月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜
第54話 琴線(げんかい)
簡単な買い物を済ませ、ワインが美味しいと評判の貴族御用達の店に居座ってから大分時間が経っていた。
既に外は暗く、店の中には紅い髪の見目麗しい色白の美人と、それに勝るほどではないにしろ、明るい笑顔と少し幼さの残る面影の美人。その他には、2.3人の客がいるだけだった。
既に、2本はボトルが空いている。その華奢な体に収めても、顔色一つ変わらないカサンドラにアンナマリーは、危機感に近い心配をしていた。
(あ、あれ?おかしいな?ロキさんの話では、ボトル1本程でグニャグニャになると聞いていたのに…)
アンナマリーは、ロキから聞いていたカサンドラの酒の摂取限界量を頭の中で反芻していた。
その上限を軽く超えている量を既に飲み干している彼女の体調と、それ以上に心の方をアンナマリーは心配した。
(やっぱりロキさんとの喧嘩が原因なんだろうな〜。)
「どうかしたのマリー?この銘柄も美味しいわよ。」
「い、いえ。私は、お付き役なのでこれ以上は…」
「そうね。本来の職務者が職場放棄しているしね!」
「は、はあ…」
(うわ〜機嫌悪〜(涙)酔ってる?酔ってますよねカサンドラ様!?)
「……やっぱり思ったよりも美味しくない…」
「でも、もうかなりお飲みになっておられる様子ですが……」
コンッ!
グラスを強目にテーブルに置く彼女から、さまざまな感情の波動をアンナマリーは感じ取り、その琴線に触れない事で必死だった。
「か、カサンドラ様…そろそろ、お城に戻られた方が…」
「………」
アンナマリーの言葉に、ちらりと視線を向けるカサンドラだが、2、3秒彼女の目を見ると、プイと視線をワイン棚に向けた。
(無言–−−–−!!もう、ダメ!私これ以上カサンドラ様と目が合わせられない。
ロキさんのバカーー!!)
引きつった笑顔になるしかないアンナマリーは、ロキに悪態を吐くしかなかった。
時間を少し遡る
カサンドラはアンナマリーの勧めもあり、城下町に気晴らしに出て来ていた。
馬車の中から見える大通りは、相変わらず賑やかで道行く人々には活気が感じられる。
「ノルトの街が懐かしいわね…」
「はい、街を離れてもう2ヶ月になりますし、テレサのミートパイの味が懐かしいです。」
「そういえば、あなたはテレサから料理を習っていたわね。」
「はい!テレサの作る家庭料理の味が、私大好きです!」
屈託のない笑顔のアンナマリーを見て、カサンドラは少し微笑んだ。
「あ、ここですよティファナ姫様のおっしゃっていたお店。うわー、ステキなお店。」
事前にティファナから聞いていた洋菓子の店の前に馬車が止まる。 
通りに面している方は全体に大きなガラスがはめ込まれており、外からでも中の様子が直ぐにわかる。
ここで買い物をする人は、貴族かそれに準ずる裕福な者というのが相場である。
店の周辺には、多くの人が往来しており、店に止まった馬車に注目が集まる。
先に降りたアンナマリーに続き、深緑のドレス姿の紅い髪の美女が馬車から出て来ると、さらに視線が集まる。
(やっぱりカサンドラ様って美人よね。普段から接しているから、当たり前になっていたけど、こうして大勢の人の前に出ると
注目されるもの。)
カサンドラは、その視線に慣れているようで、特に気に留める事なく周りに軽く会釈をすると、店の中に入っていった。
様々な焼き菓子や蒸菓子、季節によっては生菓子などもあり、この店はアルヘイムでも人気店の一つである。
「いらっしゃいませ奥様。本日は季節のフルーツを使ったパウンドケーキなどがございます。」
貴族が自ら買い物に出て来ることはそれ程珍しい訳でもないが、大抵は多忙の身上、奥方やその従者が出入りする事が多くなる。
そのため、カサンドラもその類と思われるのは至極当然である。
「……ありがとう。2つほど包んで下さるかしら。」
「はい、喜んで!奥様には、お待ちの間、こちらの新作もお試し下さい。」
(悪気はないんだけどな〜、カサンドラ様もなんで否定しないのかな?)
