天才と秀才と馬鹿の話 (画像はイメージです)
第25話 秀才VS神の子
  私は歩む。
  今までも、そしてきっとこれからも。
  私は歩む。
  これからも、きっとその先も。
  私は歩んだ。
  双子と科学者を連れて。
  私は歩みを止めた。
  これ以上行くと深い闇に心が蝕まれるからだ。
 
  私は走る。
  元いた光を目指して。
  私は気付く。
  私の居るべき場所がある事を。
  私は止まる。
  私を迎えてくれる家があるから。
  私は気付く。
  そこに光なんて無かったことを──。
  私は歩む。
  更なる深淵へと。
  私は歩む。
  
  私は歩む。
  歩けば、すれ違う。
  すれ違った彼に寄り添いながら。
  私は歩ませた。
  私は臆病者だ。
  私は弱者だ。
  私は結局、何なんだろうか。
  彼は、形をくれた──
  
  私は歩む。
  更なる深淵に足を踏み入れようとも。
  皆が助かる道ならば、それでいいのだ。
  皆が笑える明日が来るなら、それで──。
  「.....お前は、ただの人間だったはずだろ」
  「あぁ、ほんの数分前まで」
  ハルキは暗い笑みをこぼした。そこにあったのは自虐と歓喜と、ただの慢心のみ。
  「もう俺は人を卒業してんだよ、魔術師.....いわば悪魔だな」
【ハルキ.....君はやはり──】
  バルクアの声に耳を傾けず、ハルキは双子に対峙する。
  「えーっと.....どうして?」
  「バルクアさんと同じような魔力量を感じるんだ.....?」
  「俺が、ようやく俺になったからだよ」
  二人の感嘆と恐怖の声を遮ったその言葉は双子の思考を確信へと変えた。
  「おい、一つ聞きたい事がある」
  アダムが一番に硬直から抜け出し、ハルキに問う。
  「──お前の父の名はなんだ」
 
  何故そんな事を問うのか、ハルキには検討もつかなかった。しかし、彼にとってそれはただの情報であり、提供しても構わないと思ってしまった。
  故に、彼は後ほど後悔することになる。
  「西ノ一、忌まわしい俺の父だ」
  刹那、激しい殺気がその場全体を覆う。
  それは何の偽りもない、純粋な殺気。
  「一......あの聖戦の──」
  「やっぱりそうだった.....まさかこんな所で血縁と出会うなんてね」
  双子に先程までの恐怖はもう無い。もう彼らは、目の前にいる敵を殺すことのみに没頭しているただの二対の死神である。
  立場が逆転し、ハルキはその激しい憎悪を含んだ殺意に圧することとなった。
  「──なんのことか分からんが、家の父が昔やらかしたのか」
  一瞬、ハルキの心が殺意に負けたが、それは文字通り一瞬に過ぎなかった。勝ったのは、父の本当の姿への探求。
  「勝ったら、教えてあげる」
  「勝ったら、だけどね」
  双子は薄く笑みを浮かべて手を取り合い、その場でステップを踏み出した。
  「「廻ろう、廻ろう、廻ってしまおう
世界は黙って止まっとけ──!!!」」
  大地が震える。流動が止まり、働いていたエネルギーがその場で圧縮され、放出される。
  故に、至極当たり前のように熱風が、続いて溶岩があらゆる地表から噴き出した。
  「「踊れ、我等が王なりて、堕した者へと火を穿て」」
  ハルキは不規則に噴き出す溶岩を恐ろしいスピードで避けるが、双子は狙いを定めて熱を自由に操り始めた。
  もはや避ける場など何処にもない。赤に包まれハルキの身は見えなくなった。
  だがそれも数秒の話。風船が割れ、外膜が破裂するように飛び散る赤、その中央にハルキが何食わぬ顔で立っていた。
  「えーと、終わり?」
  苦笑しながらそう言って、頬をかく。そんなハルキの姿を見て、双子は心から賞賛した。
  「......似てるなぁ、全く」
  「アイツの顔がチラつくんだよ──これも計算済みだってか、一!!」
  その言葉はハルキに深く刺さり、怒りを沸騰させた。
  「誰が、あんなクソ親父と似てるって?」
  自分で自覚はしたものの、やはり認めたくはないらしい。
  「黒き龍の息吹──!!」
  「「神秘なる光の壁よ」」
  元は重魔法である魔法を無詠唱で小さく、極力早く飛ぶよう調整、それを瞬時に飛ばすハルキの魔力コントロールに適う者は数える程しかいないだろう。
  そんな不意打ちの一撃を、同じく属性詠唱無しで即座に唱え防いだ双子の力の方が一枚上手だった。
  「うっそだろ......今の防ぐのかよ」
  「甘い甘い♪」
  「次はこっちのターン──!」
  前方からとてつもない速さで繰り出される拳を、ハルキは流石の反応で受け止め、あらかじめ詠唱していた魔法を解放する。
  「──らァ!!」
  その魔法は風羽十六型、追風。加速魔法であるそれに合わせて、ハルキはありったけの力で後方へとアダムの身体を投げる。
  そこで気付いたのはイヴの姿が見当たらないことだ。不意に上を見上げると、丁度頭上に降ってきた。この時の一蹴をハルキは避けれなかった。
  「なになに?気抜いちゃった?」
  「うるせぇ!お前、そう、お前」
  蹴られた頬を抑えながらハルキはその傷を付けた張本人に指を指した。
  「女子だろ!?お前の、その......下腹部が丸見えなんだよ馬鹿野郎!!!」
  赤面しながら言うハルキは、まるで女子が更衣中の部屋に間違って入ってしまった男子中学生のようで、先程までの殺気は全て恥じらいに変わってしまった。
  「え、これ?」
  「──!!!?!?!!?!???」
  しかしそんなハルキを差し置いて、なんの気もなくそのワンピースのような衣服の膝下、一番下の布をイヴはペラっと捲る。
  「おまっ、ちょっ──」
  「後方注意」
  「──ぐべぇ!!?」
  目を逸らした瞬間に後ろから殴られる。先ほどハルキが遠くへ飛ばしたはずのアダムが普通に帰ってきて普通に殴っただけの話である。
  「お前ら......ちゃんとやろうや!?さっきまでいい感じの空気やったやん!!そう思わんの!?」
  「これって俺らに言ってんのかな?」
  「読者さん達に言ってるんじゃない?」
  「「しかもなんか方言変わってるし」」
...............................................................。
  「とにかくだ!このオフショットみたいなの辞めてちゃんとやるぞ!!..........やるからその服どうにかして」
  申し訳なさそうに目を隠して懇願するハルキ。その思考が理解できるアダムは自分の纏っていた布を、頭を抱えて渡した。イヴは服の内側にある花園を覆うように布を巻いたが、その間頭上には常に?が浮かんでいた。
  
