最強になって異世界を楽しむ!

水泳お兄さん

装飾曲4

 血の槍の雨を、レクシアが土の壁を4人の頭上に作って防ごうとするが、血の槍は1つ1つの威力も高いようで、土の壁に徐々にヒビが入っていく。

「後ろに下がるよ」
「わかった」

 その間にワタルとレクシアは後方まで下がり、マリーとリナを血の槍から守りに行く。
 2人とも魔法を完成しているようだが、魔法陣を展開しているためその場からは動けず、あの量の血の槍は捌ききれないだろう。

「ワタル、わしらは準備出来ておるぞ」
「わかった。なら、次で俺が仕掛けるよ。2人はタイミングを見て魔法を使って」

 ワタルの言葉にマリーとリナは頷き、それを見てワタルは土の壁が壊れるのに備える。

「ワタルさん、これをアラベスクにバレないように、近くの地面に刺してください」
「これは?」
「説明は後でしますから、とにかくお願いします」

 ワタルはリナに呼び止められ、短剣渡される。
 それがどういう意味があるのかワタルにはわからなかったが、リナがそう言うので言う通りにする。

「来るよ」

 と、そこで耐えていた土の壁が壊れる。
 同時に降り注ぐ血の槍へ、ワタルが事前に準備していた魔法を使う。

「水よ、刃となり、弾け」

 水魔法によって大量の水の刃を作り出し、それを血の槍へとぶつけて弾く。
 元々土の壁が防いでいたこともあり、血の槍の数は少なく問題なく全て弾けた。

「これなら!」
「無駄だ」

 弾いた血の槍は、アラベスクが両手を動かすと小さな血の球体となり、四方から4人へ飛んでいく。
 質量が小さくなったことで数は増え、これを捌ききることはまず不可能だ。
 最初から予想外の攻撃をされ、ワタルは急いで後方へ戻ろうとする。

「スペルブレイク!」

 その必要はなかったようで、リナの使った禁忌の技術により、血の球体は血液となり地に落ちる。

「ワタルさん、行ってください!」
「はい!」

 リナの残り魔力から考えて、これ以上は禁忌の技術を使うことは出来ないだろう。
 ワタルとレクシアはこの好機を活かすため、左右から同時に距離を詰めていく。
 その時に短剣をバレないように、足元へと落とす。

「やはりお前が厄介だな。先に殺しておこう」

 アラベスクは向かってくるワタルとレクシアをチラリと見るが、まだ余裕があると判断したのか、リナへと手を向けるとリナの足元から血の槍が、リナを貫かんと迫る。

「ワタルさん、ありがとうございます。転移」

 血の槍がリナを貫いたと思った瞬間、リナの姿が消え先ほどワタルが落とした短剣の場所へ、現れる。

「また消えたか」

 アラベスクはリナを殺すことを諦め、迫ってくるワタルとレクシアを迎撃しようと、両手の血の剣を構える。
 このまま攻撃しても、防がれるか避けられるのはわかっているため、ワタルはさらに魔法を発動させる。

「みんな、目と耳を閉じて」

 練習によって無詠唱で右手に作った、土魔法でできた球体をアラベスクの足元へ、思いきり投げつけ自身も目と耳を閉じる。
 アラベスクの足元で割れたそれは、強烈な光と音が発生し、アラベスクの動きが止まった。
 雷帝の時に使ったものに光を足すことで、現代のスタングレネードを完全に再現している。
 非殺傷武器だが、その効果は絶大で唯一目も耳も閉じなかったアラベスクは、今頃目眩や耳鳴りといった症状が起こっているはずだ。

「これは神の鉄槌なり。神に逆らう愚か者へ、裁きの鉄槌を下す」
「水よ、我が剣に、纏え」

 そこへ、ワタルとレクシアが自身の持つ最大火力の攻撃を放つ。

「雷槌」
「魔法剣」
「ぬううっ!」

 ワタルの水を纏った夜想曲の剣がアラベスクの両足を切断し、レクシアの雷の槌が追撃をかけるように、アラベスクの胸の中心へ叩き込まれる。
 アラベスクもこの攻撃はダメージが大きいようで、バランスを崩し苦しそうにもがく。

