最強になって異世界を楽しむ!

水泳お兄さん

狂想曲

「ふんっ!」

 カプリースの右上の剛腕が唸り、風を切りながら大剣が地を駆けるエレナに振り下ろされる。
 狙いは完璧で、カプリースはエレナの動きをしっかりと視界に捉えていた。

「加速」

 エレナの速度が変わらなければ、カプリースの大剣が直撃していただろうが、そうはいかない。
 エレナが白夜を引き抜いて呟いた瞬間、その姿が残像を残すほど加速した。

「ぬぅ!?」

 カプリースの大剣は地面を抉るが、そこにエレナの姿はない。
 急いでエレナを探そうとしたカプリースだったが、右足に痛みが走り思わず顔をしかめる。

「ほう……速いな」

 一瞬でカプリースの股下を通り抜け、その右足を斬りつけたエレナに向け、カプリースは賞賛を送る。
 だというのに、当のエレナの顔は晴れない。

「手応えはあった。確実に斬り落としたと思ったその足……ほとんどダメージがないな?」
「そんなことはない。しっかりと傷は付いているだろう」

 カプリースの右足からは、その言葉通り黒い肌から血と思われる紫色の液体が流れ出ている。
 だが、出ている血の量は多くない。

 エレナの先程の攻撃は、速撃と加速のスキルの組み合わせに加えて白夜の斬れ味もあり、普通の魔族なら10人重なっていたところで両断するのは容易なはずだ。
 それがカプリース相手では骨にすら届いていない。

 特訓の成果で幹部も圧倒できるかもしれない。
 それなセレナの淡い期待は打ち砕かれたが、動揺はない。

「ふーッ……加速」

 セレナは大きく息を吐き出し、再び抜き身の白夜を構えて疾走した。
 今度は最初から全速力で。

「やはり見えんか。ならば……」

 カプリースは目を凝らすが、エレナの姿を捉えることは出来ない。
 ここで大剣を振り回しても、先程の繰り返しになるだけだ。
 そこでカプリースは、自らの大剣に込められた力を使う。

「爆ぜるがいい」
「なっ!?」

 カプリースが両下腕部に持っていた大剣を地面に突き刺しそう言うと、大剣が淡く赤色に輝き、爆発した。
 2本の大剣を中心とした爆発は広範囲の地面を割り、エレナは突然の足場が崩れたことにバランスを崩す。

「速度さえ無くなれば当てるのは簡単だ」

 足の止まったセレナに、カプリースの中腕部に持った2本の大剣が迫る。
 横薙ぎに振るわれたその大剣の攻撃範囲は広く、避けるのは難しい。

「なめるな!」

 だが、エレナはその攻撃は上体を限界まで逸らしながら、白夜で大剣の軌道をほんの少し上に向けることで回避する。
 力では圧倒的に劣るエレナでも、軌道を変えるぐらいならば可能なのだ。

「受け流したか。刀の腕もなかなかのものだ」
「余裕のつもりか?」
「いや、そうではない。この大剣の力を使うに値する相手だと、再確認しただけだ」

 素早く上体を起こして攻撃態勢に入るエレナに、カプリースはそう言って笑うと、今度は上腕部に持った2本の大剣をエレナに振り下ろす。

「同じ手だなんて、芸がっ!?」

 最小限の動き……白夜で大剣の軌道を逸らし、紙一重で避けようとしたエレナの言葉は遮られる。
 体を正面から殴られたような衝撃と共に、視界が前へと流れていく。

 吹き飛ばされた。
 そう気付いたのは、岩に背中から激突してからだった。

「げほっ。う……ぐ……」
「言ってなかったが、俺は魔王軍の鍛冶師をしている」

 咳き込みながらも立ち上がったセレナは、今の状況を理解した。
 カプリースの上腕部の大剣2本が、風を纏っている。
 大剣自体に当たらなくとも、纏った風で吹き飛ばす、ということだろう。

