ナイトウォーカーども

罪野まい咲

寝ても覚めても皆同じ

“ゆうやけこやけで〜♪ひがくれて~♪”

街中で歩く人型に、これで最後と言わんばかりに朱色の日差しが降り注ぐ。
影はより一層濃く、長く伸びていく。

“やまのおてらの かねがなる〜♪”

濃く暗く黒くなった影だが、夕闇に呑まれて影と闇の境目がなくなっていく。

“おててつないで、みなかえろ〜♪”

影の様に黒い烏が帰巣本能に従い、家路につく。
その真似をするかの様に小さな影も住処へ戻っていく。

“からすといっしょに〜♪”

影で、より黒くなった烏が更に黒い夕闇に向かって飛んでいく。

“か〜♪”

夕闇が迫る。

“え〜♪”

夕闇が広がる。

“り〜♪”

夕闇が広がる、拡がる。

“ま〜♪”

夕闇が広がる、拡がる、廣がる。

“しょ〜♪”

夕闇が広がる、拡がる、廣がる、氾がる。

“う〜〜♪”

闇が街を呑み込んだ。

ここからは、世界最大の影『夜』の時間。

とは言え、まだ日が暮れたばかり。
歩き回る人影は電光に照らされ、ウゾウゾと有象無象が跋扈している。

それでも、昼の街で動いていた人影は次第に減っていくのが、世の必定ならぬ夜の必定というものだ。

時刻板では、片割れのノッポが分刻みで急からしく動いている。
その片割れに何度か追い越され、それを見送りながらチビも着実に歩みを続ける。
そうやって、確実に2人は頂点へと近づいていく。

さて、人気がめっきり減ってしまった夜の街。
だが、誰もが居なくなってしまった訳ではない。
寧ろ、夜になったからこそ表を出歩き始める者達がいる。

人に知れず、まさしく陰で、人に知られず影に生きる彼等は『闇夜行者ナイトウォーカー』と呼ばれている。

現実的事実からも辞書的意味の皮肉も含めての呼び名だ。
彼等の大半は夜にしか出歩かない。
その理由は引き籠もりから大っぴらには顔を晒せない者まで様々に。
しかし、その内の大半は至極平凡な凡人である。

そして、彼等のごく一部だが、稀代の奇人、変人、怪人、鬼人、狂人、痴人が混じっている。

闇夜は広いが、夜の街は狭い。
移動圏内も交通機関やら国家権力やらの関係上で縮められていく。
その事から、自ずと異質な者どもを知る機会は増えていく。

ここに野外から夜街へのデビューしたての淑女が一人。

年齢は最後の10代を謳歌している頃。
一般では法的に大人の階段からエレベーターに乗り換え、責任無能力者フロアから責任能力者フロアへと移される年代である。

夜闇にも勝る黒髪を溶け込む様に揺らしながら、薄明かりだらけの街中を歩いている。

余所者という奴だろう。物珍しそうに、しかし、元ともあまり代わり映えのしない建物々をキョロキョロと見ている。

先程からゴキブリでさえ息が詰まりそうな程に狭い横手の路地で彼女観ている目にも気にも留めずに・・・・・・

彼女は進路を左に曲げた。
夜行者たちの数少ない補給所に入って行ったらしい。

今の世の中でも夜行者どもが苦労少なく夜行できるのは、この24時間電気がつきっ放しの小型小売店舗が乱立しているからだろう。

電力会社から以外に珍妙なはぐれ者たちにも重宝されているのは明白な事実だ。

金さえ問題なければ真面に飯にも娯楽にもトイレにもあり付けるなら文句は無い。
まぁ、ドアが開く度に鳴るおかし気な音が気に食わない奴と溢れ者達を忌み嫌う連中には少々酷だろうが。

