屋上の扉

ルーロー

屋上の扉

ぼくは屋上が好きだ。
街が見える。自分の家が見える。普段は見えない場所だってここからなら見えるんだ。
吹き付ける風がぼくの髪を服を揺らす。気持ちいいなぁ……なんて。本当はここにいちゃいけないんだ。先生に怒られてしまう。
ぼくは高校生だ。田舎の中でも都会の方の高校で…って分かりづらいか。それほど田舎じゃない田舎ってこと。ぼくはそこにある高校の1年生。ぼくの高校、なんでか知らないけど屋上立ち入り禁止なんだ。こんなにいいところなのになぁっていつも思ってる。漫画とかの影響で学校の屋上に憧れてたんだ。入学してから友達と抜け道を見つけた。まぁ今だと来るのは僕くらいなんだけどね。…あ、もう1人いるか。手すりに背をもたせて本を読む彼女。話したことないんだけど、同学年の千鶴ちづるさんっていうんだ。苗字は……なんだっけ。白川…いや白谷…うーん、忘れた。ごめんね、千鶴さん。彼女はいつもぼくの後に屋上に来て、本を読んだり勉強したりしてる。勉強っていっても、書いたりとかはできないみたいだけどね。この時期は風が強いから本を読んでる日が多いかな。

街を眺めながらぼくはおもむろに腕時計を見る。
「あと…10分か。」
ぼくはいつも‪4時限目が終わった後の昼休みに来るんだ。そして5時限目が始まる5分前の予鈴で教室に戻るのがぼくの日課。これといってすることもないし、1人で弁当食べて後は自分の住む街を眺めてる。別に新しい発見とかはないんだけどいろいろ考えるんだ。商店街が楽しそうとか泣いてる赤ん坊がいるなとか、ぼんやりとだけど。

予鈴がきこえる。よし、戻るか。ぼくは来た道を戻る。千鶴さんは…ってもういない。いつもぼくがぼんやりしてるうちに戻っちゃうんだ。
ぼくが教室に戻るとみんなはまだ騒いでいた。いつものことだけどね。‪5時‬限目は数学か。ぼくはリュックの中を覗き込む。やばい、数学Iしかない。今日は火曜日。数学Aの日だ。しょうがないから人に見せてもらうしかない。最近忘れ物してなかったんだけどな。そんなことを思いながら隣に声をかける。
「修辞、教科書みせてくれ。忘れた。」
とぼくのとなりにいる彼、館本修辞たてもとしゅうじに声をかける。修辞は滅多に忘れ物をしないんだ。ぼくとの関係はまぁ親友だろう。こいつとは小学校からの付き合い。ちょうどぼくが3年生のときに転校してきた。ちなみに家も近い。
「あ?別に良いけど、お前が忘れるとか珍しいな。なんかあったのか。」
と言われながら自分の机を修辞の机にくっつけた。
「いや、特に。今日数Aだろ?うっかり数I持ってきちゃってさ。さんきゅ。」
とぼくは返す。
「ふーん。そうか。」
修辞はぼくの顔をじっと見ていたが、ほんとになんもなかったんだなと納得して授業の予習を始めた。その様子を見て、
「今からやっても遅いだろ。」
とぼくは声をかけた。
「いいんだ!やったかやってないかが重要だろ!少しでも見ればやったことになんだろ。違うか?」
ぼくに指を突きつけてこんなことを言う。ぼくはさすがに飽きれた。修辞は満足気に笑いながらまたノートに向かう。ま、これがこいつのいいところなのかな。なんでも前向きに考えられるところ。ちなみにこいつ予習忘れてきてるけど、これでも学年で10本の指に入る優等生だ。普段の生活からは分かりづらいけどな。