まだ温かみのある焼き菓子の袋を、アンナマリーが受け取る。
それを確認したカサンドラは店を出ようとし、アンナマリーもそれに続く。
退店の際、アンナマリーは店の従業員に軽く耳打ちすると、従業員は青ざめて、壊れた人形のように何度も頭を上げ下げしていた。
街を一回りする頃には、太陽が傾き足元の影が倍ほども伸びていた。
「だいぶ日が落ちて来ましたね。」
「そうね。」
「ティファナ様へのお土産も買えましたし、きっと喜んで頂けますよ。」
「……マリー。」
「はい?」
「今日はありがとう。いい気分転換になったわ。」
カサンドラは彼女の顔を見て、微笑みながらマリーに礼を告げた。
夕日に照らされて、彼女の紅い髪と深い藍色の瞳がキラキラと輝いていた。
稀に見せるカサンドラの笑顔は、正に凶器に近い破壊力があり、同性でしかも身近な立場のアンナマリーでさえ、顔を赤めてしまうほどだ。
「い、いえ。そんなもったいないですよ〜……、あれ?」
ニマニマするアンナマリーが、外に視線を向けると誰かと一緒にいるロキを見つけた。
「ロキさんッ!?」
急に呼び止められたロキは立ち止まり、呼ばれた方に振り向いた。
「マリー!?どうしてここに…!!」
馬車の中から顔を出すアンナマリーの姿を見て、ロキはそこにもう1人いることを察知した。
馬車が止まり、中からロキのよく知る2人が姿を現した。
「カサンドラ……」
「ロキ……」
僅かな沈黙
お互いに複雑な感情が心を乱し、次の言葉が出てこない。
「うおっほん!」
その空気を断ち切るかのように、もう1人の男、ラムズが大袈裟に咳払いをした。
(何この人?今、大事なところなんだから邪魔しないでよね!何よ、趣味の悪いキラキラの服なんか着て!)
アンナマリーは心の中で、ラムズに悪態を吐く。
「ラムズ…さん。」
「オーネスト侯ではありませんか、いや大変奇遇ですな。先ほど、あなたの従者と契約を行いまして、彼の身柄を貰い受けましたよ。」
したり顔でほくそ笑むラムズ。
「どういうこと?」
「………」
問いただすカサンドラに、ロキは無言で視線を他に移した。
「ロキ、答えなさい命令よ!」
「おっと!お待ちをオーネスト侯。」
カサンドラを制止するラムズ。
「どういうつもりかしら、あなたのような下人に私の言葉を遮る資格は無くてよ。」
先程まで柔らかな藍色の瞳からは、想像出来ないほどの鋭い視線と、冷たい刃が胸に差し込まれるような迫力の言葉に、周りの全員がたじろぐ。
「げ、下人…だと…。ま、まあいい。」
眉をヒクつかせるラムズは、余裕のある自分を無理矢理引き出す。
「さ、先程私とロキくんとの間で契約を取り交わしましてね。最早、彼はあなたの従者ではないのですよ。」
「何ですって!?」
その言葉に珍しく動揺をカサンドラ見せた。
彼女はすぐにロキの方を見るが、ロキはこちらを見ようとせずただ黙ったままだった。
ラムズは懐から契約書取り出すと、満面の笑みでカサンドラに突きつける様に広げてみせた。
(そんな、これってロキさんを半永久的に縛る内容だわ。どうしてこんな契約を!?)
内容を確認したアンナマリーは、ロキとカサンドラを交互に見た。
カサンドラも内容を確認すると、何度もなにかを言いかけるが、直ぐにその言葉を引っ込める。
明らかな動揺を見せる彼女に対し、先程たじろいでいたラムズは完全に余裕を取り戻し、ニヤニヤしながら契約書を懐にしまった。
「さあ、もう宜しいかなオーネスト侯?