  巻き起こる旋風。地を溶かす爆風。
  天変地異のような戦いに、だがお互い一歩も引かずに魔法を繰り出していた。
  「.........強いなぁ」
  「埒が明かない、あんまりこういう手段は使いたく無かったけど──」
  アダムはそう言うと、突如ハルキに背を向け飛んでいった。
  「何処へ──」
  駆け出しかけた身体をだが無理矢理止める。
  「兄さんの邪魔はさせないよ」
  「教えろ、アイツは何をするつもりだ?」
  
  「私に勝てたら、ね♡」
  言うや否や、弓を構え放つイヴ。その動作は一切の無駄が無く、ハルキの反応はやや遅かった。
  「ッ──!?」
  肩に掠った矢。ほんの少しの切り傷は、だが止まることを知らない。延々と流れ出る血、何もしなくとも広がり続ける切り口。
  「...可愛い顔して悪趣味なの使ってるな」
 
  「イヴにとってそれはただの褒め言葉だよ」
  不意にアダムの声がした。しかしハルキの視界にはその姿は見えない。
  「じゃ、避けるなら頑張って避けてね」
  「何を──」
  確かにこの時、アダムの姿は何処にもなかった。そのはずだった。
──背後から刃を付けつけられるまでは。
  「ほらほら、自慢のスピードで避けてみなよっ!」
  いたはずの場所にいない。
  いないはずの場所にいる。
  「陰陽 四型 創造....もう君は、僕の空間の中さ。更にィ──」
  「えいっ」
  何処からともなく、ハルキの命を刈り取ろうと矢が飛び交う。
  「特上の弓矢付きで今ならなんと3980円でご提供っ!」
──逃げられない。避けきれない。
  このままこの空間内でなぶり殺される、本気でハルキはそう思った。
  「──あんだけカッコつけてバルクアとバトンタッチしたのに........情ねぇな」
  「ほぉら、死んじゃえっ!!」
  共に戦った仲間達にさよならを告げようとしたその時。
  「──させないッ!!!」
  視界が急に暗転し、キンッ!と矢が弾かれる音がした。
  これは........岩?
  「誰!?」
  「んっんー、ちょっと退散させてくれよ」
  今度はその岩ごと囲うように水の球体がハルキを包み、異空間から脱出する。
  「ま、待てっ!」
  「誰が待つかよ」
  「返してもらうよん☆」
  アダムは悔しげに言葉を吐く。
  「くそっ、油断してた....」
  「創造解除して追いかけれないの?」
  「これ、一度発動したら時間立つまで消えてくれないんだよなぁ.....ほんとは誰も出られないし」
  すると今度は、悔しさよりも悲しさが勝ったらしい。
  「僕の創造ダメダメだ......はぁ」
  「げ、元気だしてよ兄さん!」
  「にしてもマジで何者なんだろ、ここから抜け出せるとか魔力量半端ないんじゃ.....」
  「ハルキ、大丈夫か!」
  「無事で良かったよ......」
  外から見ると、白い球体のように見える空間から、眩い光と共に抜け出した。いや、引っ張られたという方が正しい。目を開けるとそこにはあの二人がいた。
  「──ミサキ、シンゴ.....?」
  その姿は何故か少し大人びて見えて。
  更にその隣に別の三人の影が。
【特に臓器、神経ともに以上は無し.....ただ外傷が酷いな、アリサさん】
  「はいはい、眷属様は人使いが荒いのお。ま、わしに任せとけ」
  内二人は知っている人物だった。バルクアにアリサ、だがもう一人は──
【ねぇシンゴ、また新しいヤツ?どうなの強いの?】
  全身に蒼の鎧を纏っている可憐な少女だった。見た目でいえば十代後半程度だろうか。
   鎧には薔薇の紋章が彫られており、長く金色に輝く神は後頭部でまとまり、綺麗な弧を描いて腰までかかっている。
  彼女はシンゴの服を掴み、後ろからこちらを観察するように見ていた。まるでまだ少し警戒しているネコのような様子だった。
【シンゴ、シンゴ、戦っていい?】
  「それだと勘違いしちゃう人がいるからやめろって、ノア」
  「シンゴ、その子は──」
  「そうなんだよハルキ、シンゴの娘さn」
  「それこそ誤解を生むだろッ!?」
【ねーシンゴ、じゃあ戦ること自体はいいんだよね、ね!?】
  「ヤらせてやるがよい、娘さんも欲求不満なんじゃろ」
  「ほぉら勘違いしてる人がここに一人!」
【.....私はシャイなものでね、この手の話は別の機会にしてくれないか.......】
  わーぎゃーわーぎゃー騒ぎ始めた皆を見て、呆れると共に安心した。
  騒ぎにも一息ついたところで、俺は聞き直した。
  「結局その子は誰なんだ....?」
  するとシンゴとノアは視線を合わせ、お互いに頷いた。
 