《がらら…》先生が来た。
「起立。礼!」
『お願いします』
号令をかけたのは委員長の東海林心しょうじこころだ。眼鏡をかけた黒髪の彼女はこのクラスの中で頭がいい方だ。先日の実力テストは学年で4位だったかな。ぼくは37位。まぁ学年全体で250人以上いるし、ぼくも悪い方ではないと思う。ただ、心や修辞は別格だ。敵う気がしない。あ、心も幼馴染なんだ。あいつとは赤ん坊の頃からの付き合い。産まれた病院も同じ、家も隣だ。親同士も仲が良い。まぁ、そういうこともあってぼくと心はいつも一緒。クラスも離れたことないし。兄妹みたいな感じかな。言うまでもなく心が姉だろう。でも高校生になってからはそんなに一緒にいないかな。

授業が進み黒板に書かれる数式を書き写していく。数学は発表もさせられないし正直言って退屈だ。嫌いじゃない、というかむしろ数学は好きだ。ただ何もすることがなくて退屈なんだ。ぼくは窓の外に並ぶ木々を眺めながら先生の話を聞き流した。

授業の終わりを知らせる予鈴が鳴る。
「ありがとな。」
修辞に礼を言って机を元の位置に戻す。
「次は…化学か。」
なんて独り言を言いながら教科書を取りにロッカーへ向かおうとすると修辞が
和弥かずやー、化学自習だろ。」
と教えてくれた。そういえば朝言ってたなとぼくは思い出す。化学はうちのクラスの担任の教科だ。午後から出張と言っていた気がする。自習監督もいないって言ってたな。それでいいのか先生たち。まぁいいか。とりあえずこのクラスはうるさくなる予感がする、というかうるさくなる、確実に。
「修辞、自習監督いないよな。‪6時‬限目は屋上にいるわ。」
と修辞に言う。わかったーと修辞のくぐもった声がきこえる。寝ようとしているらしい。相変わらずのマイペースだ。そう思いながら屋上へ向かう。屋上の扉を開けると
「うわっ!?」
扉の横に彼女がいた。ひどく驚いた顔をしている。
「どうしたの?千鶴さん。」
「え、あ、その、誰も来ないと思ってたからびっくりしちゃった。」
あ、そっか。普通来ないよな。1人でいるところを邪魔しちゃったかな。
「あ、えっと、じゃあ教室戻るよ!ごめん、1人でゆっくり読書したいよね。」
教室に戻ろうとすると、
「ううん、大丈夫だよ。川上くんも次が自習だから来たんでしょ?」
「まぁ、うん。そうだけど。」
「なら、いればいいよ。いて邪魔とかじゃないし、いつも勝手にお邪魔してるの私の方だから。」
昼休みの屋上をぼくの部屋かなにかみたいに思ってたのだろうか。そんな雰囲気出してた覚えはないんだけどなぁ。
「うーん、じゃあお言葉に甘えて。」
ぼくはいつもの場所に向かおうとした。そしたら、
「ねぇ、少し話さない?今まで話したことなかったし、良い機会だよ。こっち来て?」
って彼女に引き止められた。少し考えた後にそれもいいかなと思い、彼女の横に腰を下ろす。
「あ、じゃあ自己紹介から…。白浪千鶴しらなみちづると言います。」
そうだ、白浪だ。言われて思い出した。
「えっと、川上和弥かわかみかずやです。」
おずおずと名前を伝える。一応同じクラスなんだけどね。千鶴さん、教室だと話さないというか、だいたい1人で読書するか勉強している。屋上とたいして変わらないんだよなぁ。あ、寝てる時もあるかな。ちなみに成績は学年トップだ。入学して既に2回ほど定期テストをしたけど、廊下に張り出される上位20名の順位表の1番上には必ず白浪千鶴と書かれていた。
そして千鶴さんは自己紹介を続ける。
「9月12日生まれのおとめ座。16歳。13歳と10歳の弟がいます。趣味は読書。好きな食べ物は柑橘類。嫌いな食べ物はピーマンです。」
弟いるんだ、知らなかったなぁ。そりゃそうか、話したことないんだからな。
「1月14日生まれのやぎ座。15歳。7歳の妹がいます。趣味は…ここから街を眺めること。好きな食べ物はチョコレートかな。嫌いな食べ物はセロリです。」
