天才と秀才と馬鹿の話 (画像はイメージです)
第9話 兄
今回長いです、お付き合い下さい。
俺は天才だった。
お世辞なんかじゃない。ただ一人、能力がずば抜けていた。
文武両道、才色兼備。
成績優秀、スポーツ万能。
顔だけはどうにもならなかったが、それ以外はどうにでもなった。
母は幼少期の頃に病でぽっくり行ってしまった。父は日本各地を回って仕事をしているらしい。俺が五つの時以来会っていない。かわりに俺には二つ上の兄がいた。
バスケの県代表で、色んな検定の級や段を取っていた。俺が天才なら兄さんは秀才だ。
兄さんは俺に色々な事を教えてくれた。だけどもすぐに兄よりもできるようになってしまう。
兄さんは負けず嫌いだった。何度も何度も俺に何かを教えては「勝負だ!」と言って聞かなかった。
俺はそんな兄さんが好きだった。頭が良すぎて...何でもできて嫌われていた俺に、兄さんだけは離れないでいてくれたから。
人という生き物は残酷で醜い。嫉妬深くて、目的のためなら何でもすると。
俺はそれを知っているつもりだった。
気が付けば俺は色んな人の恨みを買っていた。俺自身何かした自覚はない。普通に生活して、普通に授業を受けてただけ。
兄さんは俺と同じ高校だったので、俺の噂をしばしば聞くらしい。ある日俺の友達がそこらじゅう傷だらけになって泣きながら虐めをされていることを告白してきた。その時、兄さんになにか知らないかを聞いた。
兄さんが聞いた話では、
テストで死ぬ気で頑張ったのにアイツにだけ勝てない。
サッカー部の期待のエースが体育でボロボロに負かされた。
いつも澄ました顔して俺らを見下してる天才が気に食わないから──
訳が分からなかった。俺は友達を虐めてたヤツを見つけて問い詰めた。
「アイツが何したって言うんだよ!!俺が気に食わねぇんだろ!?文句あんなら目ェ合わせて正面から言ってこいやッッ!!」
虐めていたのは四人組の男子グループだった。その四人全員がなら言ってやるよとこう答えた。
「お前の存在が気に食わないんだよ、天才」
虐めは無くなるどころかどんどん広がっていき、友達は俺の周りから離れていった。
悲しかった。悔しかった。初めて自分の才能を憎んだ。
気が付けば俺は、孤独という名の虐めを受けていた。
クラスの全員...いや、学年全体、学校全体が俺を認めてくれなくなった。ただ一人、兄さんを除いて。
俺は生まれて初めて努力をした。
それは人を理解する努力。
人に染まる努力。
それでも俺は孤独だった。理解を越え、人の心の領域をいとも簡単に破り、土足で入ってしまった。
俺に出来ない事は無いのか?
その問いを明らかにするため、それはもう色んなことをした。
武術、武芸(武器を扱う)、楽器、工芸、 加工.....