  「彼女はノア、俺に宿ってる眷属だよ」
【水の属性眷属って言ってよ】
  そんな気はしていた、という心とは裏腹に本当にそうだったのかと驚きを隠せずにいた。
  「やっぱりシンゴも.....ってなるとミサキも宿ってるんじゃ──」
  「残念ながらないんだよねぇ...まあでも、眷属がいなくてもこんな事も出来るんだよ?」
  そう言ってミサキは地に手を伸ばす。
  「──その地は偉大也。その地は傲慢也。故にその地は生命を護りし神と成りうる地。
  私は懇願する。神の地の力を、魂をここに現したり。器は私が創り出そう」
  大きな岩が、地表から姿を現し、だんだんとある形を模していく。
  「大地 三十型 神魂の岩傀儡
  それはまるで、神の偶像のような。
  神々しくも一押しすれば崩れてしまいそうに儚い一瞬の夢のような。
  ──女神が、玉座につくように舞い降りたのだ。
  「──すっげ....」
  思わず感嘆の声を漏らしてしまう。それほど圧巻な、美しいゴーレムだった。
  「.......来るよ、シンゴ!」
  「よっしゃあ!ノア、行くぞ!」
【シンゴの命令ならやるわ、魔素よ】
  球体から飛び出してきたのは幾多の弓矢。
  「アレに当たるな、血が止まらなくなる!」
【.....シンゴ、貴方の友達は仲間思いね】
  「いい友であり仲間だよ。二人目の弟みたいだ.....あ、はじめの六本くらいだけ防いで」
  「ガイアさんお願い!」
  「舞い上がれ、炎の玉」
  女神の手が伸びれば、周囲のありとあらゆる自然が矢を葬り、アリサの炎で数本が灰と化した。
  「おお....めっちゃ減らしてくれたじゃん」
【準備も充分すぎるくらいね】
  振り返ると、シンゴが水で出来たそれを構えていた。
【まだ、まだよ、もっと集まっ──打てー!!!!】
  「急すぎるだろーがッ!!」
  そう言いつつも流石の反応速度で即座に放つ。
  「弓矢には弓矢で対抗してやるよ──!!」
  水で作られた巨大な弓を構え、同じく巨大な矢を放ったのだ。
  矢は空中で分解。分散した水滴が、一つ一つの小さな矢となり雨となる。
  結果、全ての敵の矢を撃ち落とした。
【凄いな、私が出る幕が一つもない】
  バルクアがふとそんな事を呟いた。
  その手にはしっかりと杖が構えられていた。ピンチになれば助けるつもりだったのだろう。
  「どんなもんだ?」
【うーん、もっと綺麗に分散出来たはずよ。今のは十点ね】
  「低くないか!?」
【前が三点だったから上達したでしょ】
  「ガイアさんわざわざありがとねー!」
  ──コクリ
  「あぁ、もう消えちゃった...」
  「ご苦労じゃったの、散って良いぞ」
  火の玉達は溶けるように消えていった。
  「──アリサはともかくお前ら、何処でそんなのを覚えたんだ?」
  ハルキが一番気になっていた疑問をぶつけた。すると彼らは嬉しいような寂しいような表情をした。
  「──ブエルだよ。鏡の悪魔、アイツの仕業さ」
  ブエルはタケルを鏡の世界へ送った後、遠隔的に別世界をもう一つ作り、そこに二人と一緒にいた数人の悪魔達を送り込んだ。
  そこも時の属性眷属であるスクルドとの契約による加護を受け、時が止まった状態で悪魔達とエンドレス修行を受けていたのだ。
  「で、俺はノアを顕現させることができて」
  「私はアガレスさんっていう超強い悪魔さんに、色々教えてもらったんだよ」
  時が動き出す前に空間から出る。その時、タケル達と同タイミングで出てきてしまい、片方にしか加護がかからなくなったのだ。それ故に二人と悪魔達は時が動き出すまで身動きが取れなかったのだ。
【......元を辿れば悪魔達も皆、何かしらの生物だったんだが、ブエルは生前、自分を犠牲にして他人を守る性格を持ったディーラーだった。彼の魔力量といえど、流石に無理をし過ぎた、もう命は失われているだろう──】
  バルクアは、序列一位バアルとして彼の事を一つ一つ、丁寧に思い返すように語った。
【──私は、彼ならばと思い、個人の判断で彼を悪魔へと転生させた。堅実で、だがいい加減な彼が、最後にしたことを忘れないでほしい。彼の命の灯火を燃やし続けた蝋燭を、心に置いておいてほしい】
  ハットを胸へ押し付けながら、バアルは願うようにそう言った。
  願いに対する返答など、誰もしなかった。
【........ありがとう】
──ただ、それだけで良かった。
【──情けないところを見せたね。
もう出ておいで、アダムとイヴ】
  「感傷に浸らせないほど、僕らは落ちぶれてないよ」
  「むしろバルクアさんが満足するまで、私たちは待ち続けるよ」
  球体が消え、二人が姿を現した。
  「...やっぱりアイツ──」
  ハルキがそんな声を漏らすと同時に、彼等はその後ろにいた人物達に目を向けた。
  「人間が二人、もう一人の人間は──魔女王アリサ・フォーラスか」
  「更には水の属性眷属、『槍王ノア』に加えバルクアさんもいると」
  二人は悩んだ。
  「勝ち筋が全く見当たらねぇな」
  「逃げ、かな?」
  「それが懸命な判断だ」
  「でもでも、でもって言うんでしょ?」
  「よく分かってるな、流石俺の妹」
  「兄さんになら、地獄の果てまでついて行くよ」
  「んじゃ付き合ってくれ」
  「言うと思った、やったげる──」
──しかし二人の心の奥には、はじめから答えは一つしかなかった。
  皆が臨戦態勢に入ろうとした、その時。
  「──バルクア、アリサさん。幻術ってできる?」
  不意にそんな事を言い放ったのはハルキだった。
  「あ、あぁ、出来るが...」
  「ミサキ、シンゴは左右に別れて援護お願いできるかな?」
  返答を受けるや否や、ハルキは後ろの二人にも別の指令をだした。
【私はシンゴについて行くわね】
  「でも何で急にそんな事?」
  ミサキが皆の疑問を問いてくれた。
  ハルキはそれに、固い表情で答える。
  「あの子の正体が分かった」
  
