私は、海軍最強航空隊のパイロットだった

高雄摩耶

第一章 ⑤勝負のゆくえ


昭和17年2月19日  横須賀第一飛行場

  「よし、あと1本!」

    長谷川、武本両機による模擬戦は最終局面となった。
    武本としては何としても取らなければならない。
    再び両機が回り始める。
    背後を取ったのはやはり長谷川だ。

  「いいか武本。この戦いは我々のためのものではない。実力が無いのなら
お前の命のためにも、私は本気で挑むのだ」

     武本機が長谷川の射線に入る。
     
   「もらったぁ!」

    長谷川だけではない。
    地上にいる笹原、赤羽をはじめ多くの者が勝負は決したと思った。
    しかし。

  「なっ!」

   それまで捉えていたはずの武本機が突然長谷川の視界から消えたのだ。

   「どこへ、また左か!上か!」

     しかし武本機はどこにもいない。

   「まさか、降下を!」

    その通りだった。
    本来、零戦は機体強度の関係上空戦での急降下を苦手としている。
    だが、武本はそのことを知っているのか知らないのか、突然急降下を始めた。

  「くそ、このままだとおいていかれる!」
 
    負けじと長谷川も降下を始める。
    しかし追いつけない。
    相当速度が出ているのだ。
 
  「なんて奴だ、このままだとバラバラになるぞ!」

    急降下の苦手な零戦は機体の強度上
速度を出しすぎると空中分解する恐れがある。
    すると長谷川をよそ目に、今度は一気に急上昇し始めた。
    
  「なに、また見失った」

    急上昇したはずの武本機を視界に捉えられない。

  「ど、どこへ・・・」

    答えはすぐに分かった。

  「武本一飛曹、1本!勝負あり!」
  「なに・・・」

    長谷川が振り返ると、後ろにいたのは、今までずっと前にいた、武本一飛曹の零戦だったのだ。


   
   「なんという早業」

    戦闘の様子は阪口少佐をはじめとする地上にいる者たちからも見える。
   
  「中隊長に勝つとは」
  「中隊長の機体にトラブルがあったとか」
  「それより、あんな動きをする奴は今までに見たことない」

    皆困惑していた。 
    当然だ、つい昨日まで編隊飛行もままならなかった武本がベテランの長谷川に勝ってしまったのだ。
    それは赤羽、笹原にとっても同じことだ。
     
   「まさか、武本さんがかつなんてね」
   「あんな機動をするなんて・・・」

     二人とも驚いていたが、阪口はちがった。

  「ふん、やはりな」
  「やはりって、少佐は遥ちゃんのことを知っていたのですか!?」
  「そういうわけではない。だが訓練を見ていて確信した。あいつは相当な奴だと」

    阪口の言葉にさらに驚いていると、武本、長谷川両機が滑走路に進入してきた。
    機体が完全に停止すると、地上の搭乗員達が一斉に武本を囲んだ。

  「武本一飛曹!あなたは一体何者んだ?」
  「すごい!あの動きどうやったの!?」
  「前はどこの部隊に?」
  「武本さんすごーい!」
  「あっ、えっと、とりあえず落ち着いて・・・」

    武本が困っていると笹原達が人混みを掻き分けながら進んできた。

  「遥ちゃん!まさか勝つなんて、思ってもなかったよ!」
  「いやぁ、そんなことは」
  「いえ、私も正直勝てるとは思っていませんでした」
  「小隊長まで」
  「ところで、あんな技はどこで覚えたの?」
   「?」
   「さっきの宙返りだよ。あんなの見たことないもん!」
  
    二人だけでなく集まっている皆が知りたいことだった。

  「あれは、その、自分でもよくわからないんだ」
  「えっ・・・」

    それは、皆にとって予想外の答えだった。

  「武本さん。つまりアレは偶然だと?」
  「そ、そういうことです」

    武本の答えにそこにいた全員が困惑の表情を浮かべた。

  「でも、あんなこと偶然にできるわけが」
  「そうです。いくらなんでもアレは偶然にはできません」

    納得いかないのは当然だ。
    つい昨日まで編隊飛行もままならなかった者が、戦闘経験豊富なパイロットに見たこともないような技で勝ってしまったのだ。

  「まさか、本当に偶然・・・」
  「・・・」

    武本は何も答えない。

  「なんだなんだ。何みんな黙ってるんだ?」
  「長谷川中尉!」

    いつのまにか長谷川に、みんな慌てて敬礼する。

  「まさか、私から一本取るとは。なかなかいい腕を持っている。」
  「でも、あれは偶然で・・・」
  「たとえ偶然でも、勝ちは勝ちだ」
  「えっ」
  「だってそうだろう?それに、今はまだそんなんでも、あの阪口少佐にかかれば、きっと一人前にしてくれる。そうでしょ少佐?」
  「いやあ、期待されると困るなぁ」

    阪口いつものニコニコ顔で答えた。

 「だから、お前もしっかりと鍛練に励めよ。次の出撃まで後わずかだ」
 「はっ、はい!ありがとうございます!」
   
   少しだが、武本は希望が見えてきたような気がし」



  「しかし凄いですね。あの長谷川中尉相手に勝つなんて」
  「あんなものはただの偶然。実戦に出れば、10分ともたないわ」

    97艦攻の操縦士の問いに、冷徹な目で答えたのは中川だ。
    二人は着陸後、武本らのもとへは行かず、遠くから眺めていた。

  「そんな」
  「ああいう素人がいると、あなたたち艦攻隊も危険に晒されるのよ」
  「ですが、戦闘機隊長なんですよね?訓練に協力するべきじゃ・・・」
  「あんなののために貴重な時間を無駄にしたくないの」
  「そんな・・・」

    中川は、歓声の中にある武本を横目に、宿舎へと向かった。

コメント

コメントを書く

「戦記」の人気作品

書籍化作品