薬師シャルロット

なつめ猫

会いたい気持ち

「そ、そんな……」

 お母さまの言葉に、私は絨毯の上に座りこんでしまう。

「もう、魔王さんに会うことはできないの?」

 私は、アズルドさんの顔を見ながら問いかけると、「一年は、こちらに来られない」と、答えてきた。

「一年……」

 とてつもなく長い時間のように感じられる。
 どうしたらいいのか分からない。
 いつも会って会話していた人が突然、会えなくなっただけで、すごく心細くなってしまう。

「アズルド、魔王さんは他には何か言っていませんでしたか?」
「そうですな……体のことも……」
「――ッ!」

 どうしよう……。
 内政の問題って言っていたけど、体の事と言うことは……。

「私、魔王さんの体を治したい!」
「駄目よ? 言われなかったの? 回復魔術は寿命を縮めるって――」

 お母さまの言葉に私はスカートの裾を強く握り締める。

「それに、会うことは出来ないのだから回復魔術を掛けることも出来ないでしょう?」
「……それなら、どうしたら……ハッ! アズルド、国境を守っている魔王軍の方に会うことは出来ないの?」
「それは無理ですな……」

 アズルドさんは、自身の白くなった髭を触りながら答えてきた。

「どうしてなの?」
「魔王軍の幹部からでしたら魔王殿に話しを通して頂くことは可能でしょうが……」
「それなら!」
「シャルロット様、国境は山中に存在致します。そして、今は雪の季節ですので人間では分け入ることができません」
「……それは……それなら、雪が溶ける季節になれば?」
「そうですな――。半年ほどすれば……」
「半年……」

 半年も会えなくなるの?
 私は、どうしようも出来なくなって窓から外を見る。
 もう、どうしようもないの?

「シャルロット?」
「お母さま……」

 お母さまは近づいてくると、絨毯に座ったままの私を立たせてくれる。

「……私、どうしたら……」
「少し散歩をしましょう」
「……はい」

 お母さまは私の手を引いて、部屋の扉を開けると、振り向き「アズルド、それで内政は大丈夫なのかしら?」と、語りかけていた。

「はい、魔王殿が殆ど終わらせておりますので、半年は大丈夫です」
「分かりました。内政に関しましては、アズルドに任せますが、何か問題がありましたら、すぐに報告をするように」
「畏まりました」

 アズルドさんは、お母さまの言葉を聞いて頭を下げると、私達の横を通ると執務室の方へと去っていった。

「お母さま……」
「大丈夫よ、あとで顔を出してみるからね」

 魔王さんが、いつも執務室に居たことを知っている私としては、魔王さんがどれだけクレベルト王国の内政に尽力しているか知っている。
 だから、彼がいなくなるということは、内政の土台が崩れてしまうということになりかねない。

 でも、長年王族として生活をしてきたお母さまの方が国の運営をよく分かっているはずだし、余計なことを言っても仕方ない。

「――うん」

 お母さまの言葉に、私は頷く。

「それじゃ行きましょう」

 お母さまは、私の手を握ると、私の歩幅に合わせて歩きだす。
 後宮の正面口を出ると、まず目に入るのは赤い薔薇のトンネル。

「ここは、とてもきれい」
「そうね。ここは私の故郷である大森林国アルフの職人が、作ってくれたのよ? 私が寂しくないようにとね」
「そうなの?」
「――ええ、別に私としては無くても良かったのだけど――」
「お母さまは、お花よりは、フルーツとかケーキが好物だからね……」
「そうね――」

 お母さまは、私と庭園内を歩きながら語り始めた。

 大森林国アルフは、エルフが治めている国であり木々から生まれたと言い伝えがあるとおり、一般的な人の病気には掛からないらしく、回復の魔術が使えたお母さまの事に関しては、扱いに非常に困ったらしい。

 そこに目をつけたのが当時、クレベルト王国の国王であったクレイク。
 彼は、長寿であるエルフが100年前の出来事ですら、鮮明に覚えているということを逆手に取り魔族と領土を接しているエルフに国防面で協力するからと提案し、その見返りとしてルアル王女を貰い受けた。
 精霊魔術に低い適正しか持たなかったルアル王女の国許での待遇はいいものではなかったらしい。
だからこそ王妃であるならとアルフの王は結婚を承諾したそうだけど……。
 結局のところは、それは体を成さなかった。
 全ては悲劇にしかならずに、今に至ると――。

「魔族の方は、そんなに悪い人じゃないのに……」

 私は、つい思ったことを口にしてしまった。
 出会った魔王さんは、とても紳士的で優しくて暖かい人で――。

「そう……」

 私の何気なく呟いた言葉に、お母さまは小さく溜息をつくと。




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