転生少女は王子様をハッピーエンドに導きたい

久里

第9話 ゲームのプロローグ



庭園の方から回り込んできたシャルロ様は談話室に訪れるや、長い足を組み、優雅に腰を掛けました。ちょうど私が談話室に備え付けられた簡素なキッチンの前に立ち、上機嫌で紅茶の準備を致し終えたところでした。


「それにしても……ネリ、なんだかいつにも増してニヤニヤしていない? 気持ち悪い」


腰かけて足を組ませただけで絵になってしまうシャルロ様が、ジト目で私を見ていました。


彼の言う通り、たしかに私の胸はいつになく浮き立っておりました。
だって明日は、あの、運命の日なのです。
これを、どうして喜ばずにいられましょうか。


私はシャルロ様の前に腰かけると、身を乗り出して元気よく申しました。


「ええ。だって明日は、あのティア=ファーニセス様が王城にやってくる日ですよ!」


ティア=ファーニセス。


ゲーム『ときめき★王国物語』における主人公。


彼女は元々、庶民の出です。『ときめき★王国物語』は、城下街の薬草師として静かに暮らしていた彼女の下に、ある日突然、王城からの使いがやってくるところから始まります。


『ラフネカース城の国王様は、今重い病を患っています。調査させていただいたところ、貴方には以前、国王様と同じ病を治癒した経験があると耳にしました。どうか、貴方様のお力で国王様をお救いくださいませ』


ティアは、十七歳にして既に腕利きの薬草師として城下町に名を馳せていました。


その噂は風に乗り、王城にまで届いていたのです。


国王様が重い病を患ったとなれば、ラフネカース王国中の名高い医師が集まり、あらゆる手を尽くしているということは言うまでもないことです。それでも、彼の病は一向によくなっていないのです。


確かにティアには昔に一度、その病を治した経験がありました。しかし、その時の相手はまだ幼き妹。子供と大人では処方する薬草も変わってくるし、また同じ奇跡を起こせるかどうかも確実ではありません。他の高名な医師でも成し遂げられなかったことを、果たして自分に成し遂げられるのか。彼女は不安に駆られました。


しかも、今度の相手は国王。
失敗は許されません。


『わたしに、そのような大役が務まるでしょうか』
『そこまで重くお考えになる必要はありません。国王様も何もせず待っているよりかは、少しでも希望を持っていたいのです。あなたにできる限りのことをなさってくださればよいのです』


ティアは、心根の優しい子でした。


そして、昔から自然に人一倍興味があり、靴とスカートを泥まみれにして花や草をしげしげと眺め、一日中観察しているような子でした。生まれてきた五歳下の妹の身体が弱ったこともあり、彼女は薬草師を志したのです。


薬草師になったのは、自分の大好きな花や草を、誰かの苦しみを癒すことに使うため。


ティアは使者の顔を見つめ返し、決心しました。
国王様の尊いお命のために働けるのならば、薬草師としての本望ではないか。
恐れずに自分にできる限りのことをやってみよう、と。


目を細めたくなってしまうほどに眩しく、清らかな決意が彼女の心に広がっていきました。一度心を固めた彼女の顔は、もう下を向いていませんでした。


元々彼女には拒否権等あってないようなものでしたが、彼女の考え方一つで、押しつぶされてしまいそうなプレッシャーが、またとない貴重な機会に変わりました。


こうして町の薬草師であるティア=ファーニセスは、ラフネカース城にやってくることになりました。


ここまでが、ゲームのプロローグです。



この世界でも、ゲームをなぞるように、国王様は数年前から重い病を患いました。

日に日に悪くなっていく王様の病に、何人もの医師が立ち向かいましたが、経過をゆるめることはできても、回復に向かうことはありません。病は日に日に王様のお身体をやせ細らせていきました。


そこで数日前にやっとこの世界のティア様にもゲームと同じお声がかかり、明日ようやく彼女を王城にお迎えすることになったという次第です。



前世、脳に焼き付くほどに繰り返したゲームのプロローグにうっとりと浸っていた私を、シャルロ様のグラスに水を注いだような冷んやりした声が呼び戻しました。


「ああ、お父上の病を治しにやってくるという、噂の女薬草師か。胡散臭いことこの上ないけれどね」
「シャルロ様! 冗談でもそんなことを言うものではありませんよ」
「何人もの医師が診てダメだったんだ。城下町の薬草師なんかに、そう簡単に治せるとは思えない」


そう言って目を伏せるシャルロ様のお顔には、憂いが落ちていました。
彼なりに、国王様のことを心配していらっしゃるのです。


しかし、シャルロ様。ご安心なさってくださいませ。
貴方にはまだお話しすることはできませんが、私にはちゃんと分かっているのです。その城下町の薬草師が、とんでもない奇跡を起こすということを。


肩を落としているシャルロ様の前に、そっと白いティーカップを置きました。
注がれたルビー色の紅茶から、苺の甘酸っぱい香りがやさしく立ち昇ってきます。


私は彼の目の前の椅子に腰かけて、彼を安心させるように微笑みかけました。


「大丈夫ですよ。ティア=ファーニセス様は、そこいらの薬草師とは違うのです」


シャルロ様はまたもや目の端を吊り上げ、形の良い唇を尖らせました。


「なんで、何の根拠もなくそんなに自信満々に言えるの? ネリって、ほんっとに能天気だよね」
「えへへ。能天気では、ダメですか?」
「っ……。そうは言ってないでしょ!」


シャルロ様の陶磁器の頬に朱色が差したのを見て、私は内心で拳をかたく握りしめました。


ビバ ツンデレ!