  「ようやく出てきた」
  「あれ、他のみんなは?」
  ハルキが単身で自分達の前に立ったことに違和感を感じた二人。しかし他の者の位置は既にバレているようだった。
  「他の皆は援護中心だ。お前らには、基本二対一で捌けると思ったからだよ」
  煽り口調で朗らかに笑いかけるハルキ。目だけは笑っていなかった。
  「ところでさ、二人共いい兄妹持ったよね。優しい兄、優しい妹。正に理想の形だ」
  「──何が言いたいの?」
  「いや、終わらせるのが勿体ないくらい、二人が輝いてたからさ」
  「終わるのはどっちでしょうか──?」
  言うや否や、アダムは既にハルキの目の前まで来て、拳を構えていた。
  放たれる一撃は風を切り大地を裂き、ハルキの身体を真っ二つにした。
──背後に気配を感じるまでは。
  「嘘だ...ろッ!」
  今度は四方八方に拳圧を飛ばす。同様に全てを切り裂いたが、ハルキは一向に増えるばかりである。
  「──幻術かぁ、久々に見たなぁ」
  うーむ、とイヴは悩む。
  「でも、なんでこんなに回りくどいことするんだろ?」
  そうだ、その通りだ。アダムも感じていた違和感。
  あれだけの戦力差。正直数人殺す程度で終わると思っていた。要するに数の暴力で袋叩きにされると思っていたのだ。
  しかしそれをせずに幻術と合わせた単騎突撃。向こうにはデメリットしかないはず──
──霧、雨、幻術──
  「......?」
  何か思い出しそうなアダムの脳は、だがすぐに目の前の光景に釘付けになった。
  ハルキの身体から、可視化出来る程の凄まじい魔力が溢れ出す。これが本体なのだろう。
  重心を低く保ち、右手を伸ばし左手を引く。まるで剣先を敵へ向け、構える侍の様に。
  ハルキの本体を認識し、殺意を抱くまでの時間がかかりすぎた。もう、遅い。
  「飲み込め、化身驪竜」
  引いた左手から黒い靄が発生し、たちまちハルキの姿は見えなくなる。それどころか、その靄は戦場一帯を囲んだ。
  見えたのは、不気味に一瞬光った赤い目だけだった。
  自己防衛ではなく、妹の命を最優先にしようと、アダムは妹の方へ駆けようとした。
  しかし、何らかの感情がその行動を一瞬抑制する。
  「なんのつもり.....逃げるの──」
  一瞬の迷いが。
  「イヴ、後ろッ!!!」
  一つの生命を無情に奪うこととなる。
  「え──」
  
  微小なはずのその声は、何故かハッキリと聞こえた。
  「魂喰」
  その時、肉体が張り裂ける音がした。それが誰のものかは言うまでもない。
  靄の中、少年の叫び声だけが響いた。
  「イヴ、イヴ──ッッ!!!」
  視界が晴れた時には、もう遅かった。
  一人の少女が、そこに立っていた。
──左上半身を失った姿で。
  「イヴ........」
  「兄さ......ん──」
  不意に彼女の身体は地へと倒れる。アダムはそれを支え、横にする。
  「ごめん、ごめん...俺が不甲斐ないばっかりに、守れなかっ──」
  「私......最後まで、駄目だっ.......たね」
  「──ッ!!」
  アダムはもう分かっていた。その生命の灯火が今にも消えようとしているのを。
  だから今まで通りの自分で見届けようと、涙を我慢し優しく妹に言い聞かせた。
  「──そんなことない、お前は俺の自慢の妹だよ」
  魂自体が溶ける音が聞こえる。見ると、イヴの身体が徐々に透けていった。
  「兄さんは......優、しいね......隣にずっと......居たかっ──」
  静寂が息を始めた。
  再び呼吸を止めたのは、数分後の事である。
  「おままごとは終わったのか?」
  生命を奪った張本人であるハルキが放った言葉に、バルクアは驚愕する。
【どういう事だ......アダム、君は──】
  「──これ以上、妹を貶すなら.....容赦なく殺すぞ」
  迸る憤怒。もちろんだろう。自身の妹を殺され、挙句にはおままごととまで言われたのだから、怒るのは至極真っ当な事のはずだ。
  ハルキはその怒りに飲まれた眼を真っ直ぐ見つめ返した。
  「お前自身、無自覚で形成していたのか」
  「........どういう事だ?」
  ハルキは指を指した。そこはつい先程イヴの死んだ場所。見ると、遺体は何処にもない。
  「死んだ奴は溶けて天に昇るってか、元神様の子は流石だなぁ」
  「.....おい、お前」
  「まるでファンタジーのようだ、ありえないことだ。違和感も何も無いのか?」
  「──何が言いたいんだよ──ッ!」
  全速力、一瞬で目の前に繰り出された拳をハルキは掴み、アダムの目の前でこう告げた。
  「なあ、イヴちゃんはもう既に死んでるんじゃないか──?」
  「ぇ──」
  「追風」
  その一言で力が抜けたアダムは、いとも簡単に木々へ投げつけられた。
  「さっき、イヴちゃんがなんの恥じらいもなく見せただろ?まあ何処をとは言わないが.....その時、分かった」
  イヴの服は言わばワンピースのようなものだった。肩下から膝くらいまで伸びてる黒い服だった。
  「めくった時に、その上の腹まで見えた......いや、見てしまったのは謝る、謝るからそんな睨まないでくれ」
  鬼の形相でハルキを威圧する姿は紛れもない、妹想いの優しい兄の姿に他ならなかった。
  「多分俺が付けたと思ってるだろうあの切り傷。たしかに俺の魔法なんだが、俺は左胸しか攻撃してない。
  なのに攻撃を受けた後は左上半身全てが無かった.....おかしい話だろ」
  アダムは異様に素直に話を聞いていた。
  「見えたんだよ、左腹部がなかったんだ」
  木々が揺れ、葉がざわめく。夜の森に照らされる光は、空に浮かぶ二つの月が反射しあってここに届いている。
  「──あぁ、そうだ」
  月はお互いを照らし合い、ほぼ同時に動いている。この世界の住民は、この二つの月の事を月恵と呼んだ。しかし神々はこれをこう呼んだ。
  「全部、思い出した」
──双生児と。
  「ねぇ兄さん」
  心地よい風が草木を揺らす。
  「ん?どうしたイヴ」
  広い草原に二人の影。
  「何で、争いは無くならないの?」
  「──皆、死にたくないからだよ」
  強い風が吹き、イヴの髪が揺れる。
  「──私達は、こんなに気楽に生きてる。ほんとにいいのかな?」
  「俺達が死の危険に追われるのはまだまだ先の話だと思うよ、だってここには僕達と親しかいないじゃないか」
  「そう、かな」
  何故か悲しい顔をするイヴは、照らされる木の影から空を見上げた。
  突然、イヴの顔が暗くなる。
  「あれ、雲も何もないのに何で影が──」
  空を覆ったソレは、俺達には想像もつかないような存在で。
──これが、全ての始まりだった。
毎度つんつくん准将です!(* 'ω')ノ
お待たせ致しました、ようやく一話終わりました。
内容は凄く濃いのですが、もう少し分担した方が良かったですね(;´・ω・)
次回はアダムとイヴの過去と、あと少し何か書ければと思っております!
あと最近気付いたんですが、「秀才」ってずっと「すっごい努力して天才と並ぶ人」て思ってたんです。なんか違うらしいですね(;´・ω・) 
タイトル変えるのもあまり気が向かないので、このままにしますがこの作品の「秀才」の意味は「努力した人」としますのでご了承ください!
では最後までご覧頂きありがとうございました!また次回お会いしましょう!(* 'ω')ノ
  今までも、そしてきっとこれからも。
  私は歩む。
  これからも、きっとその先も。
  私は歩んだ。
  双子と科学者を連れて。
  私は歩みを止めた。
  これ以上行くと深い闇に心が蝕まれるからだ。
 
