転生少女は王子様をハッピーエンドに導きたい

久里

第29話 運命の晩餐会

もうすぐティア様がこのお城にやって来てから一か月が経とうとしています。


そうして本日は、運命を決する日なのでした。


この世界の彼女もゲームのティアに劣ることなく、抜群に優秀でした。
ティア様は、ラフネカース中の数々の高名な医師が立ち向かってもびくともせず、日に日に悪化に転じていた国王様の容態を窮地から救い出すことに成功したのです。それまで一日中寝たきりの状態が常であった国王様が、なんと一昨日には自らの力で立ち上がり、昨日には簡単なお食事までとられていたと聞きました。


この噂を聞きつけた城の者たちは、はじめはどうも信じがたかったようですが、以前までほとんどお部屋で寝たきりだった国王様が実際に廊下を通りかかるお姿を見た者が何人か現れると、いよいよこの奇跡のような本当の話を信じるほかないのでした。


この話が事実だと判明するや否や、皆、仰天した後に盛大な歓声をあげたものです。


私には、もとより彼女こそが奇跡を起こすということが分かっていたので、さして驚きもありませんでした。しかし、ようやく本当の意味でティア様の偉大さを城の皆からも認めてもられるようになったことに対しては誇らしい気持ちでいっぱいでした。どうしても、実績をあげてみせるまでは、城下町の薬草師ごときに国民の税をかけるほどの価値があるのかという疑問を抱き、彼女に対して批判的で当たりのキツい人間も少なくはなかったのです。しかし、今回の素晴らしい功績によって、今後は彼女が嫌味を言われるようなこともなくなるのだろうと思います。


今回のことで国王様はもちろんのこと、王子様方もティア様に強い感謝の念を示したという話です。私は高熱を出したあの日からここ一週間ほど、リオン様以外のお二人とは全く顔を合わせていないので、あくまでも聞いた話になりますが。


本日はそんな彼女への敬意を表し、これからも引き続いてその献身的な働きぶりを期待して派手に晩餐会が執り行われるというわけです。


そして、私はというと、今日という日にその晩餐会が執り行われることまで、随分前から知っておりました。それは、この晩餐会もゲームに出てくるイベントの一つだったからです。


それも、ゲーム中における最重要イベントといっても過言ではありません。


何を隠そう、この晩餐会では、三人の王子の内、その時点で最もティアに対して好感度の高い彼がティアに対してダンスを申し込むというイベントが起こるのです。


膨大な参加者全員が息を潜めて二人のやり取りを見守る中、彼女は極度の緊張に押しつぶされそうになりながらも、王子のダンスを受け入れます。その瞬間こそが、この晩餐会の盛り上がりの絶頂と言えましょう。


ここでは周りの皆が固唾を呑んで見守る中、ダンスホールの真ん中で、たどたどしく王子にリードされながら踊るティアと、王子のスチルがゲットできます。そのスチルの中の、淡い水色のドレスを身につけ、清楚な銀のティアラを頭に戴いたティアはまるで一国のお姫様のように可愛らしいのでした。この時のお相手は、それまでプレイヤーがどのような選択肢を取ってきたかによってかわるのですが、勿論私は三人分しかと拝見しております。どの王子とのスチルも素敵なのですが、やはりエルシオが圧倒的なメインヒーローぶりを発揮しておりました。


そして、他でもないこのイベントこそがゲームにおける最大の分岐点となっております。


ティアが城にやって来てから一か月後の晩餐会までの間が共通ルートで、それ以降は各王子の個別ルートへと突入するというわけです。要するに、その後はこの晩餐会で選ばれた相手とのお話が主軸となるということです。


だから、本日の晩餐会で誰がティア様を選ぶのかということは最重要問題なのです。


ここできちんとエルシオ様がティア様を選びなされば、彼はついぞ本物の幸せを掴みとったと言えましょう。個別ルートに入った後も必ずハッピーエンドに繋がっているというわけではなく、バッドエンドとなってしまう最悪の可能性もありえなくはないのですが、現状その線は薄いように思えます。