特に陽満よみちでは、はぐれ者が多く、金財布が道端をウロウロしているわけだ。
これを逃す手は過ぎりもしない。

要は、取り揃えが多い代わりに、ひたすら金を毟り取られる。
滅多に損はしないが、絶対に得はしないし、させない。

それでも、他よりも頼る手としては頼りになる。
だから、財布の口を開けざるを得なくなる。

つまりは、陽満よみちのコンビニもコンビニのはぐれ者という事だ。


色々と物色してみる。置いてる品自体は昼間いつもと大して変わらない。

取り敢えずは、無難におにぎりを・・・・・・
無い。


先に則り、取り敢えず回れ左で180°回転。 


と言うより、あれはない。

居た。おにぎりは在った。けど、ベタに鬼が居た。

それも、ただ鬼が居るだけとか、更にベタに鬼が滅多斬りされてるとかなら良いけど、ベタ中のベタに私が鬼にKillされるのは御免だ。

誰が狂ってようが構わないけど、誰にだろうとKillされるのは我慢ならない。

仕方ない。別に今日どうしてもおにぎりを食べないと死ぬって訳じゃないし、もしそうならそうで、最期の特攻ぐらいはしても良い。
まぁ、そうすると今日おにぎりの為に死ぬ事になるンだけど。

ハズレは無いと思ったけど、大当たり過ぎるでしょ・・・・・・

結局、パンとカフェオレにした。

パンにはパンで、何かさっきとは別の殺気やる気じゃなくてヤル気を放ってる酔っ払いが絡んできたけど。

さてと、他に入り用な物もないし、
レジで・・・・・・

マジか。
さっきの鬼が居る。

え、何?店員、ジェノサイドされたの?
この近距離だと流石にヤバいって・・・・・・

てか、鬼、エプロンしてンだけど。

・・・・・・あぁ、何だ。ただの店員か。


比較的小ぶりなビニール袋を片手に出てくる。
袋を持つ手とは逆側に血痕が残っている。

それを別段に気にする様子も無く、買ったもの飲み食べ夜行を再開し始めている。

夜中、とはいえ真っ暗闇という訳ではない。
色々と散策するには充分な明かりは保ち、かと言って鬱陶しい程には眩しくない。

街灯は便利だ。いくら夜行者ナイトウォーカーとは言え、それと必ず夜目がきく事とは一致しない。

一般的な道路沿いの民家ばかりになると、視線は自ずと道路沿いの柱に向く。

・・・・・・一瞬、ほんの少しだが、僅かではあるが昼夜関係なく異様な者を捉えた。

危うく自費で買ったカフェオレを吹き、無駄にする処を飲み込んで抑え込む。
折角、金を自分で払ったのだ。一銭も無駄にするつもりはないという事か。


元々、苦いのか、まろやかなのか、どっちつかずで誤魔化した味が嫌いで、特別に好きでもないけど、その分だけ自分の物が無駄になるのは癪だし・・・・・・

に、してもどうなってンの?アレ。
街灯に・・・・・・立ってるよね?