出来ない事は無かった。
だが楽しかったのは事実だ。その中でも武芸は長い間習っていた。もちろん流派を掛け持ちして。
剣道、剣術、杖術、槍術、薙刀、鎖鎌術。
それぞれの武器種の流派をマスターしていった。
段階を踏んで次へ行くのがゲームのようで楽しかった。
槍術を大体やった所で、俺は剣術の流派、神門流の門を叩いた。だが俺はここに来たことを一生後悔することになる。
道場の扉を開けた時に目に入った光景に俺は目を疑った。
そこには兄さんがいたのだ。師範レベルまで到達し、他の者に稽古をしていた兄さんも、こちらを見ると同様に驚く。
「なんで言ってくれなかったんだよ?負けず嫌いな兄さんらしくねぇぜ?」
「あぁ...悪い。とりあえず着替えて来い」
兄さんの様子がおかしいまま、通い続けて一ヶ月が経ったある日の事。
俺は兄さんに勝ってしまった
「よっしゃー!ようやっと兄さんに追いついた!!」
兄さんに勝てた!俺は心の底から喜んだ。
兄さんは俺に歩み寄ると、いつもとは違う笑顔で
「流石タケルだなぁ!兄ちゃん完敗だよ!!ちょっと席外すから、皆と一緒に稽古の続きやっといてくれ」
そう言って道場を出ていった。
これ以来、兄さんが道場に顔を出すことは無かった。
俺は勇気を振り絞って、兄さんの部屋をノックする。
「なぁ、兄さん。そろそろ稽古行こうぜ?皆心配してるよ?」
声は帰ってこなかった。
俺が夕食を作っても、部屋から出てくることは無かった。
「もしかして、あの試合の事が......」
翌日、ドアの前に置いてあった夕食が減っていないのに気が付き、本当に心配になったので何度も声をかけた。
「兄さん!いい加減にしろよ!!ちゃんと食べなきゃ身体崩すぞ!?早く出て来いよ!!!」
返事がない。おかしい。兄さんは人の話を無視するような人じゃない.....。
鼓動が早まる。心臓が痛い。胸騒ぎがする。
「もう力づくで開けるぞ!!?」
これでも返事がない。俺はドアを数発蹴り、タックルして強引にドアを開けた。
部屋には参考書の山とベッド、勉強机。そして...
「兄.......さん......?」
椅子と...天井に繋がれてるロープと...................
「あ........あぁ.........あぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
「.......!!」
なんだよ、もうちょい寝かしてくれよ。
「しっ.......か!!」
うるせぇ、騒ぐなよ。
「しっかり...んか!....ケル!!」
後ででいいか...身体が動かん...
『起きねぇなぁ...なんかねえかな?』
『我...あまり関わりない.....』
師匠達...?
「これなら起きるかの?」
今の俺は意識だけ覚醒してるんだ。俺が身体を動かせないんだから他人になんか無理に決まってるだろう。
「こやつ、修行中のミサキのぼでぇを危険な目で見とったのじゃ。特に胸!OP!ミサキのやつ、いい汗かいとったからのお!!」
.................見ない方がおかしい。
「それだけならまだしも夜中に何やらモゾモゾしだすことが多々あってじゃな.....」
「だーっ!!うるせぇ!!」
まだ休み足らない身体に鞭を打ち、俺の信頼を下げないためにも力づくで起き上がる。
「『『あ、おはよう』』」
「お前らもうちょっと俺の扱いを....」
ふざけたヤツらに一喝しようと身体を起こした瞬間、ミサキが胸に飛び込んできた。
「タケル...良かった......」
「お、おい、どうしたんだよ...?」
「『なーかしたなーかした♪︎』」
「一旦黙れ」
俺は残ってる最後の記憶を思い出す。
たしか作戦立てたけど失敗して...ミサキが...
「ミサキ!?お前大丈夫なのか!?」
「うぐっ....えぐっ......ひっくぅ.....」
返事になってねぇ...
「お主は二日眠っとったんじゃよ。その間、先に目が覚めたミサキはずっと看病してくれとった」
「そ、そうなのか...ありがとう」
ようやく俺は帰ってきたことを実感する。
『それにしても、お前あんな芸当できたんだな....』
「ん?何がだ?」
『いや、とぼけんなよ。あの剣でシャンッシャシャーン!!ってやつ!しかもお前ってヤツは魔法と連動させて使ってたじゃねぇか!!』
「あれは.....まあ、昔色々あって。結構な種類の武器の扱いができるようになったんだ。魔法はなんか...勝手に出てきた」
『..............................』
「そんなことよりガーゴイルだよ!いきなりあんな所飛ばされて、命失いかけて...あの暗闇に放り込んだやつ!!見つけたらぶっ飛ばしてやる......」
何故か婆さんが凄い汗をかいてたが流石にコイツがやったって事はないだろう。
俺はまだ泣いてるミサキに声をかける。
「本当に、ごめん。俺のせいだ。俺がちゃんとしてなかったから、お前を危険な目に合わせてしまった...」
ミサキは少し泣きやみ
──また泣き始めた。
「ばんべぞんばごどいゔのぉぉぉぉ...」
「ちょっ、待て待て!服で鼻かむな馬鹿!!」
それ以前に色々と当たってるんですが。鼻水さえ無ければただの天国なのにな。
あー、柔らけぇ........
