勇者の冒険(仮)

あべこー

プロローグ


朝、目を覚ますとそこには見慣れた天井はなく、目の前には木々が立ち並ぶ森の中にいた。天から降り注ぐ日光で、地面にはまだらに当たった葉の影が描かれている。

「え、ここどこ?」

辺りには風が木々を揺らす音が響き、森林の独特の匂いがどこか心を落ち着かせた。

「あぁ、そういえば……」

初めは困惑しつつも、次第にこの状況を理解していった。


――俺は、伊藤 圭介。ごく普通の高校生だ。ちょっと頼みごとをされると断れないとか自分より他人を優先してしまうとかいう性格ではあるが、普通ったら普通だ。
今日もいつも通りの時間に起床した。いつも通り朝ご飯を食べ、制服に着替える。

「今日も学校かぁ……」

別に学校が嫌という わけではない。勉強もそこそこできるし、友達もそれなりにいる。だが、変わり映えのしない日常に飽きてきた。

毎日同じ時間に学校へ行き、つまらない授業を受け、家に帰る。このサイクルを繰り返す。

「あーもうやんなっちゃうなー、バイトでも始めようかな」

そんなことを考えながら、家を出た。
強い日差しで手で隠しながら天を見上げると、一面に青空が広がっていた。どこからか聞こえてくる蝉の鳴き声をうっとおしく感じながら歩を最寄りの駅まで歩を進めた。

「なんなんだこの暑さ……」

駅に着くころには、額から汗が吹き出し、それをワイシャツで拭っていた。

駅の構内に入り、定期券で改札を通ろうとする。しかし、よく見ると期限が昨日でで切れていたことに気づいた。しかたなく、財布から紙幣を取り出し、チャージして改札を通った。

さすがに駅の構内だけあって外よりは涼しく感じた。駅のホームには、人がそれなりにいたがベンチは一席分空いていた。ひんやりとしたひじ掛けに腕を置き、電車が来るのを待った。

《まもなく、列車が参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください》

駅の自動放送が鳴り響く。遠くから列車の音が聞こえる。
俺は立ち上がり、列車の乗車位置に並ぶ。

すると小さな子供が黄色い線を越えて列車をのぞき込んでいた。小さな男の子だ。
4~5歳くらいだろうか。子供の親らしき人は後ろで電話に夢中だった。

危険だなと感じた俺は「危ないよ」と声をかけようとした。
すると、遠くから年配 男性の怒鳴り声が響く。

「あぶねぇッ! 早く離れろッ!」

子供に離れるように警告したつもりなのだろうが、その声を聞いて子供は、ビクッとして足を踏み外してしまった。

駅のホーム内には子供の泣き声がこだまする。
俺は急いで非常停止ボタンを押すが、列車はすぐそこまで迫っていた。

この状況に気がついた大人たちもいたがどうすることもできず、ただ見ているだけだった。

だが、俺はまだ希望を捨ててなかった。列車がブレーキをかけたことでスピードが若干落ちた。それをチャンスと考え、俺は線路に飛び込み子供を抱え、ホームに投げ飛ばした。

「おらぁぁッ!! 」

気合いを込めた声が駅構内に響き、子供が宙を浮く。

多少、擦り傷を負うかもしれないが、これで子供は助かるだろう。
とても俺が逃げる時間は残されていないがこれでいい 。俺は死ぬけどあの子は生きていけるだろう。

「あーあ、ここで終わりか。なんだかパッとしない人生だったなぁ。来世はもっと楽しい人生でありますように」

俺は死を覚悟し、来世に願いを込めた。

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