薬師シャルロット
互いの告白
彼の言葉が一瞬、理解できなかった。
一体、何を言い出すのかと――。
でも、私の考えを余所にラウリィさんは語りだす。
「私は、もともと貴族の庶子として生まれたんだ」
「庶子……」
頭の中は、まだ混乱していて、どうしたらいいのかわからない。
そんな私は彼が言った庶子と言う言葉を、たいして考えずに言葉にしていた。
「そう、俺の母親は元々は騎士爵の3女として生まれた。騎士爵は、国からは殆ど俸給を貰うことはできない。それに貴族を名乗れるのは家を継いだ者だけだ。そして基本、女が家を継げる事は殆どない。そして騎士爵の女が嫁げるのは豪農くらいだ。運がよければ豪商に嫁げるかも知れないが、殆どの場合は、そんなことはありえない」
座り込んでいた私をやさしく抱きしめながらラウリィさんは、さらに言葉を続ける。
「才能があれば、冒険者として生計を立てることも可能だったろう。だが、母にはそんな才能はなかった。だが――」
そこで、ラウリィさんは一度、口を閉じる。
「帝政国の軍務の幹部であったベルナンド侯爵に、その美貌を見出されてしまった」
「侯爵……」
侯爵と言えば貴族の中でも上位の爵位のはず。
そんな人と結婚したのなら――。
――あっ!? さっき彼は何て……言った?
「それって……」
「ああ、さっきも言ったとおり庶子扱いだった。母は愛人としてベルナンド侯爵に召抱えられたんだ」
「……愛人、第2夫妻でもなく?」
「もともとは、二人とも愛し合っていたと母は言っていた。だが、結果は愛人だ。正妻などという言葉もどうせ出任せにすぎないだろう……ただ、対面を重んじたのかは知らない。俺の母と俺の父親ベルナンド侯爵との間が帝都で有名だったからなのか養育費だけは支払われることになった。少なかったけどな……」
私は、彼の言葉を呆然と聞いていた。
彼のお母さまも無くなって、今、彼はどんな心境なのだろうと、興味が沸いてくると同時に、そんな自分が嫌になった。
相手の不幸な身の上を聞いて、初めて興味が湧く。そんな自分の愚かさに落ち込む。
「母は、なれない仕事を転々として、俺を帝政国立軍事学校まで行かせてくれた。だが、それで体を壊して、俺が帝政国の兵士として着任した一ヵ月後に死んでしまった。このハンカチは、母の最期のプレゼントになった。兵士として始めて着任した日に貰ったものなんだ」
「……」
彼の身の上は、私が思っていたよりもずっと過酷で酷いものだった。
「それじゃ、怪我をしてアトリエの前で倒れていたのは……」
「ああ、怪我か……」
彼は、自嘲気味に笑うと、床に腰を下ろして一度、深呼吸して私を見てきた。
「帝政国内で伝染病が流行って多くの人間が死んだ。とくに貴族が死んだ。だから、俺の父親ルーカス=ベルナンドは俺に家を継げと命令してきた。即、断ってやったら魔王を倒すために勇者をやれって軍務卿からの辞令があった。だから勇者をしていた。それだけだ……」
「それでは、その怪我も魔物に――」
「まぁな……。魔王を倒すためには人類が一つにならないといけないからと、悲劇の英雄を作ろうとした。つまり俺は生贄だったわけだ。ベルナンド家から見たら言うことを聞かない血縁関係者は始末できて、さらに人類――帝政国に貢献できたと自慢毛に語るだろうよ」
「お仲間の方も怪我をされたのですか?」
「いいや。最初から、仲間も俺が生贄になることを、知っていた。だから、俺にはもう帰る場所も、頼る奴もいない。それに国に帰ればベルナンド家から刺客を送り込まれるかもしれないし、殺される可能性だってある」
「そんな……」
「お、おい――。どうして泣いているのだ?」
彼の言葉を聞いて、自分と同じ境遇の人を見て涙が自然と零れてしまう。
それと同時に、自分と同じような人が居て少しだけ安心する。