「.....こやつ、感動のシーンに変な事考えとる...」
何で分かるんだよ!!
結局ミサキが泣き止むまで十数分を要した。
校長先生に言われるヤツやん。
「.......決めた」
ようやく俺の胸から顔を離したと思うと、ミサキが小さな声で、だが信念を持った声で決意する。
「もっともっと...強くなる。皆に負けないように、タケルと肩を並べて戦えるように!!」
天に向かって叫んだ後、くるっとグノームの方を見て
「だから、もっと沢山の魔法を、戦い方を教えて!グノームさん!」
『......道のり...遥かに険しい...それでもやる...のか?』
「当たり前だよ!強くなる為なら、何だってするよ!」
グノームはその時初めて、表情を綻ばせた。
『いいだろう......では修行を始める。付いてこい...』
「はいっ!師匠!!」
そう言ってミサキとグノームは魔女の家を出ていった。
ふと横を見るとサラマンダーが唖然とした表情で硬直していた。
『笑った......?グノームが笑った.....!?俺の異世界から持ち出した渾身の一発ギャグでも笑わなかったあのグノームが!!?』
何やってんだお前。
「そんな事はどうでもいいから」
『どうでも良くねぇよ!!あの流〇星のち〇うえいのギャグで笑わないんだぜ!?なんだこの敗北感は...』
まさかの俺達の世界のギャグだった。
「なぁ、俺も修行したい!ようやっと俺の戦闘スタイルが決まったから試したいんだよ!!」
『ん?だめだお』
思ったよりあっさり断られて逆にキレそうになる。
『お前は休養が第一だろ?ミサキのやつは落とされたものの軽傷だったし、お前よりも早く目覚めてるからやってるが.....とりあえず寝ろ』
「くっそー.....」
妙に筋が通っているので逆らえない。
俺はふてくされて、仰向けに寝る。
『ゆっくり休めよ。起きたらビシバシやるからな』
「あぁ、やってやる.....よぉ...........」
目を閉じ、次第に意識が隔離されていく中、
『信じてるぜ』
そんな声が密かに聞こえた。
雨が降っていた。それはもう土砂降りの。
「南無妙法蓮華経...南無妙法蓮華経...」
俺のせいで兄さんが死んだ。
俺のせいで...俺が...俺が兄さんを殺した...。
──そうだ。
俺が死んでしまえば良いんじゃないか?
そうなれば....
そんな事を考えてるうちに葬式が終わっていた。
骨なんざ見たくねぇ。もう、帰って兄さんと同じ死に方をしよう。
「......ただいま」
父は葬式までに帰宅出来なかった。かなり遠い所で働いていて、情報が遅かったらしい。
俺はふらふらと、だが一直線に兄さんの部屋に向かう。
ドアを開け、keep out と書かれたテープを引きちぎる。
「今行くからね....」
そう呟き、椅子に足をかけようとした時。
兄さんの机の上に日記帳がある事に気づいた。
俺はそれを開く。何故開いたのかは俺にも分からなかった。
11/12 木曜 今日はバスケでMVPを取れた。次期キャプテン目指して頑張ろう!
11/25 水曜 ようやく神門流の昇格試験に合格した!これで八段だ!!これなら今年中に師範レベルに到達できそう!!