「降り注げ、流星」
「刺し貫け、多連剣」

 マリーの聖属性の矢と、リナの剣がどちらも大量に放たれ、その全てが間違いなくアラベスクへと命中する。

「終わったじゃろう」
「まだだ!」

 手応えを感じたマリーがそう言うが、ワタルは見てしまった。
 そして土煙が晴れ、ワタル以外の3人にもアラベスクの様子が見える。

「死にかけたぞ」

 アラベスクは体の所々に欠損しながらも、まだ生きていた。
 既に血を集めて回復を始めており、その体はゆっくりとだが回復していた。

「やばい、俺が……」

 ワタルはトドメを刺すべく走ろうとするが、魔力を使いすぎたか、体が思うように動かない。
 回復される、そう思い気を落としかけたワタルの横を、黒い影が通り過ぎる。
 黒い影はアラベスクへ一瞬で近付くと、そのまま隣を通り過ぎる。

「なんだ、お前……は」

 黒い影はアラベスクを通り過ぎると、止まってくるりと振り返る。
 何もされなかったアラベスクが黒い影へ尋ねようとしたが、それは叶わなかった。
 アラベスクの頭部は、首から綺麗に切り落とされていた。
 ドサリ、と落ちたアラベスクの頭部を、ぐちゃりと黒い影が踏み潰す。
 アラベスクはそれで息絶えたのだろう。
 集まっていた血は止まり、アラベスクの体はまったく動かなくなった。

「エレナ?」

 ワタルは、黒い影を見てそう名前を呼ぶ。
 牙と爪が目立ち、ピンク色だった瞳を紅く輝かせて雰囲気の変わったエレナは、ワタルたちへと視線を向けた。

「リナ、エレナは動ける状態じゃったか?」
「無理よ。間違いなく、這うことぐらいしかできないはずよ」

 背後からマリーとリナの話し声が聞こえるが、ワタルの目はエレナに釘付けになっていた。

「無事でよかった。傷は大丈夫なの?」

 エレナはワタルの質問に答えず、ゆっくりと両手の粛清剣を構えた。
 次の瞬間、エレナの体がブレた。

「ワタルくん!」

 ガキィン!
 鉄と鉄がぶつかり合う音と共に、ワタルの目の前で火花が散る。
 斬り掛かってきたエレナを、レクシアが間に割り込み、右腕を剣に変えてそれを防いだのだ。
 2人は鍔迫り合いをしていたが、エレナが力を込めるとレクシアが力負けしたのか、後ろへ飛ばされワタルが受け止める。

「エレナちゃん、正気じゃないよ」
「みたいだね」

 今のエレナとレクシアの攻防で、ワタルも目が覚めた。
 今のエレナは興奮しているかのように、荒く息を繰り返している。
 両手は前につき、まるで四足歩行だ、

「ワタル、それは恐らく人狼という種族特有よものじゃろう。今夜は満月じゃからな」
「満月……エレナのスキルにそんなのがあったね」

 エレナの冒険者カードを見た時、ワタルはスキルに人狼というものがあったのを思い出す。
 効果は満月の夜における、ステータスの大幅な強化。
 だが、暴走するなど一言も書かれていなかった。

「復讐の対象を目の前にして、興奮して暴走したんじゃろう。精神状態に左右されるようじゃな」
「止めるには、やるしかないのかな」
「それしかないじゃろうな」
「……わかった。リナさんは下がっててください」

 とにかく、今のエレナの暴走を止めるには、エレナと戦うしかない。
 ワタルはリナに下がってもらうように言って、夜想曲の剣を構える。
 隣にはレクシア、後ろにはマリーが同じようにそれぞれ武器を構える。

「エレナ、今止めるからね」

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