転生少女は王子様をハッピーエンドに導きたい

久里

最終話 幸い

音楽室を飛び出し、心臓が潰れるんじゃないかってくらい酷使して、私は全力で駆けていました。


向かっていたのは、庭園でした。


今頃エルシオ様とティア様はダンスを終えて、お二人でひっそりとダンスホールを抜け出し、庭園に向かっていることでしょう。夜、星空の瞬く庭園の下で、二人はお互いに芽生え始めた恋心を自覚し始めるのです。


駆け抜けている間、全身がほとばしる感情に包まれて、熱いくらいでした。


私はずっと、エルシオ様がティア様と結ばれて幸せを手にすることこそが、自分の幸せなんだって信じて疑っていませんでした。


でも、それは……前世の頃に私が、自分自身にかけた呪いでした。


前世の私は『ときめき★王国物語』に出逢うまで、完璧な妹という存在に脅かされて、震えながら生きてきました。


それまでも学校に行けばそれなりにお友達もいたし、欠片も楽しいことがなかったといったら嘘になるけれど……家で家族からほとんど空気同然のように扱われていたあの時間は、着実に私の心に毒を流し込んでいきました。


前世の両親は、何をやっても出来が良い方ではなかった私に早い段階で見切りをつけました。その結果、私の妹は、出来損ないの姉の分の期待まで背負わされました。本来だったら妹は両親からの過大な期待に押しつぶされてもおかしくないところだったけれども、幸か不幸か、彼女はその大きすぎる期待に十分応えるだけのキャパシティを授かって生まれてきました。


何をやらせても器用にこなしてしまう上に容姿までかわいらしい完璧な妹だったからこそ、両親が妹ばかりをかわいがり、私のことをないがしろにしてしまったのは仕方のないことだと考えていました。


私のことを見てくれないお母さんとお父さんが悪いんじゃない。
彼らに期待をかけられる価値すらない、私のほうが悪いんだ。


前世の私は、闘ってもがくこともなく、早々に諦めることを選択しました。


そう割り切って考えていた一方、両親の眼が私の存在を素通りしていくたびにどんどん心が真っ黒になっていって、ほとんど限界を迎えていました。


そんな時に出逢ったのが、クラスメイトの木下さんと、彼女の見せてくれた美しい夢の世界――『ときめき★王国物語』でした。


そして私は……エルシオ=ラフネカース=ヴィグレント様に出逢ったのです。


初めてそのお姿を見た時から、私は彼に心を奪われていました。


夢中でゲームをプレイしていく中で、彼の御心を閉ざしてしまった凄絶な過去を知り、不器用だけれども一途で燃え立つように激しい愛を知りました。知れば知るほど、初めて彼を見た時の身体を電流が駆け抜けるような予感はやっぱり間違っていなかったと胸が震え、ますます彼の虜になっていきました。


思い返せば私は……初めて彼のハッピーエンドをクリアした時から、あの火のように燃える熱い御心で、私自身のことを愛してほしかったのだと思います。


どうしようもないくらいに私自身が、強く、強く彼に恋焦がれていました。
ゲームのヒロインではなく、他でもない私自身が愛されることができたら、どんなに幸せだろう。


そう願ったはずだったのに……それと同時に、そんなの天変地異が起こっても叶うはずがないと、もう一人の毒にまみれた私が囁いたのです。


『両親から人並みの愛すらもらえなかったお前なんかが、見上げても見えないくらい遠い高みに君臨している彼から愛されるなんて夢物語もいいところだ』
『何をやってもダメなお前には、彼のバラバラに割れてしまった御心を救い上げる力なんてあるわけがない。彼を幸せにできる力なんて、お前にはない』


地獄から這い上がってきたようなもう一人の自分の声が、強く恋い焦がれていた私を抑えつけました。


それはそうだ。
王子様にふさわしいのは運命に愛された乙女であって、決して私なんかではない。


前世のあの時、私は呪われた自分の声を、すんなりと受け入れてしまいました。


それでも……あれだけ強く恋い焦がれた彼への想いを、簡単に捨て去ってしまうことはできませんでした。


だから、臆病だった私は、この絶望的に叶わない恋心を凍結し、心の奥底に鎮めて封印しました。そして、代わりに、彼がティア様と結ばれて幸せになることこそが、私自身の幸せなのだと思い込もうとしたのです。
そうすれば、どうやっても叶わない恋心が、これ以上無駄に痛むことはなくなるからでした。