12/4 土曜 タケルから相談を受けた。どうやら自分の周りの友達がいじめられているらしい。タケルの噂はよく聞くので、クラスの皆にNINEで聞いてみたら、才能に嫉妬している奴らが主犯者という事が分かった。タケルに話してみたが、何かやらかさないか心配だ。
12/8 水曜 タケルの様子がおかしい。やはり学校で何かあったのだろうか?兄である俺だけはあいつの味方にならなければ。才能は確かに羨ましいが、俺の弟はタケルだけだし、心優しい自慢の弟だから。
12/19 日曜 俺がいつも通り稽古していると、タケルが現れた。無茶苦茶ビックリした。何でもできるあいつだが、剣術だけは勝てると思った。これからどう成長するのやら。ここでも兄である俺が教えてやらねば。
1/30 日曜 俺は弟に負けた。あいつの成長速度は尋常じゃない。悔しい。悔しい。俺が積み重ねて来たものを尽く踏み潰してくる。バスケでも、剣術でも何でも。俺の取得はもう無くなった。生き甲斐も失った。ただの空っぽの器でしかなくなったんだ。
寝れない。あいつに負けた瞬間の映像が止まない。ドアの向こう側で何か言ってるが気にしない。ほっといてくれ。生きる意味が無くなったんだ。
ずっと味方でいなければならないのは分かっていた。
だけども才能に嫉妬する自分がいた。最低だ。兄失格だ。
心優しいやつなのに。俺はあいつを憎んでしまってる。そんな兄は要らないよな。捨てようか。この器を。どうせ空っぽだ。もうやめにしよう。
俺が死んだ事を一番早く知るのはタケルだろう。その時に、この日記を見つけたらどうか読んで欲しい。
お前の才能は素晴らしいものだ。だからそれを憎しみや嫉妬とかの負の感情に任せてに使うんじゃなくて、誰かの為に使ってやってくれ。自分の欲を満たすために使わないでくれ。
いつかきっと、お前を認めてくれる人が現れるから。お前はお前のままでいい。無理に溶け込まなくてもいいんだ。お前は決して一人じゃない。これからはいつだって俺が向こうから見守ってる。
だから笑え。
俺は足を地に降ろす。
「なんで...何でそんなこと言うんだよ......」
その日から俺は死んだ筈の、居ないはずの家族の幻を見るようになった。
「おい、タケル。お前型間違ってるぞ?」
「あ、こうか!」
「そうそう」
「タケル〜、あんたの好きなカレーが出来たわよ」
「ちょっと待って。今スパイダーマンが戦ってていい所なんだよ」
「タケル、この機械はこうしてだな...」
「なるほど、そうやって動いてるんだ」
友達より家族と一緒にいたい。そんな思いが
──俺をひきこもらせた。
俺は天才だった。
お世辞なんかじゃない。ただ一人、能力がずば抜けていた。
文武両道、才色兼備。
成績優秀、スポーツ万能。
顔だけはどうにもならなかったが、それ以外はどうにでもなった。
母は幼少期の頃に病でぽっくり行ってしまった。父は日本各地を回って仕事をしているらしい。俺が五つの時以来会っていない。かわりに俺には二つ上の兄がいた。
バスケの県代表で、色んな検定の級や段を取っていた。俺が天才なら兄さんは秀才だ。
兄さんは俺に色々な事を教えてくれた。だけどもすぐに兄よりもできるようになってしまう。
兄さんは負けず嫌いだった。何度も何度も俺に何かを教えては「勝負だ!」と言って聞かなかった。
俺はそんな兄さんが好きだった。頭が良すぎて...何でもできて嫌われていた俺に、兄さんだけは離れないでいてくれたから。
人という生き物は残酷で醜い。嫉妬深くて、目的のためなら何でもすると。
俺はそれを知っているつもりだった。
気が付けば俺は色んな人の恨みを買っていた。俺自身何かした自覚はない。普通に生活して、普通に授業を受けてただけ。
兄さんは俺と同じ高校だったので、俺の噂をしばしば聞くらしい。ある日俺の友達がそこらじゅう傷だらけになって泣きながら虐めをされていることを告白してきた。その時、兄さんになにか知らないかを聞いた。
兄さんが聞いた話では、
テストで死ぬ気で頑張ったのにアイツにだけ勝てない。
サッカー部の期待のエースが体育でボロボロに負かされた。
いつも澄ました顔して俺らを見下してる天才が気に食わないから──
訳が分からなかった。俺は友達を虐めてたヤツを見つけて問い詰めた。
「アイツが何したって言うんだよ!!俺が気に食わねぇんだろ!?文句あんなら目ェ合わせて正面から言ってこいやッッ!!」
虐めていたのは四人組の男子グループだった。その四人全員がなら言ってやるよとこう答えた。
「お前の存在が気に食わないんだよ、天才」
虐めは無くなるどころかどんどん広がっていき、友達は俺の周りから離れていった。
悲しかった。悔しかった。初めて自分の才能を憎んだ。
気が付けば俺は、孤独という名の虐めを受けていた。
クラスの全員...いや、学年全体、学校全体が俺を認めてくれなくなった。ただ一人、兄さんを除いて。
俺は生まれて初めて努力をした。
それは人を理解する努力。
人に染まる努力。
それでも俺は孤独だった。理解を越え、人の心の領域をいとも簡単に破り、土足で入ってしまった。
俺に出来ない事は無いのか?
