薬師シャルロット

なつめ猫

王女様、逃げ出す!

「それにしても……」
「何か、お気になられたことでも?」
「――いえ……」

 私は、メロウさんの普段とは変わりない静かな話し方に内心、少し苛立ちながらも窓を見た後、部屋の扉をチラリと見てダッシュする。
 まだ、部屋の扉の外側にある鉄格子は開いたままなのだ。

「――あっ!? シャルロット様!?」

 朝食の準備をしていたメロウさんは、とっさに対応できない。
 私は、そのまま鉄格子のある部屋から出ると、扉を閉めた。
 そして、外側から鉄格子の鍵を掛ける。

「お母さまに会いにいくだけだから!」
「待ってください! シャルロット様! シャルロット様!」

 メロウさんが驚いて鉄格子の向こうから話かけてくるけど、そんなのは無視! スルーすることにする。
 私は、目の前に見える階段を下りていく。
 階段は、螺旋状になっていて、やはり私がいた部屋は、どこかの尖塔だったのだろう。

「……ふう。到着しました」

 都合、6階程の階段を下りたと思う。
 降りただけで、かなり疲れた。
 腐っても6歳の幼女であり王女。
 その体力の無さはどうやら折り紙つきだったみたい。
 慎重に塔の扉を開けていく。
 頭1個分開けたところで、隙間から外を覗く。

 右よし。
 左よくない!

 そこには壁に寄りかかって目を閉じているアレスさんの姿があった。
 すぐに私は頭を引っ込める。
 どうしよう……。
 彼がここにいると、塔から出られない。

 私を、この世界に呼んだ王妃が、どういう状態なのかと、帝政国って言う南に存在する大国との婚姻についてシッカリと確認する必要もあって、飛び出してきたと言うのに……。
 これでは……。
 何か、アレスさんの気を引くいいアイデアはないものか――。
 再度、私は、扉の隙間からそっと顔を出して見える範囲に何か無いか確認していく。

 見えるのは噴水に女神像にアレスさんに花畑――。
 すぐに、また顔を引っ込める。

「……ふむ……。これは使えるかも知れないですね」

 私は、ひさしぶりに頭の中をフル回転させる。
 そして、あらゆる分岐点を考える。
 それは、まさしく乙女ゲームで、分岐点を全て連想し攻略方を考えるかのように!
 さらには、投稿小説を書いていた経緯から整合性を考え、そして書籍化小説をも参考にして考察をする。
 その所業、まさしく神のごとし。

「いけます。いけますよ――!」

 私は手を握り、小さく呟く。
 どう考えても失敗になるようなイメージは沸かない。

 作戦概要は、こうだ!

 まずは石で作られた石像を空中に浮かせてから地面に落とす。
 そうすれば、アレスさんは何か敵襲だと思い、そちらへ意識が向く。
 その間に、アレスさんに見つからないように塔から出て、どこかに身を隠しながら王妃がいる部屋に向かう。

 ――まさしく完璧な作戦! 

「さあ、劇の幕開けです!」

 ササッと扉の隙間から顔をだして石像を浮かせるためにヘリウムを頭の中で浮かべて、小さく「浮遊」と魔法発動の言葉を口にする。

 ……すると、女神像はまったく動かない!

 おかしい――。
 作戦ミス?
 ――違う。
 魔法発動をミスした? そうとしか考えられない。
 以前、熊の縫いぐるみを空中に浮かせたときには、どうやった?
 思い出せ! 思い出せ!

 ――ハッ!

 一瞬で天恵のごとく閃きが頭の中に浮かぶ。
 そう、熊のぬいぐるみは、おなかがパンパンに膨れ上がっていた。
 つまり、熊のぬいぐるみが空中に浮かんでいたのは……。
 内部にヘリウムか水素が詰まっていたからということにならないだろうか?

 私は、頭を引っ込めながら顎に手を当て考える。

 今、考えたのは、あくまでも推測にしか過ぎない。
 でも、これ以上、ここで時間を浪費していたら、メロウさんが戻ってこないことを不審に思う人間が塔の内部に踏み入ってくる可能性がある。
 そうなったら塔内部は、一本道で隠れる場所もないことから、容易に見つかってしまい、捕まったら最後、次回からの脱獄が難しくなる。

「やるしかないですね」

 私は扉から顔を出す。
 そして前方に見える池に置かれている女神像の内部に、とことん圧縮したヘリウムが入るイメージを頭の中で思い浮かべ――「浮遊」と唱えた。

 その瞬間、大轟音と共に女神像が粉々に砕け散った。
 砕け散った破片は周辺に飛び散りアレスさんや私の方にも飛んでくる。
 とっさに頭を引っ込めてやりすごす。

 そして数秒後、そっと扉の隙間から顔を出すと、アレスさんが女神像が置かれていた方へ走っていく後ろ姿が目に入った。
 さらには周辺から次から次へと鎧を着た兵士の方々が集まってくる。

「早くいかないと!?」

 私はすぐに扉を開けて、外に出る。
 そして草むらに飛び込むと、服が汚れるのを気にせず、花壇の中を這いながら進む。
 小さい子供だからこそ、出来る移動方法。
 音を出さずに細心の注意を払いつつ、進むこと3分ほど。
 ようやく私は、集まってきた兵士や騎士の死角に移動することが出来た。

「はっ!? シャルロット様は? すぐに、シャルロット王女様がご無事か確認しなければ!」

 アレスさんが、声を張り上げているのが聞こえてきた。
 私のことは放っておいてくれていいのに、思ったより早く私が逃げ出したことがバレそうで困る。
 とりあえずは、しばらく潜伏するしかないかな……。





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