悪役令嬢に成り代わったので奮闘しました。だからって貴公子と呼ばれるとは思わなかったんです

工藤麻美

停滞


「エドガー・キャンベルです。よろしくお願いします。」

物凄く暗い表情で名前だけ告げた彼はふいっと顔を逸らした。父も痛ましげに彼を見ている。服で隠れてはいるが少し動いた時に見える腕。そこには赤黒い痣があった。

一体どんな風に育てられてきたのだろう。ゲームだからと他人事の様に思っている場合ではなかった。

「私はクリストファー。君の兄になる者だ。よろしくね、エドガー。」

彼の目線に合わせ、少しだけ腰を折る。強制的に目を合わせられた彼はひっと小さく喉を鳴らした。ごめん、怖がらせたね。

「エドガー、今日は疲れただろう。もう休みなさい。クリス、部屋の案内を頼めるか?」

「畏まりました。」

父に言われ、彼の手を取り退出する。手を取った時にも悲鳴を上げられた。なんというか、人に慣れていない子ヤギの相手をしている気分にさせられる。

「明日からはしばらく、私も君と共に生活をするから。屋敷で何か分からない事があれば私にでも使用人にでも構わないから聞くと良い。皆、快く答えてくれる。」

「も、申し訳ございません。」

何も悪くないのに謝られた。これも彼を取り巻く環境の所為かな。

「うぇっ!?」

なんて言葉をかければ良いのかも分からず、頭を撫でた。すると虚を突かれたのか勢いよく顔を上げるエドガー。キャンベル家の血を表す紫色の瞳は目尻が下がっていて私とは全く違う印象を受ける。‥‥可愛い。

「さぁ、ここが君の部屋だ。好きに使ってくれ。じゃあね、エドガー。」

「は、はいっ‥‥。」

最後にもう一度頭を撫でて、彼の部屋から踵を返す。柱の陰になったところにルドルフが立っていた。

「?‥‥どうかしたのか。」

「いえ、私はクリス様の護衛でもありますから。一応、目の届くところには居ます。」

「そんな、ここは屋敷の中だろうに。」

「そういう問題では御座いません。どうかご理解下さい。」

別に私は構わないが。

明日はエドガーに屋敷の案内をしなくてはならないな。使用人に頼んでも構わないのかもしれないけれど、自分でやるべきだと思う。

翌日、私はエドガーを屋敷のあちこちに連れ回していた。

エドガーは基本的に俯いていて、事務的な会話しかしない。私に怯えている節もあると思う。

昨日の夜に、エドガーが屋敷に来た事を手紙に書いてルカに送った。きっとルカは喜んで会ってくれると思うけど、当の本人がこれじゃあ打ち解けるのは難しい。

私のこともクリストファー様としか呼ばないし、父上のこともキャンベル公爵と呼ぶ。養子となったのだから、それらしい呼び方で構わない、と思う。しかし貴族の中には養子の類を嫌う輩もいる。成り上がりと称されることもあるのだという。

やはり、前の世界の様に気軽なものではない。しかも養子という存在は、前の世界でも身近なものではなかったから余計に厳しいのだろう。

「こちらが庭園だ。この季節はやらないが、春になれば花が咲いて茶会などの会場にもなる。家族だけで楽しむことも多いし、料理人たちが作った茶菓子も出る。その時は一緒に遊ぼう。」

「恐縮です。」

子供が食いつく様な話題を出しても冷たく返される。焦ってはいけないのは分かってるけれど、こうも反応が無いと不安にもなる。

どうしたものか。

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コメント

  • へのへのもへみ

    一人一人に個性があって皆大好きです!
    主人公がいい子すぎる(TT)
    書籍化したら絶対買います!

    6
  • ノベルバユーザー101115

    楽しく読ませてもらっています!!

    6
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