OSAMU

再開

 雪が舞っている中僕は誰かと一緒に公園のベンチに座っていた。
『僕、変われるよ?だから、お願い、まだ一緒にいてよ』
『ごめんね、でも人ってそんな簡単に変われるものじゃないと思うんだ』

ピーピーピーッピ…
『夢…か。』
寒い冬の季節、僕は布団の温もりを感じながら時計のアラームを止めた。
あと五分だけ…
ピーピーピーッピ…
もう五分か。
布団の外から漏れる冷たい空気を感じながら布団を剥がす。
外から郵便のバイクの音が聴こえている。朝が来たという絶望感を感じながらも洗面所に向かった。
鏡を見ると頭は芸術家にセットしてもらったのではと疑うほどの出来だった。
朝食はトーストを二枚とミルクを一杯、
それを食べ終える頃には部屋はストーブの温風で温まり、心地よい空間が出来上がっていた。髪を整え、バイトの準備を済ませると空いた時間が出来たので一服を済ませ、家を出た。

都会の中心から少し離れた。こじんまりとした古い空気が自慢の喫茶店。
朝7時から開店という事もあり、6時から準備をしていると
カラーン
喫茶店独特のあの鈴の音の音を立て店に入る。
『おはよう、今日も朝からありがとね』
『おはようございます。
いえ、日数が少ない分、このぐらいはしなきゃですよ』
朝7時は早いが店長の七瀬さんは人が良く、話もしやすいのでバイトは嫌ではない。
七瀬さんは初老の綺麗な顔をした人で、いつも仕事の時はスーツにベストという服装、これがまた格好がよく、とても憧れる人だ。
『そろそろ寒くなってきましたね。』
『そうだねー。やっぱりこの寒さは老体には響くよ。』
『にしてはいつも元気ですよね。』
笑顔を浮かべながら2人はまだ開店前で時間もあるので店の中のおしゃれな暖炉で肩を並べあった。
『あ、そうだ。宮瀬君夢占いって知ってる?』
『夢占いですか?』
『うん、例えば昨夜見た夢の中で好きな人が現れた場合、その相手もあなたの事を思っているとか、怖い夢を見たら逆に現実では良い事が起こるというものなんですよ。』
『へー初めて知りました。店長は昨日なんかいい夢でも見たんですか?』
『ははは、妻の夢を、ね。』
『あ、確か奥さんて亡くなられたっていう。』
『はい、だから久しぶりに会って、とても嬉しくてね。元気が良いのは多分それのおかげですかね。』
そう言っている、七瀬さんの顔は嬉しそうでもあったが、少し寂しいような表情も垣間見えた。
『ふふ、良かったですね。』
そんな会話をしていると7時を回りお客さんが入ってきた。
『いらっしゃいませー』

 朝7時からモーニングタイムなので少し忙しかったがその時間も過ぎ、10時になる頃には客は点々と和やかなものとなってきていて、
僕はお客さんのおかわりのコーヒーを作っていた。
夢占い…か、そういえば昨日僕はなんの夢を見たのだろう。あまり覚えていない。
ただ覚えているのは故郷の寒い風と懐かしいという感覚だけだった。
昔の記憶だろうか…
その時、
カラーン
新しいお客さんが来た。
『いらっしゃいませー…』
綺麗な人だ。
とても綺麗だ。
まるで変わっていない。
高校の時の頃から、まったく。
『え、宮瀬…くん?』
『あー…うん。なんで西野がここに…』
『宮瀬くんこそ…』
『…まーいいや、とりあえず席座りなよ。何飲みたい?』
『あ、うん、じゃあ…ホットココア1つ貰えるかな。』
『かしこまりました。』
なんだろう、この空気は…胸が高鳴っているのはわかるのに、ここにいてはいけない気がする、ような…。
彼女はカウンター席に座って厨房内をゆっくり眺めていた。
雰囲気が少し大人っぽい。
髪は黒く、長めで、こめかみ辺りの部分を後ろの中心で結っている。
目は大きく、二目で少しタレ目な感じ、
口は小さく、唇は綺麗な膨らみを感じられる。
服は上が黒いぶかめの無地のシャツに、厚地のカーディガン、そして首元にはマフラーが巻かれている。
下は白のロングスカートで横に少しデザインが着けられていて、靴は茶色のブーツだった。
『でもビックリしたなー、まさか宮瀬君とこんなとこで会うなんて』
ココアを口に運びながら彼女は言った。
『ビックリしたのはこっちだよ』
『今なにしてるの?』
『あー撮影の休憩に寄ったんだー』
『撮影?女優かなにかやってるの?』
『ううん、モデル』
彼女の頬が少し赤くなったのはココアを飲んだせいだろうか。
『モデル?凄いじゃん!』
『いやあ、まだ始めたばっかだしそんなにだよ…』
彼女は照れたのか髪をいじりながら言った。
『そっか、はいココア』
『あ、ありがと』
彼女はそういい、猫舌な筈なのに熱々のココアを少しだけ口に運んだ。
こうしていると昔のことを鮮明に思い出せる。
彼女と言った喫茶店、それまでの道のり、
初めて手を繋いだ瞬間、初めてのキス。
『じゃ、じゃあ僕は仕事に戻るね』
僕はなんだか急に恥ずかしくなり仕事に戻った。
『うん、ありがと』
彼女は落ち着いた声で笑っていた。

 彼女は綺麗になった。昔よりもよっぽど綺麗に、
僕がまだ芽も出ずにうずくまっている間に彼女の横顔はもう他の誰かのものになったんだろう。
『じゃ、また来るね』
ココアを飲みきった彼女はそういって店を出ていく。
いつの間にか外では雪が降っていた。

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