その問いを明らかにするため、それはもう色んなことをした。
武術、武芸(武器を扱う)、楽器、工芸、 加工.....
出来ない事は無かった。
だが楽しかったのは事実だ。その中でも武芸は長い間習っていた。もちろん流派を掛け持ちして。
剣道、剣術、杖術、槍術、薙刀、鎖鎌術。
それぞれの武器種の流派をマスターしていった。
段階を踏んで次へ行くのがゲームのようで楽しかった。
槍術を大体やった所で、俺は剣術の流派、神門流の門を叩いた。だが俺はここに来たことを一生後悔することになる。
道場の扉を開けた時に目に入った光景に俺は目を疑った。
そこには兄さんがいたのだ。師範レベルまで到達し、他の者に稽古をしていた兄さんも、こちらを見ると同様に驚く。
「なんで言ってくれなかったんだよ?負けず嫌いな兄さんらしくねぇぜ?」
「あぁ...悪い。とりあえず着替えて来い」
兄さんの様子がおかしいまま、通い続けて一ヶ月が経ったある日の事。
俺は兄さんに勝ってしまった
「よっしゃー!ようやっと兄さんに追いついた!!」
兄さんに勝てた!俺は心の底から喜んだ。
兄さんは俺に歩み寄ると、いつもとは違う笑顔で
「流石タケルだなぁ!兄ちゃん完敗だよ!!ちょっと席外すから、皆と一緒に稽古の続きやっといてくれ」
そう言って道場を出ていった。
これ以来、兄さんが道場に顔を出すことは無かった。
俺は勇気を振り絞って、兄さんの部屋をノックする。
「なぁ、兄さん。そろそろ稽古行こうぜ?皆心配してるよ?」
声は帰ってこなかった。
俺が夕食を作っても、部屋から出てくることは無かった。
「もしかして、あの試合の事が......」
翌日、ドアの前に置いてあった夕食が減っていないのに気が付き、本当に心配になったので何度も声をかけた。
「兄さん!いい加減にしろよ!!ちゃんと食べなきゃ身体崩すぞ!?早く出て来いよ!!!」
返事がない。おかしい。兄さんは人の話を無視するような人じゃない.....。
鼓動が早まる。心臓が痛い。胸騒ぎがする。
「もう力づくで開けるぞ!!?」
これでも返事がない。俺はドアを数発蹴り、タックルして強引にドアを開けた。
部屋には参考書の山とベッド、勉強机。そして...
「兄.......さん......?」
椅子と...天井に繋がれてるロープと...................
「あ........あぁ.........あぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
「.......!!」
なんだよ、もうちょい寝かしてくれよ。
「しっ.......か!!」
うるせぇ、騒ぐなよ。
「しっかり...んか!....ケル!!」
後ででいいか...身体が動かん...
『起きねぇなぁ...なんかねえかな?』
『我...あまり関わりない.....』
師匠達...?