彼は、私の頬にハンカチを当てながら……。
「だから、俺は貴族や王族などと言った権力者が大嫌いだ」
「……!?」
彼の言葉に私は思わず息を呑んでしまう。
それと同時に、まだ私が王族という事に気がついていないことを理解して――。
「だから、俺は聖教会の者ではないから安心してくれ」
「君が、エンハーサの知り合いということはわかっているが、どうして回復魔術を使えるか、その事が気になった」
「それは……」
彼は、貴族が嫌いだと言っていた。
それは、彼の身の上を聞いたからこそ理解できる。
私だって貴族が大嫌い。
でも、お母さまは王族で、今も尚、クレベルト王国の女王として戴かれている。
それに、遅かれ早かれ私がシャルロットだということが分かってしまう。
嘘なんて、ずっとつき続けられるわけないから。
「――ごめんなさい……」
自分が王族だと言って嫌われるのが恐い。
もう、人に嫌われるのも痛いのも苦しいのも嫌だから――。
私は最低の人間だ。
相手が全部、語ってくれたのに……。
自分が嫌われるのを恐れて何も言えないなんて――。
「そうか……そうだよな」
私の答えにラウリィさんは、自分の額に手を当てる。
「だから言いたくなかった。俺、格好悪いだろ? 俺が生まれてこなければ、たぶん母さんは幸せになれたかも知れない。俺がもっと上手くやれていれば皆が幸せになれたかもしれない。こんな俺を見せたら好きになるやつなんていなくなるだろ? だから、自分が好きな女性にだけは言いたくなかった」
「――あっ……」
そうか……。
この人は私と同じ。
自分を良く見せようとして、言葉が足りなくて自分を追い込んでしまう。
もっと上手く出来たかも知れないって、もっと上手くできたかも知れないって苦しんで悲しんで、それでも上手くいかなくて――。
それって、とても悲しくて苦しくて寂しくて辛くて誰にも言えないことで――。
それでも目の前の彼は、起きた真実を――。
勇気を振り絞って、私に語ってくれた。
それは、きっとすごく勇気のあることで――。
私の言葉で彼はすごく傷ついて――。
「そうじゃないんです」
そう。
相手が勇気を振り絞って伝えてくれた言葉なら――。
私だって恐怖に負けずに、自分のことをきちんと言葉にして形にして伝えないといけない。
嫌われる可能性ばかりに目を向けていたら駄目。
一歩前へ進まないといけない。
だって、それが生きているってことだから。
だって、それが誠意を示すってことだから。
「ラウリィさん、私は……アヤカは……、シャルロット・ド・クレベルトと言います」
一体、何を言い出すのかと――。
でも、私の考えを余所にラウリィさんは語りだす。
「私は、もともと貴族の庶子として生まれたんだ」
「庶子……」
頭の中は、まだ混乱していて、どうしたらいいのかわからない。
そんな私は彼が言った庶子と言う言葉を、たいして考えずに言葉にしていた。
「そう、俺の母親は元々は騎士爵の3女として生まれた。騎士爵は、国からは殆ど俸給を貰うことはできない。それに貴族を名乗れるのは家を継いだ者だけだ。そして基本、女が家を継げる事は殆どない。そして騎士爵の女が嫁げるのは豪農くらいだ。運がよければ豪商に嫁げるかも知れないが、殆どの場合は、そんなことはありえない」
座り込んでいた私をやさしく抱きしめながらラウリィさんは、さらに言葉を続ける。
「才能があれば、冒険者として生計を立てることも可能だったろう。だが、母にはそんな才能はなかった。だが――」
そこで、ラウリィさんは一度、口を閉じる。
「帝政国の軍務の幹部であったベルナンド侯爵に、その美貌を見出されてしまった」
「侯爵……」
侯爵と言えば貴族の中でも上位の爵位のはず。
そんな人と結婚したのなら――。
――あっ!? さっき彼は何て……言った?
