薬師シャルロット
魔術師への第一歩(2)
魔術適正を調べてから、今日で一週間が経過――。
毎日のように会いに来てくれていた国王陛下は、あれから来てくれていない。
「メロウさん、お父さまは今日も会いに来てくれないのですか?」
「国王陛下様は、公務が、お忙しいこともあり伺えないとのことです」
私は、溜息をつきながらベッドの上で横になった。
国王陛下が来なくなってからすぐに外に出ることは、体調が悪いのだからと禁止されていて、いつもメロウさんが扉の付近には座っている。
まるで私を部屋の外に出さないようにしているように見える。
たぶん、記憶喪失だから心配しているのだろう。
「たまには、お部屋から出てみたいのです」
私は幼子のような口調でメロウさんに語りかける。
「シャルロット様、クレイク国王陛下様と王宮薬師エンハーサ様より許可が下りていませんので」
「はい……」
部屋の中は、日本でいうと30畳近い広さがある。
そして天井の高さも4メートル近いことで、息が詰まるような感じはしない。
仕方なく私は、ベッドに腰掛ける。
そして、本棚から取り出した本を膝の上に置いてからページを開く。
そこに書かれている文字は、まったく読めない。
絵と文字が同じページに書かれていることから、その文字がどういう意味を指しているのかは、大雑把には理解できた。
私は、天蓋つきの薄い桃色の布団に入り目を閉じる。
しばらくしてから、私が寝たことに安堵したのかメロウさんは、近づいてくると私の頭をやさしく撫でながら「国王陛下もご無体な事を成されます。まだ、こんなに小さな幼子でありますのに……。まだ親の愛が必要ですのに――」と、呟いたあと、部屋から出ていった。
メロウさんから出ていったのを確認した私は、目を開けて部屋の中を見渡す。
すると、通路側から会話が聞こえてきた。
私は、ベッドから降りると扉に近づくと、耳を扉に当てながら話を聞くことにした。
「シャルロット様のご様子はどうだった?」
「クレイク国王陛下、ご自身の父親の事を、毎日のように聞いてくるわ」
「……そうか」
「ねえ? 本当かしら? シャルロット様が攻撃魔術の適正が無いという噂……」
「さてな……、それは俺達が考えることではないだろう?」
「シャルロット様は、どうなるのかしら?」
「平民ですら、この国では差別の対象になるからな。ましてや、王族だと良くて幽閉。悪ければ……」
「うそでしょう? まだ、6歳なのよ?」
「幼少期なら、病気でということで処理するかもしれないな」
二人は、話を続けている。
たけど、途中から私は二人の話が耳に入らなくなっていた。
「うそ……だよね……?」
だって、二人の話が本当なら私が殺される可能性だってあることで。
信じられない。
魔術の適正がないだけで殺される可能性があるなんて……。
まるで自分の存在が全て否定されたような気持ちになって悲しくなる。
いつも、私に微笑みかけてくれていた国王陛下の笑顔は、本当の意味で私ではなく、私の魔術の才能に向けられていたと思うと、居た堪れなくなった。
変わらない日々は続く。
私は、鏡の前に座っている自分自身を見ながら、どうして異世界に生まれ変わったのだろうと自問自答してしまう。
そして、もう一つ気がかりがあった。
それは、傍付きエルフ耳のメイドの事。
昨日の話を聞いて、私は、どう接していいのか正直迷っていた。
「シャルロット様、今日は、お好きな野菜とコーンを使ったスープですよ?」
彼女は、肩まで届いた私の髪の毛を梳かしながら語りかけてくる。
「メロウさん、今日は……食欲がありませんので――」
「え? どうかなさったのですか?」
彼女は、髪を梳かしていた手を止めると私の額に手を当ててきた。
「とくに熱はないようですが、何か、お気になるようなことがありましたか?」
「ううん」
気になることだらけだよ! と、突っ込みをいれられたらどんなに楽なことだろう。
でも聞くわけにはいかないし。
それに昨日、立ち聞きした内容が本当なら、毒殺される可能性だってある。
そう考えてしまうと、私が好きな料理を用意したという言葉だって、裏を返せば好きな料理だからこそ、毒を盛ることだってあるのだ。
「それでは、いつもより少ない量をご用意致します」
メロウさんの言葉に私は無言で頷くことしかできなかった。
その後、部屋着に着替えた私は、メロウさんがテーブルの上に料理を並べていく姿を見ていた。
葉野菜のサラダに、野菜スープと焼きたてのロールパン。
そして、湯気を上げているホットミルク。