詳細には街灯の横、て言うか側面?に立ってるよ

コンビニの前の輩より無害でも、断然コイツのが警戒心を煽るンだけど

どこぞの青タヌキからグラビティ・ペイントでも貰ったのか?
私と同じ地面のみたいに・・・・・・あ、しゃがんだ。


通念に従えば、人通りが多いければ、被害には合いにくいのだろう。
しかし、通念や通則がまかり通るなら昼-夜をわざわざ区別する様な面倒な真似はしない。

夜の街では、寧ろ、逆に、人が多ければ多い程に、奇妙な連中とも鉢合わせしやすくなるというものだ。

要は、“人通りが多い=安全”などは成立しようがない。
だからこそ、それなりの覚悟を持たなければならないという事なのである。


少し人から離れよう。

何この面倒な街、マジで面倒くさい。


二切れのサンドイッチは、一切れのサンドイッチから零切れのサンドイッチ、もといビニール包装だけになっていた。

中途半端な混ぜこぜは、中途半端な量が残っていた。

夜の灯火が夜空からだけの場所は幾らでも在る。
暗い。幽かに明るい中に立っていた。微かに鼻をつく良い匂いと謂う嫌な臭いがして




鼻下に臭いがまとわりつく、と言うより力づくで押さえつけてきた。

臭いの元は薄黒いが、しっかりと五指を形作っている。

黒いより暗い、それよりもやと云った感じだ。
しかし、顔を掴まれている事も加味して実体はある。

此処で前言撤回としよう。修正というよりも付加が正しいのだろうが。
人通りが少ないなら、少ないで変なものに目をつけられるし、襲われる。

どちらにせよ、夜の街を安全と言った過去はない。


「やっと一人になってくれたんだね。人っ子一人いない独りきりの場所。」
「全く。待ち遠しかったんだよ。」
「いや、私と君で二人きりと言い直そうか。」

この声なら男?それなりに歳もいってる。
老けてもないけど、若くはないって感じね。

て言うか、さっさと口からどけろよ。臭さ余って腐りそう。
こういう臭い大っ嫌いなンだけど・・・・・・

あぁ、目がクラクラする。視界が回る、廻る。


地べたに、これはまた似つかわしい程に中途半端な匂いの元が中途半端なシミを作る。

中年と云うには、少しばかり早い痩躯の人影。

暗闇から影とは些か奇妙だが、事実に影と呼ぶのが相応しいものだから仕方がない。

誠実なのだろうと思わせぶりな顔が下卑た表情を浮かべると、なお一層腹立たしさを掻き立てる。

どうもやり慣れている。常習犯である事は確実だろう。
捉えるタイミングも、捕まえる場所も、掴まえる手際も、今までに何度となく同じ事をして来たと推察させる証拠である。
もし、そうでないなら余程の才を持った変態か痴人であるとしか言えない。


「さてさて、さてと・・・・・・夜は短い。長い夜を始めうか。」

指らしい箇所がゆっくりと髪に触れる。


撫でるなよ。気分が悪い。


鎖骨に。


愛でるなよ。気味が悪い。


脇腹に。


慈しむなよ。気色が悪い。


太股に。


愛おしむなよ。

「さぁ、一緒にぃ――「失せろ。」

ほら、機嫌が悪くなった。


もやであるはずの腕が何かに切り裂かれる様な音を立てて、何かに切り裂かれた様に落ちた。

具象体が分離させられるのではなく、切り裂かれるという奇妙な出来事が自身の目の前で起きた事が瞬時には理解出来ていないらしい。

僅かに動揺し、困惑し、その後でハッキリと現状を認識し――――

首が落ちた。
と言うよりも、全身がその瞬間に、ほぼ同時と呼んでも差し支えのない速さで切り刻まれたのである。

何のためか、唯一形を残された頭部のみが相手を捕捉しようと躍起になる。

眼前の、つまり今しがた自分が如何わしい事を仕掛けた女は、こちらを見るぐらいで、あとは微動だにしていない。

この女が自分と同じ様に身体を変質させたとも考えられるのだが、と思い至ろうとして視覚が遮断された。




目が視える。
目が見える。

私は切り刻まれたらしい。
さて、目の前のこの目はその張本人のものか?それとも、あの女子獲物のものか?