「これで終わりじゃないだろう? さあ、もっとやり合おう」
「ぐぅ……もちろん」

 カプリースは獰猛に笑い、大剣を構え直し、エレナはそれに応えるように、笑みを浮かべて白夜を持ち直した。

* * *

「敵もかなり押し返したようじゃな。もうわしの攻撃も必要ないじゃろう」

 後方から高火力の魔法により、多くの魔族を葬ったマリーは、前線へと向かうことにした。
 問題はどこに向かうかだが、

「さっき見えたのはレイの魔法じゃったが……レイがあそこまで魔法を行使するとは」

 マリーはレイのものと思われる、毒魔法を視界の隅に収めていた。
 普段のレイは毒魔法を使うことは少なく、もっと他の危険度の低い魔法を使う。
 つまり、それだけの相手が現れたということ。

「大丈夫じゃとは思うが、念の為向かうとするかのう」

 マリーは後方支援を終え、中央から左側の戦場へと向かうことにした。

* * *

「エレナちゃん、大丈夫かな」
「相手は幹部ですから、大丈夫ではないでしょうね」
「もう! ハラルちゃん、不安になること言わないで!」
「どう言えば正解なんですか……とはいえ、セレナが大丈夫だと言ったんです。私たちは信じるしかないでしょう」
「……それもそうだよね! うん、私はエレナちゃんを信じるよ!」
「それがいいと思います」

 ハラルとレクシアは、敵を倒したながら一直線に敵陣へと切り込んでいた。
 ハラルの耐久力に加えてレクシアの高火力、広範囲の攻撃により2人を止めることの出来る魔族はいない。

「このままなら、簡単に奥まで行けそうだね」
「油断しないでください。こういう時が1番やられ……え?」

 突如、前を走っていたハラルの足が止まる。
 不思議に思うレクシアだったが、その疑問はすぐに解消された。

 ハラルの左胸を槍が貫いていた。

「ここで……来ます……か」

 ハラルが前のめりに倒れ、動かなくなる。

「え? 嘘? ハラルちゃん、嘘だよね?」

 突然のことにレクシアは頭の処理が追いついていないのか、呆然と立ち尽くしている。

「ふはははは! その表情、とても愉快である! その女神もどきも、我に殺されてさぞ悔しいであろう」

 レクシアの耳に、聞き覚えのある声が響く。
 そちらを向けば、忘れることは無い、圧倒的な力を持った魔王軍の幹部……コラールが後方から歩いて来ていた。

「風を槍に纏わせることで、不可視にして音も無くす……ここまで上手くいくとは思わなかったであるがな」

 コラールが槍に手を向けると、ハラルの胸から槍が抜け、その手元へと戻る。
 槍を振るって血を払うが、コラールはその槍を見て眉をしかめた。

「殺したはいいが、汚らわしい血がついたのは不快であるな。まあ良い……さて」

 コラールが槍を振るうと、凄まじい激突音が辺りに響き渡る。

「いつぞやに見た魔剣であるな」
「殺す!」

 笑ってそう言うコラールを無視し、レクシアは何度も剣を打ち込む。
 コラールをそれを余裕の表情で槍で受け続けるが、レクシアの両目が青く変化したのを見て、その表情が曇る。

「腕を上げたであるが、やはり弱い」
「うるさい、黙れ! 雷帝・神罰!」 

 ゴォン!

 思わず耳を塞いでしまうような大音量と、大気を震わせる衝撃波がと地響きが鳴る。
 レクシアが力を使い、雷をコラールに向けて落としたのだ。

 いや、それはもう雷などという生易しいものではない。
 神の力を十分に使ったその攻撃は、当たれば塵も残らないだろう。

「……驚いた。まさかこれほどの攻撃を持であるとは」

 コラールはレクシアが攻撃する素振りを見せた瞬間、本能に従って風を操り自らを後方へ吹き飛ばした。
 その判断は正しく、コラールは危うく文字通り消し飛ばされるところだった。

「絶対に……貴方だけは殺すよ」
「面白い。楽しめそうであるな」

 憎悪の瞳で睨みつけるレクシアとは対照的に、コラールは新しいおもちゃを見るような瞳でレクシアを見るのだった。

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