いつもは、普通に食べてしまえる量ではあったけど、今日はとても多く見える。
私は気持ちを固めて、スープを口に含んで少量を呑み込んだ瞬間、吐き気がこみ上げてきて吐いてしまった。
「シャルロット様!?」
メロウさんが慌てて、私に近寄ってきて背中を擦ってくれる。
だけど気持ち悪さが治まる気配が無い。
「アレス! アレス!」
メロウさんが、大声で声を張り上げた。
すぐに部屋の扉が音を立てて開け放たれる。
「メロウ、どうかしたのか?」
「シャルロットさまが、食事をした途端、吐かれました!」
「分かった! すぐにエンハーサ様を連れてくる」
「だ、大丈夫です」
私は、部屋から出て行こうとしたアレスさんを引き止める。
だって、私を毒殺しようと考えていたら、私だったら薬師に薬と偽らせて毒を盛らせる。
そうしたら、回避する術がない。
「で、ですが!」
「大丈夫です。少し寝ていれば……」
本当は大丈夫かどうかなんて分からないけど。
でも、これ以上は事態の悪化は避けたい。
私の言葉にしぶしぶ頷いてくれた二人に、少しだけ安堵したあとベッドの中に入って目を瞑った。
そして、この世界で唯一、好きだった食事が食べられない。
それは、自分が思っていたよりもが大きかったようで私は疲れて眠ってしまった。
――鼻腔を擽る匂いがする。
ゆっくりと、瞼を開けていく。
すると部屋の窓外はすでに暗くなっていた。
どうやらかなりの時間寝てしまっていたようだ。
「シャルロット様?」
「メロウさん、もう大丈夫です」
心配そうな表情で私に語りかけてきた彼女を安心させるように言葉を返す。
「一応、スープだけは作ってきました。何かお体に入れないと、参ってしまいますので」
彼女の言葉は、思いつめていた私にとって、とても酷いものであった。
いつもの私なら、感謝の言葉を伝えていたかもしれないけど、毒殺される可能性だってあるのだ。
それなのに喜んでなんていられない。
むしろ、差し出してきたスープにこそ毒が盛られている可能性だってあるのだ。
「ごめんなさい」
私は、それだけ言うと布団の中にもぐりこんだ。
これ以上、彼女と会話しているのは辛い。
もう一人にしておいてほしい。
こんなことなら、こんな世界に転生したくなかった。
毎日のように会いに来てくれていた国王陛下は、あれから来てくれていない。
「メロウさん、お父さまは今日も会いに来てくれないのですか?」
「国王陛下様は、公務が、お忙しいこともあり伺えないとのことです」
私は、溜息をつきながらベッドの上で横になった。
国王陛下が来なくなってからすぐに外に出ることは、体調が悪いのだからと禁止されていて、いつもメロウさんが扉の付近には座っている。
まるで私を部屋の外に出さないようにしているように見える。
たぶん、記憶喪失だから心配しているのだろう。
「たまには、お部屋から出てみたいのです」
私は幼子のような口調でメロウさんに語りかける。
「シャルロット様、クレイク国王陛下様と王宮薬師エンハーサ様より許可が下りていませんので」
「はい……」
部屋の中は、日本でいうと30畳近い広さがある。
そして天井の高さも4メートル近いことで、息が詰まるような感じはしない。
仕方なく私は、ベッドに腰掛ける。
そして、本棚から取り出した本を膝の上に置いてからページを開く。
そこに書かれている文字は、まったく読めない。
絵と文字が同じページに書かれていることから、その文字がどういう意味を指しているのかは、大雑把には理解できた。
私は、天蓋つきの薄い桃色の布団に入り目を閉じる。
しばらくしてから、私が寝たことに安堵したのかメロウさんは、近づいてくると私の頭をやさしく撫でながら「国王陛下もご無体な事を成されます。まだ、こんなに小さな幼子でありますのに……。まだ親の愛が必要ですのに――」と、呟いたあと、部屋から出ていった。
メロウさんから出ていったのを確認した私は、目を開けて部屋の中を見渡す。
すると、通路側から会話が聞こえてきた。
私は、ベッドから降りると扉に近づくと、耳を扉に当てながら話を聞くことにした。
「シャルロット様のご様子はどうだった?」
「クレイク国王陛下、ご自身の父親の事を、毎日のように聞いてくるわ」
「……そうか」
「ねえ? 本当かしら? シャルロット様が攻撃魔術の適正が無いという噂……」
「さてな……、それは俺達が考えることではないだろう?」
「シャルロット様は、どうなるのかしら?」
「平民ですら、この国では差別の対象になるからな。ましてや、王族だと良くて幽閉。悪ければ……」
