようとして、しかし原ちゃんの意思はそれに抗った。

 ーーー今、目を閉じちまったらもう二度と開けらんねぇ!

 必死に薄く開けられた原ちゃんの目から見えたのは、陰惨いんさんに口元を歪めた『死』の化身だった。

「・・・・・・・・・ッッ!!!」

「けけ、ぶっ壊れろ」

 瀬屑の体から、殺戮のオーラが弾けた。

 オーラは原ちゃんに襲来し、その場にいる誰も、原ちゃんに来たる最悪の状況を脳裏に描いたその時ーーー


「『異常気象アナマレスウェザーーーー雷現象ライトニングフェノメノン!!』


 天空から放たれた雷槍は、珍しく・・・狙いすました場所を穿うがった。

「アアアあああぁぁぁぁ!!!?!?」

 同じ位置でつば迫り合いをしていたーーー原ちゃんに直撃した。

「『天候を操る能力』・・・!!」

 すんでのところでバックステップにより雷撃を避けた瀬屑は顔に凶相を深く刻んだまま、低く唸った。

 原ちゃんはブスブスと体から黒煙を上げている。ピクリとも動かないがまぁ大丈夫だろう。原ちゃんだし。

「そこまでだよ瀬屑、だるいけどアンタをほっといたらホントにどうしようもない事になるからね」

「けけ、北村ホナミ、だったっけ?お前、もっと目ん玉かっぴらいてよぉく狙えよ。オイラはまだ此処にいる。ぶっ壊されずに、此処にいる」

「フハハ、見つけたぞ瀬屑ぅ!!大人しく我が相『棒』のサビになれぇ!!」

 淡々と狂気を紡いでいく瀬屑の正面から、3人の同一人物が躍り出た。

 肉薄し、鉄で出来たその鈍器を振り落とす。頭蓋に当たれば昏倒は確実、それ以外の箇所でも決定的な致命傷を与えられる代物だ。

 しかしーーー

「お前の異能は、嫌いだ・・・!!」

 三者は見えない殺戮のオーラにあてられて、瞬く間に塵と化し、風に舞っていった。

「いくらコロしてもまるで構わないとばかりにまた湧いてくる!まるで命の冒涜じゃないか!勇気を模しただけの臆病者め、吐き気がする」

 瀬屑は唾棄だきする様に言いすてると遠巻きに見ていた永犬丸エイノマル侮蔑ぶべつじみた視線を投げた。

「ひいぃ!やっぱアイツ普通じゃねぇ!」

「落ち着けよイヌマル。瀬屑の言葉にのせられんな。ココらは囲んだ。委員長の『アイテム』でクラスメイト全員に召集かけといたし大丈夫だ。瀬屑はココで叩く」

 心胆縮み上がってビクビクしてる永犬丸エイノマルにムギヤは取り澄ました声でそう云う。

 ーーーやはり瀬屑は日本に居たときと変わらず、否、異世界に来て更にその理性のタガは外れている。

 この場に居る。ただそれだけで十分すぎるほど瀬屑の狂気的ルナティックな闘気に晒されて、自然、生存本能が思考を先行する。

