転生少女は王子様をハッピーエンドに導きたい

久里

第31話 選ばれし乙女の手を取るは

司会の言葉を受けて国王様が重々しく頷きました。


ゆっくりと立ち上がって、ティア様にそのお身体を向けなさりました。彼女は国王様が立ちあがったのを見るや、慌てて立ち上がったのでした。


国王様の生のお言葉を耳にする久方ぶりの機会に、この場にいる全員が一言も聞き漏らすまいと、張りつめた表情で見守っているのでした。


ぴんと張りつめた空気の中、国王様のお言葉はよく響き渡りました。


「実は、何人もの医師が私の病気を治そうと試みたが不発に終わった時、もう自分の命はそう長くはないのかもしれないと、覚悟を決めていた。でも、初めてティアが処方してくれた薬を口にした時、今まで飲んできたどの薬よりも、不思議と身体に染み入ってくるような感じがした。その時、もしかするとこの娘は、本当に奇跡を起こすかもしれないという予感が心の中に生じた。そして、その予感は、どうやら間違っていなかったようだ。ティアよ。私を再びこうして立ち上がらせてくれたこと、本当に感謝している」


重々しくお辞儀をされた国王様を見るや、ティア様は慌てて、「どうか、顔をおあげになってくださいませ」と頼み込むのでした。それでも、国王様は感謝の意が溢れて止まらないといった様子で、深々とお辞儀をしつづけているのでした。


長い間お辞儀をした後、国王様はようやくそのお顔を上げられました。
そして、未だに鋭く威厳のある眼光に、かすかにやわらかい色をにじませたのでした。


「本日の晩餐会は、そなたの献身的な働きぶりに敬意を表して開いたものだ。今宵は、存分に楽しまれよ。皆の者。どうか、盛大な拍手で、彼女の功績を称えてほしい」


国王様がその威厳あるお言葉を締めくくるとともに、ダンスホールは拍手の嵐に包まれました。


ティア様は国王様のお言葉と鳴りやまない拍手の音に感極まってしまったのか、目を赤く潤ませて、いまにもその大きな瞳から涙をこぼし落としそうになっていました。


彼女はどうにか涙をこぼすまいと堪えているようでした。
それから、国王様のお言葉にこたえるために、小さく深呼吸をしました。


やっとのことで荒くなりはじめていた呼吸を落ち着かせると、彼女は今その胸に渦巻いているであろう熱い思いを、どうにか言葉にして押し出したのでした。


「皆様。今日は、私の為にこのような盛大な会を開催していただきまして、本当にありがとうございます。私は、城下町のしがない薬草師です。ですから、このお城にやってくる前は、ひどく不安でした。……思えば、自分なんかに、こんな大役が務まるのだろうかという葛藤と常に戦っていたような気がします」


彼女は一度そこで言葉を切り、うつむきました。


ティア様は、このお城にやってきてからというものの、常にプレッシャーと戦ってきたのだと思います。結果を出さなければ後ろ指を指されるこの場所で、彼女がその小さな身体にとじこめていた不安や葛藤は一体どれほどのものだったでしょう。


でも、彼女は、少なくともお世話役を務めさせていただいていた間の私の前でも弱音を吐いたこともなかったし、不安に思う気持ちをおくびにも出さなかった。そして、かわりにいつも朗らかに笑ってくださいました。


ティア様は、見た目のか弱い儚げな姿からは想像もつかぬほどに芯が強いお方なのです。


彼女は、再び国王様に向き直りました。
アーモンド色の大きな瞳には、強い意志の光が灯っていました。


「ずっと、不安でした。でも、このお城は私が想像していたよりもずっと温かくて素敵な場所だったから、日に日に緊張もほどけていきました。私がこうして結果を残せた一番の理由は、城の皆様が温かく見守って下さったからこそ、伸び伸びと働くことができことだと思うのです。だから、あたたかく迎えて下さった皆様には、心の底から感謝しています」


彼女が嗚咽を漏らしながら話し終えた時、胸が震えました。
この場にいる皆が、同じ気持ちになったことでしょう。


ティア様が一生懸命に紡いだお言葉は、そのまま彼女の心の震えをじかにあらわしているようで、聞いているこっちまでなんだか胸がいっぱいになってしまって。


ああ。
なんて、ティア様は透き通った綺麗な心を持っているのだろう。
まぶしすぎて、目をそらしたくなってしまうほどだ。


あの厳格な国王様がいつになく優しい微笑みを浮かべているのも、彼女の持つあまりにも清らかな御心に溶かされたからなのでしょう。


「ティアよ。これからも私の専属の薬草師として、熱意ある働きぶりを期待している」
「はい! 私にできる限りのことは、させていただきます。これからもよろしくお願いいたします」


またもや、会場中に拍手の嵐が巻き起こり、鳴りやまないのでした。


その拍手が鳴り静まった頃、晩餐会が正式に始まったのでした。


私はというと、相変わらずやってくる人々の空のグラスにジュースやらお酒やらを注いでおりました。


しかし、心は常に、ホールの中心で華やかに歓談するティア様と王子様方のお傍を彷徨っておりました。私の瞳は、人込みすらもかきわけて、彼らのご様子をあざやかに映し出すのでした。


城で働く者にとっても、王子様方とまともにお話したことがない者のほうが圧倒的に多いのでした。私がかまっていただけるのは血筋の恩恵にあずかっているというだけの話で、本来は彼らとこうして和やかに話す機会は、類稀なる貴重なものなのです。


リオン様の周りには人々がひしめきあっておりました。次々に声をかけられて大変そうな中、それでも嫌な顔一つせず、自分より目下の者にも柔らかな態度を崩さないリオン様はまさに天使なのでした。シャルロ様は相変わらず、病的なほどに女性からの視線を集めていました。寄ってくる蝶に甘い笑顔をふりむけ、あっという間に逆ハーレムを形成していく様は普段とさほど変わりないのでした。


そして……エルシオ様はというと相変わらず氷のオーラをまとわせていて、誰もその半径五メートル以内に近寄らせないのでした。しかし、ティア様がそんな彼を目にとめて近づいて言った時だけわずかにその氷の表情をほどいたのでした。


私は心がひりひりしてくるほどに、二人のご様子をしかと見つめました。
エルシオ様は彼女に向かってかがみこみ、何か耳打ちしたようでした。
彼女は一瞬だけびくりと肩を震わせた後、真剣な面持ちで頷いたのでした。


ティア様はもう既に、エルシオ様にとっての特別になり始めているに違いない。エルシオ様の中でティア様という存在がどんどん大きくなっていって、私というちっぽけな存在はいまや風前の灯火なのかもしれない。


少し経った頃、再び司会進行役が司会席に立っておりました。


彼の「ご静粛に」と言う言葉が会場に響き渡ると、ホールの熱気あふれるざわめきはぴたりととまったのでした。


彼らの様子を念入りに眺めるうちにあっという間に時間が経っていったようでした。


「それではこれより、本日の主役であるティア様には、我が国の王子と踊っていただきます」


司会役の台詞はゲームで聞いたものと、全く同じ台詞でした。


ティア様は視界の言葉を聞くやぎょっと驚いて、慌てたお顔をなさっていました。王子様と踊るなんて聞いてない! と顔にかいてあるところまでかわいらしいのでした。


三人の王子様が立ち上がって、ティア様に対峙した時、私の鼓動の音は隣にいるメイドに聞こえてしまうのではないかというくらいにうるさく高鳴りました。


運命の時がやって来た。


その時、ティア様に向かって一歩足を踏み出したのは。


他でもない、私が誰よりも敬愛するエルシオ様だった。

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