月夜の太陽 〜人と人ならざる者達の幻想曲〜

古民家

第46話 危機、迫る

血盟城での騒動から一夜明け、城内では未だ混乱が続き、バルト侯への取り調べもまだ続いていた。

ロキをはじめ、カサンドラ、ティファナは朝食を取りながら、今後の方針について話し合っていた。

その結果、カサンドラはティファナと共に彼女の兄ティルスの周りの者達にそれとなく話を聞いて回ることになった。

「カサンドラ、大丈夫なのか?」

「ええ、ティファナと一緒だと衛兵が必ず近くにいるし、彼女もいるから大丈夫よ。」

そう言って、カサンドラはセリに視線を向けた。

セリは一礼すると少し微笑んだ。

彼女はティファナの専属メイドだけでなく、武芸の嗜みもあるという。

カサンドラはその深い藍色の瞳で、「安心なさい」とロキに伝えると、ティファナ達と共に部屋を出て行った。

ロキも部屋を出ると、幽閉されているはずバラムのところへ向かった。

  国王殺害を企てたバラムは、極刑は必至である。

  だがロキは、バラムがそうなる前に黒い布の入手先、そして裏で彼を操ろうとする者の糸口を掴まなければならない。

昨日とは異なり、今回は予めティファナから面会許可証を携えて、牢屋の前まで来た時だった。

見張りの衛兵2人に加え、もう一人牢屋の前に緑の外套姿の女性が立っていた。

「何者だ?」

衛兵の一人がロキに気付き、近寄ってくる。

「バラム侯爵に面会をしたい。許可証はここにある。」

衛兵はロキから許可証を預かると、ロキの顔と証書を交互に確認し、女性の隣で待つように告げた。

「あなたもバラム侯爵にご用かしら?」 

外套のフードを脱いだ女性は、30半ばといったくらいだろうか。
カール掛かった短めの茶色の髪に、黒い瞳を細めて、赤紫の唇に薄っすらと笑みを浮かべている。

美人の類に入るその妖艶な容姿と、ややハスキーな声からは、警戒心と興味の両方が読み取れる。

「……アンタと同じだよ。」

あまり意図を探られない程度に牽制したロキだったが、ふふと女性は笑った。

「私と同じ、ね……」

「?」

ギィィ…

やり取りが終わる前に、牢屋の扉が開き中から男が出てきた。

見た目は40過ぎというところだろうか。

  髪に少々白が足されてはいるが、ハッキリとした目鼻立ちに、漆黒の瞳の奥からは、言い表せね凄みがあった。

ロキはその男に見覚えがあった。

先日のパーティのおり、壇上で、常にティルス王子の横についていた者
、アルヘイム王国の宰相ジル=メイザーだった。

「ん?ナスカよ、誰だそやつは?」

ナスカと呼ばれた女性は、ひざまづきメイザーにこうべを垂れた。

「は!オーネスト侯の付き人かと…」

「ああ……ノルトンヘクセの犬か……」

「なっ!?もう一度言って……アグッ!!」

ロキはカサンドラへの侮辱に異議を唱えようとした時、素早い動きでナスカがロキを押さえつけた。

「くそ…」

とても女性とは思えない程の腕力。
さらに、ロキの首元に鈍く光る短剣を押し当てられる。

首元から血が滲む。

「ふん……身の程知らずが、ナスカ、もう放っておけ。」

「御意。」

抑えられた腕に掛かる力が弱まると、ナスカはロキから素早く離れ、交代するかのように衛兵らがロキを押さえつける。

「ナスカ様、この者が何かしでかしましたでしょうか?」

「いいえ、ただ少しばかり武芸を指南したところです。」

ロキがナスカの顔を見上げると、彼女は短剣についた血を舌で舐めると、不敵な笑みを浮かべた。

「ふふ、詮索されたくなかったら、もっとマシな言い訳をすることね、ボウヤ・・・

ナスカは宰相の後を追うように、ロキの前から姿を消した。

「あの女…嫌な感じがする」

ナスカの雰囲気に、不快感を示すロキ。

だが、ここに来た目的はまだ終わっていないため、ロキは改めてバラムのいる牢獄のドアを潜った。

周りを重厚な石壁が取り囲み、およそ窓と言い難い小さな隙間からは、僅かな光が差し込んでいた。

昼間だというのに薄暗く、気の強い者でもこんな所にしばらく置かれれば気が滅入ってしまうだろ。

その部屋の片隅には、簡単なベッドがあり、バラムが横になっているのが見えた。

「おい、おっさん。」

「??だ、誰だ……お前は!」

バラムはロキの姿を見ると、格子越しまで詰め寄った。

「貴様!魔女の犬め!お前が、お前たちが私をこんな目に合わせたんだろう!」

長い尋問とこの薄暗い部屋にいたせいか、情緒不安定で被害妄想が入っていた。

「あんたはあの時、黒い布を持っていただろう。あれは何処から手に入れたんだ?」

「貴様もアイツと同じことを!いいか、あんな物、私は知らない!だいたい、なぜ私がこんな所に入れられなければならんのだ!そうだ!陛下に聞けば私が潔白だとわかる!陛下を呼んでくれ!」

「……国王様はあんたが差して、重症だよ。覚えてないのか?」

「は?私が陛下を?くだらん世迷言を言うな!あの時も、あの時も、私がどれだけ裏で手を回したことか…。お前の事も守ってやったではないか!」

ロキは、いよいよ訳が分からなくなってきた。

バラムはロキが誰なのかや、何故ここにいることさえ分からなくなってきているようだった。

「もう、いい。あんたとは時間の無駄の様だな。」

「さっきのラムズといい、お前といい私に対しての礼儀がなっていないぞ!」

「さっき?オレの前に来たのはこの国の宰相だろ?」

ブツブツと悪態をつき始めたバラムは、壁に向かって指を差したりしていた。

(ダメだ、この分だと何も聞けないまま裁判に進んでしまう。)

ロキはせめて黒い布だけでも手に入れようと、牢屋の隣にある看守部屋の方に向かった。

「ドアが…開いてる?」

看守が常に在中しているはずの部屋からは人の気配がしないばかりか、ドアが半分開いている。

ロキがドアに近づいた時、微かに臭気が鼻を濁す。

「血の匂い!?」

ロキは慌てて部屋に入ると、そこには先ほど部屋の前に居たはずの衛兵が横たわっていた。

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