転生少女は王子様をハッピーエンドに導きたい

久里

第30話 それはほんの一瞬の

ついに、運命の時がやってこようとしていました。


城中の者が一斉にダンスホールに集まっている様は、錚々たるものでした。


こういう行事でもない限り、滅多にダンスホールに来ることはないですが、いつ見てもとても壮麗な場所なのでした。天使や動物を模した芸術作品で飾られた天井から、クリスタルが段になって施されたシャンデリアがいくつも釣り下がり、豪華絢爛な光を優美に散らしているのでした。


会場には純白のクロステーブルのかけられた丸テーブルがいくつも並び、集まった人から順に腰かけてわいわいと歓談しているのでした。ホールの一番端の長テーブルには、色とりどりの料理が並んでおり、バイキング仕様になっています。私たち召使い一同が、数時間前くらいからからここに来て準備を致したのです。


この晩餐会での私の担当は、飲み物係でした。


本日は、王族とティア様を除く一般の参加者の方々が飲み物のおかわりを望む場合、自ら空のグラスやコップを持って、ホールの隅まで来ていただくという形式をとっております。


私は、先ほどから空のグラスやコップが持ち運ばれる度に皆さんのお望みの飲み物を無心で注ぎ続けているのでした。本日の主役であるティア様はおろか、まだ国王様や王子様方もお見えになっていないというのに既に酔っ払い気味の軍人さんに絡まれて苦笑いをしていた時、ふとダンスホールの和やかな空気が一瞬にして張りつめました。


話し声が魔法でも使ったかのようにぴたりと止まり、人々の視線が一様に、ダンスホールの入り口に集まります。私も場の空気に呑まれて、何気なく入口の方を見やったのでした。


そこには、三人の王子様方のお姿がりました。
お三方とも、白いタキシードを身につけていらっしゃいました。


先陣を切って、ダンスホールの中へと入ってきたのはリオン様でした。深緑色の落着いた色合いのマントが、ひらひらと靡いています。彼が歩みを進めるごとに人々がさっと道をあけ、リオン様はその真ん中を背筋を伸ばして歩かれてゆくのでした。


優美かつ凛とした立ち振る舞いから、自然と滲み出る王族感。


あらためて、リオン様は、本当に立派に成長されたのだと実感しました。昨日は私が未熟だったがゆえに、あんな風に八つ当たりをしてしまって本当に申し訳なかったです。


リオン様に続いて入ってこられたのは、シャルロ様でした。
彼は濃い藍色のマントをなびかせながら、リオン様に全く引けを取ることなく優雅に歩いていくのでした。その歩き姿はとても洗練されていて、どんなにちゃらついていようとシャルロ様もまごうことなきこの国の王子なのです。


あの談話室での一件があって以来、まともにお話しできないままうやむやになってしまっていたので、彼のお姿をしかとこの目で拝見するのは久しぶりなのでした。


シャルロ様が歩くそのたびごとに、女性陣たちは熱に浮かされたようになって、そのお姿に釘付けになってしまうのでした。数多の女性の視線を掻っ攫う中、シャルロ様は彼女たちに適度に微笑み返しながら颯爽と歩いてゆきました。しかし、その微笑はどこか作られたもののようにも思えました。


シャルロ様の後を追って入ってこられたのは、他でもない、あのお方でした。


弟二人とお揃いの白いタキシードとベルベットのマントを身につけたエルシオ様は、絵本の中に出てくる王子様そのものでした。そこに浮かぶ表情が、見る者を凍えさせる絶対凍土の無表情でさえなければ、完璧でした。


そのお姿を一目見ただけで、胸が高鳴り、鼓動が速くなりました。
彼の持つ圧倒的な吸引力に、私は、エルシオ様の他、本当に何も見えなくなりました。


先の二人の王子様のご登場も大層華やかでご立派なものでしたが、やはりエルシオ様は一人飛びぬけて、カリスマ性を誇っているのでした。一挙一動、立ち振る舞いに隙がなく、流れるように歩かれるお姿は、麗しいという言葉をそのまま体現しているかのようでした。