事実、ゲーム画面で二人が想いをとげる瞬間を何度も眺めて、私は幸せを感じていました。そのうちに、それが疑似的に得ている、まやかしの幸福であったことも忘れてしまうくらいに。


生まれ変わってこの世界に生まれてからも、私は前世の記憶と想いと信念をそのまま受け継いで、生まれてきました。


だから、前世に封じ込めたその願いは、私にとって触れると心臓の深い部分が痛む禁忌そのものでした。ふいにリオン様に触れられたあの時、取り乱して混乱状態に陥ってしまったように。


でも、シャルロ様は……そのようにして私が封じ込めた禁断の願いを、ありったけの勇気と誠意を振り絞って、引き出してくださった。


私と同じように淋しかった彼は、私のために自分の全てを曝け出し、何よりも大切なことを教えてくださった。私という存在をたしかに認めてくれただけでなく、私のためにあんなにも言葉を尽くして、一生懸命に想いを伝えてくださった。


その言葉は星降るように、私が自分自身にかけた呪いから解き放ったのです。


シャルロ様は、そうなったら私が彼の想いには応えられないこともきっとわかっていて……それでもあえて、あの尊い言葉をくださった。


他でもない、この私のために。


だから、シャルロ様の為にも、私はもう逃げたくない。
たとえ叶わなくても、本当の自分と向き合うんだ。


心臓はいつになく早く脈打って、肺が痛い。


それでも、今、この狂おしい程の想いを伝えないと、心臓が張り裂けて死んでしまいそうでした。


人生でこれ程の全速力で走るのは、きっとこれが最後だと思います。


庭園へと出る扉を夢中で押し開いた時、噴水の前のベンチには想像通り、エルシオ様とティア様が肩を並べて座っていました。


彗星の如く突然目の前に現れた私を、お二人は亡霊でも見るかのようにぎょっとした顔つきで見ているのでした。


私は息も絶え絶えで、顔は涙でボロボロになっているし、髪は走ったせいで振り乱れていて惨状という表現がこれよりぴったり当てはまる人はいないんじゃないかってくらい、ひどい有様だけれども……もう、なりふりかまっていられませんでした。


私は胸を猛スピードで衝き続ける鼓動をおさめるように深呼吸してどうにか少し落ち着かせると、荒い息を吐き出しました。


「はぁはぁっ……」


荒い呼吸を整えながら、顔を上げてまっすぐにお二人の姿を見据えました。
庭園に降り注ぐ月光を浴びた彼らは美しく、泣きたくなるほどにお似合いでした。


きっと今までの私なら、ここで身が竦んでしまって、こんな美しい絵物語を土足で踏み荒らす行為なんてできないって逃げ出していたと思います。


でも、もう、目を背けない。
スッと、息を吸い込みました。


「お二人はもう既に、お互いの想いを結び合って、いますよね。それでも私は……今伝えないと苦しくて死んじゃいそうだったから……これは、私のエゴで、自己満足なんですけれども……伝えたいことがあって、ここにきました」


唇と舌が震えて、うまく喋れない。目頭からは今にも涙がこぼれおちそうだ。


どうにかもう一度口を開こうとした時、ティア様がすっと背を伸ばして、ベンチから立ち上がりました。


薄水色のドレスが夜の風にさらされて、ふわりとなびく。
月を背負い、銀のティアラを戴いたティア様は妖精のようでした。
彼女は、呼吸すらうまくできていない私を落ち着かせるように、やさしく微笑みました。


「遅いよ、ネリ」
「えっ……?」
「エルシオ様、本日はありがとうございました。後は、彼女とゆっくり……お話し下さい」


ティア様はいまだ呆然としているエルシオ様に丁寧に頭を下げると、私の脇をするりと通り抜けていきました。


「ティア様!? お、お待ちくださいっ!」
「待たない。私にも、行きたいところがあるからね」


手を伸ばすもひらりとかわされ、彼女は迷いのない足取りで城の中に戻っていきました。


え、っと……。


突然の予想外すぎる展開に、頭の中に大量の疑問符が浮かび上がって、固まってしまいました。


今、私がしようとしていることは、叶わないことは百も承知でエルシオ様に想いを告白し、玉砕するということで……そうなるとティア様も当事者になるわけで、全く関係ない話ではないと思うのですが……。


これは……私みたいな小娘が今更何をしようとエルシオ様の心は絶対に靡かないという強い自負の表れ? 欠片ほどの心配すらもしないほどに、彼の愛情を疑っていない?