「これなら起きるかの?」
今の俺は意識だけ覚醒してるんだ。俺が身体を動かせないんだから他人になんか無理に決まってるだろう。
「こやつ、修行中のミサキのぼでぇを危険な目で見とったのじゃ。特に胸!OP!ミサキのやつ、いい汗かいとったからのお!!」
.................見ない方がおかしい。
「それだけならまだしも夜中に何やらモゾモゾしだすことが多々あってじゃな.....」
「だーっ!!うるせぇ!!」
まだ休み足らない身体に鞭を打ち、俺の信頼を下げないためにも力づくで起き上がる。
「『『あ、おはよう』』」
「お前らもうちょっと俺の扱いを....」
ふざけたヤツらに一喝しようと身体を起こした瞬間、ミサキが胸に飛び込んできた。
「タケル...良かった......」
「お、おい、どうしたんだよ...?」
「『なーかしたなーかした♪︎』」
「一旦黙れ」
俺は残ってる最後の記憶を思い出す。
たしか作戦立てたけど失敗して...ミサキが...
「ミサキ!?お前大丈夫なのか!?」
「うぐっ....えぐっ......ひっくぅ.....」
返事になってねぇ...
「お主は二日眠っとったんじゃよ。その間、先に目が覚めたミサキはずっと看病してくれとった」
「そ、そうなのか...ありがとう」
ようやく俺は帰ってきたことを実感する。
『それにしても、お前あんな芸当できたんだな....』
「ん?何がだ?」
『いや、とぼけんなよ。あの剣でシャンッシャシャーン!!ってやつ!しかもお前ってヤツは魔法と連動させて使ってたじゃねぇか!!』
「あれは.....まあ、昔色々あって。結構な種類の武器の扱いができるようになったんだ。魔法はなんか...勝手に出てきた」
『..............................』
「そんなことよりガーゴイルだよ!いきなりあんな所飛ばされて、命失いかけて...あの暗闇に放り込んだやつ!!見つけたらぶっ飛ばしてやる......」
何故か婆さんが凄い汗をかいてたが流石にコイツがやったって事はないだろう。
俺はまだ泣いてるミサキに声をかける。
「本当に、ごめん。俺のせいだ。俺がちゃんとしてなかったから、お前を危険な目に合わせてしまった...」
ミサキは少し泣きやみ
──また泣き始めた。
「ばんべぞんばごどいゔのぉぉぉぉ...」
「ちょっ、待て待て!服で鼻かむな馬鹿!!」
それ以前に色々と当たってるんですが。鼻水さえ無ければただの天国なのにな。
あー、柔らけぇ........
「.....こやつ、感動のシーンに変な事考えとる...」
何で分かるんだよ!!
結局ミサキが泣き止むまで十数分を要した。
校長先生に言われるヤツやん。
「.......決めた」
ようやく俺の胸から顔を離したと思うと、ミサキが小さな声で、だが信念を持った声で決意する。
「もっともっと...強くなる。皆に負けないように、タケルと肩を並べて戦えるように!!」
天に向かって叫んだ後、くるっとグノームの方を見て
「だから、もっと沢山の魔法を、戦い方を教えて!グノームさん!」
『......道のり...遥かに険しい...それでもやる...のか?』
「当たり前だよ!強くなる為なら、何だってするよ!」
グノームはその時初めて、表情を綻ばせた。
『いいだろう......では修行を始める。付いてこい...』
「はいっ!師匠!!」
そう言ってミサキとグノームは魔女の家を出ていった。
ふと横を見るとサラマンダーが唖然とした表情で硬直していた。
『笑った......?グノームが笑った.....!?俺の異世界から持ち出した渾身の一発ギャグでも笑わなかったあのグノームが!!?』
何やってんだお前。
「そんな事はどうでもいいから」
『どうでも良くねぇよ!!あの流〇星のち〇うえいのギャグで笑わないんだぜ!?なんだこの敗北感は...』
まさかの俺達の世界のギャグだった。
「なぁ、俺も修行したい!ようやっと俺の戦闘スタイルが決まったから試したいんだよ!!」
『ん?だめだお』
思ったよりあっさり断られて逆にキレそうになる。
『お前は休養が第一だろ?ミサキのやつは落とされたものの軽傷だったし、お前よりも早く目覚めてるからやってるが.....とりあえず寝ろ』
「くっそー.....」
妙に筋が通っているので逆らえない。
俺はふてくされて、仰向けに寝る。
『ゆっくり休めよ。起きたらビシバシやるからな』
「あぁ、やってやる.....よぉ...........」
目を閉じ、次第に意識が隔離されていく中、
『信じてるぜ』
そんな声が密かに聞こえた。
雨が降っていた。それはもう土砂降りの。
「南無妙法蓮華経...南無妙法蓮華経...」
俺のせいで兄さんが死んだ。
俺のせいで...俺が...俺が兄さんを殺した...。
──そうだ。
俺が死んでしまえば良いんじゃないか?
