薬師シャルロット

なつめ猫

交錯する願いと思い(5)

「はぁ……どうしよう……」

 私は小さく溜息をつく。
 普通の薬師が作る薬とは異なる薬効を持つ回復魔術が含まれたポーション。
 その作り方の現場をラウリィさんに見せると約束してしまったのだ。
 いくら、勢いに流されてしまったとは言え、頷いてしまうなんて――。

「どうかなさいましたか?」

 料理をしながら一人、沈んでいるとエンハーサさんが台所に入ってくると私に語りかけてきた。

「いえ、料理をどう作ろうかなと迷っていただけです」
「そうでしたか、よろしいですか? アヤカ様は、シャルロット様としての身分を隠して暮らしているのです。正体が分かるような軽率な行動はくれぐれも控えてくだされ」
「――あ、はい……」
「とくに、あの聖教会の印を持っていたラウリィという者には気をつけますよう」
「分かっています!」

 ラウリィさんは、私の答えに満足したのかお酒が入った酒瓶を手に持つと台所から出ていった。
 これは間違いなく、エンハーサさんが居るときにラウリイさんにポーションを作る場所を見せたら怒られるパターンなのは明白。
 でも、一度、約束をした手間、やっぱり見せませんとは言えないし……。

「あー、どうしたら!」 

 私はスープを作りながら、これからの事を考えた。
 その結果、夕食の時間はいつもより1時間ほど送れてしまい、お腹を空かせた二人から、それぞれ体調が悪いのではないのか? と心配された。



 ラウリィさんと約束してから、すでに2週間が経過していた。
 たくさん考えた結果、やっぱり約束は約束ということで、ラウリィさんにはポーションの作る場所を見せることにした。

 理由はいくつかあるけど。
 この世界には回復魔術を使える人はいるけど実用化には至っていないことが一番の要因として挙げられる。
 つまり、回復の魔術というのは、身近には存在していない。
 ということは、回復魔術を使ったとしても、見たことがないのだから上手く誤魔化せるという作戦だ!
 考えれば考えるほど完璧な作戦に思えてくる。

 そしてもう一つは、半年――もうすぐ8ヶ月くらいになるけど、ラウリィさんと一緒に暮らし始めてから、彼は変な行動をすることが……最近は、増えた気がする。
 何か知らないけど、私に執拗にしつこく迫ってくるのだ。
 その行動は、まるで好きな人に好意を抱く男性のように見える。

 まぁこのへんは、私の思い過ごしだと思う。
 だって、前世では、私のこと好きなの? ――って聞いた男性に、「べ、別に! お前のことなんて好きじゃないし! 勘違いするなよな! 気持ちわるい!」とか酷いことを言われたりしたから、たぶん自意識過剰なはず。

 朝食の準備が終わり、全員が食べたあと、エンハーサさんは犬族ということもあり春の狩猟手伝いで数日間、山に猟師と一緒に出かけてくると言って出ていってしまった。
 すると、お店兼建物の中に居るのは私とラウリィさんだけになるわけで――。

 お皿を洗っていると「アヤカ、手伝おうか?」と後ろから声を掛けられた。
 振り返るとラウリィさんが台所に入ってくると私の傍まで歩いてくる。
 私は、彼を見上げながら「大丈夫です。ラウリィさんは、居間で、ゆっくりしていたらどうですか?」と声を掛けた。
 すると彼は、私を見下ろしながら「いや、俺もやる事がないからな」と語りかけてくる。

「――そ、そうですか……」
「――ああ……」

 私とラウリィさんの間で妙な緊張感のある空間が出来上がってしまう。
 2週間前に、あれだけ熱烈に語りかけられたのだ。
 意識しないほうがおかしい。
 でも、前世のこともあるし油断は禁物――って!? 私には魔王さんがいるし! それにお母さまの病気も治さないといけないのに、何を考えているのか!

 考え事をしていると、手に持っていたお皿を思わず落としてしまう。
 お皿は、床に落ちると割れる音を台所内に響かせた。

「――あっ……、痛っ!」

 余計なことを考えていたことで床にお皿を落として割ってしまったことを恥じ入りながら割れたお皿の破片を集めようと屈んで手を伸ばすと、お皿の破片で手を切ってしまった。

「だ、大丈夫か!?」

 すると、ラウリィさんが血相を変えて私を抱き上げると、私の指先を口に含んだ。
 指先から、他人の体温を感じ取り。
 今、自分がどういった状況に置かれているのか、まったく理解が追いつかない。
 気がつくと、私の人差し指は清潔な布で巻かれていた。

「これで、とりあえず大丈夫なはずだ」
「……」

 治療された指先を見ながら、私はなんともいえない気持ちになった。


 

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