転生少女は王子様をハッピーエンドに導きたい

久里

第19話 禁忌

ぼそりと呟かれた彼の言葉は、床に落ちて私の耳に届く前に消えました。


リオン様が、再び顔をあげました。
翡翠の瞳に映る私は、ぼんやりと、どこか虚ろな表情をしておりました。


「リオン様……?」
「ネリ。もし、エル兄が好きなのは君なのだとしたら、ネリはどうするの?」


エルシオ様が…………私のことを、好き?


はて、と首を傾げました。


彼はどうして先ほどまでの話の展開から、急に私なんぞの話をしはじめたのでしょうか。


思いもよらなかった急激な話題の変容に、困惑するほかありません。


たしかに、エルシオ様にはそれなりに気にかけていただいているようには思います。自分で申し上げるのは非常に恐縮ですが、なんとなく、親しみを感じてもらえてるような雰囲気は感じております。


でも、それはたまたま血筋の恩恵にあずかったというだけの話です。
強いて言うならば、出会った頃には閉じきっていた彼の御心を私が変態的な執着心によって無理やりこじ開けたことによって、少しくらいは彼も私に対して気を許しているところはあるのかもしれないですが、本当に、ただそれだけに過ぎません。


そこには、それ以上のなにも存在していないのです。


そして、これとエルシオ様とティア様が結ばれなければならない話とでは、全く次元の違う話です。


「? それと、今までの話とで、どのような関係が……?」


リオン様は、私から視線を逸らさなかった。
いつも穏やかなその瞳には今この瞬間、いつになく切迫感が滲んでいました。


「エル兄が必要としているのはティアさんじゃなくてネリなんだとしたら、君はどうするのって聞いたんだよ」


その言葉が、私の頭の中できちんと意味として理解されるまでには少しの時間を要しました。


壊れたテープレコーダーのように、脳内で何度も何度もリオン様の言葉が再生されては巻戻る。


エルシオ様が必要としているのは、ティア様ではなく…………私?


動悸がして、心拍数がどんどん跳ね上がっていく。
眩暈までしてきて、心臓を口から吐き出しそうでした。


その清らかな唇から飛び出てきた突然の爆弾発言は、押し寄せてくる荒波よりも激しく私の頭を蹂躙しました。


ダメだ。
ダメだダメだダメだダメダメダメダメだ。


それだけは、本当にありえない。
というか、考えること自体が、おこがましい。
それは、想像することさえ、赦されない禁忌だ。
考えようものなら、立場をわきまえていなさすぎる羞恥心に押しつぶされて、死んでしまいかねない。


だって……あのお方は私にとって、前世の頃から、ほとんど神様みたいなものだ。


信徒は、敬愛する神様に一途に祈りを捧げるもの。
自分自身が、命よりも尊い神様そのもとお近づきになろうという考え自体、持つだけで罪に値する……!


「……ありえません。それは、不敬罪に当たります」
「は!? って、ネリ……? 大丈夫!?」


心臓がぎゅっと締め付けられているみたいに、苦しい。
突然の深い海に溺れてしまったような息苦しさに、どんどん顔が青白くなっていく。
焦ったリオン様に肩をゆすられ続ける中、とうとう意識を掴み続けることすら難しくなり、私は気を失ったのでした。





『あら! 明日は愛ちゃんのお友達がお家に遊びに来るの? じゃあお母さん、腕によりをかけてアップルパイを焼いちゃおうかな!』
『お母さんありがとう~! 女の子一人と男の子二人で、全部で三人来るよ!』


小野寺 愛。


前世に私の一歳年下の妹だった彼女は、その名に込められた願いどおり、愛されるべくして生まれてきたような完璧超人だった。


小動物のようで、庇護欲をそそられる感じの女の子らしい見た目。
勉強と運動ができるのはもちろんのこと、手先も性格も器用で、何を任されてもそつなくこなせてしまうタイプ。中学時代の成績は、苦労することなく常にオール五だった。


妹は、その明るく無邪気な人懐っこい性格から、誰からも愛されていた。


いつも学校中の皆から熱い羨望の眼差しを受けていて、それでも尻込みすることもなく、むしろ胸を張って堂々とクラスの中心で笑っているタイプ。体育祭が来ればリレーの選手として活躍し、文化祭が来ればお姫様役に抜擢される。出る杭は打たれるというけれども、あまりにも抜きんでていると人は恐れをなす。
彼女は誰からも一目置かれている、圧倒的な存在だった。