ティア様が足早に立ち去ったことによる戸惑いは大きく、私は立ちつくしてしまいました。


夜の庭園に、エルシオ様と二人きり。


彼が、燃え立つような赤い瞳で、信じられないものでも見ているかのように私のことだけを見つめている。それだけで、何もかもが一気に吹き飛んで、私の世界は簡単に彼だけになってしまう。


「ネリ……」
「貴方に……伝えなきゃいけないことが、あります」


足が震えてきました。
身体の内側から震えてきて、少しでも気を抜いたら頭が真っ白になりそうでした。


相手に想いを伝えるということは、こんなにも緊張して、喉が焼け付くようにひりひりして、しんどいものなんだ。


それでも、逃げたらダメなんだ。
こんなにも狂おしい思いをしてまで、シャルロ様は私に伝えてくれたのだから。


大きく、深呼吸をしました。
肺に夜のひんやりとした空気が滑り込んできて、少しだけ気分が落ち着きました。


エルシオ様は未だに、ご自分の目の前で何が起ころうとしているのか分からないというような、戸惑ったお顔をされていました。


「単刀直入に言います」


この想いは、叶わない。
それでも、伝える。
誰の為でもなく、他でもないこの私の為に。


「エルシオ様。私は、貴方に、死ぬほど恋焦がれてきました」


エルシオ様はこれでもかというくらいに大きく瞳を見開いて、硬直されました。


まるで時が止まったかのように、穴が開きそうなほどに私を見つめている彼に対して、一度口火を切った私の唇からはほとばしるように言葉が滑りだしました。


想いが、言葉が、溢れて止まらない。


「でも、ずっと……自分に、嘘を吐いていました。私は自分に自信がなかったから……こんな想いを抱いていても報われないって……エルシオ様をあの過去から救い出して幸せにできるのは私じゃないって……遠い昔に、諦めてしまったんです。それでも、貴方はどうやっても私の心から離れてくれなかったからっ……大好きな貴方がティア様と結ばれて幸せになることこそが、私にとっての幸せなのだと思い込もうとしたのです」


心臓が爆発しそうなくらいに高鳴って、ぼろぼろと熱い涙が頬を伝う。
想いの奔流に呑み込まれて、死んでしまいそうだ。
相手に本心を言うのって、こんなにも身体が震えて熱くなって、エネルギーを使うものだったんですね。


「でもっ……私は、貴方がティア様と結ばれることを、願い続けられませんでした。たとえそれが貴方にとっての幸せなのだとしても……実際に貴方とティア様の仲睦まじげなご様子を見るごとに、心が千切れていくようだったっ。他の誰でもなく、私自身が、貴方のお傍にいたいと願ってしまったんですっ。エルシオ様……こんなことを伝えられても困ってしまいますよね……ごめんなさ」


最後まで言葉を紡ぐことは、叶いませんでした。
駆け出したエルシオ様の腕の中に……とじこめられていたから。


「エル、シオ……さ、ま?」
「…………夢を、見ているようだ」


愛おしくて愛おしくて仕方ない大好きな彼の手が、私の髪をやさしく撫でる。


「…………すまない。私は、お前がそんな風に思ってくれていたとは全く知らずに……辛い思いをさせて、しまっていたのだな。それなのに、私は確かめもしなかったばかりか……醜い嫉妬に焦がされて…………」


し、っと……?


耳元で吐かれる痛いほどの思いのこもった言葉に呆然としてしまう。
エルシオ様は、きつくきつく、私の背中に回している腕に力をこめたのでした。


「もう、もう……お前を諦めようとしなくて、良いのだなっ…………こんなにも重苦しい思いごと全て、お前は私を受け入れてくれていたのだな……っ」
「ど、ういう……」


触れたところから伝わってくる熱そのものみたいな体温が、荒くなっている呼吸が、私の心臓を素手で掴んで大きく揺さぶってくるようで。


エルシオ様は一度回した腕の力を緩めると、頭二つ分高い位置から私をまっすぐにのぞき込みました。涙の浮かんだ切れ長の真紅の瞳は、放心したようになっている私だけを映しだしていました。