不覚にも、ときめいてしまいました。
あ、ちなみに、シャルロ様に対するこの思いは、エルシオ様に対する思いとは全く別種類のものです。シャルロ様は萌えの対象ではありますが、心臓を捧げて敬愛する対象ではありません。


それにしても、彼の本性を存じている身としては、シャルロ様が世間では誰もを恋に落とす魔性の第二王子等と謳われていることが笑えてきます。浮名を垂れ流し続けるタラシ王子は卒業し、ツンデレ道を究めてもらえたら個人的には喜びます。


そんな、至極くだらないことを考えてニコニコしながら彼を見つめていたら、シャルロ様は私から顔を隠すようにして、ティーカップを手に取りました。


そのまま、紅茶を口に含みます。


見る見るうちに、吊り上っていたまなじりが垂れ下がっていきました。


「……うん。悪くはないんじゃない」


浮かびあがってきた微笑には、先ほどまでルヴィアンヌさんに向けていた魔性の笑みのように華やかな美しさはありませんでしたが、代わりに素朴なやさしさが滲んでいました。

スコーン作りのために庭園で摘んできた苺の余りで特製の紅茶を作りました。
取り寄せたニルギリの茶葉に、スライスした苺を加えてホットティーにしたものです。ゲームでは、病に臥したシャルロにティアがこの紅茶を作ってさしあげたことで、二人の距離が縮まり始めます。


「特製ストロベリーティーです! 気に入っていただけたようで何よりです。是非、スコーンも一緒に召し上がってくださいませ」


いそいそと、作ったスコーンを載せたお皿を彼に差し出しました。焼き立てほやほやではなくなってしまったかもしれませんが、今ならばまだほんのりとあたたかいはずです。


シャルロ様が、白魚の指で優雅にスコーンをつまみ、苺のジャムを掬い取ってつけ口に運ぶ。そんな何気ない仕草ですら気品が漂っていて、どんなにちゃらちゃらしていてもやはり王子様なのだなと感心させられます。


エルシオ様はああ見えて砂糖中毒一歩手前くらいまで来ているけれども、それに比べてシャルロ様はさっぱりした味がお好きでいらっしゃる。そう思って、素朴なスコーンとそれほど砂糖を入れずに作った酸味が強めな苺のジャムにしたのです。

もぐもぐとじっくり手製のスコーンを咀嚼するシャルロ様を、ドキドキしながら眺めました。


喜んでいただけるだろうか……?


彼は、咀嚼し終えると、何かを考え込むように瞳を伏せました。その長い睫毛には艶があります。


突然訪れた居心地の悪い沈黙に、動揺しました。


超一級品の料理を当たり前のものとして口にするシャルロ様のお口にはあわなかったでしょうか。でも、手製の菓子をこのように振る舞ったのは初めてのことではありませんし、いつも、なんだかんだ文句を言いながらも全部食べてくださっていたのだけれども……。

って、そういえばついうっかり、味見をしそこねた!! 何という失態!


砂糖と塩を取り違えるというような古典的なミスを絶対に犯していないとも限らない。ドジっ子属性はないつもりだけれども、人間である以上ミスという宿命からは逃れられないのだ。


となると、もしかすると、一国の王子様であられる彼にとんでもない代物を食べさせてしまったかもしれない……。


あまりにも彼が黙りこくったままなのでどんどん心細くなってきた私は、思わず自分の方から口火を切ってしまいました。


「あの。お口に、あわなかったでしょうか……?」
「ううん。ただ……不思議なんだ」
「えっ?」
「ネリは昔から、悔しくなるくらいに、僕の好みをよく分かってる。……一度も、僕の好物の話なんてしたことはなかったのに」


ぽつりと漏れた一言に、驚いて心臓が飛び跳ねました。
動揺を悟られまいと、私は慌てて茶化すように言ったのでした。


「だとするならば、やっと十二年越し私のシャルロ様への愛が伝わったようですね」
「……よく言うよ。微塵もそんなこと思ってないくせに」


シャルロ様は投げやりに仰ると、どこか自嘲気味に笑ったのでした。


彼がヴァイオリンの稽古に出かけていくころまで、未だに鼓動はいつもよりも速まっていて、落ち着きそうにありませんでした。

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