  私は走る。
  元いた光を目指して。
  私は気付く。
  私の居るべき場所がある事を。
  私は止まる。
  私を迎えてくれる家があるから。
  私は気付く。
  そこに光なんて無かったことを──。
  私は歩む。
  更なる深淵へと。
  私は歩む。
  
  私は歩む。
  歩けば、すれ違う。
  すれ違った彼に寄り添いながら。
  私は歩ませた。
  私は臆病者だ。
  私は弱者だ。
  私は結局、何なんだろうか。
  彼は、形をくれた──
  
  私は歩む。
  更なる深淵に足を踏み入れようとも。
  皆が助かる道ならば、それでいいのだ。
  皆が笑える明日が来るなら、それで──。
  「.....お前は、ただの人間だったはずだろ」
  「あぁ、ほんの数分前まで」
  ハルキは暗い笑みをこぼした。そこにあったのは自虐と歓喜と、ただの慢心のみ。
  「もう俺は人を卒業してんだよ、魔術師.....いわば悪魔だな」
【ハルキ.....君はやはり──】
  バルクアの声に耳を傾けず、ハルキは双子に対峙する。
  「えーっと.....どうして?」
  「バルクアさんと同じような魔力量を感じるんだ.....?」
  「俺が、ようやく俺になったからだよ」
  二人の感嘆と恐怖の声を遮ったその言葉は双子の思考を確信へと変えた。
  「おい、一つ聞きたい事がある」
  アダムが一番に硬直から抜け出し、ハルキに問う。
  「──お前の父の名はなんだ」
 
  何故そんな事を問うのか、ハルキには検討もつかなかった。しかし、彼にとってそれはただの情報であり、提供しても構わないと思ってしまった。
  故に、彼は後ほど後悔することになる。
  「西ノ一、忌まわしい俺の父だ」
  刹那、激しい殺気がその場全体を覆う。
  それは何の偽りもない、純粋な殺気。
  「一......あの聖戦の──」
  「やっぱりそうだった.....まさかこんな所で血縁と出会うなんてね」
  双子に先程までの恐怖はもう無い。もう彼らは、目の前にいる敵を殺すことのみに没頭しているただの二対の死神である。
  立場が逆転し、ハルキはその激しい憎悪を含んだ殺意に圧することとなった。
  「──なんのことか分からんが、家の父が昔やらかしたのか」
  一瞬、ハルキの心が殺意に負けたが、それは文字通り一瞬に過ぎなかった。勝ったのは、父の本当の姿への探求。
  「勝ったら、教えてあげる」
  「勝ったら、だけどね」
  双子は薄く笑みを浮かべて手を取り合い、その場でステップを踏み出した。
  「「廻ろう、廻ろう、廻ってしまおう
世界は黙って止まっとけ──!!!」」
  大地が震える。流動が止まり、働いていたエネルギーがその場で圧縮され、放出される。
  故に、至極当たり前のように熱風が、続いて溶岩があらゆる地表から噴き出した。
  「「踊れ、我等が王なりて、堕した者へと火を穿て」」
  ハルキは不規則に噴き出す溶岩を恐ろしいスピードで避けるが、双子は狙いを定めて熱を自由に操り始めた。
  もはや避ける場など何処にもない。赤に包まれハルキの身は見えなくなった。
  だがそれも数秒の話。風船が割れ、外膜が破裂するように飛び散る赤、その中央にハルキが何食わぬ顔で立っていた。
  「えーと、終わり?」
  苦笑しながらそう言って、頬をかく。そんなハルキの姿を見て、双子は心から賞賛した。
  「......似てるなぁ、全く」
  「アイツの顔がチラつくんだよ──これも計算済みだってか、一!!」
  その言葉はハルキに深く刺さり、怒りを沸騰させた。
  「誰が、あんなクソ親父と似てるって?」
  自分で自覚はしたものの、やはり認めたくはないらしい。
  「黒き龍の息吹──!!」
  「「神秘なる光の壁よ」」
  元は重魔法である魔法を無詠唱で小さく、極力早く飛ぶよう調整、それを瞬時に飛ばすハルキの魔力コントロールに適う者は数える程しかいないだろう。
  そんな不意打ちの一撃を、同じく属性詠唱無しで即座に唱え防いだ双子の力の方が一枚上手だった。
  「うっそだろ......今の防ぐのかよ」
  「甘い甘い♪」
  「次はこっちのターン──!」
  前方からとてつもない速さで繰り出される拳を、ハルキは流石の反応で受け止め、あらかじめ詠唱していた魔法を解放する。
  「──らァ!!」
  その魔法は風羽十六型、追風。加速魔法であるそれに合わせて、ハルキはありったけの力で後方へとアダムの身体を投げる。
  そこで気付いたのはイヴの姿が見当たらないことだ。不意に上を見上げると、丁度頭上に降ってきた。この時の一蹴をハルキは避けれなかった。
  「なになに?気抜いちゃった?」
  「うるせぇ!お前、そう、お前」
  蹴られた頬を抑えながらハルキはその傷を付けた張本人に指を指した。
  「女子だろ!?お前の、その......下腹部が丸見えなんだよ馬鹿野郎!!!」
  赤面しながら言うハルキは、まるで女子が更衣中の部屋に間違って入ってしまった男子中学生のようで、先程までの殺気は全て恥じらいに変わってしまった。
  「え、これ?」
  「──!!!?!?!!?!???」
  しかしそんなハルキを差し置いて、なんの気もなくそのワンピースのような衣服の膝下、一番下の布をイヴはペラっと捲る。
  「おまっ、ちょっ──」
  「後方注意」
  「──ぐべぇ!!?」
  目を逸らした瞬間に後ろから殴られる。先ほどハルキが遠くへ飛ばしたはずのアダムが普通に帰ってきて普通に殴っただけの話である。
  「お前ら......ちゃんとやろうや!?さっきまでいい感じの空気やったやん!!そう思わんの!?」
  「これって俺らに言ってんのかな?」
  「読者さん達に言ってるんじゃない?」
  「「しかもなんか方言変わってるし」」
...............................................................。
  「とにかくだ!このオフショットみたいなの辞めてちゃんとやるぞ!!..........やるからその服どうにかして」
  申し訳なさそうに目を隠して懇願するハルキ。その思考が理解できるアダムは自分の纏っていた布を、頭を抱えて渡した。イヴは服の内側にある花園を覆うように布を巻いたが、その間頭上には常に?が浮かんでいた。
  