「私にとってネリは、今も昔もずっと……生きる意味そのものだ。愛してる」


私は…………夢でも、見ているのでしょうか。


あまりにも幸せな出来事が起こると、それを手にするのが、少し怖くもある。
一度掴んでしまったら最後、もう二度とそれなしでは生きられなくなるから。


「っ……で、でもっ……ティア様の、ことは……っ」
「ティアとは、報われぬ恋心について話していた。私は……ネリは、シャルロを愛したのだとばかり思っていたから」


ハッとしました。
私が、エルシオ様とティア様の仲睦まじげなご様子に耐え切れなかったのと同じように……エルシオ様も、私とシャルロ様がそういう仲になったのだと考えて、胸を痛めていてくれたんだ。


「談話室で二人が向かい合っていたのを目にした瞬間……私は、狂おしいほどに嫉妬した。私の感情は……自分でも持て余してしまう程に強すぎる。あの時の私は……嫉妬の炎で、また、全てを焼き尽くしかねなかった。愛したが故にネリすらも焼き殺しそうになったあの時、自分で自分のことが、酷く恐ろしくなった。だから、お前の気持ちは私には向いていなかったのだと思ったあの時……私はどうにかしてお前のことを諦めなければならないと憔悴したのだ」


震えながら「他でもないお前の口から、他の男を愛したのだと耳にしてしまうことが……何よりも、恐ろしかった」とかすれた言葉を零す彼に、涙が止まりませんでした。


「諦めなきゃいけないのに……何をしていてもお前のことが思い浮かんできて、まるで生き地獄のようだった。いっそのこと死んだ方が楽になれるのではないかと真っ暗な闇に呑み込まれそうになった時、同じように報われない恋心を抱いていたティアは、私に言った」


『そんなに好きなのに突然諦めるなんて、絶対にできませんよ。だから、想い続けても良いんです。感情をぶつけて相手に迷惑をかけてはいけないけれど……深く愛していればこそ、すっぱりと諦めるよりも、穏やかに相手のことを想い続けるほうが楽なのではないですか? たとえ、叶わなくとも』


ティア様の花咲くようなやさしい微笑が、頭をかすめる。


どうしよう、本当に涙が止まらない。
このまま干上がってしまいそうなくらいに。


「その言葉に……私は、救われた。たとえネリの気持ちが私に向いていなくとも……焦らず、お前の幸せを想って生きてゆけばいいのだと思うことができたから。私は今まで……ティアのことを、誤解していた。あの娘は外見からは想像もつかぬほどに、強いのだな」


そう、だったのか。
それなのに、私は今までなんて酷い誤解をして……。


一気に今まで見えていた世界の全てがひっくり返ってしまった。
魂まで奪い去られたようになって、呆けたように、エルシオ様を見上げました。


「それでは……エルシオ、様は……いま……幸せ……ですか?」


自然と、声が震えてしまいました。
エルシオ様は私の胸をよぎった暗い不安を見抜いたのか、いつになくやさしく微笑みました。


「幸せ、そのものだ。ネリ。私がシネカを焼失させてしまった時に自殺をとどまることができたのは……ネリが、いたからだった。たとえ私が化け物に落ちぶれても……もしかしたら、お前だけは、変わらずにいてくれるかもしれないって思ったから……。それでも、城に帰るまでの間は不安だったけど…………ネリは、迷いもせず、帰ってきた私のもとに、飛び込んできてくれた。私がいまでもこうして生きて幸せを感じられているのは……ネリが、ずっと傍にいてくれたからだ」


それは、魔法の言葉でした。


たったそれだけで、前世に流し込まれた毒をすべて洗い流して、ありあまる百年分の幸いをくれるような。


私はずっと、エルシオ様を緋色の過去から解き放つのは……運命の恋だけなのだと思っていたし、疑うことすらしていませんでした。


でも、違いました。


エルシオ様を救ったのは運命の恋じゃなくって……何があっても変わらず、当たり前のように、傍にいつづけたことでした。


他でもないこの私が――エルシオ様を、ハッピーエンドに導いたんだ。


また溢れだした涙で滲んだ世界は、こんなにも綺麗だったのかと驚くくらいに色鮮やかで。夜空に輝く星々は、再び抱きしめあった私たちを見守るように輝いていました。


【完】

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コメント

  • ノベルバユーザー101115

    とても素敵なお話でした!
    何度もキュンキュンしたり、うるっときたりしました(´∀`*)
    乙女ゲーム転生の話は色々読みましたが、その中でもトップ3に入るくらいに好きなお話です!
    二人のイチャつきをもっと見たすぎる、、、
    徹夜して読ませていただきました笑

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