洗練され抜かれた、威厳のある立ち振る舞い。
エルシオ様がお見えになられた瞬間、場の空気が、さらに張りつめたように思います。
私はその一動作も見逃すまいと、穴の開く程に、彼のお姿を見つめました。
彼のお姿から、一時も目をそらせませんでした。


その時、彼が一瞬だけその凍てついた無表情を解き、視線を彷徨わせたのでした。


わずかな彼の表情の変化を疑問に思った瞬間、一瞬だけ、エルシオ様の視線が私に向けられて、ぴたりと止まったのでした。


それは、時間にしてほんのわずか数秒のこと。


その緋色の眼差しは、私の目を貫いて喉を通り、心臓を貫きました。
それまで何の感情も浮かんでいなかった赤の瞳が、一瞬だけ戸惑うように揺れた気がしました。
たったそれだけのことで放心したようになってしまいました。


次に気がついた時にはエルシオ様はまたあの寒気がしてくるほどに美しいすました顔に戻っており、二人の王子様方の後をおうようにして歩いていくのでした。


しかし、あの戸惑うように揺れた赤の視線は私の心臓に矢のように突き刺さったままで、どんなに引っ張ってもつかえたように抜けないのでした。


先ほど、エルシオ様がほんの一瞬だけ私のことを目にとめた気がしたのですが……私の思い上がりでしょうか。私の飢えて乾ききった心が見せた幻影だったのではないかと言われてしまえば反論の余地は全くといってないほどに短い間の出来事でした。


心臓の上辺りに手を置いて、一呼吸しました。


こんな些細なことでも動揺してしまうなんて、本当に嫌になってしまいます。早く、こんな抱いていても苦しいだけの思いなど、揉み消してしまいたいのに。


それにしても、先ほどのエルシオ様は、どこか浮かない顔をされていたようにも思えました。本日は、エルシオ様とティア様にとって、一生涯の記念すべき思い出になるであろう素晴らしい夜になろうというのに。



三人の王子様がホールの真ん中の特等席についたところで、最後に国王様とティア様が並んで入ってこられました。


お顔に皺は増えたものの未だ凛々しく厳格なお顔つきは健在である国王様と、淡い水色を基調とし、裾が花弁のようにふんわりと広がっているドレスを身にまとったティア様。


ホールにいる全員の視線が、一斉にお二人に集まりました。


「本日の主役である、ティア=ファーニセス様のお出ましです。皆様、拍手でお迎えください」


司会進行役の掛け声の後、ホールに割れるような拍手が響き渡りました。


喝采の中を国王様と並んでしとやかに歩いてゆく彼女は正に、可愛らしさの中に美しさも兼ね備えた完璧な女性でした。普段の彼女も勿論とびきりかわいらしいのですが、本日のティア様はいつになく大人の女性としての艶っぽい美しさを存分に輝かせていました。


いつもは薄化粧なためかあどけない印象もある彼女ですが、本日のようにばっちりお化粧を施すと、普段からは想像もつかない程に妖艶な美人さんにも化けるのです。流石は乙女ゲームのヒロインです。呆けたように、そんな彼女に見入ってしまいました。


そして、再び、確信しました。
やっぱり、エルシオ様を幸せにできるのはこのお方しかいない。


だってティア様はやっぱり、可愛らしい中に凛とした美しさも持った、非の打ちどころのないお方だ。それも、外見だけではなく、内面も。外面だけを飾りたてた偽りの美しさは、簡単に剥がれ落ちてしまう脆いものです。内面からも滲み出る美しさこそが人を惹きつけて、やまないのだと思います。その意味でも、彼女は正に、本物の美しさを手にしているのでした。


こんなにも完璧なお姿をまざまざと見せつけられると、自分が今まで彼のことを思って胸を痛めていたことすらも恥ずかしく思えてきます。


国王様が王子様方の前の席につかれて、ティア様もまた特別にしつらえられた席に腰かけたところで、拍手が鳴りやみました。


「これより、偉大なる薬草師であらせられるティア=ファーニセス様への敬意を込めて晩餐会を執り行います。開会に際して、まずは国王様より直々にお言葉を賜ります」

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