「うそでしょう? まだ、6歳なのよ?」
「幼少期なら、病気でということで処理するかもしれないな」
二人は、話を続けている。
たけど、途中から私は二人の話が耳に入らなくなっていた。
「うそ……だよね……?」
だって、二人の話が本当なら私が殺される可能性だってあることで。
信じられない。
魔術の適正がないだけで殺される可能性があるなんて……。
まるで自分の存在が全て否定されたような気持ちになって悲しくなる。
いつも、私に微笑みかけてくれていた国王陛下の笑顔は、本当の意味で私ではなく、私の魔術の才能に向けられていたと思うと、居た堪れなくなった。
変わらない日々は続く。
私は、鏡の前に座っている自分自身を見ながら、どうして異世界に生まれ変わったのだろうと自問自答してしまう。
そして、もう一つ気がかりがあった。
それは、傍付きエルフ耳のメイドの事。
昨日の話を聞いて、私は、どう接していいのか正直迷っていた。
「シャルロット様、今日は、お好きな野菜とコーンを使ったスープですよ?」
彼女は、肩まで届いた私の髪の毛を梳かしながら語りかけてくる。
「メロウさん、今日は……食欲がありませんので――」
「え? どうかなさったのですか?」
彼女は、髪を梳かしていた手を止めると私の額に手を当ててきた。
「とくに熱はないようですが、何か、お気になるようなことがありましたか?」
「ううん」
気になることだらけだよ! と、突っ込みをいれられたらどんなに楽なことだろう。
でも聞くわけにはいかないし。
それに昨日、立ち聞きした内容が本当なら、毒殺される可能性だってある。
そう考えてしまうと、私が好きな料理を用意したという言葉だって、裏を返せば好きな料理だからこそ、毒を盛ることだってあるのだ。
「それでは、いつもより少ない量をご用意致します」
メロウさんの言葉に私は無言で頷くことしかできなかった。
その後、部屋着に着替えた私は、メロウさんがテーブルの上に料理を並べていく姿を見ていた。
葉野菜のサラダに、野菜スープと焼きたてのロールパン。
そして、湯気を上げているホットミルク。
いつもは、普通に食べてしまえる量ではあったけど、今日はとても多く見える。
私は気持ちを固めて、スープを口に含んで少量を呑み込んだ瞬間、吐き気がこみ上げてきて吐いてしまった。
「シャルロット様!?」
メロウさんが慌てて、私に近寄ってきて背中を擦ってくれる。
だけど気持ち悪さが治まる気配が無い。
「アレス! アレス!」
メロウさんが、大声で声を張り上げた。
すぐに部屋の扉が音を立てて開け放たれる。
「メロウ、どうかしたのか?」
「シャルロットさまが、食事をした途端、吐かれました!」
「分かった! すぐにエンハーサ様を連れてくる」
「だ、大丈夫です」
私は、部屋から出て行こうとしたアレスさんを引き止める。
だって、私を毒殺しようと考えていたら、私だったら薬師に薬と偽らせて毒を盛らせる。
そうしたら、回避する術がない。
「で、ですが!」
「大丈夫です。少し寝ていれば……」
本当は大丈夫かどうかなんて分からないけど。
でも、これ以上は事態の悪化は避けたい。
私の言葉にしぶしぶ頷いてくれた二人に、少しだけ安堵したあとベッドの中に入って目を瞑った。
そして、この世界で唯一、好きだった食事が食べられない。
それは、自分が思っていたよりもが大きかったようで私は疲れて眠ってしまった。
――鼻腔を擽る匂いがする。
ゆっくりと、瞼を開けていく。
すると部屋の窓外はすでに暗くなっていた。
どうやらかなりの時間寝てしまっていたようだ。
「シャルロット様?」
「メロウさん、もう大丈夫です」
心配そうな表情で私に語りかけてきた彼女を安心させるように言葉を返す。
「一応、スープだけは作ってきました。何かお体に入れないと、参ってしまいますので」
彼女の言葉は、思いつめていた私にとって、とても酷いものであった。
いつもの私なら、感謝の言葉を伝えていたかもしれないけど、毒殺される可能性だってあるのだ。
それなのに喜んでなんていられない。
むしろ、差し出してきたスープにこそ毒が盛られている可能性だってあるのだ。
「ごめんなさい」
私は、それだけ言うと布団の中にもぐりこんだ。
これ以上、彼女と会話しているのは辛い。
もう一人にしておいてほしい。
こんなことなら、こんな世界に転生したくなかった。
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