要するに、非の打ちどころがない美少女というやつを、妹は地でやってのけていた。


一方、前世の私――小野寺 鈴子はというと……本当に平凡極まりない普通の人間だった。


容姿も勉強も並。運動は並以下。
かといって、これだけは妹に勝っている! というような特技があるわけでもなかった。
クラスでは完全に目立たない存在で、陰日向にいるタイプ。教室の隅の方で、同じ匂いのする女の子とお話をしている時間だけが、唯一の癒しの時間だった。


妹と私は、本当に同じ両親から生まれてきたのかと疑われるくらいに、全ての点において全く似ていなかった。うっかり者の神様が、本来私に与えるべきだった才能を与え忘れて、その代わりに妹に全部あげちゃったのかと本気で悩むくらい、私たちには歴然と格差があった。


これでも、雲の上に君臨しているような妹に対抗心を燃やしていた若い時期もあった。


私なりに、真面目にテスト勉強を頑張ったのだ。
でも、結果は虚しく、クラスメイトと遊び呆けていた妹に惨敗。


私は真面目ではあったけれども、要領は悪い方だったみたいだ。
テストで試験範囲が示されたら、隅々まで読み込んで覚えようと躍起になってしまうタイプ。でも、その熱意に記憶力が伴っていかないから結局全ては覚えきれなくて、その覚えきれなかった部分がここぞとばかりにたくさん試験に出たりする。 要するに、真面目なだけで馬鹿だった。


その点、愛は、本当に要領の良い子だった。


まるで教師の意図が透けて見えているかのように、彼女はポイントをさっと掴み取り、少ない投資時間で最大の効果をあげた。それは多分、彼女が人の気持ちを読み取ることにも長けていたことにも通じているのだと思う。


母と父は、中学に入ってから初めてのテストで良い点をとった愛ばかりを褒めちぎった。
私の方が、努力していたのに。
母と父にとっては、そんなの全然関係なかった。
私は中学二年生になってから初めて受けたテストで、どんなに努力をしても、結果が出せなければ全く意味がないのだということを学んだ。


それからは努力することすらしなくなって、元々あまり良くなかった成績はさらに下降の一途をたどった。


そんなやさぐれた態度で受けた次の期末テストで取った点数は、それはもう酷い有様だった。


私はびくびくしながら家に帰り、お母さんの前で縮こまりながら、そうっと答案を差し出した。


『あらあら……。まぁ、鈴子はあまり勉強していなかったものね』


頭に冷や水を浴びせかけられたようだった。
平均点以下、酷いものだと赤点すれすれのものすらあった私の答案に一瞥をくれた母が、淡々とそう告げた時ほどショックなことはなかった。


叱られたほうが、全然マシだった。
叱ってすら、くれなかった。
私って、怒る価値すらないんだ。


『あははっ。そう、だね……』


胸の中にはどす黒いモノがたまって、もう限界で、嵐のように吹き荒れているのに。現実の弱い私は、ただ乾いた笑いを浮かべていることしかできなかった。


もうすぐ、愛が帰ってくる。


彼女は当たり前のように良い点数を取っているのだろう。
それで、その報告を受けたお母さんは、愛を天使かなにかのように褒め称えて、誇りに思うんだ。
そんなの今までに何度も見てきて、見飽きているくらいだったけれど、その日だけはどうしても、耐えられるきがしなかった。


嘘を吐いてでも、一刻も早くこの空間から逃げ出したかった。


『お母さん。私、遊ぶ約束をしているから、外に行ってくるね。夜ご飯も、友達と食べてくる』
『えっ? 鈴子……?』


戸惑うお母さんの声を聞いても、彼女の顔をまともに見ることすらできなかった。歯を食いしばって、どうにか涙がこぼれないようにするのに、必死だったから。


通学カバンを引っ掴んで、行く宛なんて全然ないのに外に飛び出した。
初夏のじんわりした空気の中を、涙をこぼしながら馬鹿みたいに走った。


息を切らしてたどり着いたのは、近所の小さな公園だった。

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