  巻き起こる旋風。地を溶かす爆風。
  天変地異のような戦いに、だがお互い一歩も引かずに魔法を繰り出していた。
  「.........強いなぁ」
  「埒が明かない、あんまりこういう手段は使いたく無かったけど──」
  アダムはそう言うと、突如ハルキに背を向け飛んでいった。
  「何処へ──」
  駆け出しかけた身体をだが無理矢理止める。
  「兄さんの邪魔はさせないよ」
  「教えろ、アイツは何をするつもりだ?」
  
  「私に勝てたら、ね♡」
  言うや否や、弓を構え放つイヴ。その動作は一切の無駄が無く、ハルキの反応はやや遅かった。
  「ッ──!?」
  肩に掠った矢。ほんの少しの切り傷は、だが止まることを知らない。延々と流れ出る血、何もしなくとも広がり続ける切り口。
  「...可愛い顔して悪趣味なの使ってるな」
 
  「イヴにとってそれはただの褒め言葉だよ」
  不意にアダムの声がした。しかしハルキの視界にはその姿は見えない。
  「じゃ、避けるなら頑張って避けてね」
  「何を──」
  確かにこの時、アダムの姿は何処にもなかった。そのはずだった。
──背後から刃を付けつけられるまでは。
  「ほらほら、自慢のスピードで避けてみなよっ!」
  いたはずの場所にいない。
  いないはずの場所にいる。
  「陰陽 四型 創造....もう君は、僕の空間の中さ。更にィ──」
  「えいっ」
  何処からともなく、ハルキの命を刈り取ろうと矢が飛び交う。
  「特上の弓矢付きで今ならなんと3980円でご提供っ!」
──逃げられない。避けきれない。
  このままこの空間内でなぶり殺される、本気でハルキはそう思った。
  「──あんだけカッコつけてバルクアとバトンタッチしたのに........情ねぇな」
  「ほぉら、死んじゃえっ!!」
  共に戦った仲間達にさよならを告げようとしたその時。
  「──させないッ!!!」
  視界が急に暗転し、キンッ!と矢が弾かれる音がした。
  これは........岩?
  「誰!?」
  「んっんー、ちょっと退散させてくれよ」
  今度はその岩ごと囲うように水の球体がハルキを包み、異空間から脱出する。
  「ま、待てっ!」
  「誰が待つかよ」
  「返してもらうよん☆」
  アダムは悔しげに言葉を吐く。
  「くそっ、油断してた....」
  「創造解除して追いかけれないの?」
  「これ、一度発動したら時間立つまで消えてくれないんだよなぁ.....ほんとは誰も出られないし」
  すると今度は、悔しさよりも悲しさが勝ったらしい。
  「僕の創造ダメダメだ......はぁ」
  「げ、元気だしてよ兄さん!」
  「にしてもマジで何者なんだろ、ここから抜け出せるとか魔力量半端ないんじゃ.....」
  「ハルキ、大丈夫か!」
  「無事で良かったよ......」
  外から見ると、白い球体のように見える空間から、眩い光と共に抜け出した。いや、引っ張られたという方が正しい。目を開けるとそこにはあの二人がいた。
  「──ミサキ、シンゴ.....?」
  その姿は何故か少し大人びて見えて。
  更にその隣に別の三人の影が。
【特に臓器、神経ともに以上は無し.....ただ外傷が酷いな、アリサさん】
  「はいはい、眷属様は人使いが荒いのお。ま、わしに任せとけ」
  内二人は知っている人物だった。バルクアにアリサ、だがもう一人は──
【ねぇシンゴ、また新しいヤツ?どうなの強いの?】
  全身に蒼の鎧を纏っている可憐な少女だった。見た目でいえば十代後半程度だろうか。
   鎧には薔薇の紋章が彫られており、長く金色に輝く神は後頭部でまとまり、綺麗な弧を描いて腰までかかっている。
  彼女はシンゴの服を掴み、後ろからこちらを観察するように見ていた。まるでまだ少し警戒しているネコのような様子だった。
【シンゴ、シンゴ、戦っていい?】
  「それだと勘違いしちゃう人がいるからやめろって、ノア」
  「シンゴ、その子は──」
  「そうなんだよハルキ、シンゴの娘さn」
  「それこそ誤解を生むだろッ!?」
【ねーシンゴ、じゃあ戦ること自体はいいんだよね、ね!?】
  「ヤらせてやるがよい、娘さんも欲求不満なんじゃろ」
  「ほぉら勘違いしてる人がここに一人!」
【.....私はシャイなものでね、この手の話は別の機会にしてくれないか.......】
  わーぎゃーわーぎゃー騒ぎ始めた皆を見て、呆れると共に安心した。
  騒ぎにも一息ついたところで、俺は聞き直した。
  「結局その子は誰なんだ....?」
  するとシンゴとノアは視線を合わせ、お互いに頷いた。
 