 解放される指先の超常。ジャラジャラと鎖がかき鳴らす金属音を瀬屑は耳ざとく聞きつけるとオレの方へ捕食者の目を向けた。

「お・・・!加藤ミキオじゃないか!」

「・・・・・・ッ!?」

 心臓が一際ひときわ大きく脈打った。瀬屑の関心がオレに向いたことで場の淀んだ空気はどこか不可解な方向に流れていく。

「実はな、オイラ、お前に逢いたいと思ってたんだよ。あの『トラ』を倒したそうじゃないか、一人で」

「・・・よく知ってるな。その事も、オレの名前も」

「ケケ、オイラはな、加藤ミキオ、お前と戦ってみたい。分かるか?オイラは初めて自分以外に興味を持った」

 瞳を三日月型に細めて滔々とうとうと語る瀬屑を前に、オレの思考は驚愕よりも不思議な得心めいたものが渦巻いていた。

 オレは今まで瀬屑と云うヤツが話の通じない暴力装置だと思っていたが、眼前のコイツは案外普通に話している。

 会話が通じる。と云うことは、交渉の余地は残されているのだ。

「えぇっと、な、瀬屑。オレを買ってくれてるのは光栄なことなんだが、今は少し立て込んでてな・・・。ーーーそうだ!うっかり探し物を森に置いてきちまった!悪いがソレを持ってくるまでーーー」

「ケケ、それはラッキーだったな、加藤ミキオ。探し物はコレだろう・・・?」

「・・・ッ!?それッ!ミッション達成の紙、どうして瀬屑が持ってんだ!」

「さっき飛ばされている時に偶然空を舞っていたからなぁ、ひっ掴んで持ってたんだ」

「・・・・・・・・・ッ!!」

 まさしく、最悪の状況だ。ミッション達成の紙がーーーつまりはオレたちをランドソールへと帰還させ得る唯一の手段が瀬屑の手に渡ってしまった。

「ケケ、で、だ。この紙をーーー。ーーー・・・ッ!!」

 ブツ切りにされた言葉、それは瀬屑が感じた常外の殺気によるものだった。

 瀬屑は驚きも、おののきもしない。それらの感情は、全てかつての、弱者であった日々に置いてきた。

 だからこそ、瀬屑は己の身に迫る危機を人一倍強く感じ取る。

 薄皮一枚を隔てて晒される圧倒的な『凶』に瀬屑の『凶』が共鳴して、反発し合う。

「その身に刻め龍の名をーーー竜刻ーーー!!!」

 瀬屑の身体は総毛立ち、思考の全てが回避を選択していた。

 横面目がけて迫る絶爪をすんでの、本当にギリギリの分水嶺ぶんすいれいで躱した矮躯わいくは、しかし直後、鋭さをもった横殴りの暴風によって切り刻まれる。

「・・・・・・つぅッ!!」

 無数に吹きすさぶ風の刃にさらされるという事はつまりーーー手中にあったその紙も無事では済まされない。

「ポッと出の分際で、好き勝手ハバきかせてんじゃねぇよ」

 投げ打つように太い声で毒づいたのはサイトー、いや、黒アキ、か?