普通ここまで話すものだろうか?なんて思っていると、
「ふふっ、セロリ嫌いなんですね。たしかにその気持ちは分かるかも。」
「どうしても食べられなくてね…。」
ほんと不甲斐ない…。千鶴さんも目の前でなんかニコニコしてるし。
「千鶴さんだってピーマン食べられないんだから、ぼくにも食べられないものがあったっていいでしょう。」
「そうだね、和弥くんにも食べられないものくらいあるよね。」
「……え?」
「はい?」
いや、はい?じゃない。今、和弥って、名前!?え、誰の?俺の?? パニックダヨ。
「どうかしました?」
「いや、えーと、名前…。」
「この呼び方嫌でしたか?下の名前で呼んだ方が距離を感じないかなぁ、と。」
「あ、うーん、そっか。ごめんごめん、突然で少し驚いただけ。その呼び方で大丈夫だよ。」
「そうですか。あ、それなら私のことは千鶴と呼んでください。さすがに『千鶴ちゃん』は難しいですから。でも、千鶴『さん』なんて。同学年、それも同じクラスですよ。傷ついちゃいます、なーんて。」
千鶴は平然と返してくる。
「はいはい、分かったよ千鶴。」
「……慣れませんね。」
あ、意外に弱かった。今日初めて話したんだからそれは当たり前だろう。そう思ってぼくは少し笑う。
それにつられて千鶴も笑顔になる。そうやって2人で話していたら授業の終わりを告げる予鈴が鳴った。
「戻るか。」
「そうですね。」
扉を開けて一緒に教室に戻る。2人で戻るのはなんか不思議だった。今までは来る時も戻る時も別々だったから。
教室に戻ってクラスメイトは帰りの掃除を始める。ぼくは今日、当番じゃない。ぼくが帰る準備をしていると修辞がこっちにやってきて、
「和弥、わり。掃除の代わり頼まれちゃったんだ。でも今日部活のミーティングなんだよ。代わりの代わり頼むわ。」
と笑いながら言ってきた。
「おう、わかった。にしても、なんで引き受けたかなぁ。まぁ、いいや。掃除終わったら教室で待ってるよ。」
と伝えた。別に断る理由もないし、修辞のミーティングが終わるまで暇だからむしろちょうど良かった。箒をもってゴミをはきながら、千鶴も当番じゃ…と辺りを見る。見つけた。千鶴は机を運ぶ準備をしているみたいで、机に手をかけている。大体はきおわった後でぼくたちは机を運び始めた。
「よし、終わった。」
掃除は終わったが修辞が戻ってこない。待っていよう。そう思って教室の中に戻ると千鶴が1人でまた読書をしていた。
「千鶴、また読書してんのか。ほんと好きだな。」
と声をかけると、
「あ、和弥。今日掃除当番じゃないはずなのに手伝ってくれてたよね。ありがとう。優しいね。」
千鶴が返す。少し照れくさくて
「別に。ちょっと頼まれただけだよ。」
とぶっきらぼうに返してみた。千鶴の顔は見れなかったけど。
「ち、千鶴は何の本読んでんだ?」
これが精一杯の照れ隠しだった。
「あ、えっとね…」
「和弥ー、ミーティング終わったから帰るぞー。」
と廊下から修辞の声がきこえた。
「あ、やべ。千鶴、ごめん、今日はこれで帰る。また今度聞かせてくれ。」
と言って教室を出る。廊下に修辞が待っていた。
「ほら、行くぞ。」
「はいはい。…あ、ごめん、ちょっと先行ってて。忘れ物した。」
「ん?おお、りょーかい。」
修辞を先に行かせて教室に戻る。
「千鶴ー、また明日な。うーんと、また屋上で。」
千鶴は少しの間ぽかんとした表情だったけど、
「うん!また明日。」
すぐに笑顔で返してくれた。

修辞に追いつこうと自然と早足になる。帰路につくぼくの鼓動はいつもよりも少しだけ、ほんの少しだけ速くて、そして力強かった。

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