  「彼女はノア、俺に宿ってる眷属だよ」
【水の属性眷属って言ってよ】
  そんな気はしていた、という心とは裏腹に本当にそうだったのかと驚きを隠せずにいた。
  「やっぱりシンゴも.....ってなるとミサキも宿ってるんじゃ──」
  「残念ながらないんだよねぇ...まあでも、眷属がいなくてもこんな事も出来るんだよ?」
  そう言ってミサキは地に手を伸ばす。
  「──その地は偉大也。その地は傲慢也。故にその地は生命を護りし神と成りうる地。
  私は懇願する。神の地の力を、魂をここに現したり。器は私が創り出そう」
  大きな岩が、地表から姿を現し、だんだんとある形を模していく。
  「大地 三十型 神魂の岩傀儡
  それはまるで、神の偶像のような。
  神々しくも一押しすれば崩れてしまいそうに儚い一瞬の夢のような。
  ──女神が、玉座につくように舞い降りたのだ。
  「──すっげ....」
  思わず感嘆の声を漏らしてしまう。それほど圧巻な、美しいゴーレムだった。
  「.......来るよ、シンゴ!」
  「よっしゃあ!ノア、行くぞ!」
【シンゴの命令ならやるわ、魔素よ】
  球体から飛び出してきたのは幾多の弓矢。
  「アレに当たるな、血が止まらなくなる!」
【.....シンゴ、貴方の友達は仲間思いね】
  「いい友であり仲間だよ。二人目の弟みたいだ.....あ、はじめの六本くらいだけ防いで」
  「ガイアさんお願い!」
  「舞い上がれ、炎の玉」
  女神の手が伸びれば、周囲のありとあらゆる自然が矢を葬り、アリサの炎で数本が灰と化した。
  「おお....めっちゃ減らしてくれたじゃん」
【準備も充分すぎるくらいね】
  振り返ると、シンゴが水で出来たそれを構えていた。
【まだ、まだよ、もっと集まっ──打てー!!!!】
  「急すぎるだろーがッ!!」
  そう言いつつも流石の反応速度で即座に放つ。
  「弓矢には弓矢で対抗してやるよ──!!」
  水で作られた巨大な弓を構え、同じく巨大な矢を放ったのだ。
  矢は空中で分解。分散した水滴が、一つ一つの小さな矢となり雨となる。
  結果、全ての敵の矢を撃ち落とした。
【凄いな、私が出る幕が一つもない】
  バルクアがふとそんな事を呟いた。
  その手にはしっかりと杖が構えられていた。ピンチになれば助けるつもりだったのだろう。
  「どんなもんだ?」
【うーん、もっと綺麗に分散出来たはずよ。今のは十点ね】
  「低くないか!?」
【前が三点だったから上達したでしょ】
  「ガイアさんわざわざありがとねー!」
  ──コクリ
  「あぁ、もう消えちゃった...」
  「ご苦労じゃったの、散って良いぞ」
  火の玉達は溶けるように消えていった。
  「──アリサはともかくお前ら、何処でそんなのを覚えたんだ?」
  ハルキが一番気になっていた疑問をぶつけた。すると彼らは嬉しいような寂しいような表情をした。
  「──ブエルだよ。鏡の悪魔、アイツの仕業さ」
  ブエルはタケルを鏡の世界へ送った後、遠隔的に別世界をもう一つ作り、そこに二人と一緒にいた数人の悪魔達を送り込んだ。
  そこも時の属性眷属であるスクルドとの契約による加護を受け、時が止まった状態で悪魔達とエンドレス修行を受けていたのだ。
  「で、俺はノアを顕現させることができて」
  「私はアガレスさんっていう超強い悪魔さんに、色々教えてもらったんだよ」
  時が動き出す前に空間から出る。その時、タケル達と同タイミングで出てきてしまい、片方にしか加護がかからなくなったのだ。それ故に二人と悪魔達は時が動き出すまで身動きが取れなかったのだ。
【......元を辿れば悪魔達も皆、何かしらの生物だったんだが、ブエルは生前、自分を犠牲にして他人を守る性格を持ったディーラーだった。彼の魔力量といえど、流石に無理をし過ぎた、もう命は失われているだろう──】
  バルクアは、序列一位バアルとして彼の事を一つ一つ、丁寧に思い返すように語った。
【──私は、彼ならばと思い、個人の判断で彼を悪魔へと転生させた。堅実で、だがいい加減な彼が、最後にしたことを忘れないでほしい。彼の命の灯火を燃やし続けた蝋燭を、心に置いておいてほしい】
  ハットを胸へ押し付けながら、バアルは願うようにそう言った。
  願いに対する返答など、誰もしなかった。
【........ありがとう】
──ただ、それだけで良かった。
【──情けないところを見せたね。
もう出ておいで、アダムとイヴ】
  「感傷に浸らせないほど、僕らは落ちぶれてないよ」
  「むしろバルクアさんが満足するまで、私たちは待ち続けるよ」
  球体が消え、二人が姿を現した。
  「...やっぱりアイツ──」
  ハルキがそんな声を漏らすと同時に、彼等はその後ろにいた人物達に目を向けた。
  「人間が二人、もう一人の人間は──魔女王アリサ・フォーラスか」
  「更には水の属性眷属、『槍王ノア』に加えバルクアさんもいると」
  二人は悩んだ。
  「勝ち筋が全く見当たらねぇな」
  「逃げ、かな?」
  「それが懸命な判断だ」
  「でもでも、でもって言うんでしょ?」
  「よく分かってるな、流石俺の妹」
  「兄さんになら、地獄の果てまでついて行くよ」
  「んじゃ付き合ってくれ」
  「言うと思った、やったげる──」
──しかし二人の心の奥には、はじめから答えは一つしかなかった。
  皆が臨戦態勢に入ろうとした、その時。
  「──バルクア、アリサさん。幻術ってできる?」
  不意にそんな事を言い放ったのはハルキだった。
  「あ、あぁ、出来るが...」
  「ミサキ、シンゴは左右に別れて援護お願いできるかな?」
  返答を受けるや否や、ハルキは後ろの二人にも別の指令をだした。
【私はシンゴについて行くわね】
  「でも何で急にそんな事?」
  ミサキが皆の疑問を問いてくれた。
  ハルキはそれに、固い表情で答える。
  「あの子の正体が分かった」
  
  「ようやく出てきた」
  「あれ、他のみんなは?」
  ハルキが単身で自分達の前に立ったことに違和感を感じた二人。しかし他の者の位置は既にバレているようだった。
  「他の皆は援護中心だ。お前らには、基本二対一で捌けると思ったからだよ」
  煽り口調で朗らかに笑いかけるハルキ。目だけは笑っていなかった。
  「ところでさ、二人共いい兄妹持ったよね。優しい兄、優しい妹。正に理想の形だ」
  「──何が言いたいの?」
  「いや、終わらせるのが勿体ないくらい、二人が輝いてたからさ」
  「終わるのはどっちでしょうか──?」
  言うや否や、アダムは既にハルキの目の前まで来て、拳を構えていた。
  放たれる一撃は風を切り大地を裂き、ハルキの身体を真っ二つにした。
──背後に気配を感じるまでは。
  「嘘だ...ろッ!」
  今度は四方八方に拳圧を飛ばす。同様に全てを切り裂いたが、ハルキは一向に増えるばかりである。
  「──幻術かぁ、久々に見たなぁ」
  うーむ、とイヴは悩む。
  「でも、なんでこんなに回りくどいことするんだろ?」
  そうだ、その通りだ。アダムも感じていた違和感。
  あれだけの戦力差。正直数人殺す程度で終わると思っていた。要するに数の暴力で袋叩きにされると思っていたのだ。
  しかしそれをせずに幻術と合わせた単騎突撃。向こうにはデメリットしかないはず──
──霧、雨、幻術──
  「......?」
  何か思い出しそうなアダムの脳は、だがすぐに目の前の光景に釘付けになった。
  ハルキの身体から、可視化出来る程の凄まじい魔力が溢れ出す。これが本体なのだろう。
  重心を低く保ち、右手を伸ばし左手を引く。まるで剣先を敵へ向け、構える侍の様に。
  ハルキの本体を認識し、殺意を抱くまでの時間がかかりすぎた。もう、遅い。
  「飲み込め、化身驪竜」
  引いた左手から黒い靄が発生し、たちまちハルキの姿は見えなくなる。それどころか、その靄は戦場一帯を囲んだ。
  見えたのは、不気味に一瞬光った赤い目だけだった。
  自己防衛ではなく、妹の命を最優先にしようと、アダムは妹の方へ駆けようとした。
  しかし、何らかの感情がその行動を一瞬抑制する。
  「なんのつもり.....逃げるの──」
  一瞬の迷いが。
  「イヴ、後ろッ!!!」
  一つの生命を無情に奪うこととなる。
  「え──」
  