残念ながら私の……」
「黙りなさい!!…それ以上その卑しい口を開くならば、私の全身全霊を掛けて、あなたを……潰す!」
冷たい刃、否、氷の鋭剣の如く、先程とは比べものにならないほどの迫力で、カサンドラはラムズに迫まった。
「……く、クソ!来たまえロキくん!」
カサンドラの迫力に完全に気圧され、ラムズはその場から離れて行く。
「ロキさんッ!」
それに遅れて伴う様に歩き出そうとしたロキを、アンナマリーが呼び止める。
「どうして……」
「………」
アンナマリーにも無言のままロキはその場を離れて行った。
その背中をアンナマリーと、視線の端でカサンドラは見ていた。
アルヘイムの街に掛かる影は、すでに伸び切り、東の空はベルベットの生地が敷かれていく。
昼の顔とは交代。
夜のアルヘイムがそこに迫っていた。
既に外は暗く、店の中には紅い髪の見目麗しい色白の美人と、それに勝るほどではないにしろ、明るい笑顔と少し幼さの残る面影の美人。その他には、2.3人の客がいるだけだった。
既に、2本はボトルが空いている。その華奢な体に収めても、顔色一つ変わらないカサンドラにアンナマリーは、危機感に近い心配をしていた。
(あ、あれ?おかしいな?ロキさんの話では、ボトル1本程でグニャグニャになると聞いていたのに…)
アンナマリーは、ロキから聞いていたカサンドラの酒の摂取限界量を頭の中で反芻していた。
その上限を軽く超えている量を既に飲み干している彼女の体調と、それ以上に心の方をアンナマリーは心配した。
(やっぱりロキさんとの喧嘩が原因なんだろうな〜。)
「どうかしたのマリー?この銘柄も美味しいわよ。」
「い、いえ。私は、お付き役なのでこれ以上は…」
「そうね。本来の職務者が職場放棄しているしね!」
「は、はあ…」
(うわ〜機嫌悪〜(涙)酔ってる?酔ってますよねカサンドラ様!?)
「……やっぱり思ったよりも美味しくない…」
「でも、もうかなりお飲みになっておられる様子ですが……」
コンッ!
グラスを強目にテーブルに置く彼女から、さまざまな感情の波動をアンナマリーは感じ取り、その琴線に触れない事で必死だった。
「か、カサンドラ様…そろそろ、お城に戻られた方が…」
「………」
アンナマリーの言葉に、ちらりと視線を向けるカサンドラだが、2、3秒彼女の目を見ると、プイと視線をワイン棚に向けた。
(無言–−−–−!!もう、ダメ!私これ以上カサンドラ様と目が合わせられない。
ロキさんのバカーー!!)
引きつった笑顔になるしかないアンナマリーは、ロキに悪態を吐くしかなかった。
時間を少し遡る
カサンドラはアンナマリーの勧めもあり、城下町に気晴らしに出て来ていた。
馬車の中から見える大通りは、相変わらず賑やかで道行く人々には活気が感じられる。
「ノルトの街が懐かしいわね…」
「はい、街を離れてもう2ヶ月になりますし、テレサのミートパイの味が懐かしいです。」
「そういえば、あなたはテレサから料理を習っていたわね。」
「はい!テレサの作る家庭料理の味が、私大好きです!」
屈託のない笑顔のアンナマリーを見て、カサンドラは少し微笑んだ。
「あ、ここですよティファナ姫様のおっしゃっていたお店。うわー、ステキなお店。」
事前にティファナから聞いていた洋菓子の店の前に馬車が止まる。 
通りに面している方は全体に大きなガラスがはめ込まれており、外からでも中の様子が直ぐにわかる。
ここで買い物をする人は、貴族かそれに準ずる裕福な者というのが相場である。
店の周辺には、多くの人が往来しており、店に止まった馬車に注目が集まる。
先に降りたアンナマリーに続き、深緑のドレス姿の紅い髪の美女が馬車から出て来ると、さらに視線が集まる。
(やっぱりカサンドラ様って美人よね。普段から接しているから、当たり前になっていたけど、こうして大勢の人の前に出ると
注目されるもの。)
カサンドラは、その視線に慣れているようで、特に気に留める事なく周りに軽く会釈をすると、店の中に入っていった。
様々な焼き菓子や蒸菓子、季節によっては生菓子などもあり、この店はアルヘイムでも人気店の一つである。
「いらっしゃいませ奥様。本日は季節のフルーツを使ったパウンドケーキなどがございます。」
貴族が自ら買い物に出て来ることはそれ程珍しい訳でもないが、大抵は多忙の身上、奥方やその従者が出入りする事が多くなる。
そのため、カサンドラもその類と思われるのは至極当然である。
「……ありがとう。2つほど包んで下さるかしら。」
「はい、喜んで!奥様には、お待ちの間、こちらの新作もお試し下さい。」
(悪気はないんだけどな〜、カサンドラ様もなんで否定しないのかな?)