彼から絶縁宣言をされてしまった今の私はというと、何のために生きているのか分からなくなりつつありました。


あの高熱は、おじいちゃん先生の言った通り一日も休養すればすっかり引きましたが、エルシオ様に見放されたあの日を境に、私はほとんど生きる屍と化しました。


毎日が、ただ働いて、寝るだけの本当につまらない生活でした。
何をしていても全く心が震えず、とても虚しいのでした。

高熱を出してからというものの、私はティア様のお世話係すらも降ろされてしまいました。上司から、今まで働きづめで無理していたのではないか? との判断が下ったのです。
私自身はこの高熱は過労によって出たものではないと主張し、これからも彼女の世話役を務めたいと申したのですが、当の私があまりにもやつれていたためか、聞き入れてもらえないのでした。そんな事情があり、ここ最近は、ティア様がどこで何をしていたかも全く知らないのです。


食堂で久方ぶりにヨルン君にお会いした時も『ネリさん! 高熱を出されたと聞きましたが……』と心配される程に、私はやつれてしまったようでした。彼に余計な心配をかけまいと、笑って『もうすっかり熱も引きましたし、全然大丈夫ですよ』と答えようとしたのですが、頬が引きつってしまって以前のようにうまく笑えないのでした。ヨルン君もそのことを見抜いたようで、哀しい色をたたえた瞳でそんな私を見るのでした。いつになく彼にしょんぼりした顔をさせているのが私なのだと思うと、また沈んだ気持ちになるのでした。


今この状態で万が一にもエルシオ様と顔を合わせるようなことがあったら、いよいよ平静でいられる自信がなかったので、ずっと談話室は避け続けておりました。そもそも、私はあの日、この姿を見せることすら厭われたのだ。彼にこれ以上、不愉快な思いを抱かせることなんてあってはならない。
そのためだけとはいえないけれども、結果としてシャルロ様ともあの指怪我事件以来まともにお話することができないままになってしまったのでした。


仕事をしていない間は部屋に引きこもる毎日でした。


そのやつれぶりといったら、昨日、私が塞ぎこんでしまったという噂を聞き心配をして下さったリオン様からお呼び出しを受けたほどでした。


もぬけの殻のようになった私は、のろのろと彼のお部屋に向かいました。


久しぶりに伺ったリオン様のお部屋は相変わらず清潔に整えられており、品のある調度品がほどく置かれた上品なお部屋でした。


リオン様は、入ってきた私を見るやいなやぎょっと目を見開いたのでした。


『ネリ……相当、痩せたね。あのネリが高熱を出したかと思えば、今度は部屋にこもりきりだって聞いて驚いたけれども……噂は本当だったみたいだね』


あのリオン様の包み込むようなお優しさすら、以前と同じように深く染み入って感じられることがなくなっていて、私は自分の変わり様にぞっとしました。でも、彼がこんなどうしようもない私を深く心配してくださったのだということも痛い程に分かっていたので、形式的にお辞儀をしたのでした。


『心配してくださって、ありがとうございます。でも、だい、じょうぶ、ですから』


誰がどう見ても、大丈夫そうではなさそうに見えるということも自分が一番よく分かっていたけれども、かといって、どうしてこんな風になってしまったかだなんて、誰かに言えるわけがなくて。


リオン様は強情に大丈夫と言い張る私を見て、ため息を吐かれました。
そして、核心に迫るあの一言を、私につきつけたのです。


『ねぇ、ネリ。君は前に、エル兄とティアさんに結ばれてほしいって僕に言ったね』


思わず咳き込みそうになりました。


喉がすぼまり苦しくなっていって、思わずリオン様の大きな瞳から目をそらしましたが、彼はじっと私を見据えて離さないのでした。


『僕には、二人の詳しいことは分からない。でも、客観的に見ている限りでは、君の望んだとおりになっているように思う。ねぇ、ネリ。この状況は、本当に君が心の底から望んだことなの? だって、今の君は――』
『それ以上、言わないでくださいっ!』


