超王道ファンタジー世界に俺のような異物が入り込んでしまった件について

たくちょ

主人公らしからぬ主人公

ジリリリリリリリリ!!!────カチッ。

  やかましい目覚ましの音を、意識が完全に覚醒していない虚ろな状態で止める。いつも通りの日常だ。
 
 「はぁ。眠い。」
 
 起き上がるか、はたまた二度寝をするか、脳が半分寝ている状況で必死に考えた結果、起き上がるという選択に至った。たまに二度寝を選択してしまういうことを除けば、これもいつもと変わらない。

 まだ、だるい体に鞭を打つように起き上がり、まずは着替えを行う。顔を洗い、髪をセットし、徐々に意識を覚醒させていく。朝食を食べ終え、歯を磨いてる時には完全に眠気は吹き飛んでいる。

 よし、準備完了だ。昨夜のうちに用意していた荷物を持ち、俺は日課となりつつある「どれだけ爽やかに家を飛び出せるか」チャレンジに挑戦する。
 ガチャっとドアを開けると同時に、左足に力を入れ飛び出す。自分の足が、まるで鳥の羽根のように羽ばたくことを想像して、軽やかにワン・ツー、ワン・ツーとステップを踏みながら走る。おお、今日はイイ感じだ、九十五点。やっぱりこのあとの出来事を考えると期待して足取りも軽くなるようだ。────いつもと違うこと。楽しみだ。
 
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 普段通りの見慣れた道を突き進む。ここまで約十分。わりと新しい家が多いこの住宅街を抜けるともうすぐ学校だ。いつも違う出来事に期待し、少し早足になりそうになる気持ちを抑えながら深呼吸をする。
 
 「よう、禅!今日もイケメンだな!」
 
    不意に背後から声を掛けられる。ただ、驚きはしない。俺は日常的にアンテナを張っているため誰が近づいても気付けるようにしている。 
 
 「お、和也か。おはよ。」

  電車通学組が後ろから自転車で追い越しながら声を掛けてくる。もうそんな時間か。ってことはこの後は怒涛の───
 
 「あ、禅くんだ!おはよ!」
 
 「やった、朝から禅くん見れたラッキー!」
 
 「きゃー!花京院様よ!」
 
 やっぱりな。次から次へと声を掛けてくる同じ学校の連中。あっという間に俺の周りに人だかりが出来てしまった。
 ただ、俺が期待していた出来事は別にこのことではない。残念なことに、これは普段通りの光景なのだ。
 
 ──少し、簡単な自己紹介をしよう。
 俺の名前は花京院 禅カキョウイン ゼン
 今年18歳のどこにでもいるごく普通の高校生────ではない。
 自分でいうのもアレだが、頭脳明晰、スポーツ万能、顔も整っていて、おまけに人望もある。間違いなく学園一の人気者、それが俺だ。
 こんなクール気取ってると思われがちの俺だが周りに人が集まってくるのは普通に嬉しい。が、「万能」過ぎることに対しては後悔もしている。ん?ふざけるなって?まあ、待て。話を聞いてくれ。

 俺は、オールマイティになんでも娯楽というものが好きなんだが、その中でも特にアニメやラノベ、漫画などの二次元が大好きだ。
 だが、あそこらへんの主人公達はみんな「落ちこぼれ」や「どこにでもいるごく普通」の高校生だ。「万能」過ぎる俺がどう足掻いたって主人公にはなれやしない。せっかくの高校生だってのにな。それが俺の後悔だ。
 なにはともあれ、慕ってくれる人が多いのは良いことだ。誇りに思う。
 
  さて、こんな無駄な回想を入れているともう学校が見えてきた。俺の楽しみの始まりだ。
  ここで俺はだんだんと距離が縮まっていく校門を見つめる。校門に見えるのは生活指導の福安先生の身だしなみチェックだ。──そう、いつもなら。
 今日は違う。そこに見えるのは校門を覆うように被さっている大きな看板。その看板には、こう書いてある。
 
 「第五十三回 聖サンタクロス学園 体育祭」
 
 これを待ってた。いつもと違う日常。体育祭、これだよ。
 俺は溢れ出る笑みを堪えられずにいた。ここ一ヶ月コレを楽しみに生きてきたんだ。ニヤけるくらい罪にならないだろう。
 校門の前で一度立ち止まり、大きく深呼吸をする。そして、胸の前で両手をグッと繋ぐ。 戦いに挑む時のルーティンだ。よし、準備は出来た。
 

 さあ、行こう。戦いの地へ。
 
 
  ───────────────────────────
 
 
 「くっそー、やっぱ二組の連中は強えな。」
 
 「仕方ないよ。だってあそこはスポクラじゃん。」
 
 「そうだぜ。その二組に僅差ってだけでも奇跡じゃね?」
 
 「まあそれも、ほぼ花京院くんのおかげだけどね。」
 
 時刻は夕方。体育祭も終盤を迎えている。
 俺たち特進クラスの一組は、体育祭開始時から一度もスポーツクラスである二組を抜けずに、二位の座をキープし続けている。
 無論、二位の座をキープ出来ているのは徒競走一位、障害物リレー一位、パン食い競走一位、騎馬戦一位、棒倒し一位の俺の功績でもあるが、そんなことはどうでもいい。今、目指すべきは優勝だ。