 何にせよ彼は、赤黒い鱗に覆われた龍の右腕を以ってして、瀬屑に思いがけぬ奇襲を仕掛けた。

 そしてその成果はーーー

「・・・ッ!?体が、消えていく・・・!?」

 指先から腕に、また胴体にかけて徐々に半透明になっていく体を驚き混じりに眺める。

 そう、サイトーの攻撃は結果として、瀬屑に致命傷こそ与えられなかったものの持っていたミッション達成の紙に『一定以上の衝撃を与える』事が出来た。

「ケケ、勝負はまた次の機会に、って事か。それにしてもーーー」

 瀬屑は数歩ほど離れたところで自分を見据える少年に目を向けた。

「お前、強ぇなぁ。それだったら何でも護れんだろ?」

「・・・・・・」

 サイトーは難しい顔で貝のように押し黙る。

「ーーーケケ、否定しないのか・・・!」

「ーーーーーーいいか?本当に強ぇのはお前じゃない、お前のその腕、その異能だ。だからこそ、何でも護れるお前はいつか何にも護れず取りこぼす」

「いつか、絶対に、だ」

 瀬屑の言葉、それに返す言葉は無かった。サイトーが唇を開いた時、既に瀬屑は、異世界からの来訪者たちはその姿を忽然と消していたからだーーー。



ーーーーーーーーーーー


「ん、むにゃ・・・」

 微睡まどろみから抜けて目蓋まぶたを開けると、眼前には闇が広がっていた。

「何だよ・・・。まだ夜か・・・」

 キャビンの中には無論、温度を調節できるような設備など整っているはずもなく、肌寒さを感じたオレは掛け布団がわりの布の中に体を潜り込ませた。

 起き抜けだからか、頭に霧がかかっているみたいに判然としない。けれど、オレの四肢は妙にうずき、疲労を訴えている。

 寝ていたにもかかわらず、まるで、今までずっと動いていたかのようにーーー。

「・・・ねぇ、ミキオ、起きてる?」

「ん、起きてるぞ」

 闇に紛れるほどに小さなソプラノ声、オレが反応すると暗闇ながらマドリがわずかに驚いているのが分かった。

「うわ、何でこんな夜中に起きてんの。ビックリしたぁ」

「こっちのセリフだし、声かけといてビックリすんなよ・・・」

「なんかね、今起きたんだけど、すっごい変な夢みちゃった。私たちと、あと夢の中の人たちとで力を合わせて敵を倒す夢」

「ほーん、でも、ま、夢だろ。オレはもっかい寝るわ。謎に超疲れてるし」

 あくびを噛み殺しつつ、オレは再び夢の世界に没入しようとするーーーが、

「えー、もうちょっと聞いてよー。目が覚めちゃったんだから」

「むにゃむにゃ・・・」

「むぅ、寝るな、この、アホ原人!」

「グェえ・・・!?」

 マドリからのパンチが腹部にめり込んでカエルが潰れたような声をだした。

「っ〜〜〜〜〜・・・ッ!!痛ってぇな早く寝ろよ!つか、誰が原人だ!」

「水気の多いところで火を起こそうとしたり紙を殴ろう発言したりする人を原人以外のなんて呼ぶの?」

「記憶ないんすけど、え?オレそんな事したっけ・・・?」

 まぁ、そう言われればさもありなん。オレがやってしまいそうな事ばかりだった。

 いや、しまいそうな、じゃ、無い気がする。やったような、記憶がーーー

「あ、それは夢の中の話か。ゴメンねミキオ」

「・・・夢か、そうならいいんだけど。・・・いや良くないだろ、今謝ったのって勘違いの方と云われない暴力の方どっち?」

「どっちもだよ」

「謝罪が一回しか無かったんすけど・・・」

「セット割りで♪」

「・・・・・・・・・」

 オレはおもむろにムクリと体を起こすとマドリに向きなおって

「え?何ミキオ、目の光消えてるよ?まさか夜這い的な?ダメだよーミツキが起きちゃーーーー痛たたたたたたぁっ!」

 マドリの頬をとりもちの如く引っ張ったり伸ばしたりを繰り返した。

「うぅん、うるさいよぉ。もう朝なのぉ?」

「あ、ミツキすまん。起こしちゃったか」

「おはよーミツキ。なんか全員起きちゃったね」

 頬を引っ張られたままのマドリはドラクエのスライムのような締まりのない口でいけしゃあしゃあとそう言った。

「基本、マドリが元凶だろーが」

「ふぇぁ!?ちょ、ほっぺが千切れる〜!」

「ん〜、アレぇ?」

 オレとマドリが組み合っているのを横目に、ミツキが頓狂とんきょうな声を漏らした。

「ミキオ、マドリぃ、ここに置いてあった火の魔石が消えてるんだけどぉどこか分かるぅ?」

「あ、ワタシの夢の中で使ってたよ、二個とも」

「ーーー案外、夢じゃないのかもねぇ」

 ミツキがため息混じりに言った後、指先に魔力を込めて小さな光を灯した。

 暗闇は光の当たりをサッと後退すると、にわかに色味を帯びた世界で動き回った後のようなーーー

 土ぼこりや何やらで汚れた顔をした3人の子どもたちが現れたのだ。

 






 
 





 


















コメント

  • Akisan

    ついに終わっちまったな~
    色々あったけど、お疲れ様
    そして、ありがとう

    1
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