自分から飛び出た言葉が、思っていたよりもずっと大きくリオン様の大きなお部屋に響きわたって、私はハッとしました。火花が散っているかのような激しい言葉を何も悪くないどころか、私なんかを心配してくれているリオン様にぶつけてしまった。


本当に、どうかしている。
私、最低だ。


後悔がじわじわとわいてきて、私は戸惑うリオン様に対して深く頭を垂れたのでした。


『申し訳ございません。召使いに過ぎぬ私が立場もわきまえず、リオン様に出過ぎたことを申してしまいました……。お気遣い、ありがとうございます。失礼致します』
『ちょっと! ネリ!』


リオン様から逃げるようにして私は彼のお部屋を出ると、急いで自分の部屋に戻ったのでした。そしてまた、ベッドの上でうずくまっているのでした。


眠って今日という日がやってきても、清々しい気持ちになることなどありませんでした。


まるで、先の見えない闇の中に囚われてしまったかのようでした。リオン様と交わした会話が何度も頭の中でループして、頭が割れそうなほどに痛くなっていく。嫌でも考えざるを得なくなって、吐き気すらしそうになるのでした。


きっと、エルシオ様が再び私を必要として下さることは、金輪際永久にないのだろう。
今の彼の眼には、運命の乙女ティアのことしか映っていないのだから。


実はあれからも、何度かティア様とエルシオ様が庭園でお話している姿を見かけしたのです。最初に二人が庭園でお話している姿を見たあの時よりは動揺せずにいられましたが、目をそらしたくなってしまうことに変わりはないのでした。そして、胸が痛んでいる自分がいることに気づくたびに、もくもくと罪悪感がわいてくるのでした。


お二人が向き合い始めたきっかけがなんであったのかは、結局今日にいたるまで分からずじまいなのでした。しかし、二人が急速に仲を縮めていったことだけは確かで、もはや私のサポートなどこれっぽっちも必要ではない状態なのでした。


私は、今までずっと、エルシオ様が幸福を掴むことこそが、私の幸福なのだと思ってきました。


でも、実際は、違っていたのかもしれない。


だって、今の私は、折角エルシオ様が自ら幸福への道を歩まれ始めているというのに、心の底から嬉しいとは思えないのです。エルシオ様とティア様が仲よさそうにお話をしている姿を見るにつけて、胸がずきりと痛んでしまう自分がいることをそろそろ認めざるを得ないのでした。


このことこそが、あの時、リオン様の言おうとしていたことだったのだと思います。分かってしまったからこそ、あの時私は焦って彼の言葉を遮ったのです。他人の口からそれをハッキリと口に出されることだけは、どうしても避けたかったのでした。


今まで、疑う余念すらなく目指してきたこの道が、こんなにも苦しい道だったなんて。
とても、絶望的で、惨めでした。


それでも私は、今更、他の生き方なんて選べない。


自分のことなんて二の次、三の次にしてでも、やっぱり彼には幸せになっていただきたい。彼は、あの緋色の過去から解き放たれなければならない。そのためにはやはり、どんなに苦しくて辛かろうとと、ティア様のお力に頼るほか道は残されていないのです。


ティア様が来るより前、エルシオ様にはこの身に余る程の情けをたくさんかけていただいた。そのご恩に報いなければならない時が、今、やってきたということなのでしょう。

彼のためを思うならば、お二人の楽しそうな姿を見ていると感じるこの胸の痛みなど、早く棄ててしまって、なかったことにしなければならない。


本日の晩餐会でティア様と踊るのは、間違いなくエルシオ様でしょう。
その時私は、笑って、彼らのことを祝福するのです。


心を凍らせてでも、絶対に微笑んでみせなければ。

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