視えるという事は、もう元に戻ったという事かな。

しかし、酷い事をするな。
噛まれる、刺されるぐらいは許すが、裂かれるのは困るな。
元通りになるまで、些か時間がかかる。朝になって・・・・・からでは困る。

「やれやれ、」

全く、

「酷い事をする。」


覗き込んでいた目は彼の知る虚ろかな黒目ではなかった。
覗き込んできた視線は彼の知る冷ややかな白眼視ではなく、轟々と、しかし静かに燃える熱視線だった。

情熱的にではなく、感情の熱が爆発的に溢れかえった憤懣、憤怒、憤慨を込めた熱視線だ。

気がついたと判れば、その都度、熱が冷めるまで千枚おろしにせんとする視線だった。


しかし、あの青年は一体全体どこに居たのだろう。
私があの娘と夜を謳歌しようとした時には居なかったはずだが。

不定期だが、週に一度、女史たちと夜の虜になってきた。

邪魔する紺色の制服や半端者どもに邪魔されない為にも、“お誘い”の時には、警戒も注意も払う。

私は漫画のキャラクターなどではない。だから、飛び抜けて殺意や害意、敵意を察知できる訳ではない。

しかし、それでもあれ程に、凍える程に燃えた気配を直前まで感じないことは動物としてありえない。
私はまだ動物まで、生物までやめてしまったつもりはない。


女性と同様、黒ずくめの、目付きの悪い細身の青年は悪い目付きを鋭く、刺すように、裂くように、切り裂くように男を睨み続けている。

「虫。」


虫、とは私の事か?私の様だな。

「酷い事を言うね。」
「酷い事をした上に酷い事まで言うとは、酷い児だ。」

「酷い事、知らない。」

「人の身体を千切りにしておいて、」

「「他人の身体を傷物にしようとしたくせに。」」

声が重なる。

青年が黒い尖った耳をピクリッと動かす。
どうやら珍しく女史が重たい唇を開いたらしい。

「だから知らせてやったのに。」
「警告も、忠告も、諦める機会もやったのに。」

横の青年が爪をカリカリと剃り鳴らす。

「コイツの機嫌を損ねるのは、嫌なンだよ。」
「この仔、独占欲強いから。」

「違う。守る、だけ。」

彼女の言い分に些かの不服があるらしい。
表情は変えずとも、顔色は異議述べたげだ。

「わざわざ用もないのに、コンビニに寄って、」
「嫌な飲み物まで買う羽目になったのに。」

今までで、一等冷やかな視線を向ける。
青年の熱が身も凍える視線なら、彼女のそれは痛いくらいに凍てつく視線だろう。

「なんで、付いてくるかな。」

「いつから?」

「は?」

「いつ気づいたのかな?いつごろ?」

「教えない。教えたくない。教えるわけがない。教えられるわけがないでしょ。」

男はやっと目先の獲物永劫に諦めたらしく息を吐く。

「分かった。」

「・・・・・・・・・・・・あ、そう。」
(まぁ、あの臭いが、視線が、息が、毒牙が、何より面倒くさいのが私に向かないなら良いし。)
「じゃ。」

あっさりと何事も無いように、無かったように、無いであるように足尖つまさきを路地の外に向けた。

「行くよ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「行くの。」

「ん。」

女史の踵の向く先に足を向けている。

「良い夜を。」

「明ける。」

彼の唇と同じくして、再び視界に線が入る。
綺麗な一閃の美麗な線が優美にズレていく。

その僅かでも、刹那でもゆったりとした時間の中で、今夜の一等の疑念を取り払うには充分な時間で眼前で、目前で目撃した。

黒装束の青年が黒衣装の淑女の真っ黒にして、真っ暗な、少し薄れた洞穴に溶け込むほどに自然に呑み込まれていった。

世界最大の影の時間は終わり、また人影が蠢く時間にバトンが渡される。
陽満よみちの夜道を行っていた者は既に影も形もない。

ただ一人、鬱陶しく神々しい閃光の放射に当たりながら、家路についた人影があった。

お早うおやすみ。」

軽い扉が重く閉ざされた。




テレビ。つけられる必要のない灯りが並んだ家の中で、数少なく在る事が許された明かり。

「――先日、発見された“陽満よみち市連続強姦殺人事件”の新たな被害者に――――」

公共のおしらせの中に一瞬、場違いにも思えるくらいにその場に合った電子音が主張する。

熱いからか、熱がっているのか、それとも暑いのか、カップの口からはフワフワと、たんぱくなもやが溢れ出している。

小さな白い甘味を少し加えるのが、良い。ハチミツは甘ったるすぎて合わない。
少し、ほんのりと、僅かにとろけるのが丁度いいのである。

少しばかり喉を通すと、腹部から血潮が広がった気がした。


目立って観ておくべき話はナシ。
目立つのは、全国ネットで話題らしい事件ね。

見ておく必要なンて感じないニュースばかり。
自分で見て、体感して、知った方がよっぽど身になるわ。

見当違いな人探しを続けてご苦労さま。
明かりしか見てない、見ようとしない、暗がりを見ようとしない、見てない連中には暗がりは解らないし、影も見つけられない。

真面だと思ってる人間が異常者を理解できるわけないのに。ご愁傷さま。


テーブルの上では、熱が引いてなお、カップが白い息を吐いている。

休む前には、やはり定番だろう。

そうする間に、そういう間に、そう言っている間に睡魔が手を引いている。

よく混ざっていなかった様だ。最期はそのままの、元にはなかった味が染みていった。

私の中は温かい。外部からの横やりが無ければ、充分である。


「(お疲れ。)」

さて、ひと休み。
真面だと思われる顔になるまで。

今日は、白だった。

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