薬師シャルロット

なつめ猫

エスケープ・プリンセス(3)ルアル女王side

 ――娘が死んだ。
 その衝撃は、言葉で形容し切れないほどの痛みであり苦痛だった。
 毎日、悪夢に私は苛まれた。

 その理由は明白で。
 その動機は分かりやすいもの。

 娘の御葬式。
 そこに参列したのは、高校を卒業して間もないということもあり、高校の元担任に何人かの学生。
 ただ、その様子から何となく察しが着いてしまっていた。
 何故なら、彼女らは娘の御葬式だと言うのに、どことなく面倒くさそうにしていたから。
 だからこそ、私は彼女らに興味を持った。

 ……そう……。

 娘の綾香が、どんな学校生活を送っていたのか。
 その時、私は始めて興味を持った。
 酷い親だと自分自身を心の中に貶す。
 自分の産んだ娘が死んでから初めて、どういう学生生活を送ってきたのか、それに興味を持つなんて最低の親だ。

 御葬式の後、私には多くの時間が出来た。

 ――そう。
 たくさんの多くの自由の時間が出来た。
 それは、夫の生命保険だけではなく、娘の進学で奨学金として夫が掛けていたお金が入ってきていたから。
 数千万円もの大金が手元に、預金通帳に入っている。
 ただ、それは誰かの命をお金に変えた物。
 夫と娘の命をお金に変えた証。

 たくさんのお金があったとしても――。
 愛する人や守る人が居なくなった私にとって、それはゴミに等しい物であった。
 それでも、それをどこかに寄付しようとも思わない。
 だって命の対価なのだから。

 家のチャイムが鳴った。
 扉を開けると、そこには御葬式に来ていた男性が立っており、私に包みを差し出してくる。
 紙袋を受け取ると担任教師と名乗った男性はすぐに家から出ていった。
 彼の様子に首を傾げながら私は居間へと戻る。
 居間の白い皮張りのソファーに体を預けると、クッションが効いて私の体を受けとめてくる。
 紙袋に入っていたのは高校の卒業アルバムと、卒業証書。

「……そういえば……」

 私は、一人ごとを呟きながらも娘の部屋を掃除した時に、高校を卒業したときのアルバムや卒業証書を見かけていないことに今更気がついた。
 卒業証書は、特にこれと言った特徴は見当たらない。

「――これは……」

 卒業アルバムには、娘の写真が極端に少なかった。
 修学旅行や林間学校、体育祭、文化祭と、およそ学生が体験する行事に娘はあまり参加していないように見える。
 どの写真にも笑顔で写ってはいるけど、それは、どこか愛想笑いのように見える。

「嫌な予感が膨らんでいく」

 もしかしたら娘は苛められていたのではないのか? と――。
 私は、居ても立っても居られなくなり、先日に御葬式に来ていた女子生徒の顔を思い出しながら名前を探していく。

「天音しずか……」

 私は、卒業アルバムの顔写真から先日来ていた生徒の名前を見つける。
 天音しずかの連絡先を探していく。
 そして、天音しずかの友達の母親であると伝えると彼女に娘がどのように学校で暮らしていたのか教えてもらいたいと伝えた。

 思ったとおり娘は苛められており、その原因は、娘は本ばかり読んでいて他者と関わらない子だからと言っていた。

「綾香……」

 そういえばと、ふと思う。
 そして気がつく。
 綾香は、いつも私達の顔色を伺うような子供であった。
 親の言うことは良く聞き、決して悪いことをしない。
 そして、私と孝雄さんは、そんな娘を大事に、とても大事に育てた。
 人の悪意が、娘に届かないようにと。
 一生懸命になって娘を育成した。

 その結果、娘が苛められたのだから、それを皮肉であったと言える。
 私は、結局、娘には何も出来なかった。

 もう、亡くなった後。
 どんなに自分が、娘に何もしてあげられなかったのか、どんなに後悔をしてもしきれない。
 だから、私が死んだとき孝雄さんに出会い娘が転生した世界で奴隷として扱われると言われた時には、気が狂いそうになった。