「それって……」
「ああ、さっきも言ったとおり庶子扱いだった。母は愛人としてベルナンド侯爵に召抱えられたんだ」
「……愛人、第2夫妻でもなく?」
「もともとは、二人とも愛し合っていたと母は言っていた。だが、結果は愛人だ。正妻などという言葉もどうせ出任せにすぎないだろう……ただ、対面を重んじたのかは知らない。俺の母と俺の父親ベルナンド侯爵との間が帝都で有名だったからなのか養育費だけは支払われることになった。少なかったけどな……」
私は、彼の言葉を呆然と聞いていた。
彼のお母さまも無くなって、今、彼はどんな心境なのだろうと、興味が沸いてくると同時に、そんな自分が嫌になった。
相手の不幸な身の上を聞いて、初めて興味が湧く。そんな自分の愚かさに落ち込む。
「母は、なれない仕事を転々として、俺を帝政国立軍事学校まで行かせてくれた。だが、それで体を壊して、俺が帝政国の兵士として着任した一ヵ月後に死んでしまった。このハンカチは、母の最期のプレゼントになった。兵士として始めて着任した日に貰ったものなんだ」
「……」
彼の身の上は、私が思っていたよりもずっと過酷で酷いものだった。
「それじゃ、怪我をしてアトリエの前で倒れていたのは……」
「ああ、怪我か……」
彼は、自嘲気味に笑うと、床に腰を下ろして一度、深呼吸して私を見てきた。
「帝政国内で伝染病が流行って多くの人間が死んだ。とくに貴族が死んだ。だから、俺の父親ルーカス=ベルナンドは俺に家を継げと命令してきた。即、断ってやったら魔王を倒すために勇者をやれって軍務卿からの辞令があった。だから勇者をしていた。それだけだ……」
「それでは、その怪我も魔物に――」
「まぁな……。魔王を倒すためには人類が一つにならないといけないからと、悲劇の英雄を作ろうとした。つまり俺は生贄だったわけだ。ベルナンド家から見たら言うことを聞かない血縁関係者は始末できて、さらに人類――帝政国に貢献できたと自慢毛に語るだろうよ」
「お仲間の方も怪我をされたのですか?」
「いいや。最初から、仲間も俺が生贄になることを、知っていた。だから、俺にはもう帰る場所も、頼る奴もいない。それに国に帰ればベルナンド家から刺客を送り込まれるかもしれないし、殺される可能性だってある」
「そんな……」
「お、おい――。どうして泣いているのだ?」
彼の言葉を聞いて、自分と同じ境遇の人を見て涙が自然と零れてしまう。
それと同時に、自分と同じような人が居て少しだけ安心する。
彼は、私の頬にハンカチを当てながら……。
「だから、俺は貴族や王族などと言った権力者が大嫌いだ」
「……!?」
彼の言葉に私は思わず息を呑んでしまう。
それと同時に、まだ私が王族という事に気がついていないことを理解して――。
「だから、俺は聖教会の者ではないから安心してくれ」
「君が、エンハーサの知り合いということはわかっているが、どうして回復魔術を使えるか、その事が気になった」
「それは……」
彼は、貴族が嫌いだと言っていた。
それは、彼の身の上を聞いたからこそ理解できる。
私だって貴族が大嫌い。
でも、お母さまは王族で、今も尚、クレベルト王国の女王として戴かれている。
それに、遅かれ早かれ私がシャルロットだということが分かってしまう。
嘘なんて、ずっとつき続けられるわけないから。
「――ごめんなさい……」
自分が王族だと言って嫌われるのが恐い。
もう、人に嫌われるのも痛いのも苦しいのも嫌だから――。
私は最低の人間だ。
相手が全部、語ってくれたのに……。
自分が嫌われるのを恐れて何も言えないなんて――。
「そうか……そうだよな」
私の答えにラウリィさんは、自分の額に手を当てる。
「だから言いたくなかった。俺、格好悪いだろ? 俺が生まれてこなければ、たぶん母さんは幸せになれたかも知れない。俺がもっと上手くやれていれば皆が幸せになれたかもしれない。こんな俺を見せたら好きになるやつなんていなくなるだろ? だから、自分が好きな女性にだけは言いたくなかった」
「――あっ……」
そうか……。
この人は私と同じ。
自分を良く見せようとして、言葉が足りなくて自分を追い込んでしまう。
もっと上手く出来たかも知れないって、もっと上手くできたかも知れないって苦しんで悲しんで、それでも上手くいかなくて――。
それって、とても悲しくて苦しくて寂しくて辛くて誰にも言えないことで――。
それでも目の前の彼は、起きた真実を――。
勇気を振り絞って、私に語ってくれた。
それは、きっとすごく勇気のあることで――。
私の言葉で彼はすごく傷ついて――。
「そうじゃないんです」
そう。
相手が勇気を振り絞って伝えてくれた言葉なら――。
私だって恐怖に負けずに、自分のことをきちんと言葉にして形にして伝えないといけない。
嫌われる可能性ばかりに目を向けていたら駄目。
一歩前へ進まないといけない。
だって、それが生きているってことだから。
だって、それが誠意を示すってことだから。
「ラウリィさん、私は……アヤカは……、シャルロット・ド・クレベルトと言います」
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