  微小なはずのその声は、何故かハッキリと聞こえた。
  「魂喰」
  その時、肉体が張り裂ける音がした。それが誰のものかは言うまでもない。
  靄の中、少年の叫び声だけが響いた。
  「イヴ、イヴ──ッッ!!!」
  視界が晴れた時には、もう遅かった。
  一人の少女が、そこに立っていた。
──左上半身を失った姿で。
  「イヴ........」
  「兄さ......ん──」
  不意に彼女の身体は地へと倒れる。アダムはそれを支え、横にする。
  「ごめん、ごめん...俺が不甲斐ないばっかりに、守れなかっ──」
  「私......最後まで、駄目だっ.......たね」
  「──ッ!!」
  アダムはもう分かっていた。その生命の灯火が今にも消えようとしているのを。
  だから今まで通りの自分で見届けようと、涙を我慢し優しく妹に言い聞かせた。
  「──そんなことない、お前は俺の自慢の妹だよ」
  魂自体が溶ける音が聞こえる。見ると、イヴの身体が徐々に透けていった。
  「兄さんは......優、しいね......隣にずっと......居たかっ──」
  静寂が息を始めた。
  再び呼吸を止めたのは、数分後の事である。
  「おままごとは終わったのか?」
  生命を奪った張本人であるハルキが放った言葉に、バルクアは驚愕する。
【どういう事だ......アダム、君は──】
  「──これ以上、妹を貶すなら.....容赦なく殺すぞ」
  迸る憤怒。もちろんだろう。自身の妹を殺され、挙句にはおままごととまで言われたのだから、怒るのは至極真っ当な事のはずだ。
  ハルキはその怒りに飲まれた眼を真っ直ぐ見つめ返した。
  「お前自身、無自覚で形成していたのか」
  「........どういう事だ?」
  ハルキは指を指した。そこはつい先程イヴの死んだ場所。見ると、遺体は何処にもない。
  「死んだ奴は溶けて天に昇るってか、元神様の子は流石だなぁ」
  「.....おい、お前」
  「まるでファンタジーのようだ、ありえないことだ。違和感も何も無いのか?」
  「──何が言いたいんだよ──ッ!」
  全速力、一瞬で目の前に繰り出された拳をハルキは掴み、アダムの目の前でこう告げた。
  「なあ、イヴちゃんはもう既に死んでるんじゃないか──?」
  「ぇ──」
  「追風」
  その一言で力が抜けたアダムは、いとも簡単に木々へ投げつけられた。
  「さっき、イヴちゃんがなんの恥じらいもなく見せただろ?まあ何処をとは言わないが.....その時、分かった」
  イヴの服は言わばワンピースのようなものだった。肩下から膝くらいまで伸びてる黒い服だった。
  「めくった時に、その上の腹まで見えた......いや、見てしまったのは謝る、謝るからそんな睨まないでくれ」
  鬼の形相でハルキを威圧する姿は紛れもない、妹想いの優しい兄の姿に他ならなかった。
  「多分俺が付けたと思ってるだろうあの切り傷。たしかに俺の魔法なんだが、俺は左胸しか攻撃してない。
  なのに攻撃を受けた後は左上半身全てが無かった.....おかしい話だろ」
  アダムは異様に素直に話を聞いていた。
  「見えたんだよ、左腹部がなかったんだ」
  木々が揺れ、葉がざわめく。夜の森に照らされる光は、空に浮かぶ二つの月が反射しあってここに届いている。
  「──あぁ、そうだ」
  月はお互いを照らし合い、ほぼ同時に動いている。この世界の住民は、この二つの月の事を月恵と呼んだ。しかし神々はこれをこう呼んだ。
  「全部、思い出した」
──双生児と。
  「ねぇ兄さん」
  心地よい風が草木を揺らす。
  「ん?どうしたイヴ」
  広い草原に二人の影。
  「何で、争いは無くならないの?」
  「──皆、死にたくないからだよ」
  強い風が吹き、イヴの髪が揺れる。
  「──私達は、こんなに気楽に生きてる。ほんとにいいのかな?」
  「俺達が死の危険に追われるのはまだまだ先の話だと思うよ、だってここには僕達と親しかいないじゃないか」
  「そう、かな」
  何故か悲しい顔をするイヴは、照らされる木の影から空を見上げた。
  突然、イヴの顔が暗くなる。
  「あれ、雲も何もないのに何で影が──」
  空を覆ったソレは、俺達には想像もつかないような存在で。
──これが、全ての始まりだった。
毎度つんつくん准将です!(* 'ω')ノ
お待たせ致しました、ようやく一話終わりました。
内容は凄く濃いのですが、もう少し分担した方が良かったですね(;´・ω・)
次回はアダムとイヴの過去と、あと少し何か書ければと思っております!
あと最近気付いたんですが、「秀才」ってずっと「すっごい努力して天才と並ぶ人」て思ってたんです。なんか違うらしいですね(;´・ω・) 
タイトル変えるのもあまり気が向かないので、このままにしますがこの作品の「秀才」の意味は「努力した人」としますのでご了承ください!
では最後までご覧頂きありがとうございました!また次回お会いしましょう!(* 'ω')ノ
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