 ――違う。

 もう私は、娘が死んだときから壊れていたのだろう。
 今度こそは、今度の異世界では、娘を守って見せる。
 たとえ、どんな手を使ったとしても――。
 この手から、もう離したりしない。
 ずっと、両手の届く範囲で綾香を――シャルロットを守ってみせる。

 そして、私は異世界に転生した。



 長い……。
そう、とても……長い試行錯誤の末に。
ようやく私は娘と一緒に暮らせるようになった。

綾香――シャルロットの容姿は日本で生きていたときの容姿と殆ど変わらない。

私はエルフという種族であり容姿は、金髪碧眼で絶世の美女であり、綾香とあまり似ていないけど……。
 そのことを咎めるような人間は居ない。
 何故なら、私はクレベルト王国の女王だから。
 これからも、綾香と一緒に暮らしていけると思っていた夜――。

「ルアル女王よ、何れシャルロット王女は、王宮から出て一人で暮らしていかなければならない。私にも寿命があり、それはもうすぐだ。この国をいつまでも守っては居られない。軍事力が無くなれば、シャルロット王女は政略の道具とされるだろう。彼女は、おそらくそれを望まない。だから何れ自立するために魔術と剣術を教えようと思う」

 私達を助けるために来たと思っていた魔王は、私から娘を奪う悪魔だった。
 私は、魔王を心の底から憎んだ。
 娘は……。
 娘には触れさせない。
 シャルロットは、私のそばに居ればいい。
 孝雄さんも、そのために私を異世界に転生させたのだから。
 だから――。

 娘を手元に置くためなら何でもする。
 今度こそは、私がシャルロットを……綾香を孝雄さんの分まで守ってあげる。

 私は、娘が――薬師の仕事を手伝いたいと言っていたことに驚く。
 それと同時に、手に職がついたら、もしかしたら王宮から出ていってしまうかも知れないと危機感を覚えた。
 そんな事はさせない。
 綾香は、もう何もしなくてもいい。
 私が綾香を――シャルロットを守ってあげるから。
 だから!

 私はエルフでは誰でも使う事が出来る精神魔法で綾香の記憶を――クレイクやメロウに虐待されていた記憶を思い出させる。 

 そう、恐怖を! 
 そう、痛みを! 
 そう、苦しみを!

 人は、絶望を覚えれば覚えるほど誰かに依存する。
 娘が私に依存すれば離れられなくなるから。
 だから、これは仕方のないこと。
 私の狙いどおりにシャルロットは、体を震わせて涙を零していた。

 なんて、可愛そうな子なのかしら。
 そう、シャルロットは私が守ってあげないといけない。

 やさしく、真綿で壊れたモノを包むようにシャルロットを両手で抱きしめる。

 「思い出せたようね? 私は、貴女が心配なの。貴女は、この世界を甘くみているわ。それは王族として、城から出たことがないから。人というのは基本悪意で出来ているの。特に、この世界ではね。だから――」

 私は、シャルロットに王族以外の生き方を教えない。
 教えたら、この子は城から出て行ってしまうかもしれないから。
 そう、シャルロットは私の傍に居ればいいの。
 それが、娘の正しい生き方だから。

「貴女は、余計なことをしなくていいの。余計なことを考えなくていいの。前世では、私は貴女を守ってあげられなかった。だから、この世界では、貴女を守ってあげるから。だって私はエルフだから。人間の血が混じっている綾香、貴女よりも私の方が長生きできるからね。だから、貴女は守られていればいいのよ?」

 私は、精神魔法を使いながらシャルロットに語りかける。
 メロウが掛けたのは後遺症が残るけど、エルフの精神魔法は、精霊を媒介にして発動させることから後遺症は残らない。
 心の底から、私の言葉を信じてくれる。

 私は、目から光が消えたシャルロットを優しく抱きしめる。
 そう、何も心配しなくていい。
 魔王が居なくなった今、シャルロットは私だけの娘であり宝物なのだから。




コメント

  • コーブ

    気持ちは理解出来るけど感情は本人次第だから難しいですね…

    0
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