まだ温かみのある焼き菓子の袋を、アンナマリーが受け取る。
それを確認したカサンドラは店を出ようとし、アンナマリーもそれに続く。
退店の際、アンナマリーは店の従業員に軽く耳打ちすると、従業員は青ざめて、壊れた人形のように何度も頭を上げ下げしていた。
街を一回りする頃には、太陽が傾き足元の影が倍ほども伸びていた。
「だいぶ日が落ちて来ましたね。」
「そうね。」
「ティファナ様へのお土産も買えましたし、きっと喜んで頂けますよ。」
「……マリー。」
「はい?」
「今日はありがとう。いい気分転換になったわ。」
カサンドラは彼女の顔を見て、微笑みながらマリーに礼を告げた。
夕日に照らされて、彼女の紅い髪と深い藍色の瞳がキラキラと輝いていた。
稀に見せるカサンドラの笑顔は、正に凶器に近い破壊力があり、同性でしかも身近な立場のアンナマリーでさえ、顔を赤めてしまうほどだ。
「い、いえ。そんなもったいないですよ〜……、あれ?」
ニマニマするアンナマリーが、外に視線を向けると誰かと一緒にいるロキを見つけた。
「ロキさんッ!?」
急に呼び止められたロキは立ち止まり、呼ばれた方に振り向いた。
「マリー!?どうしてここに…!!」
馬車の中から顔を出すアンナマリーの姿を見て、ロキはそこにもう1人いることを察知した。
馬車が止まり、中からロキのよく知る2人が姿を現した。
「カサンドラ……」
「ロキ……」
僅かな沈黙
お互いに複雑な感情が心を乱し、次の言葉が出てこない。
「うおっほん!」
その空気を断ち切るかのように、もう1人の男、ラムズが大袈裟に咳払いをした。
(何この人?今、大事なところなんだから邪魔しないでよね!何よ、趣味の悪いキラキラの服なんか着て!)
アンナマリーは心の中で、ラムズに悪態を吐く。
「ラムズ…さん。」
「オーネスト侯ではありませんか、いや大変奇遇ですな。先ほど、あなたの従者と契約を行いまして、彼の身柄を貰い受けましたよ。」
したり顔でほくそ笑むラムズ。
「どういうこと?」
「………」
問いただすカサンドラに、ロキは無言で視線を他に移した。
「ロキ、答えなさい命令よ!」
「おっと!お待ちをオーネスト侯。」
カサンドラを制止するラムズ。
「どういうつもりかしら、あなたのような下人に私の言葉を遮る資格は無くてよ。」
先程まで柔らかな藍色の瞳からは、想像出来ないほどの鋭い視線と、冷たい刃が胸に差し込まれるような迫力の言葉に、周りの全員がたじろぐ。
「げ、下人…だと…。ま、まあいい。」
眉をヒクつかせるラムズは、余裕のある自分を無理矢理引き出す。
「さ、先程私とロキくんとの間で契約を取り交わしましてね。最早、彼はあなたの従者ではないのですよ。」
「何ですって!?」
その言葉に珍しく動揺をカサンドラ見せた。
彼女はすぐにロキの方を見るが、ロキはこちらを見ようとせずただ黙ったままだった。
ラムズは懐から契約書取り出すと、満面の笑みでカサンドラに突きつける様に広げてみせた。
(そんな、これってロキさんを半永久的に縛る内容だわ。どうしてこんな契約を!?)
内容を確認したアンナマリーは、ロキとカサンドラを交互に見た。
カサンドラも内容を確認すると、何度もなにかを言いかけるが、直ぐにその言葉を引っ込める。
明らかな動揺を見せる彼女に対し、先程たじろいでいたラムズは完全に余裕を取り戻し、ニヤニヤしながら契約書を懐にしまった。
「さあ、もう宜しいかなオーネスト侯?
残念ながら私の……」
「黙りなさい!!…それ以上その卑しい口を開くならば、私の全身全霊を掛けて、あなたを……潰す!」
冷たい刃、否、氷の鋭剣の如く、先程とは比べものにならないほどの迫力で、カサンドラはラムズに迫まった。
「……く、クソ!来たまえロキくん!」
カサンドラの迫力に完全に気圧され、ラムズはその場から離れて行く。
「ロキさんッ!」
それに遅れて伴う様に歩き出そうとしたロキを、アンナマリーが呼び止める。
「どうして……」
「………」
アンナマリーにも無言のままロキはその場を離れて行った。
その背中をアンナマリーと、視線の端でカサンドラは見ていた。
アルヘイムの街に掛かる影は、すでに伸び切り、東の空はベルベットの生地が敷かれていく。
昼の顔とは交代。
夜のアルヘイムがそこに迫っていた。
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