薬師シャルロット

なつめ猫

思いの欠片(2)

「――――ま、まだ……」

 まだ、早い――。
 王妃様に会ってから、一ヶ月近く以前のシャルロットが、どんな人物だったのかを、メロウさんに、そこはかとなしに聞いて人物像を頭の中で思い描いていたけど……。
 そこから感じた、この体の元の持ち主シャルロットは、よく笑う子で、誰にでも優しく本を読むことが何もよりも好きで両親に甘えるのが好きな素直な幼い子。

「シャルロット様、どうかなさいましたか?」
「ううん、何でもないの」

 私は、シャルロットに近い話し方を意識し心がけながら言葉を紡ぐ。

 そう――。
 意識しないと、話せないのだ。
 そんな状態で、何かミスを犯したらと思うと、王妃様に失望されたらと思うと、それは、私ではなく――シャルロット本人の体を奪った私の責務を果たせないと思う。
 だから、一ヶ月間、ずっと考えて話し方を直してきた。
 でも、それでも――。

 18年間の地球で暮らしてきて社会人として生活を始める時まで培われた意識と言うのは、中々、変えることが出来ない。
 だからこそ、王妃様には会わないようにしてきたのに――。

「どうして? 急に?」
「王妃様がお会いになられることにしたかと言うことですか?」

 メロウさんの言葉に私は、首を縦にふる。
 いくらなんでも、悪い夢を見たというだけで、会いたいというのは、些か……急すぎる。

「それは、シャルロット様を心配なさっているからかと思います」

 以前に自殺未遂をした時に、王妃様と一度、会ったけど。
 一度会っただけで分かった。
 ううん、分かってしまった。
 理解出来てしまった。

 この子の体を奪って、直接触れ合ったからこそ、分かってしまった。

 ――この子、シャルロットの母親である王妃様は、自分の娘であるシャルロット王女の事を、とても愛しているということを。

「わかった。すぐ行くの?」
「はい。王妃様は、すぐにお会いしたいということでしたので、今から、ご案内したいと思いますが宜しいでしょうか?」

 彼女の言葉に、私は内心の動揺を悟られないように小さく頷いた。
 どこまで演技が出来るか分からないけど、何とかするしかないと心に誓って彼女の後をついていき――。

「到着いたしました」
「ちかっ! すごく近いっ!」

 以前は、王宮内を10分近くあるいたのに――。
 まさかの部屋を出て、私の歩幅でも20歩の距離――お隣の部屋に引っ越してきているとは思わなかった。

「あ、あの……ここに、おかーさまがいるのですか?」
「はい。シャルロット様を、とても心配なされまして――国王陛下の反対を押し切って……」
「そうなの……」

 どれだけ、シャルロットが心配だろう?
 そして、そのシャルロットがもう居ないと思ったら、どれほど傷ついてしまうのだろうか?
 まったく、想像が出来ない。
 私が、考え事をしている間に、メロウさんが扉をノックすると「どうぞー」と言う、澄んだ声が聞こえてくる。

「――あっ……」

 私の心構えが出来る前に扉が開いてしまう。

「シャルロット……」

 部屋の中から声が私に向かってかけられた。
 王妃様は、ベッドに座ったまま、私をまっすぐに見ながら微笑んでくると、手招いてくる。

「シャルロット様、お部屋の中へ……」
「う、うん……」

 私は、メロウさんに急かされるようにして部屋へと入らされた。

「シャルロット」
「おかーさま」

 私は、意識しながら言葉使いを拙くする。
 すると、王妃様が、首を傾げてくる様子を見て、一瞬、私は足を止めてしまった。
 何か、言葉を間違えた?
 何か、態度を間違えた?
 分からない。

 私が黙り込んだことで一瞬、部屋の中は沈黙に包まれている。
 ただ、その沈黙を打ち破ったのは王妃様の「どうかしたの? シャルロット、こっちへ来て――」と、いう言葉であった。
 少しだけ緊張しながら近づいていく。
 すると、王妃様は両手を伸ばしてきた。
 私を抱き上げたあと、膝の上に下ろすと頭を撫でてくる。

 そして……「シャルロット? お芝居か何かをしているの? もっと自然でいいのよ?」と、優しく囁いてくる。
 きっと、王妃様は、何気なく言葉にしたと信じたいけど、それでも、私は自分の演技が見破られたことに驚きを隠せずにいた。





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