 「次が最後か。」
 
 クラスの誰かが力のない声でボソッと呟く。そう、最後。次が最後なのだ。まだ諦めるわけにはいかない。ただ、よりにもよって──
 
 「──全員リレー......。」
 
 「勝ち目あるかな、これ。」
 
 まるでクラスの重力が増えているかのように雰囲気が暗く、重くなっていく。このままでは負けるな。俺は勢いよく立ち上がる。
 
 「みんな、次が最後だからって気に病む必要はないよ。ひたすらに、がむしゃらに、次の人へとバトンを繋いでくれ。」

 相手がスポクラだからなんだ、全員リレーだからなんだ、と言わんばかりにクラスのみんなに語りかける。すると、どうだろう、クラスメイト達が次々に、まだ諦めていない俺を見上げる。いいぞ、まずは注目を引くことが出来た。続きだ。
 
  「そのみんなが繋いでくれたバトンは、最終的に俺に届く。俺に繋いでくれさえすれば、そこで勝負は終わりだ。一組の優勝は決定する。希望を捨てるな、前だけを見ろ。このクラスのアンカーを誰だと思っている。」
 
 先程の弱々しい光とは打って変わり、クラスメイト達の瞳が力強く俺という一筋の光を見据えて輝く。ここで締めの一言。
 
 「勝つのは俺だ。そして俺たち一組だ。」

 するとその輝きは確信に変わる。
 
 「そうだよな。禅の言うとおりだ。まだ諦めるには早いよな。」
 
 「やってやる。やってやるぞ!」
 
 「まだまだ勝負はこれからじゃい!」
 
 先程までの暗く、重くのしかかっていた重圧が嘘のように消え去り、クラス全員が勝利だけを目指して一致団結する。
 丁度そのタイミングで全員リレー準備のアナウンスが鳴る。最終戦の開始だ。
 
 「みんな、行こう。」

 
 俺の掛け声で全員が一つになる。
 
 ─────────────────────────── 
 
 
 「いけー!がんばれー!」
 
 「諦めるなー!」
 
 最終種目である全員リレーも、残るは俺を入れて、あと二人に差し迫っている。

  俺たち一組は現在六クラス中六位。つまり最下位。当然の結果だ。今まで勉強に重きを置いていた連中が、たかだか試合前の気合い一つで勝てるはずがない。──が、どうにか五位に負けじとくらいついている。現在半周差をつけているトップの二組を除けば、残りは接戦。みんなが頑張ってくれたおかげだ。

 そしてバトンは、ついにアンカーである俺のところまで近付いてくる。アンカーはトラックを二周の四百メートル走ることになる。深呼吸をし、胸の前で両手をグッと繋ぐ。一連のルーティンを終わらせると素早く走り出し、クラス四十人全員が繋いでくれたバトン受け取る。

 ────さあ、有言実行の時間だ。
 

 まずは、走り出して数歩で僅差だった五位の三組を抜く。そのまま、すかさず四組を追い越す。トップスピードを保ったまま六組の横を通り抜ける。最後にこの接戦のトップにいた五組を抜き去る。ここまでで約一周。問題はここからだ。
 俺は息を切らしながら顔を上げ、二組の位置を確認する。差は確実に縮んでいるものの、まだ一位に踊り出れるほどの距離ではない。さすがにバテてきている。きついぞ。

 全身に鳴り響く心臓の爆音を聞きながら、死に物狂いで目の前の存在に近付いていく。ジリジリと追い上げ、やっとの思いで背中を捉えることができた。
 残りは半周。相手も俺の存在に気付きより一層ペースを上げる。ここからは意地の張り合いだ。
 つりそうになる足を懸命に堪えながら俺は、「どれだけ爽やかに家を飛び出せるか」チャレンジで培ってきた、鳥のように軽やかにワン・ツーステップを実践で繰り出す。ホントに軽くなっている気がするけど、今は思い込みでもなんでもいい。とにかくもっとスピードを。

 最終コーナーを曲がり、残りは約三十メートル。両者一歩も引かない攻防だ。歯を食いしばり、一歩、また一歩と足を前へ踏み込む。
 
 「うぉぉぉぉぉぉ!」
 
 普段の俺からは想像もつかないほど泥臭く勝利に貪欲にくらいつく。ラッキーなことに、その気合いに臆された二組のアンカーの足の速度が緩む。ここだ。今しかない。
 最後の力を振り絞り体を大きく前へ出す。
 
 パンッ!
 
 焦り過ぎた俺は、前へ転がり回ってしまった。ゴールテープを切ると同時に。 
 
 ん?ゴールテープを切る?──ということは。
 
 俺はすぐさま起き上がり、あたりを見回す。ちょうど体育委員の女の子が俺の近くに寄ってきているところだった。そして手にしていたメダルを俺の首に掛ける。そのメダルにはこう書いてあった。
 
 “第一位”
 
 勝った。勝ったんだ!気付くとクラスのみんなが俺の元へと駆け寄って来ている。なんて最高なんだ。世界一の幸せ者だ。
 俺は拳を振り上げみんなに向けてガッツポーズをする。そしてこう叫んだ。
 
 「勝っ────
 
 ────瞬間、俺は白い光に包まれた。
 
 

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