そうなれば....
そんな事を考えてるうちに葬式が終わっていた。
骨なんざ見たくねぇ。もう、帰って兄さんと同じ死に方をしよう。
「......ただいま」
父は葬式までに帰宅出来なかった。かなり遠い所で働いていて、情報が遅かったらしい。
俺はふらふらと、だが一直線に兄さんの部屋に向かう。
ドアを開け、keep out と書かれたテープを引きちぎる。
「今行くからね....」
そう呟き、椅子に足をかけようとした時。
兄さんの机の上に日記帳がある事に気づいた。
俺はそれを開く。何故開いたのかは俺にも分からなかった。
11/12 木曜 今日はバスケでMVPを取れた。次期キャプテン目指して頑張ろう!
11/25 水曜 ようやく神門流の昇格試験に合格した!これで八段だ!!これなら今年中に師範レベルに到達できそう!!
12/4 土曜 タケルから相談を受けた。どうやら自分の周りの友達がいじめられているらしい。タケルの噂はよく聞くので、クラスの皆にNINEで聞いてみたら、才能に嫉妬している奴らが主犯者という事が分かった。タケルに話してみたが、何かやらかさないか心配だ。
12/8 水曜 タケルの様子がおかしい。やはり学校で何かあったのだろうか?兄である俺だけはあいつの味方にならなければ。才能は確かに羨ましいが、俺の弟はタケルだけだし、心優しい自慢の弟だから。
12/19 日曜 俺がいつも通り稽古していると、タケルが現れた。無茶苦茶ビックリした。何でもできるあいつだが、剣術だけは勝てると思った。これからどう成長するのやら。ここでも兄である俺が教えてやらねば。
1/30 日曜 俺は弟に負けた。あいつの成長速度は尋常じゃない。悔しい。悔しい。俺が積み重ねて来たものを尽く踏み潰してくる。バスケでも、剣術でも何でも。俺の取得はもう無くなった。生き甲斐も失った。ただの空っぽの器でしかなくなったんだ。
寝れない。あいつに負けた瞬間の映像が止まない。ドアの向こう側で何か言ってるが気にしない。ほっといてくれ。生きる意味が無くなったんだ。
ずっと味方でいなければならないのは分かっていた。
だけども才能に嫉妬する自分がいた。最低だ。兄失格だ。
心優しいやつなのに。俺はあいつを憎んでしまってる。そんな兄は要らないよな。捨てようか。この器を。どうせ空っぽだ。もうやめにしよう。
俺が死んだ事を一番早く知るのはタケルだろう。その時に、この日記を見つけたらどうか読んで欲しい。
お前の才能は素晴らしいものだ。だからそれを憎しみや嫉妬とかの負の感情に任せてに使うんじゃなくて、誰かの為に使ってやってくれ。自分の欲を満たすために使わないでくれ。
いつかきっと、お前を認めてくれる人が現れるから。お前はお前のままでいい。無理に溶け込まなくてもいいんだ。お前は決して一人じゃない。これからはいつだって俺が向こうから見守ってる。
だから笑え。
俺は足を地に降ろす。
「なんで...何でそんなこと言うんだよ......」
その日から俺は死んだ筈の、居ないはずの家族の幻を見るようになった。
「おい、タケル。お前型間違ってるぞ?」
「あ、こうか!」
「そうそう」
「タケル〜、あんたの好きなカレーが出来たわよ」
「ちょっと待って。今スパイダーマンが戦ってていい所なんだよ」
「タケル、この機械はこうしてだな...」
「なるほど、そうやって動いてるんだ」
友達より家族と一緒にいたい。そんな思いが
──俺をひきこもらせた。
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